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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第三章 ~戦闘狂獣「アラタ(阿修羅態)」登場~
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「アスラローガ」

「アラタ」


 サイクロンUの反撃に実況とギャラリーが沸き立っている一方、アラタはかつて月光学園を構成していた瓦礫の中に身を埋めながら、頭の中に響く声に耳を傾けていた。その四つの赤い目は雲一つない青空を見つめていたが、彼女の意識はかつて自分が取った人間態そのままの姿を形作り、空から目を背けて自らの心の奥深くへと潜り込んでいた。


「アラタ、聞こえる? まだ生きてる?」


 その自分の心の中、漆黒の闇の彼方に一人立つそれは、視線をこちら向けて親しげな声をあげていた。

 アラタがそこに目をやる。だがそこに立つ一人の人間の姿を確認するまでもなく、アラタはその声の主を良く知っていた。


「ミチルか」


 そこにあったのは、いつものラフな格好に身を包み、大きく開いた瞳をまっすぐこちらに向ける富士満の姿、自分と肉体を共有しているもう一つの人格の姿であった。ちなみにこの時の満はアラタと同様に彼女の意識が人の形を取った精神的存在であり、その中に肉とか骨とか言った物質は欠片もそんざいしなかった。

 これは「二人」が互いの意識を通わせる際により円滑なコミュニケーションを取るためにはどうすればいいかと熟慮した結果であり、そして実際に彼女たちはこの方式をとってから今まで以上に明確に相手の存在を認識し、より一層その仲を深める事に成功していた。

 閑話休題。


「なんだよ、こんな時に呼び出しやがって。何かあったのか?」


 そんな満に対し、アラタがそう声をかける。しかし満はそれに対して何も言わずにただ笑みを浮かべ、そのままアラタの意識体へ近づいていった。


「な、なんだよ」


 やがて視界いっぱいに映るようになった満の顔に向けてアラタが嫌そうな声を出す。こんな感じで満が自分に迫ってくる時は決まって自分に「お願い」をしてくる時であると、これまでの経験から察していたのだった。

 一方で自分のもう一つの人格がそんな事を考えていたとはつゆ知らず、満は互いの鼻がくっつくほどに近づいた状態でそれを聞いてから、数歩後ろに下がって言葉を返す。


「ちょっとお願いがあるんだけど」

「お願いだあ? そんなん後にしろ。俺は今忙しいんだ。見てわかんねえのか?」

「ちゃんと見てるわよ。新城さん格好よかったね」

「うるせえ。あれは俺がちょっと油断しただけだ」


 心配そうに問いかける満にアラタが口を尖らせる。するとそんなアラタの声に反応した満が愉快そうに笑いをこぼしながらこちらに目を向けて言った。


「ちょっと、ねえ。私にはボロ負けしてる感じに見えるんだけどなあ」

「うるせえな。だから油断しただけだって言ってるだろうが」

「油断ねえ。私なら油断はしないけどなあ」

「んだと? じゃあてめえがやってみるか?」


 そこまで言い返して、アラタは満が何を「お願い」しようとしていたのかを察し、嫌そうにため息をついて言った。


「……そうか、それがお願いか」

「へっ?」

「俺の代わりにあいつとやりたいって言いたいんだろ?」

「うそ、なんでわかったの?」

「何年お前と一緒にいると思ってるんだよ。お前が何を考えてるのか、なんとなくわかるんだよ」


 アラタが鷹のように鋭い目を細めて再びため息をつく。それから目の前の満に向けて、再度アラタが口を開いた。


「そんなにやりたいのか?」

「すっごいやってみたい」


 目をキラキラ輝かせて満が即答する。そしてなおも渋い表情を浮かべる満に近づき、顔の前で両手を合わせながら詰め寄った。


「ねえねえ。いいでしょいいでしょ? 私もあの人とやってみたいの。ねえいいでしょ?」

「ああ? やだよそんなの。俺まだあいつにやり返してねえんだ。このまま引っ込めるかよ」

「でも」

「絶対イヤだからな。水差すんじゃねえ」

「……ふん、何よサブのくせに偉そうに。私だって新城さんとぶつかってみたいの。獣の血が騒ぐの!」

「今は俺の時間だ! これは俺とあいつの戦いなんだ! 邪魔するんじゃねえ!」


 なおも懇願を続ける満に向けて、アラタが堪忍袋の緒が切れたかの如く苛立たしげに吠える。不意打ち気味にそれを受けた満は一瞬驚いた表情を作り、しかしすぐにそれを憤慨したものへと変えてアラタに食ってかかった。


「ちょっと何よその態度! アラタ! あなたどっちが主人格かわかってんの?」

「いくらお前の頼みでも譲れねえな。ご主人様は黙ってろよ!」

「なんですってえ!?」

「なんだよ、やるかァ!?」


 短く切り上げた黒髪の少女と銀髪の少女が共に眉間に皺を寄せて歯をむき出しにしながら、額を押しつけるくらいに近づいて猛犬の如くうなり声をあげて睨みあう。それから暫くの間、似たもの同士の二人は互いに一歩も退かずに睨み合いを続けていたが、やがてその硬直状態にも変化が訪れた。


「……ん?」

「えっ?」


 それまで満と至近距離で睨み合っていたアラタが、スイッチが切り替わったように突然その表情を渋い物に変えた。そしてアラタはそんな渋面を浮かべたまま自分から顔を遠ざけ、体でも距離を置くと共に自分の肩越しに背後の闇を見上げた。


「どうかしたの?」


 アラタの態度の変化を察した満が自分も退がってアラタに尋ねる。そんな満の前で、後ろを見つめたままアラタが独り言のように言った。


「野郎、来やがった」


 その顔は歓喜に満ちていた。





 埋もれていた瓦礫を吹き飛ばしてアラタの体が飛び起きたのは、相手の状態を確認しようとサイクロンUが近づいたまさにその瞬間だった。


「うおっ!」


 いきなりの事に驚き、その場から飛び退いて様子をうかがう。一方のアラタは両足で地面に着地したあと、体を激しく揺すぶらせてまとわりついていた細かい瓦礫や砂埃を払った後サイクロンUを睨みつけた。その体に傷らしい傷は一つもついていなかった。


「まだ終わってないぜ」


 余裕たっぷりにアラタが告げ、口元を緩めてニヤリと笑う。その姿を見た亮は半ば予想していたように呆れた声を出した。


「タフだな」

「当たり前だ。なんたって俺は戦闘狂獣だからな。この程度じゃやられねえよ」

「戦闘狂獣か。厄介な奴だよ本当に」


 サイクロンUがレーザーブレードを両手で持ち正眼に構える傍ら、亮が言葉の一つ一つを噛みしめるように言った。この時の二人のやりとりは実況二人やギャラリーの面々にもしっかり聞こえており、そして「戦闘狂獣」という馴染みのない言葉を聞いた観客達は皆一様にざわめき始めた。


「戦闘狂獣?」

「何それ、知ってる?」

「いや、全然さっぱり」

「でもなんか強そうだな」


 そのように観衆が困惑の声を上げていると、スピーカー越しに実況役である豚の声が聞こえてきた。


「えー、皆さん。戦いの最中ではありますが、ここで戦闘狂獣について軽く説明をしたいと思います」


 それは戦闘狂獣という言葉を初めて聞く観客及び視聴者に向けた、実況役のささやかな配慮であった。


「戦闘狂獣を一言で説明しますと、生物兵器です」

「宇宙征服を企む宇宙人によって作られたのですが、自我に目覚めて生みの親であるその宇宙人を逆に滅ぼし、以来宇宙をさまよう流浪の種族となった訳ですね」

「もう千年以上も前の事です。ちなみに彼らの趣味は戦う事。相手の種族に擬態する事で誰とでも交配する事が可能で、特に自分を負かした相手を伴侶として迎えたがる性質を持っているそうです」


 その豚と鶴による説明は簡潔でわかりやすかったが、スケールが大きすぎて話を聞いた地球人はただ唖然としていた。その一方、そんな戦闘狂獣の来歴を初めから知っていた亮は構えを解かずにアラタに向けて言葉を放っていた。


「なんで月に手を貸してるんだ」

「あそこに流れ着いたときに飯と寝床を提供してくれたんだよ。特に行きたい所も無かったし、だから月に厄介になって、代わりに用心棒みたいな事やってたんだよ」

「なるほど」


 亮が納得したような声を出す。そしてそう説明を終えたアラタは握りしめた両拳を胸の前で打ちつけ、それから嬉しそうに声をあげた。


「さ、続きをやろうぜ」

「元気な奴め」

「あれくらいで終われるかよ。まだまだ俺は戦え」


 だがそこまで言葉にした瞬間、アラタに異変が起きた。亮の目の前で突然背中を曲げて顔を俯かせ、両手を力なくダラリと垂れ下げたのだ。その姿から生気は感じられず、不安にかられた亮は思わず一歩前に踏み出した。


「アラタ、大丈夫か」

「……ふふっ」


 しかし亮がそう声をかけた瞬間、アラタの口が僅かに開き、そこから小さい笑い声が漏れ出した。重いエコーのかかったそれは彼の良く知る声であり、つい先程に聞いたばかりの声であった。


「み、満か?」

「久しぶりだね、新城さん」


 宇宙ウサギが顔を上げ、そのウサギが満の声で亮に話しかける。それを聞いた亮は彼女の身に何が起きたのかを半信半疑ながらも悟った。


「人格が変わったのか?」

「そういうこと。今の私は満だよ」

「なんで君が出てきたんだ。アラタはどうした」

「アラタにはちょっと引っ込んでもらったの。強引なやり方したけど、新城さんとちょっと戦ってみたくてね」

「・・君も戦闘狂獣だったな」

「そういうこと」


 得心したように漏らした亮の言葉に満が爽やかな声を返す。その声の調子はまさに満だったが、その満の意識を宿らせた目の前のウサギは見るからに戦うつもりでいた。気配でそれを察した亮が苦い声を漏らす。


「……どうしてもやるのか?」

「もちろん。それとも新城さん、アラタとはやれて私とは戦えない?」

「いや、そうじゃない。ただちょっと、気が引けるというか……」

「へえ、新城さん結構優しいんだね」


 肩を回しながら満が感心したように答える。だが肩を回し終えた直後、ぞっとするほど低い声で満が言った。


「でもこれを見ても同じ事言えるかな?」

「なに?」


 雰囲気の変化を感じ取った亮が不審そうに眉をひそめる。その亮の目の前で、両手を左右に

広げながら満が言った。


「見せてあげる、私の本当の姿」

「今の姿が本当の君じゃないのか?」

「これはあくまで前座。肉体の主導権が私にある時にしか見せられない姿があるのよ」

「どういう意味だ」

「こういう意味」


 満がそういたずらっ子のように呟くのを聞いたサイクロンUが更に一歩前に踏み込む。だがその一歩を踏み出した瞬間、目の前のウサギが甲高い叫び声をあげた。


「!」


 突然の事に亮が息をのむ。叫び終えた後でそれを見た満が小さく言った。


「本番はこれから。びっくりしないでよ?」


 直後、ウサギの真っ赤な四つの目の縁から、黒いインクのような液体が一斉に溢れだした。


「な……!」


 驚く亮の目の前で、そのインクは必要以上に飛び出すことなく自ら意思を持つかのようにウサギの全身を這い回り、それまで白かった皮膚を一瞬で黒に染め上げていく。更につま先から耳の先端までを染め上げた後、その余ったインクは一斉にそれぞれの肩の背中側の所に集まって大きく盛り上がり、二つの瘤を形成する。

 二つの瘤はその後もインクを取り込んで醜く蠢きながら縦に伸び、二つに分裂して四本の柱となり、肥大化と隆起と小刻みな変形を何度も繰り返し、その形を筋骨隆々な人の腕へと変えていった。


「シィィィィィィィ……」


 やがてインクの動きが止まり、完全変身を終えた満が威嚇するように口から息を吐く。そんな今の満の姿を見た亮は、思わず生唾を飲み込んだ。


「それが、君の……」

「ええ、そう。主人格の私にしかなれない、戦闘狂獣としての本当の姿」


 そこに立っていたのは、全身を真っ黒に染め上げた六本腕のウサギだった。背中の肩口から新たに四本の腕を生やし、なおも真っ赤に光る四つの目の縁からは鋭く折れ曲がった赤い筋が何本も刻み込まれていた。


「さあ、新城さん」


 その黒いウサギが口を開き、真っ赤な口内と白い歯を剥き出しにしながら、それまで以上にエコーのかかった重々しい声で言った。


「続き、しよっか」

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