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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十四章 ~女王「ヨミ」登場~
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「住めば都」

 世界は変わった。なんの前触れもなく起きたその変化は、迅速であり、人間の手には負えないほど大規模なものであった。異世界の人間の手によって時空の壁にこじ開けられた穴は、勢い余ってそれ以外の世界を隔てていた時空の壁をも打ち崩してしまい、結果として複数の世界の融合した、そして現在進行形で世界が溶け合い続けている混沌たる世界を生み出してしまった。そしてその新世界の誕生の過程に介入出来るほど、その時の人間は上等ではなかった。

 人間の世界は変わってしまった。それまで普遍であったその世界の理は、余所者の手によって大きく歪められてしまった。その日本と呼ばれた島国を中心として生じた世界の変革はもはや修正不可能な領域に達しており、くい止めることは不可能であった。

 人間はその変わってしまった世界で生きていかなければならなくなった。元の世界に縋り、今の世界に反発しても、何も変わらない。変わらないどころか、それはそのまま自身の破滅を意味していた。大勢の決した流れに逆らって生きていけるほど、人間は強くなかったのだ。そしてそれは、この世界に「流れ着いてしまった」異世界からの住人達にも言えた。

 彼らは新たな理の下で生きていくことを余儀なくされた。反抗は無意味だ。この世界で生き延びていくためには、どこかの誰かと手を取り、全てを受け入れて行くしかないのだ。この世界に元々住んでいた人間と異世界からやってきた「異邦人」の一部は早々にそれを理解し、手を取り合った。その動きは日本はもちろん、他の国々でも行われていた。

 しかしそう前向きに動き始めたのは、ここにすむ者のほんの一握りだった。残りの大半は自分の価値観と異なる存在を敵と見なして戦いに明け暮れるか、もしくは今の情勢を前に知らんぷりを決め込んで意地でも元の生活を続けようとしていた。地上の町からザイオンの治める浮遊大陸に移り住んだ者達がその後者の一例であった。

 しかしその浮遊大陸を管理していたザイオンは、そうした自分の治める町に避難してきた人間達の「逃げ」を許容しなかった。


「誠に申し訳ないが、今日を以てこの大陸を地上に降ろそうと思う」


 何の前触れもなく街頭に設置されたスピーカーから発せられたそのザイオンの言葉は、それを聞いた者全てを困惑させ、一人残らず絶望と悲嘆の淵に突き落とした。中には管理棟に突撃して直接抗議する者も現れたが、ザイオンは頑として己の考えを曲げなかった。


「あれから改めて考えてみたんだが、やはり我々も今の世界の流れに乗るべきだと思ったんだ。昔の生き方に固執して世界の本流から取り残されるのはとても惨めだと思ったのだ」

「そう思ったなら、せめてその考えを俺達に教えてくれ! 自分一人で勝手に考えて進めるんじゃない!」

「お前達に相談しても議論が堂々巡りするだけで何の進展もなく有耶無耶に終わるのがオチだろう。そんな非生産的なことはしたくない」


 避難民からの反論を、ザイオンはそのような感じでバッサリと切り捨てた。切り捨てられた方は当然憤慨したが、ザイオンは澄まし顔を浮かべてその自分へ向けられた怒りの波をいなしていった。なおザイオンは、この一連の決定が実は「この一連の変革は人間にとっての試練の時だ」とする天使からの要請であるとは一言も言わなかった。そんなことを言ったところで信じてもらえるはずが無いのは明らかだったからだ。


「とにかく、これは決定事項だ。あとは何とかして自分たちで慣れてくれ」


 最後にザイオンはそう投げ遣りな言葉を残し、妻とボディーガードを連れてさっさと地上に降りてしまった。残された人達は自分の運命を呪ったり、ここに連れてきておいてその責任を丸投げしたザイオンに恨み言をぶつけたりしたが、諦めてそこから出て行くこと者は殆どいなかった。誰もが未来に諦念を抱き、支配者のいなくなった町で力なく生きていくだけだった。





 当然ながら、それを由としない者もいた。彼らは少数だったが、それでも自分の意志でアルフヘイムから抜け出し、久方ぶりに地上の町に、自分達が元から住んでいた町に帰ってきた。

 そして絶望した。


「ここ、どこだ?」


 かつて彼らが住んでいた町はもうそこには無かった。正確に言えば「こちらの世界に存在する人間」の価値観で言うところの「町」は、もう地上には存在していなかったのだ。


「曲がってる……」


 建物全てが曲がっていた。高層ビルから一戸建ての小さな家屋に至るまで、人の手によって作られた建物全てが緩やかなカーブを描き、それぞれあらぬ方向へ向かって折れ曲がっていたのだ。中に入ってみれば、その家屋の中に予め置かれていた家具や壁に掛けられていた時計までもが、建物に沿って曲がっていた。

 それを見た人間達はまず嫌悪感を抱いた。醜く変化していたのが建物だけであり、道路やガードレールや信号機と言ったそれ以外の日常の事物が「いつも通り」の姿を残していたのも、彼らの抱く嫌悪感をより強烈なものとしていた。それは人間が自分の理解の範疇外にある物体を見た瞬間無意識の内に抱く拒絶反応であり、得体の知れない物体から自分の身の安全を確保するために感情の外で自動で発動する自己防衛機能であった。

 そしてそれを見た面々は、その防衛機能に素直に従った。かつて自分達の住んでいた家の変わり果てた姿を見て、なおもそこに住みたいと思う人間はいなかった。


「こんな場所で暮らせる訳ないだろう」

「じゃあ、他にどこに行けばいいんだ?」

「それは……」


 目に見える限りの建物も全て曲がっていた。彼らは途方に暮れた。


「どこに行けばいいんだ?」


 頭を抱え、力なくその場に崩れ落ちる。たとえ何かを求めて外に出たとしても、そこには夢も希望も無く、ただ現実しかなかった。

 それを知った直後、外に出て行った者達の半分はアルフヘイムへと戻っていた。そして残りの半分はそれでも帰ろうとはせず、行く当てもなく町の中を歩き続けた。

 進み続ければ何かあるかもしれない。この苦労に見合うだけの救いがあるかもしれない。そんなあるかどうかもわからない小さな希望を胸に、彼らは人気のない町の中を歩き続けていった。





「へえ、ここは中々良い所ですね」


 同じ頃、かつて次元監察局の用意した場所で新城亮と会議を行っていた者達は、その亮の案内である場所を訪れていた。そこはかつて「月光学園」と呼ばれていた、周りの建物と同様に緩やかに折れ曲がった大きな建築物であった。


「大きさも申し分ない。敷地の広さも中々だ。建物本体が曲がりくねっていることを除けば、十分候補に入るかと思います」

「曲がっているのは誰のせいでもないですからな

。そこはさして問題でもないでしょう。後で曲がった部分を取っ払って、そこだけ作り直せばいいだけですから」

「ですが私から見ると、まだまだ改良の余地はあると思いますね。今のままではあまりにも寂しすぎます」


 そこを見た「異邦人」達は皆口々に意見を言い合った。そんな面々の先頭に立っていた亮は後ろから聞こえてくる議論に耳を傾けつつ、目は感慨深げに眼前の建物を見つめていた。


「なんか久しぶりに見たって顔してますね」


 その亮の隣から、目の前にある学園の制服に身を包んだ芹沢優が話しかけてきた。彼女は亮のクラスに属していた彼の教え子の一人であり、今は誰も住み着かなくなったこの学園を新たな家としてここで生活していた。ちなみにこの世界が特異点となった後月光学園の校舎を新たな生家としているのは優の他にも多く存在し、その殆どがD組の面々であった。残りは元から住んでいる家に残り続けたか、これ以上の異変を恐れて浮遊大陸に移り住んだ。


「芹沢か。そっちはどんな感じなんだ?」

「結構快適に暮らせてますよ。火も水も電気も通るし、コンビニも近くにあるし。お風呂はさすがに無いけど、シャワーなら使えますからね」

「シャワー? そんなのあったか?」

「プールの横にシャワー室あるでしょ? あそこを使ってるんですよ」

「なるほど」


 それは考えてなかった。亮は感心したように優を見つめた。そう思っていた亮に優が尋ねた。


「それで、ここ本当に使うんですか?」

「たぶんそうなるだろうな。他に候補もないし」

「じゃあ私たちどうすればいいんですか? ここ以外に快適に住める場所もないし、いまさら家に戻るのもあれですし」

「校庭に学生寮でも作るかな」


 優の質問を受けて亮が考え込む様子を見せながら答える。そんな二人の会話を聞いていた「異邦人」の一人が彼らの傍に近づき、初めて聞いた単語について質問した。


「がくせいりょうとはいったい?」

「遠くから来た生徒が家の代わりに泊まる場所のことですよ。こっちの世界ではそういう場所があるんです」

「なるほど。宿屋みたいなものですね」

「そうですね。学校に通う生徒専用の宿屋ですね」

「お金払って使う辺りも一緒かな」


 亮の回答に優が補足を加える。質問してきた「異邦人」はその二人の説明を聞いて納得したように頷き、「確かにそれを作るのもありですね」と得心したように言った。


「遠くから来る人のための家ですか。その辺りも考慮してみましょう」

「出来るだけ大きい方がいいですね。マンションくらい大きくてもいいかもしれません」

「ボロアパートみたいな安っぽいのはやだなー」


 亮と優が横からアイデアを差し挟んでいく。それを聞いた「異邦人」達はその言葉に触発されるようにして更に頻繁にアイデアを出し合っていく。その殆どは亮達にとっては初めて聞く単語ばかりであり、何が何を意味しているのか全く理解できなかった。


「これ、大丈夫なんですか?」


 それを聞いて不安になった優が眉を顰めながら亮に問いかける。聞かれた亮は腕を組んで難しい表情を浮かべながらそれに答えた。


「なんとかなるだろう」


 実際彼がなんとかするしか無かった。この世界の習俗や言葉を一番理解しているのは自分なのだ。亮は自分が厄介な役割を請け負ってしまったことを改めて認識し、少しの間苦悩した。しかし一瞬後にはすぐに思考を切り替え、まあ何とかなるだろうと楽観的に物事を考えるようにした。


「うん。まあなんとかなる」


 亮はキリキリ痛みだした胃を努めて無視しながら、自分に言い聞かせるように優に言った。

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