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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十四章 ~女王「ヨミ」登場~
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「代表者現る」

 城の中は空虚な世界が広がっていた。自分達以外に人の気配はなく、中の作りも相まって非常に物寂しい雰囲気に包まれていた。麻里弥に連れられて身の丈の二倍の高さを持つ正面入り口を抜けた先に広がるその光景を見た男は、ただ何も言わずに口を開け、その場で呆然となった。


「ここはなんだ?」

「受付と広間、それと異なる部屋を繋ぐ連絡口ですわ。この建物の中には色んな部屋があるのですが、それらには全てここから出入りすることが出来るんですの。交差点の中心部と言えばよろしいでしょうか」

「人がいないぞ?」

「全員それぞれ別の部屋に入り込んでいるのですわ。時間になれば出てくると思いますわ」


 目を見開きながら力なく問いかける男に、隣にたった麻里弥がさらりと答える。その元和服姿の女生徒の返答を聞いた男は、今度は意識して自分のいる空間の中に目を向けた。

 そこは下から上まで吹き抜けになっていた。支柱といったものは一つもなく、階段や通路も無かった。その空間の中には照明の役割を果たしている白色の球体がいくつか浮かんでいるだけだった。尖塔も遙か頭上にある天井の一部が直接上に伸びたような格好になっていた。塔の中身は空っぽだった。

 それは言ってしまえば、床の上から城の形をした蓋をかぶせたようなものだった。立派なのは外面だけであり、中は全くの空だったのだ。そんな蓋の内側には規則的に観音開きの扉が張り付けられており、窓の類も無かった。


「これはいったいどういう作りをしてるんだ?」

「見ての通りですわ。あの壁に張り付いている扉から、それぞれの部屋に向かうんですの。扉を開けば転送装置が発動する仕掛けになっておりまして、その装置を使って目当ての部屋に転送していきますの」

「この建物の中に部屋があるんじゃないのか?」

「そういうことですわ。ここはあくまで連絡口。部屋はすべて次元の狭間にありますの」

「しかし、あんな高い所にある扉にはどうやって行くんだ? 階段もエレベーターも無いのにどうやって?」


 男が高所にある扉の一つを指さしながら言った。確かにそれは階段やエレベーターを使わなければいけないほど高いところにぽつんと据えられたものであり、人間が生身で到達できる場所では無かった。するとそれを聞いた麻里弥はおもむろに懐から何かを取り出した。


「これを使って向こうまで行くのですわ」


 それは一枚の丸いシールだった。麻里弥はそれを自分の着ている和服の肩の部分に貼り付け、それから膝を曲げて小さくジャンプした。

 彼女の足が地面から離れた瞬間、その体が空中で静止した。それを見た男は再度驚きに目を見開き、宙に浮いていた麻里弥は体を捻ってその男の方へ向き直った。


「なにをしたんだ? そのシールが関係しているのか?」

「そういうことですわね」

「それはいったいなんなんだ?」

「重力制御装置ですわ。これを貼り付ければ、好きなように自分の周りの重力を操ることが出来ますの。慣れれば空中を泳ぐことも出来るようになりますわ」


 そう答えながら、麻里弥が男の眼前で実際に「泳いで」みせた。海の中でイルカが泳ぐように、体をくねらせて軽やかな動きで空中を動き回る。男にはその光景はスペースシャトルで地球の外に飛び出した宇宙飛行士が遊泳をしているように見えた。


「さて、それでは先生もご一緒にどうですか?」


 そうして一通り動き終えた麻里弥は宙に浮きながら男の元に近づき、懐から新しいシールを一枚取り出して見せた。男は差し出されたそれを前に一瞬躊躇いを見せたが、ついには恐る恐るそれを手に取った。


「貼ればいいのか?」


 男が尋ねる。麻里弥は黙って頷き、男はスーツの上からそのシールを貼り付けた。特に体に変化は見られなかった。その後男は膝を曲げたまま何度か呼吸を整えた後、思い切って真上に跳び上がった。

 男が跳び上がった直後、麻里弥がその男の手を取る。次の瞬間、男の体は落下することなく、宙に浮き上がったままその場で固定された。ひいっ、と男が短い悲鳴をあげるが、麻里弥はそれを見て笑ったりはしなかった。自分も初めてこのシールを使って宙に浮かんだ時は、目の前の男のように思わず悲鳴をあげたからだ。


「せっかくですから、ここの代表者に会っていきませんか?」


 代わりに麻里弥は、戸惑いを顔全体で表していた男にそう問いかけた。男は反射的に顔を麻里弥に向け、麻里弥はその男の目をじっと見ながら言った。


「どうでしょう。無理強いはしませんが、時間の無駄にはならないと思いますわよ?」


 麻里弥がにこりと笑う。それは良いことなのか悪いことなのか、今の男にそれを考える余地は無かった。





 男を連れて麻里弥が向かったのは、城の形をした蓋の天井に設置されていた一つの扉だった。麻里弥は男から手を離して他のそれらと同じく観音開きの扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと開けていった。

 開かれた扉の先には渦巻く闇があった。それは外から内に向かって黒や黒ずんだ紫色の筋が重なりつつ渦巻いていき、見つめているとその中に吸い込まれてしまいそうになるほどの不気味な雰囲気を放っていた。

 これは危険なものだ。触れてはいけないものだ。人間の価値観に縛られていた男はその渦を見て反射的に恐怖を覚えた。しかし麻里弥はその男の手を再度掴み、自分からその渦の中に近づいていった。


「お、おい」

「大丈夫。体に害はありませんわ」


 怯む男に麻里弥が笑って語りかける。男はすぐにも逃げ出したかったが、自分の腕を掴む麻里弥の手の力が想像以上に強く、男はそれを振り払うことが出来なかった。この時男は自分の腕がまるで万力で締め上げられているかのような感覚を味わい軽く戦慄した。いったい何をどうしたら、この娘の細腕からこれだけの力が引き出せるというのだろうか?


「では先生、参りましょうか」


 そんな男の怯えには気づく素振りを見せずに、麻里弥はその男の腕を掴みながらぐんぐん渦へと近づいていった。そして男の抵抗も空しく、最初に麻里弥が、次いで男が、その渦の中に吸い込まれていく。その様は音もなくあっという間の出来事であり、たとえそこに人がいたとしても、それに気づく者は殆どいなかっただろう。

 そして転送それ自体も一瞬の出来事であった。渦の中に飲み込まれて視界が暗転し、驚いて両目を閉じ、そして数秒経ってから恐る恐る目を開けてみれば、男は既にそれまでいたところとは全く違う部屋の中に立っていた。

 その部屋は中に仕事用の机と来客用のソファとテーブルを同時に置いてなお余裕があるくらいの広さを持っており、壁や天井はそれまで見ていた城の壁と同じ質感と色合いの物質で作られていた。両足はしっかりと床についており、その床もそれまでいた所とは違って赤い絨毯が敷かれていた。一方でその絨毯以外に部屋の中に飾り気はなく、そこは機能性を重視した殺風景な空間でもあった。


「ここはいったい」

「このお城の責任者の専用の仕事部屋ですわ」


 周囲を見渡しながら呆然と呟く男に麻里弥が答える。それから麻里弥は奥の方にある仕事用の机の方に目をやり、「お客様をお連れしましたわ」とそこにいた者に向かって声をかけた。

 男が麻里弥の見ていた方に目を向ける。そしてそこに座っていた者の姿を見て、男は思わず息をのんだ。


「新城先生」


 彼らがここに来た時からこの椅子に深く腰掛けていた亮は、その男の言葉を受けて椅子から立ち上がり、軽く頭を下げながら言った。


「お久しぶりです、先生」


 礼儀正しい亮の反応を見た男は何も言わずに金魚のように口を開閉させた。言いたいことは山ほどあったが、それが多すぎて咄嗟に言葉として口から出てこなかったのだ。


「とりあえず、そちらに座ってください。立ったままで話すのもあれでしょうから」


 一方の亮は自分が座っていた椅子から離れ、手前の方にある来客用のソファに近づきながら男にそれに座ることを薦めた。男は苦い表情で戸惑いを見せながら亮とソファを交互に見やり、麻里弥は亮の方を見て「では、わたくしはこれで失礼しますわね」と柔和な表情を浮かべて言った。


「十轟院もこの後用事あるのか?」

「はい。ここに案内してきた方々と少しお話しをしたいと思っておりまして」

「そうか、それなら仕方ないな。気をつけてな」

「先生も気をつけてくださいね」


 そう答えてから麻里弥は踵を返し、背筋を伸ばししっかりした足取りで仕事用机の向かい側にある壁にはめ込まれた扉に向かう。そして麻里弥は慣れた手つきで扉を開き、そのまま迷い無く扉の奥にある闇の渦の中に足を踏み入れていった。


「さ、どうぞ座って」


 その様子を信じられない物を見るかのような目で男が見つめていると、その男に向かって亮が声をかける。そして自分の方に向き直った男に向かって、亮がソファの一つを手で指し示しながら続けて言った。


「色々聞きたいこともあるでしょう。どうぞ座って座って」


 男はその亮の提案を断れなかった。この常軌を逸した世界に興味があったのも否定出来ない事実だったからだ。


「もちろん無理強いはしません。どうしますか?」


 亮が催促する。男はしばし迷った後、その提案に乗ることにした。

 好奇心に身を任せることにしたのだ。

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