「転生儀式」
そのプランを聞いたヨミは二つ返事で協力に同意した。またしても即断即決であったので、交渉に赴いた次元監察局員の面々は一様に「この人は何も考えていないんじゃないのか」と不審がった。
「失礼な。私だってちゃんと思うところはあります」
そんな彼らの心の声を察したのか、玉座に座っていた月の女王はそう言って頬を膨らませた。その仕草は非常に子供らしく、とても一介の王族がするような態度には見えなかった。そして「では協力する理由を教えていただきたい」と観察局員の一人に問われると、ヨミは表情を引き締めて元通りの顔つきに戻ってから答えた。
「潮時と思いましたので」
「潮時?」
「今、この世界は大きな変革の時を迎えています。それまで存在していた理そのものを根本から破壊してしまうほどの大きな変革です。そして我々が生きていくためには、その新しく生まれつつある価値観に馴染んでいかなければならない。いつまでも古い考えにしがみついていれば、待っているのは自滅だけです」
ヨミの返答を聞いた監察局員は誰もが目を剥いた。なんだ、ちゃんと考えているのか。そう思う客人を前にヨミは続けた。
「そして今、地球の人々は自滅しようとしています。新しい価値観に馴染ませていかなければ、その新しい環境下で生きていくしかないのだと自覚させなければ、彼らは遠からず絶滅してしまうでしょう。一つの世界に保護されていた幼年期はもう終わり、これからは多くの世界と自分からつきあっていかなければならないのだと知るべきなのです」
「そのためならば、どんな荒療治も厭わないと?」
「破滅を避ける方法が他にないのなら、それもやむを得ないでしょう」
ヨミの瞳は決意と覚悟に満ちていた。その目を見て、そしてその言葉を聞いた監察局員の面々は「まことに仰る通りです」と皆ヨミに軽く頭を下げた。ヨミは「自分の意見を言っただけですよ」と微笑みながら謙遜の態度を崩さず、そして頭を上げた監察局員に向かって言った。
「では、私は言われた通りに動けばいいのですね?」
「そうしていただけると助かります」
「わかりました。ではそのように」
「それと、一ついいでしょうか」
ヨミが理解した旨を伝えた直後、局員の一人が不意に声を上げた。なんでしょうかと問いかけるヨミに、その声を上げた者は遠慮がちに答えた。
「一つ質問してもよろしいでしょうか」
「はい。なんでしょう?」
「なぜあなたはそこまで協力的なのですか? 言ってしまえば、地球はあなた方にとっては赤の他人のはずです。無視しても構わないはずなのにどうして?」
それは決して相手を茶化しているものではなかった。真剣に疑問に思い、相手に真意を正そうとしていた。そんな局員の言葉を聞いたヨミは、微笑みながら答えた。
「誰かを助けるのに理由がいりますか?」
シンプル極まりない回答だったが、シンプルすぎて誰も反論できなかった。
そうして話し合いが決着し、監察局員にまたしても協力することになったヨミは、まず手始めにかつて自分のところにいた人物にコンタクトを取った。
「富士さん、私です。今大丈夫でしょうか?」
ヨミからいきなり連絡を受けた富士満は、しかし別段驚く様子も見せずにそれに応対した。
「あれ、ヨミ様? 珍しいですね。どうしたんですか?」
「久しぶりにあなたの声が聞きたくなりまして。ほら、長い間会っていないじゃないですか」
「そう言えばそうですね。ごめんなさい、ちょっと最近色々あって忙しくって。話す機会が中々取れなかったんですよ」
「大丈夫、気にしていませんよ。地球で何が起きているのかはこちらも把握していますから」
話し相手が月の女王であるとは到底思えないくらいにフランクな態度で接してくる満に対し、ヨミもまたそれを咎めることもなくまるで数年来の付き合いを続けてきた友人のように反応を返した。そうして暫くの間雑談に花を咲かせた後、ヨミはようやっと満に本題を話し始めた。
「ああ、それなら先生から聞いてます」
どうやら根回しは既に済んでいたようだった。あらかじめ亮から計画の概要を聞いていた満は、ヨミの要請を素直に受諾した。しかしヨミの頼みを受け入れて計画の「実行側」に回ることになった満は、その後で素直に自分の驚きを電話越しにいた女王に伝えた。
「しかし、まさかヨミ様が噛んでくるとは思いませんでしたよ」
「どうせやるなら派手にやりたいと思ったのでしょう。私はそういうの嫌いではありませんよ」
「面倒くさいなーとか思わなかったんですか?」
「いいえ。困っている相手を助けるのは当然のことですから」
即答するヨミの言葉を聞いて、満は「ああこの人は変わってないな」と妙な安心感を抱いた。それから二、三言葉を交わして通信を終えた後、満は亮とヨミから言われた通りに下準備を進めた。
「まだ繋がるかな?」
そう言って満が取り出したのは携帯電話だった。それから彼女は電話帳機能を使い、そこにある一番上の番号を入力して連絡を取り始めた。
「あ、もしもし? 久しぶり。ミチルだけど、今ヒマ?」
通話の通じた相手に満が親しげに話しかける。通話口の向こうにいる相手も満の言葉を聞き、「ミチル? 久しぶりだな」と懐かしむような口振りで言葉を返した。
「ところでミチル、今どこにいるんだ?」
「私? 今地球にいるよ」
話し相手が問いかけ、満が答える。今度は満が同じ質問を相手に返し、向こうも自然な感じでそてに答えた。
「ギルルモ星系第四惑星」
「どこそこ?」
「地球から、えーと・・二百万光年くらい離れたところにある星だよ。綺麗な海が特徴だ」
「リゾート地みたいな感じ?」
「そんな感じだな。今そこでボディーガードしてるんだけど、居心地良くてすげーいいよ」
相手は非常にリラックスしていることがその語り口から見て取れた。耳を澄ますと、通話口の向こうから波の音と海鳥の鳴き声のような音も聞こえてきた。満は今自分がいる境遇を思い出し、なんだか相手が羨ましく思えてきた。
しかし雑談ばかりしてもいられない。満は早速本題を切り出した。回答はすぐに返ってきた。
「ああいいぞ。いつそっちに行けばいい?」
満は特別驚くこともなく日時と場所を教えた。それから何度か話をした後で通話を切り、次に電話帳の一個下の相手の番号に電話をかける。満の電話はその後も暫く続き、最終的に話が通じたのは十五人、満の要請を受け入れたのはその内の十二人だった。
「それで、そこに強い奴はいるのか?」
そしてその最後に満が連絡を取った相手が半信半疑気味にそう尋ねると、満は自信満々にそれに答えた。
「もちろんいるよ。大量にね」
「そんなにか」
「うん」
「戦闘狂獣よりも?」
「もちろん」
通話口の向こうから暗い笑みが漏れ聞こえる。それがきっかけになったのか、満に質問した男は彼女の提案を受け入れ、「暴れるために」地球に降下することを約束した。これで十二人目。
戦闘狂獣十二体。多くはないが、少なくもない
。まあこれくらいでいいだろう。イベントに向けた戦力の確保に成功した満は、それから本番の日まで適当に暇を潰したのだった。
「まさかあなたが一枚噛んでいたとは、さすがに読めませんでしたわ」
そして本番の日。全てが凍り付き極寒の地と化したワシントンの中心部。かつてあった摩天楼が片っ端から粉砕され今や大小の氷塊の散乱する荒れ地と化したその場所で、十轟院麻里弥は呆れたような声を出した。そしてこのとき巫女の紅白衣装を着たような外見を持つ人型兵器「メガデス」に乗り込んでいた麻里弥と相対していた、それと同じサイズをした黒ウサギは目を細めて愉快そうに声を返した。
「びっくりでしょ?」
「全くその通りですわ。まさか最初からこれに参加するつもりでしたの?」
「違う違う。私も先生から言われて初めてこれ知ったんだよ。でも面白そうって思ったのは確かかな」
答えながらウサギが舌なめずりをし、続けて刃物を研いで切れ味を増すように右腕の一本を丁寧に舐め上げる。その動作を自分の機体のコクピット越しに見た麻里弥は、自分が相手にとって「獲物」と認識されたのを悟った。
「ま、そんなことは後ででいいからさ。今は楽しもうよ」
ウサギが目を細める。そして相手を抱き込むように六本の腕を大きく広げ、威嚇のポーズを取りながら叫び声を上げる。麻里弥は腹を括った。
色々話すのは決着がついてからだ。
「相変わらずの戦闘狂ですわね」
麻里弥が呟き、メガデスが構えを取る。背中に刀を背負った巨大な巫女服ロボットが体中から金属音を鳴らし、目の前のウサギに向けて臨戦態勢を取る。
ロボットとウサギが構えたまま向かい合う。そして雪嵐の吹き荒れる白銀の世界の中、両者が正面から激突したのは、空の彼方からラ・ムーの叫び声が轟いたのと同時だった。




