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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第三章 ~戦闘狂獣「アラタ(阿修羅態)」登場~
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「殺菌」

 いつ満の中身が「二人」になったのか、それは当人にもわからなかった。産み落とされた瞬間からそうなっていたのかもしれないし、自我に目覚めて同胞と共に反旗を翻した時かもしれない。少なくとも自分達の生みの親を滅ぼした時には彼女達は互いの存在を認識しており、新たな人格を得たのはそれよりも前であるということは把握していた。

 しかしそれ以上の事について、満もアラタも深く考える事はしなかった。二重人格という体質は自身の体や心に何らかのリスクを背負うような物では無かったし、考えるのも面倒くさかったのだ。彼女達はそれぞれ正反対の性格をしていたが、その過去にあまりこだわらないという心根の部分は共通していた。どちらが主人格かで揉める事もなかった。


「いつになったら星に着けるんだよてめえ! いい加減にしろよこの野郎!」

「さっきからうるさいのよ! じゃああんたがワープしなさいよ穀潰し!」

「俺は短距離のワープしかできねえんだよ! 長距離はてめえの領分だろうが!」


 自分の無計画さを棚に上げて相手の行き当たりばったりな部分をなじり合ったりはしていた。

 そんな二人が後に「月」と呼ばれる天体に到達したのは、生まれ故郷の星を打ち上げ花火にして生き残りの造物主もろとも完全に破壊し、同胞と別れて旅立ってから数十年後の事であった。

 この時彼女達は無計画なワープ能力の連続使用によって身も心もガス欠寸前であった。その気力を振り絞って行った最後のワープによって月の国の王宮広場に転移していなければ、深遠なる宇宙の中で命を落としていただろう。

 だがこれによって満とアラタは月の住人と知り合いになり、それ以降彼女は過去の事をすっぱり忘れて月に住み着くのだった。


「月と地球で試合? 交流試合みたいなものですか?」

「はい。ミチルさんとアラタさんも興味がおありかと思いまして」


 それから数百年後、二人は現女王から件の交流戦を知り、そして今、彼女達はその女王の言う戦場に立っていた。





「な、なんと! なんと! 腕が!」


 ウサギが変身を終えた時、それを空中から見ていた豚は驚愕の声で叫んだ。


「腕が! 六本に増えた! さらに体の色まで真っ黒になった! あの戦闘狂獣、ダウンしていないどころか、まだ余力を残していた!」

「これはすごいですね。このような変化を見るのは私も初めてですね」


 そしてその豚の隣では、鶴が彼と同じように驚きの声を上げていた。そんな彼らの驚きは満の変化を見たギャラリーの方にも同様に広がっており、それまであのウサギは倒されたと思っていた観客達は大きくざわめいた。


「……さあ」


 その一方でさも嬉しそうに叫んだ満が右手の内の一つを高々と掲げ、それを地面に向けて勢いよく振り下ろした。


「さあさあさあさあ!」


 拳と地面がぶつかる。次の瞬間、そこから発生した赤いエネルギー波が波打つように地面の上を這い進みながら、サイクロンUの足下へ向けて進んでいった。


「おおっと! 黒くなったアラタがさっそく攻撃を始めた! 地を這う破壊エネルギーがサイクロンへ向かって突き進む!」


 それを見た豚が声を大にして言った。対する亮はその自分へ向かってくるエネルギー波を見て、それが件のアラタのように迎撃できないものであると悟って小さく毒づいた。


「避けるしかない……!」


 亮がそう言うと同時にサイクロンUの巨体が動く。赤いエネルギーの動きをギリギリまで見極めて、紙一重でそれを横っ飛びに避ける。敵を認識して追尾してくる様子は無く、弾速もそれほど速くはなかったので回避自体は容易だった。だがサイクロンUの真横を通り過ぎたそれが背後の市街地に着弾した瞬間、そのぶつかった地点から大爆発が発生して周囲の建物が次々と崩壊していく様を見て、亮は冷や汗を流した。

 あれは絶対に避けなければならない。亮は心の中で確信した。


「だったらもう一度!」


 一方でその様子を見た満はそう叫び、一歩飛び退いてから再び拳を地面に打ちつけた。赤いエネルギー波が地面の上を波打ち、まっすぐサイクロンUへ殺到する。


「ちいっ!」


 サイクロンUがまたもそれを紙一重で避ける。サイクロンUの背後で大爆発が発生し、少しして着弾地点一帯が残骸だらけの不毛の地と化す。


「これは凄まじい! 黒いアラタ、全く容赦がない!」

「今の私は満なんだけどなあ」


 赤いエネルギーの圧倒的な破壊力を目の当たりにした豚が叫び、それを聞いた満が苦笑混じりに呟く。だが幸か不幸か、その声は上空の実況解説陣や会場の観衆達には聞こえていなかった。一方でこの時の町の様子をサブモニターで確認した亮が、周りに聞こえる程度の声で満に向けて苦言を呈した。


「もう少し狙いを定めてから撃ったらどうだ?」

「避ける新城さんが悪いんだよ」

「俺だってまだ死にたくない」

「大丈夫、ちゃんと手加減するからさ!」


 その言葉を言い終えると同時に、今度は両手の二つの拳を同時に地面に打ちつけ、赤いエネルギー波を二つ出現させる。そしてその二つをサイクロンUに向けて飛ばす一方、自分は更にそこから一歩飛び退いて互いの距離を離した。


「今度は左右から同じタイミングで迫る! 左右の逃げ場を封じられた!」


 豚の実況の通り、それはサイクロンUの左右から同じタイミングで迫ってきていた。片方を横っ飛びにかわせばもう片方にぶつかってしまう。


「だったら!」


 だが亮は冷静だった。こちらに向かってくるそれらを、サイクロンUは真上に跳んで回避した。そしてギリギリで避けられた二つのエネルギー波はサイクロンUの真下で交差し、そのままそれぞれ反対側の方向へと進んで行き、サイクロンUの背後で二つの爆発を引き起こした。


「おおっと! サイクロンU、またしても華麗に回避!」


 豚が叫ぶと同時にサイクロンUが両足でどっしりと着地する。そしてサイクロンUは着地と同時にレーザーブレードを片手で構え、満に狙いをつけてそれを振り下ろした。


「でえいっ!」


 青白い光刃が縦に撃ち出され、まっすぐ満へ迫る。だが満は驚くことなく片手を持ち上げ、光刃に狙いをつけて拳を地面に叩きつけた。


「その程度じゃぬるいよ!」


 青白い刃めがけて、地面の上を赤いエネルギー波が走る。やがて両者が激突し、真っ白いスパークと雷鳴に似た音を響かせ対消滅した。


「やるね新城さん。このまま撃ち合いしよっか?」

「いくらなんでも不毛だ」


 嬉しそうに言った満に亮がそう返す。そしてそのまま正面を見つめ、更に自分と距離を離した満に向かって言った。


「さっきから撃ってばかりだな。いい加減近づいてきたらどうだ?」

「イヤよ。レーザーブレードで斬られたくないし」


 背筋を伸ばし、二本の腕を腰に当てながら満が答える。


「私、アラタと違って慎重派なの。敵の実力もわからないうちに突撃するなんて絶対にしないから」

「だから遠距離から攻撃し続けるっていうのか」

「ヘマはしないでしょ。少なくともボールみたいに打ち返されることはない」

「時には大胆に攻めることも重要だぞ。その六本腕は飾りなのか?」


 亮がそう言い返しながら、サイクロンUがレーザーブレードを両手で構える。それに対し、足の幅をわずかに広げながら満が言った。


「大胆ねえ。でもまあ一応、今からそれやろうとしてるんだけどね。その大胆な攻めってやつ」

「ワープか?」

「ううん、もっと凄いこと」


 そう答えてから満が前のめりに倒れ、二本の腕を肘を曲げて地面に突き刺し、四つん這いの姿勢を取る。


「なんだ、どうした事だ? 黒いアラタが妙な体勢に入ったぞ!」

「ねえ新城さん」


 そしてその姿勢のまま、豚の実況を無視して満が亮に言った。


「なんで今の私が腕を六本も生やしていると思う?」

「は?」


 亮が呆気にとられた声を出す一方で、満が残りの四本の腕を次々と地面に突き刺していく。その異様な光景を目にしながら、躊躇いがちに亮が言った。


「殴るためじゃないのか?」

「もちろんそれもあるよ。単純に攻撃の回数も増えるし、出来る事も増える。でも本当はそうじゃないの」

「じゃあどうするんだ」


 相手の攻撃に備えてサイクロンUが構えの隙をなくす。目を細めてその様子を見つめながら満が言った。


「体を固定するため」


 そう言ってから満が顎を外して大きく口を開ける。


「こんな感じにね」


 直後、黒い背中から赤く光る八本のシリンダーが出現し、口の奥から巨大な砲身が姿を現した。


「なあっ!」

「はあ!?」


 突然のギミックに豚が驚き、亮が唖然とした声を出す。そんな亮の眼前で背中から露出したシリンダーが外向きに回転を始め、電子音声じみた満の声が亮の耳に届く。


「メインエネルギー、ジェネレーター、バイパス接続。デストロイヤー起動。滅菌作戦を開始します。友軍は直ちに射線上から退避してください。繰り返します。デストロイヤー起動。友軍は直ちに射線上から退避してください」


 口から出てきた砲身が回転を始め、シリンダーから青白い電流が漏れ出す。それを見た亮の顔から血の気が一気に引いていく。その上空では豚と鶴の乗る円盤と中継用の円盤が、それぞれ実況と撮影を続けながら一斉に空の上へと退避を開始する。


「ターゲットロック。ターゲットロック。オートサーチ開始」

「くそっ!」


 亮が毒づき、サイクロンUが横に跳んで射線から身を避けようとする。だがその動きに合わせて、満は地面に突き刺していた六本腕を引っこ抜いて器用に動かし、砲身の正面が常にサイクロンUに向くように体を移動させた。


「ああっと! 完全に狙いをつけられてしまったかサイクロン! 逃げようにも逃げられない!」

「気持ち悪い動きしやがって!」


 蜘蛛のように腕を動かして体の向きを変える満を見て亮が嫌悪を露わにする。だがその間にも、満の背中のシリンダーの回転はますます速まり、口内から生えた砲身が赤熱化していった。


「カウントダウン。3」


 やがて電子音が無情な響きをあげる。それを聞いた亮は背筋が凍りつくほどの寒気を感じたが、それは同時に彼に逃げ場がないことを悟らせ、亮に一つの覚悟を決める後押しをした。


「2」


 サイクロンUがその場で立ち止まり、レーザーブレードの刃を収めて満と正面から相対した。この時満とその周囲は彼女の背中から生えたシリンダーが発した熱によってひどく歪んで見えており、その体内に蓄積されたエネルギーが臨界寸前である事は誰の目にも明らかだった。

 空の上で実況が何事か叫んでいたが、亮も満もそれを自身の意識の中に入れようとはしなかった。


「1」


 ウサギの中から声が響く。その直後だった。

 サイクロンUがウサギめがけて走り出した。


「こ、これはっ!」


 実況が叫ぶ。固唾をのんで見守っていたギャラリーが一斉に驚愕の声を上げる。

 満は驚かなかった。情けもかけなかった。


「滅菌開始。バースト!」


 満の電子音声が高らかに轟き、四つ目から光が失われる。直後、その砲口から赤黒い光線が放たれた。

 吐き出されたそれはまるで、ぎっしりと中身の詰まった量感溢れる極太の円柱であった。それは満の体をすっぽり覆い隠してしまうほどの大きさで、その後ろ足と六本腕で固定した体を大きく後ろにずり下げるほどの威力を持ち、しかし周囲に無駄な破壊の爪痕は残さなかった。

 その赤い柱は周囲の地面を抉ることなくその僅か上を猛進しながら、こちらに向かってきたサイクロンUをあっという間に飲み込んだ。


「ひ……っ!」


 それをみた観衆の何人かが悲鳴をあげる。そのサイクロンUを飲み込んだ後も勢いを失わず、後方の町の射線と重なった部分だけを音も立てずに一瞬で蒸発させた光線を見て、誰もが彼の生存は絶望的であると悟った。

 そのモニターの背景の色さえも赤く染めてしまう光線は、発射から五秒後に静かに立ち消えていった。町の光線を浴びた部分はその上半分だけを綺麗に切り取ったかのような有様となっており、そしていつもの青空を取り戻したモニターの中に、サイクロンUの姿は無かった。

 絶望的だった。


「い、いや! あれは!」


 しかし光線の消失と共に放たれた豚の声が、すっかり意気消沈しうなだれていたギャラリーの目線を再び持ち上げさせた。


「えっ、なんで!? なにしたの!?」


 実況が素で驚いた声を出す。モニターに映る光景を見た観客たちも、一斉にその顔を驚きに満ちた物に変えていった。

 だがこの時、一番驚いていたのは満だった。


「どうして……?」


 砲撃体勢のまま、その視線は肩越しに自分の背中に向けられていた。


「……どうやったの?」

「どうやったんだろうな」


 その満の視線の先、その背中の上には、片膝立ちの姿勢をとりながらレーザーブレードを首筋に押し当てる無傷のサイクロンUの姿があった。

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