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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十四章 ~女王「ヨミ」登場~
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「一念発起」

 全ては移ろい変わりゆく。

 永遠に同じ物は一つとして存在しない。

 物も人も、全ては等しく変わっていく。

 留まることは許されない。

 流れに身を任せ、変化を受け入れることも重要である。

 特別な力のない多くの人間は、特にそうするべきである。

 死にたくなければそうするべきである。

 するのだ。

 しろ。





「こんな感じでどうだろうか」


 ザイオンは手元のメモ帳に書いた文章を隣に座っていた「それ」に見せた。その文章を見た「それ」は一読してから眉間に皺を寄せ、生まれつきの重々しい口調でそれを見せてきた禿頭の老人に答えた。


「最後が適当すぎると思うが」

「こうした方が余韻を残せると思ってな」

「とてもそうは思えんな」

「これがこの世界のやり方なのだ。少なくとも私はそう思っている」


 老人の言葉を聞いて、それーー宇宙海賊レッドドラゴン首領のサティは首を傾げた。鎧の下から覗く赤銅の肌、側頭部から雄々しく生えた角、背中の翼、六本の腕と、おおよそ人間とかけ離れた外見を備えた彼は、ザイオンの言う「余韻」の意味を今一つ理解出来なかった。


「そうなのか?」


 理解できなかったので、サティは反対側に座っていた人物に話を振った。そこにいたのはサティと同じく異形だった。全身を真っ赤に染め上げた、人の形をした赤い絵の具の塊。本来顔を構成するはずのパーツをいっさい削ぎ落としたその赤いのっぺらぼうは、サティからザイオンのメモを受け取ってそれをまじまじと見た。


「ジャヒー、この世界の住人のお前なら、それの風流がわかるはずだ」


 ザイオンが期待に満ちた目を向ける。しかしジャヒーと呼ばれたそののっぺらぼうはメモから顔を離し、表情の代わりに肩をすくめて感情を表現した。


「何がなんだかさっぱりね」


 そしてどこからか否定の声を出した。口は無かったが、その声ははっきりと二人の耳に聞こえた。するとその声に反応したのか、彼らの座っているテーブルの反対側に腰を下ろしていた少女が彼らに向けて声を放った。


「さっきから何を話しておるのだ? 私にも教えてくれんか?」


 腰まで届く白い髪を備え、藍色の和服に身を包んだその少女が、テーブルに両手をつきザイオン達の方へ身を乗り出しながら言った。メモを持っていたジャヒーは一度ザイオンの方に顔を向け、そしてザイオンが言葉の代わりに頭を縦に振るのを見た後で少女の方に顔を戻す。


「これ読んでみてくれる?」


 ジャヒーが手を伸ばしてメモを差し出す。少女はそれを受け取って自分の席に戻り、上から下まで目を動かす。そして一巡した後でしかめっ面を浮かべ、ジャヒーの方に視線を動かしながら苦々しく言った。


「なんなのだこれは?」

「何って、詩?」

「これが?」

「らしいけど。ちなみに感想は?」

「ひどいな。中学生の作文みたいだ」


 少女が即答した。ジャヒーは「やっぱりね」と言わんばかりに顔全体でそっぽを向き、サティはせめて笑うまいと咳払いをして誤魔化した。ザイオンは一瞬驚いた顔を見せた後、すぐにその表情を苦い物に変えて反論した。


「そこまで言うことはないだろう」

「嘘をついても仕方ないだろ」

「老人に対する心配りは無いのか」

「少なくとも私はお前より年上だぞ?」


 頬杖をつきながら和服の少女がニヤリと笑う。それから鋭く研ぎ澄まされた目を細め、口元を不敵に笑わせたままザイオンを見つめた。相手を小馬鹿にし、威嚇しているのが丸わかりな目つきだった。対するザイオンも負けじと目に力を込めてその視線を正面から見つめ返す。ジャヒーはそっぽを向いたまま「どっちも子供よ」と毒づくように呟いた。


「主賓が来たみたいですよ」


 そこでそれまで一言も喋っていなかったリーゼント頭の男が声を上げた。それからその男はザイオンと、テーブルを挟んで彼と睨み合っていた少女を交互に見やり、困ったように声を出した。


「ほら、二人ともそこまでにして。ザイオンも多摩さんも大人げないことしないで」

「大人げないとはどういう意味だ。私は何も悪いことはしてないぞ」

「そもそもあなたが人を小馬鹿にするような態度取るのがいけないんでしょうが」


 リーゼントの男に指摘され、彼に多摩と呼ばれた少女が言葉を詰まらせる。彼の言い分は至極もっともであったので、多摩はそれ以上何も言えず、だだっ子のように頬を膨らませた。


「かわいい顔したって駄目です」

「むう、最近の人間は気が短いのう」

「そういう問題ではないと思うがな」


 そしてリーゼントの男に食いつく多摩に向けて、サティが横から口を挟んだ。そんな彼らの元に、扉を開けて中に入ってきた二つの人影が近づいてきた。一人は「至って普通の」人間の形をしたスーツ姿の男であり、もう一人はアロハシャツとズボンを身につけた肥満体の人型の物体だった。それが純粋な人間と異なっていたのは、首から上に生やしていたのが豚の頭であることであった。


「待たせてしまいましたかね」

「いやあ、申し訳ない。途中でお腹が痛くなってしまって。しばらくトイレで動けなくなってしまったんですよ」


 スーツの男に続いて豚頭のそれが申し訳なさそうに答える。それを聞いた面々は一様に「まあ仕方ないな」と言わんばかりの表情を浮かべ、そして最初にリーゼント頭の男がスーツ姿の男の方を見ながら言った。


「今日はこれだけで話すのか?」

「そうなるな。今日はこれだけだ」

「次の会議にはもっと多く来るんかね?」

「まあ細かい調整はするかもだけど、あまり多くの人には知られたくはないな」


 こういうのはインパクトが大事だ。スーツの男が続けて言うと、そこに集まっていた面々は皆一斉に首を縦に振った。そしてそんな男の隣に立っていた豚頭の男は静かに空いた席に着きながら、周りを見渡しつつ声を出した。


「さて、皆さん積もる話もありましょうが、そろそろ本題を始めましょうか。今日皆さんにはそのために集まってもらったのですからね」





 この話し合いの席を設けたのは豚頭の男、もといビッグマンデュエル地球方面実況役のラ・ムーであった。実施場所は月光学園を解体して建て直した次元統合機関ユニオンの中にある小会議室、彼の隣にいたスーツ姿の男、つまり新城亮が元教師の男をこの施設の中で対面した一週間後のことであった。なおメンバーは亮とその友人のリーゼント頭の男、ケン・ウッズにラ・ムーが事情を説明した上で「影響力のあってパンチの効いた人達を呼んできてくれ」と頼み込んでかき集めさせた者達で構成されていた。

 ラ・ムーがこの話し合いを開いたのは、彼の上層部の意向が影響していた。彼の上司、つまりビッグマンデュエル実行委員会の面々は、件の地球で起きた激変を「一大イベントを開く好機だ」と捉えたのだった。あの破壊と喧噪に満ちた混沌の中でド派手な試合を行えば、さぞや素晴らしい画が撮れるに違いない。委員会はそう判断し、早速地球に駐在していたラ・ムーにその旨を伝えたのだった。

 曰く、「内容はお前に一任するから、何か派手なイベントを組め。それを銀河中に放映する。予算は全てこちらで持つから、とにかく派手なことをしろ」。無茶振りにも程があった。

 しかし困ってばかりもいられない。それが上の指示ならば従うしかない。この時地球から離れて衛生軌道上にあるビッグマンデュエル実行委員会所有の中継基地に避難していたラ・ムーは、仕方なく重い腰を上げた。

 しかし次元監察局は目聡かった。どうやってかは知らないが、とにかくその実行委員会とラ・ムーの動きを察知した彼らは即座に行動を開始し、ノープランのまま地球に降り立ったラ・ムーをその場で拘束した。そしてアルフヘイムのど真ん中に突き刺さっていた監察局本部に連行し、数分間の尋問の後に、彼らはラ・ムーの受けた指令の内容を知った。

 それを知った監察局員の面々はまず憤慨した。そいつらは異種族の危機をなんだと思っているんだ。取引材料のカツ丼を頬張る豚から話を聞いた者達は一人残らず、程度の差こそあれ怒りを露わにした。しかしその内、局員の一人が声を上げた。


「それをこちらも利用してやるというのはどうでしょうか」


 彼はその後続けてこう言った。今この世界は疲れ切っている。人々は混乱の連続で活力を失い、停滞の極みにある。前進を止めた種族の先にあるのは滅亡だ。そうならないために、その今のこの世界に存在する鬱屈な雰囲気を、この豚の言っていた「イベント」で吹き飛ばしてしまうのだ。


「今我々がすべきなのは噛みつくことではない。これを利用し、この世界に再び活力を与えるべきです」


 男の言い分には誇張も多分に含まれていた。しかし他の局員はそれを指摘したりはしなかった。生存者の保護と物資の確保についてのプランがあらかた形となった今、次に解決すべき問題はこの世界に蔓延する絶望をどうやって消し去るべきかであった。それを主な議題として日々議論を戦わせていた彼らにとって、その提案は天啓に等しいものだったのだ。


「そのイベントを起爆剤とするのです。思い切り派手に暴れてもらって、人々を歓喜させるんです。どうせなら世界中で試合もやりましょう。もうやってるならもっと数を増やしましょう。とにかく賑やかすんです。お通夜ムードを吹き飛ばすんです」


 男は続けて己の計画を語った。誰もがその男の言葉に耳を傾けていた。そして全てを聞き終えた後の彼らの意志決定は迅速だった。


「あなた、ラ・ムーと言いましたね。私達もあなたの計画に協力します。出来る範囲でなら何でもします。どうぞ申しつけてください」


 局員の一人がラ・ムーに向き直り、真剣な面持ちで話しかける。そんな途端に友好的になった城ローブとフードを身につけた男を前に、カツ丼をあらかた食べ終えていたラ・ムーはまず生理的嫌悪感を覚えた。





 そして今に至る。この時亮とケンにそれぞれ頼み込まれてここに集まっていた面々は、既に二人からそれまでの経緯を知らされていた。なので前置きもそこそこに、彼らはまず簡単に自己紹介をした済ませた後、早速本題に入ることにした。


「派手なことをすればいいのだな?」

「そうです。とにかく記憶に残るような、脳味噌に焼き付くようなド派手なことをするんです」

「いきなりそんなこと言われてもねえ」


 サティの問いかけにラ・ムーが答え、横でそれを聞いたジャヒーが口を尖らせる。そしてそのままジャヒーが体の奥から言葉を放った。


「これと言って思いつかないのよねえ。私人間の文化とかよくわからないし」

「君は昔からこの世界にいたんじゃないのか?」

「確かに昔からいたけど、だからって人間とべったりくっついてた訳じゃないのよ。だから何をすればいいのか全然わからないの。人類種の好みとかもうさっぱり」


 ケンからの質問に対してジャヒーがきっぱりと答える。ケンはそれ以上聞き返すことも出来ずに渋面を浮かべて黙り込んだ。彼も彼でこれといった腹案が無かったのだ。


「別に無理して人間に合わせる必要もなかろうて。要は騒がしくすればいいのであろう?」


 その時、多摩が良く通る声で言葉を発した。一段と大きな声量のそれは室内に響き渡って全員の耳を震わせ、そして横槍を入れられまいとするばかりに続けざまに多摩が言った。


「私にいい考えがある」


 刹那、全員の視線が和服の少女に向けられる。皆の注目を一身に受けた多摩は、しかし物怖じすることなく口を開いた。


「皆も気に入ると思うぞ?」





 多摩の言う通り、彼女のアイデアはここにいた者達の歓心を大きく買うことになった。

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