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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十四章 ~女王「ヨミ」登場~
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「ユニオン」

 一年という歳月は、その世界に生きる者達の心を落ち着かせるには充分な時間であった。最初に次元が割れ、その世界が特異点と化してから一年が過ぎ、その世界に生きていた人間達も自分を取り巻く環境にようやく慣れ始めてきていた。そしてそれは不幸にも次元の壁を乗り越えてこちら側にやってきてしまった者達、俗に言う「異邦人」達にも同じく言えたことであった。彼らもまたこの異常事態に適応を始め、「地球人」と呼ばれているこの世界の元々の住人達とおっかなびっくりながら共存を始めていた。

 勿論、そこに至るまでの道は決して平坦ではなかった。大量の血が流され、多くの屍が積み上げられた。それは世界線の崩壊に伴う混乱によるものか、あるいは「異世界の住人」との接触の際による不幸なすれ違いによるものか、もしくは異世界から持ち込まれた未知の病ないし呪いによるものか。いずれにせよ、この争乱は「地球人」と「異邦人」の両方に等しい数の犠牲を強いた。これに巻き込まれた全ての種族にとってある意味幸せだったのは、この時に種族内で生じた犠牲を「自分達以外の全ての種族に原因がある」と決めつけ、盲目的に他種族の排除に乗り出すだけの気力を持っていなかったことであった。


「おい、あいつらなんだ?」

「気持ち悪い格好してるな」

「無視だ、無視。こっちはこっちで手一杯なんだ。あんなのに構ってられるか」


 居場所を確保し、精神の均衡を取り戻したときには、彼らの大半は大きく疲弊していたのだ。肉体的にも精神的にも疲れ果て、自分達のすぐ近くを行く「見知らぬ誰か」に喧嘩を売る余裕は無かったのである。そしてその弱さが、結果として彼らに「強調」という道を見出させたのだった。


「私達は手を取り合うことが出来るはずです。異なる種族同士で争い合っている場合ではありません。協力しあい、共にこの世界で生きていくべきなのです」


 多くの者にその道を明確に示したのは、次元監察局と名乗る者達だった。彼らは白いローブで体を包み、白いフードを目深に被り、真っ白に塗られた浮遊する球体の上に乗って大通りを進み、両側にある建物の中やその陰に隠れていた者達に向けて拡声器越しにそう訴え続けた。彼らは最初は日本と呼ばれる島国で活動を始め、それから日本にいる連中と同じ格好をした面々が世界各地に出現、日本でやっていることと同様の活動を始めた。同調する者もいたが、反発する者もいた。そしてその反対派の中でも特に過激な方法でもって妨害をしてくる者達に対し、次元監察局は容赦をしなかった。今更屍が一つ二つ増えたところで、誰も気にしなかった。


「どうかお願いします。我々に手を貸してください。この世界と共に生きていかなければ、滅びるのはあなた方のほうなのです。自ら望んで死を選ぶのでないのなら、どうか我々に協力してください。無駄死にほど愚かな結末はありません」


 時間が経てば経つほど、世界が安定すればするほど、この世界に迷い込んだ者達はその監察局の言葉に耳を傾けていった。そしてその中で、日本は一足先を行っていた。世界規模で監察局が動き始めた頃には日本にいた者達は既に異世界の情報を統合し、それぞれ異なる価値観や文化を共有するための機関の設立を完了しており、あまつさえそれの運営も始めていた。かつてこちらの世界に存在した有人兵器のパイロットを育成するための学園をベースにして作られたその統合機関は、トラブルと幸運に恵まれながら活動を続けていった。

 その統合機関に関係していた者達にとって、一年はあっという間だった。日々送られてくる大量の仕事に忙殺されていたために日付の感覚も麻痺し、気がつけば一年が過ぎていたという有様であった。しかしそれは決して彼らにとって無為な時間ではなく、彼らの人生の中で最も濃密な時間であったのは確かだった。

 一年前まで空に浮かんでいた都市「アルフヘイム」に最後までしがみついていた人間たちが観念して地上に降りてきたのは、そんな統合機関の関係者たちがもはや二度と味わえないであろう特別な経験を味わったまさにその直後のことであった。





 その男は、かつて月光学園で教師をしていた男だった。男は他の月光学園の教師と同様にエリート意識の塊であり、自分が月光学園の教師であることに誇りを持っていた。同時に地球人以外の生物が地球を歩いていることを疎んじており、そのことも他の教師と同様であった。

 そんな彼が避難先のアルフヘイムを離れて地上の町に戻ったのは、まさに一年後のことであった。彼はその足でまず学園を目指した。そして数分駆けて学園の校門前に到達した直後、彼は目の前の光景を見て思考を停止した。


「なんだこれは」


 目の前にあったのは城だった。幾つもの尖塔が天を突き刺す針のように垂直に伸びた、闇が形を持ったようにドス黒く塗り固められた中世の古城だった。

 そこにかつてあった学園の面影はどこにも無かった。


「なんだこれは」


 男は震える声で呟いた。下半身から力が抜け落ち、力なくその場に崩れ落ち地面に両膝をついた。自分の知っている、心の拠り所でもあった場所は、既にこの世から消滅していた。その事実を彼は受け入れることが出来なかった。


「よし、ここだ」


 そんな男の背後から声がした。それに気づいて男が振り返ると、そこには宙に浮いたままその場に停止していた縦長の物体があった。それまで通りを走っていたバスから車輪を外し、代わりに青白い粒子状のエネルギーを吐き出すリングをそのタイヤのあった場所に取り付けたような形をしたそれは、いつの間にか音もなく男の背後に出現していた。

 男が驚き、そちらを見たまま目を剥いていると、車体前部にあったドアが折り畳まれるように開かれていった。そこもこちらの世界で使われていたバスに似ていた。しかしそこから出てきたのは人間ではなかった。

 最初に出てきたのはスライムだった。緑色の液体が一個の塊になったような不定形の物体が、バスからコンクリートの地面に滴り落ち、黒ずんだ大地を這いずりながらゆっくりと校門へ向かっていった。

 次に出てきたのは歯車だった。中心部がくり抜かれ、縁の部分がところどころ錆びた金色の歯車だった。その歯車は自力で浮き上がり、縦に回転しながらバスの外に出てきた。その歯車を追うようにして今度はゾンビが出てきた。裾の長いズボンだけを身につけたそれは全身の肉が腐り落ち片方の眼球も無くした、まさに歩く腐乱死体そのものであった。しかし足取りはその姿とは裏腹にしっかりとしており、健康な人間がゾンビのコスプレをしているようにも見えた。だが体から漂ってくる腐臭は「本物」であった。


「ひっ」


 その後も次々と、途切れることなく「乗客」がバスから降りてくる。どいつもこいつも人の精神を狂気の世界に追いやろうとするような、異常な姿をした者ばかりだった。

 そんな連中がスライムを先頭にして男のすぐ傍を通り、一列に並びながらまっすぐ校門を抜けていった。彼らは一様に件の黒い城を目指していたが、その道中にある男には誰も一瞥をくれようとはしなかった。男が短い悲鳴をあげても、誰もそちらに意識を向けようとはしなかった。


「あら、お久しぶりですわ先生」


 しかし男を見て反応を示した者が一人だけいた。それは一番最後にバスから出てきた「人間」だった。それまで男の傍を通り過ぎてきた者達とは決定的に異なる、自分の価値観と全く合致する「人間」そのものだった。


「お前、なんでここに」


 自分の元にやってきた救いの女神を見つめるような目をその人間に向けながら、男が腰を抜かしたまま声をかける。そこには見知った人間が自分の知らないことをしていたのを見つけた時に出す懸念の色が滲み出ていた。一方でそうして声をかけられたその人間は、微笑みながらその自分のよく知る男の元に近づいて言った。


「なんでと言われましても、わたくしがあの人達をここまで案内してきたのですわ」

「ど、どういう意味だ?」

「そのままの意味ですわ。彼らとはリトルストームで知り合いまして、そこからご友人となりましたの。それで前々からこちらにも興味を抱いていたことを知りましたので、こうしてご案内したという次第ですわ」


 男は目の前の人間が何を言っているのかわからなかった。これまで目にしてきた怪物達を平然と「友人である」と言い切れる、その神経を疑った。それもそのはず、彼女は男と同じ人間だったが、彼女は既に人間だけの世界から遠く離れた領域に身を置いていたのだった。

 そんな未だ昔の世界に留まっていた男――かつて自分の在籍していた月光学園で教師を勤めていた男を微笑みつつ見下ろしながら、その人間、もとい十轟院麻里弥はそのままの表情で言った。


「もしよろしければ、先生もあちらの中に入ってみますか?」

「あちら? あの城の中に?」

「はい。次元統合機関ユニオンに。わたくし、あちらの方で色々とお手伝いをしておりますの」

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