「下準備は万全に」
会議はその後四回行われ、最後の会議でおおまかな「イベント」の流れが固まった。そして参加者である亮とケン、その他の面々はイベントの参加者を募るために翌日から別行動を取った。
「……というわけで、それを成功させるために皆に協力してほしいんだ」
亮は会議の翌日に施設の一室に元二年D組の中の一部のメンバーを集め、それまで自分がしてきた会議の内容を説明した。しかしこの時、亮は「世界の枠を越えた大きなイベントをやる」と大雑把に説明しただけあり、どこで何をするのかについては一言も言わなかった。
彼らを含むD組の面々は、その全員が今彼らのいる統合機関施設ユニオンの隣に立てられた居住施設に移り住んでおり、そこから歩いて二分の場所にあるユニオンの一室で授業を受けていたのだった。
なお、月光学園に在籍していた生徒達の中でこの時ユニオンとその周辺施設の中で生活しているのは件のD組の面々だけであった。他のクラスの者達は生死不明で連絡がついていないか、自分からユニオンへの合流を拒んでいるかの二択であった。ユニオンに合流していたD組以外の生徒は一人だけだった。
閑話休題。自分が集めた面々を前に亮が言葉を続けた。
「もちろん参加は自由だ。強制はしない。ただ出来ることなら、このことは他言無用で頼む」
「それはわかったんだけど、先生ちょっと質問いいですか?」
ここに呼ばれた面々の一人である芹沢優が亮に尋ねた。声をかけられた亮は自分の言葉を切り、優の方を向いて言った。
「なんだ、芹沢?」
「なんで私達なんですか?」
「どういう意味だ」
「いや、なんで私達だけをここに呼んだんですかね?」
そう言ってから優が周りを見渡す。月光学園の教室を再現したその部屋の中には、芹沢優、十轟院麻里弥、進藤冬美、益田浩一、富士満、そしてアスカ・フリードリヒの六人がいた。新城亮を含めても七人であり、その七人だけでこの三十六人分の机が用意された教室の中を占有していた。それはなんとも物寂しい風景であり、ここにいた七人は時折寒気にも似た空虚さを味わい、背筋を震わせた。
「なんならD組全員呼べば良かったのに、どうして限定したんですかね」
「そう言えばそうデスね。なんで全員呼ばなかったんデス?」
「お前はD組の生徒じゃねえだろ」
優に続くようにして喜色満面に言ったアスカに、机の前に座って頬杖をついていた浩一が冷静に突っ込む。それを聞いたアスカは「ワタシの心はD組に染め上がったのデース」と自信満々に答え、優と浩一は揃ってため息をついた。麻里弥はその様子をにこやかに眺め、満は我関せずとばかりに明後日の方向へ顔を向け、冬美もとい熊の着ぐるみは机に突っ伏して寝息を立てていた。
「それで、理由はどんなのデス?」
そんな周囲の反応などお構いなしに、アスカはまっすぐ亮を向きながら尋ねた。亮も周囲の様子を努めて無視しつつ、そのアスカからの質問に答えた。
「それはあれだ。少数精鋭ってやつだな」
「クラスの中で上から強い順ってことですか?」
それまでそっぽを向いていた満が亮の方を向いて問いかける。それを聞いた亮は頷き、そして続けて言った。
「そういうことだ。このイベント、というか試合はかなり危険な物になると思うからな。実力が十分な者達に出張ってもらいたいと考えているんだ」
「試合って言っちゃったよ」
「そのイベントって戦うんですか?」
亮の言葉を聞いた浩一が呆れと驚きの混じった声をあげ、優が唖然とした声を出す。その顔は「面倒なことに巻き込まれちゃったよ」と言わんばかりの苦悶に満ちたものだった。
「え、マジで? 本当にそういう系なんですか?」
「そういう系だな。誰とどこで戦うかまではまだ言えないが、少なくとも危険な相手であることに代わりはない。俺が言うのもあれなんだが、相当強いぞ。だから実力のある皆に集まってもらったというわけだ」
「先生が教え子を率先して戦場に送り出すのはどうかと思うんですけど」
「実技講習の一環だと考えてくれ」
ジト目で懸念をぶつけてくる優に亮がきっぱりと答える。それから亮は優の方を見ながら言った。
「今回の件に関しては、俺の妻やカミューラ先生は出張っては来ない。大丈夫、対戦相手もこっちで用意するし、彼らもちゃんと手加減する。ビッグマンデュエルの人達も関わってくるから死ぬこともない。思いっきり暴れてくれて構わないぞ」
「……まあ、別に本気で嫌って言ってるわけじゃないんですけどね。筋が通ってるならそれでいいですよ」
それを聞いた優は観念したように肩を落とし、「やれと言われたらやりますしね」と言って目を伏せた。一方で二人のやりとりを聞いた麻里弥は楽しそうに微笑み、口元で両手を合わせながらにこやかに言った。
「とても面白そうですわね。わたくしは是非とも参加させていただきたいですわ」
「いいのかよ?」
「はい。特に思い切り暴れていい、という所に魅力を感じました。そういうことなら大歓迎ですわ」
驚く浩一に麻里弥が返した。浩一は一瞬呆気に取られた表情を浮かべ、その後すぐにため息をついて言った。
「相変わらずだなお前は」
「マリヤはいつもそんな感じだクマ」
と、そこでそれまで机に突っ伏して眠り込んでいた冬美が、浩一の言葉に反応するように顔を上げながら言った。そして冬美はそのまま亮を見つめながら、寝起きとは思えないほどはっきりした声で言った。
「私もそれに参加させてもらうクマ。最近暇で仕方なかったんだクマ。体が鈍って仕方ないんだクマ」
「あなたもやるの?」
「冬美様も参加してくださるのですか? あなたが加わってくださるならまさに千人力ですわ」
満が驚き、麻里弥が声を弾ませる。亮は申し訳なさそうに「今決める必要はないんだぞ」と返したが、麻里弥と冬美は己の意向を変えなかった。次に二人の意見を聞いた満も同様に「私も参加する」と言い出した。理由を聞いてきた亮に、満は大きな欠伸を噛み殺してから答えた。
「私も冬美ちゃんと同じですね。最近もう暇で暇で仕方なくって。異世界から何か怪物とか出てきてくれないかなーとか思ったりするんですけど、全然その気配ないし。戦ってくれる人もいないし」
「平和って素敵じゃない?」
「そりゃまあ平和もいいとは思うけどさ、私はやっぱり戦ってる方が性に合ってるんだよね。アラタもそう思ってる感じだし」
優からの問いかけに満が答える。浩一が「尖塔種族ってやつか」と呟き、それに対して満が「まあ性分だよね」と返す。ちなみにこちらの世界にも、満の言う「異世界の怪物」やこちらの世界の征服を目論む侵略者が少なからずやって来てはいたのだが、それらの危険因子と判断された者達はその全てが表立って脅威となる前に次元監察局の手によって「処理」されていた。このことはここにいたD組の生徒や亮、ましてやこの星にいる全ての存在にさえ知らされていない事実であった。
とにかくこの時点で三人も立候補者が現れた。それを見た亮はそんな急いで結論を出そうとしていた面々を落ち着かせようと、困惑しながらも諫めるように言った。
「ま、まあ、今すぐ決めろって訳じゃないからな。今日無理して決める必要は無い。本番までまだ時間もあるし、ゆっくり考えても」
「ハーイ! ハーイ! ワタシもそれに参加するネー! ワタシも戦うデース!」
しかしその亮の言葉を無視して、アスカが勢いよく席から立ち上がり、右手をピンと伸ばしながら言った。さらにはそれに続くように、浩一と優も揃って参加の意を示した。
「まあ暇なのはこっちも一緒なんだけどな」
「ゲーセンも本屋も無くなっちゃったしね。勉強以外にすること無いって実際苦痛だよ」
お前ユニオンが出来る前は「授業が恋しくなってきた。無いなら無いで寂しいよね」とか言ってただろうが。優の言葉を聞いた亮は思わずそう言いたくなったが、ぐっと我慢した。
代わりに亮は、念を押すように目の前にいる六人に問いかけた。
「じゃあ、本当に全員やってくれるんだな?」
六人は揃って頷いた。亮は観念したように顔を俯かせて大きく息を吐き、それから再び顔を上げて生徒達に言った。
「わかった。じゃあここの六人は参加するということを伝えておく。本番の日時は後で教えるから、それまでもう少し待っていてくれ」
その後亮は終了と解散を告げ、生徒六人は思い思いに背伸びしたり携帯電話を取り出していじり始めたりした。その中で亮は満を呼び、二人してドアを開けた先にある渦巻き状のワームホールを通って大広間に向かい、その隅っこの方に移動した。
「富士も参加する方向でいいんだよな?」
こんなところで何をするのかと問いかけてきた満に、亮は真剣な顔で言った。その言葉の意図が分からず、とりあえず首を縦に振った満に向けて、亮は一度周囲を行き交う人影――人でない何かの姿の方が圧倒的に多かったが――を見てこちらに聞き耳を立てている者がいないのを確認した後で言った。
「少し協力してほしいんだ」
世界各地の都市に隕石が落ちたのは、その一週間後のことだった。




