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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十四章 ~女王「ヨミ」登場~
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「誤算」

 十轟院麻里弥は戦うこと自体は好きだったが、だからといってビッグマンデュエルの意向に一から十まで従うつもりはなかった。今回のイベントを企画したラ・ムー、そしてそのラ・ムーの上司にあたるビッグマンデュエル実行委員会のメンバーはとにかく派手な戦いを希望していた。血沸き肉躍る長期戦闘。これこそが彼らの一番に望んでいた試合展開であった。

 しかし麻里弥の駆るメガデスは、それとは全く逆の方法で決着をつけた。


「オラァ!」


 気合一発。飛びかかってきた巨大ウサギに対してのカウンタークロス。メガデスの右ストレートは六本の腕を大きく広げて突っ込んできたミチルの顔面を正面から捉え、左腕と引き換えにしてその黒く丸々とした巨体を前方に吹っ飛ばした。ミチルの体は片腕に自ら引き千切ったメガデスの左腕を握りしめたまま真後ろへすっ飛んでいき、進行方向上にある建物を根こそぎ破壊しながら、ついに凍り付いた地面に背中から激突した。地面に衝突した後も勢いは止まらず、ミチルは白く凍った地面の上をカーリングの球のごとく背中で滑っていった。信号機や自動車といった、今では凍り付いたそれらの物体がミチルの滑走に巻き込まれ、粉砕され、それを構成していた白く凍った破片を空中にまき散らしていく。


「……ッ!」


 しかしある程度滑った所でウサギが体を捻り、自分が粉砕していった物の破片を体にまとわりつかせながら片側三本の腕で地面を叩く。大きな破裂音が響き、黒い巨体が宙を舞う。ミチルはさらに跳んだ勢いのまま空中で体を捻り、地面に対して正面を向く。

 仰向けからうつ伏せの体勢になる。再度巨体が落下する。そして着地の瞬間、ミチルは六本の腕を広げて手を開き、三十本の指全てを地面に突き刺した。体に働く慣性が瞬く間に殺され、巨体は衝突地点から数メートルもしない地点で急停止した。


「あいつは!?」


 停止と同時にウサギが顔を上げる。白一色に覆われていた視界がオープンになる。雪嵐の吹き荒れる凍結した町並みーーそれの廃墟が露わになる。

 はずだった。


「あ」


 眼前にあったのは影だった。形を持った巨大な黒い影。それが何なのかを理解した時、ミチルは同時にそれの放つ殺気を悟った。

 何をしようとしているのかを知り、己の敗北を悟った。


「くたばれ」


 四つん這いの姿勢で着地したミチルの眼前に降り立ったメガデスは足の形をした金属の塊を持ち上げ、こちらに向けてきたウサギの顔をその超重量のそれでもって真上から踏み潰した。





 総戦闘時間四十秒。次元監察局の用意した避難室でその様子を見ていた避難民達は呆気に取られていた。直接言葉を出す者はいなかったが、そこにいた者達の顔には「もう終わりなのか?」と言わんばかりの困惑に満ちた表情がありありと浮かんでいた。それは今まで彼らが抱いていた悲嘆や怒りよりも色濃く浮かんでいた感情だった。

 しかし東京上空で円盤に乗りながらそれを知ったラ・ムーはさらに愕然としていた。


「ええ……」


 いくらなんでも早すぎる。ゴングが鳴ってから一分も経っていない。もっと長引くかと思っていたらこの有様である。そもそも世界各地で同時に試合を行わせたのは、ただでさえ派手な戦いの様子を同時に上映し、相乗効果によって単一でそれを見る以上に見る者の興奮を煽っていくのが狙いであった。

 だというのに初っ端からこれである。盛り上がるも何もあったものじゃない。完全に目測を誤った。アロハシャツを着た人型の豚は実況マイクのスイッチを一旦切り、それから頭を抱えた。


「まずい、これどうしよう」

「もうそちらの方は諦めるしかないでしょうね。それは終わったものとして区切りをつけて、他の地区の戦いを重点的に流していくべきでしょう」


 苦悩を口にするラ・ムーに向けて、隣に座っていたソロモンが助け船を出す。その助言を寄越した紺の着流しを身につけた鶴も片翼を広げ、顔を隠すようにして頭を抱えていた。しかし落ち込んでばかりもいられない。同じタイミングでそう思ったラ・ムーとソロモンは顔を上げ、そしてラ・ムーの方から声を上げた。


「よ、よし、予想外の出来事はいつだって起きるものだ。過ぎたことは仕方ない。これからフォローしていこう」

「そうですね。他の場所で何が起きているか見てみましょう」


 ソロモンの言葉にラ・ムーが頷く。そして改めてマイクのスイッチを入れ、実況を再開した。


「さ、さあ、北アメリカ大陸の方では既に勝負が決したようです。まったく速いですね。ところで他の地区での勝負はいったいどうなったでしょうか?」


 ラ・ムーの言葉にあわせて世界各地で動いていた撮影カメラが一斉に映像を送信し、二人の目の前の空間にいくつもの小さなモニターが出現する。その中で最初に出現したモニターに映された映像がラ・ムーの視界に入る。

 見た瞬間ラ・ムーは絶句した。


「あ、え」


 そこには一体の竜と蛇がいた。撮影場所はロンドン。かつて世界に名を馳せる時計塔のあったその一角は、今は広大なジャングルと化していた。その木々が鬱蒼と生い茂る緑の海の中に、件の二体の怪物の姿があった。

 その竜は痩せていた。下腹部からは表皮の上から肋骨が浮き出ていた。四本の足で地面に立ち、背中から立派な翼を生やし、頭から綺麗に捻れた一対の角を備えていた。鱗はなく、毛も生えておらず、光沢のあるすべすべとした表皮を周囲に晒していた。一方の蛇は雄々しく身の締まった体躯をしており、堅固な鱗で全身を覆い、さらに両方の体の端にそれぞれ一つずつ頭を備えていた。

 そして今、蛇は竜の足下で力なく倒れていた。蛇の双頭の口からはそれぞれ白い泡が溢れ出し、それを見下ろす竜の口からは紫色の煙が漏れ出ていた。


「あーあ、終わっちゃった」


 竜が不意に人語を放つ。そして蛇から視線を外して頭を持ち上げ、天に向かって大きく口を開けた。それは勝利の雄叫びではなく、ただの欠伸だった。


「戦闘狂獣も毒には弱いんだね」


 そして一頻り欠伸をした後、閉じた歯の隙間から紫の煙を吐き出しつつ竜が一人ごちた。それに反応するように蛇の体が小刻みに痙攣し、続けて泡を吹いていた頭の一つが僅かに口を動かした。


「ゆ、ゆうちゃん、けっせい。けっせいくれ……」

「ダハーカ竜の血清なんか無いよ」


 その苦しげに呻く蛇に竜がさらりと言葉を返す。それを聞いた蛇は全身から力を抜き、それっきり動かなくなった。そしてぴくりともしなくなった蛇を見下ろしながら、その鱗のない竜、もとい竜の姿を取った芹沢優は小さく呟いた。


「つまんないなあ」


 試合開始のゴングが鳴ってから一分後のことだった。





 またしても予想外のことに、ラ・ムーとソロモンはまたしても絶句した。阿呆のように口を開け、そのモニター越しに映る光景を凝視していた。


「また終わった……」


 紺の着流しを着た鶴が呆然と呟く。またも訪れた速すぎる幕切れを前に、それ以上の言葉は出てこなかった。それとは別のモニターから重々しい悲鳴が聞こえてきたのはその直後のことだった。


「無理! 無理! ギブギブギブ! 降参する! します!」


 そのモニターの向こうでは恐竜が横倒しになったまま悲鳴を上げていた。その一見してティラノサウルスのような外見を持った緑色の恐竜は、頭の上に大砲をくっつけていた。鉄柱の中身をくり抜いただけのシンプルな代物で、その砲身の口からは白い煙が吐き出されていた。

 恐竜の後ろ脚には一体のロボットが組み付いており、よく見るとそのロボットは恐竜の脚に対して関節技を決めていた。相手の脚の膝から上を自身の両足で、足首を両腕と胸の間でそれぞれ挟み込み、その体勢から上体を反らして本来膝の曲がる方向とは逆の方向に引っ張り上げる。俗に言う膝十字固めの体勢である。


「やめて! 折れる! 脚折れちゃう! 勘弁して、勘弁してください! それ以上されたら本当折れるから! 痛い痛い痛い痛い!」


 技をかけられていた恐竜はそれをふりほどくこともせず、ただ泣き叫んで許しを乞うていた。少しでも力を込めれば自分の脚が膝を支点にして「反対向き」に折れると直感し、動くに動けなかったのだ。しかし一方で技をかけていたロボット、新城亮の操るサイクロンUは、そんな相手の懇願などどこ吹く風と言わんばかりに技をかけ続けていた。恐竜よりも一回りも小さなサイクロンUはその自身の細身で小柄な体躯を活かし、そして限りなく人間のそれに近い、芸術品とも思えるほどに滑らかな流線型で構成された手足を使って、その恐竜の脚に絡みついていた。前脚の発達していない恐竜にとって、タコのようにへばりついたそれを引き剥がすことはもはや不可能だった。


「も、もう駄目、限界、助けて・・」


 結局、恐竜はそのままギブアップとなった。そしてサイクロンUが脚から離れた後も、恐竜は横倒しの状態のまま動こうとはしなかった。


「まだまだだな。もっと足下にも気を払った方がいいぞ」


 サイクロンUを駆る亮はその恐竜を見ながら、静かにアドバイスを寄越した。恐竜は荒い呼吸を繰り返すだけで、それに返答する余裕は無かった。

 そして亮がその言葉を放つ頃には、他のモニターの向こうで行われていた戦闘も次々と終わりを迎えていた。そのどれもがあっという間の出来事であり、盛り上がりも何もない物だった。獣が倒れている所もあれば、逆に獣が相手を打ち倒していた所もあった。いずれにしろ短期決着であることに代わりはなかった。

 ふとラ・ムーが時計に目をやると、まだ始まってから二分も経っていなかった。全てのモニターで戦闘が終了していた。その尻切れトンボにも程がある幕切れを前にして、鶴と豚は揃って頭を抱えた。


「なんかもう終わっちゃってるよ……」





「もう終わったのか」


 そしてその結果を見て驚愕していたのは、次元監察局の面々も同様であった。しかし実況解説と違いこちらはさしてショックを受けてはおらず、むしろ「こういう終わり方になったのか」と興味深そうにモニターを眺めていた。


「どうしてこうなったんですかね」

「被我の実力差が大きすぎたからではないでしょうか? 実力が拮抗していれば互角の戦いになって、時間もそれなりに延びると思いますから」

「そうなのか?」


 局員の一人の言葉を聞いて、他の者達が顔をつきあわせて議論を始める。先ほどの局員の発した言葉を受けて、それぞれが思う「短期決着の理由」をぶつけ合ったのだ。その議論は静かながらも白熱していったが、その内議論をしていた一人が改めてモニターの方を見ながらぽつりと呟いた。


「でもこれ、興行的には失敗ですよね?」



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