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「灯台下暗し」

 ミナがいなくなって十日経った頃、亮は喜びと困惑を同時に味わっていた。彼は今や少女誘拐事件の捜索本部と化した、例の次元監察局によって用意された会議室の隅に椅子を置いてそこに座りながら、目の前にある円卓の周りで起きている不思議な光景を見つめていた。


「私見たんです。服装は違うんですけど、確かにこれと同じ人相でした。露店で買い物をしていました。この子を確かに見たんです」


 まず喜ばしかったのは、それまで行方知れずだったミナの目撃情報がようやくもたらされたこと。


「私もみました。同じ子です。河原で釣りをしていました」

「俺も見たぞ。ドラゴンの背中にしがみついていた」

「自分は、倒れていた砦の旗を建て直しているところを見ました。自分の連れと軍曹殿も同じ光景を見ております」


 そして亮の頭を悩ませたのは、そのミナの目撃情報が全てこことは異なる世界で、それも幾つも寄せられてきたことだった。彼らはその全員が世界を繋ぐ裂け目から降ってきた「捜索願」に記されていたものと同じ特徴を持つ少女を目撃したと言っており、全員が嘘をついているとも思えなかった。

 そもそもの始まりはミナの捜索に肩入れしていた次元監察局の一人が「いっそのこと捜索範囲を広げてみましょう」と言ってきたことであり、試しに次元の裂け目を通して捜索願を異世界にばらまいてみようと提案したことだった。断る理由も無かったので実際にやってみたら、それから一日も経たずにこうして結果が転がり込んできたという訳である。


「私が嘘を言っているように見えますか? とにかく見たんですってば!」

「本当なんです! 信じてください!」


 今こうしてミナの目撃談を語っている「異邦人」達は、その全員が「ミナ本人からここのことを教えられて」、言われるがままにやってきたのだと言っていた。そして彼らはそれが事実であると示すように一枚の名刺を差し出してきており、それは全員同じ作りで、同じ文字列が記されていた。それは件の「捜索願」に書かれていた文字列、ここの住所と一言一句同じものであった。


「どう思います?」


 そんな光景を見ていた亮の元に、かつて会議に出席していた「異邦人」の一人が近づいて話しかけてきた。亮は邪険に扱ったりはせずに答えた。


「おそらく誘拐犯の目を盗んで抜け出したんでしょう」

「そんなことが出来るのですか?」

「あの子にはそれくらい朝飯前なんですよ」

「なら、そのままこちらに戻ってくることも可能なのでは?」

「そこまではちょっとわからないですね。それが出来ない状況に置かれているのか、こっちがどこにいるのかわからないのか、それとも最初から帰ってくる気が無いのか」

「実際に会ってみないとわからないということですね」


 四本足のその「異邦人」が残念そうに呟いたその時、出入り口のドアが開いてそこから物々しい集団が室内に入ってきた。それは全員同じ角張った装甲服を身につけ、箱型の電磁銃を肩に提げ、二列縦隊で一糸乱れぬ統率された動きで進入し、最後の一人が室内に入った段階で一斉に停止した。それから円卓の周りにいて突然のことに驚く面々を後目に、彼らの先頭に立っていた一人が直立の姿勢のまま良く通る声で言った。


「シャザール第八隊、ただいま到着しました」

「来てくれたか。では頼むぞ」

「了解しました。皆、行くぞ!」


 会議五日目頃から参加していた異世界の軍人、通称「将軍」が彼らに近づいて声をかけ、先頭の人物が頼もしく頷いてから回れ右をして後方で待機していた面々に指示をとばす。残りの部下は威勢良くかけ声を返し、同じタイミングで回れ右をして出入り口から外へと駆けだしていった。さらにそれからすれ違うようにして、今度は青いローブを身に纏った一団がそのローブの裾を地面にこすりつけながら足音を立てずに入ってきた。


「大海の一団、参りました」

「戻ってきましたか。では報告を」

「はっ」


 その新しくやってきた一団に、件の「将軍」とは別の女性が彼らに近づいて報告を求めてきた。彼女達は二日前から捜索に協力している魔導士の一団であり、最初に会議に赴いていた「異邦人」の一人の呼びかけに呼応して捜索に協力していたのだった。その間にも「大海の一団」と名乗った面々は指導者である女性と二、三言葉を交わし、最後に全員で女性に一礼してから静かに身を翻して会議室から立ち去って行った。そして最後の一人がドアを潜るのを見届けた後、彼らと話していた件の女性が亮達の元に近づき、困った表情を浮かべて小声で言った。


「手がかり無しだそうです」

「そうですか。ありがとうございます」

「困った時はお互い様ですよ」


 立ち上がって礼を述べる亮に女性が微笑む。本当は全員が一致団結して問題解決に勤しんでいる今の状況を楽しんでいるだけなのかもしれないが、協力してくれることがありがたいのは事実だった。亮は下手に勘繰らず、彼らの助力に感謝することにしていた。


「しかし、ここまで動いて手掛かり無しというのもおかしな話ですな」


 亮の近くにいた別の一人が声を上げる。それを受けて他の数名が同意の声を返す。気づけば亮を中心として一つの集団が出来上がっており、その学者や教育関係者で構成された集団は誰からともなくもうこれで何度目かもわからない議論を始めた。


「やはり何か特殊な方法で身を隠しているんですよ。物理的な力だけでなく、魔術的な物からさえも身を隠せるだけの方法で」

「そのような物にはついぞ心当たりはありませんな」

「その手の情報交換は既に我々の方ではやり尽くしていますからな。やはりここは、他の異世界の方々の協力を仰ぐべきでは」


 それぞれ異なる世界からやってきた者達が、各々異なる意見をぶつけあって討論を続けていた。しかし亮はその議論に参加せず、どこか遠い目で見守っていた。もうこれまでの会議で情報交換やアイデアの捻出は大体やり尽くしており、真新しく建設的な意見が出てくることは望み薄だと考えていたからだった。意見を戦わせることに異論は無いが、進展がない以上、非生産的であることに変わりはない。しかし頭脳労働専門である自分達に出来ることと言えばこれくらいしかない。なんとも悩ましい話であった。

 ふと気になって、亮は円卓の方に目を向けた。そこでは異世界からやってきた部隊がひっきりなしに入退場を繰り返し、直属の上司や担当の監察局員に情報を提供していた。完全な人型をしたものもいればスライムのみで構成された一団もおり、悪魔じみた外見の集団もいれば天使のような見た目をした者達もいた。いったい彼らの何割が本気で協力しているのだろうか。中には「こちらの世界の調査」のついでで仕方なくやっている者達もいるだろうし、完全にゲーム感覚で楽しんでいる者達もいるのだろう。

 しかし亮は不満を感じたりはしなかった。こちらのために骨を折っている事に変わりは無いからだ。感謝こそすれ、ああだこうだと文句を垂れるのは筋違いだ。


「うん?」


 そんな多種多様な人間離れした軍団に目をやっている時、不意に亮はある一つの事に気がついた。それは今まで自分が異世界に目を向けていたがために全く気がつかなかった、もしくは完全に頭の中から忘れ去っていた事であり、そしてそれに気がついた瞬間、彼の脳内に電撃が走った。


「これだ!」


 その衝撃のままに亮が叫ぶ。何事かと驚きこちらの方を見てくる室内の面々を前に、亮が興奮した調子で言葉を続けた。


「心当たりがある。なんで今まで忘れていたんだ」

「なに? それは誰だ?」

「異世界に目を向ける必要はないんですよ」


 話しかけてきた「異邦人」に亮が返す。そしてそのままのテンションで亮が続けた。


「宇宙海賊ですよ」

「宇宙? 海賊?」

「異世界の技術なら通用しなくても、こっちの世界の外宇宙の技術ならなんとかなるかもしれないってことですよ」


 それから亮は、「異邦人」達に向けて自分の世界に存在する外宇宙の存在、レッドドラゴンと名乗る宇宙海賊の存在を説明した。


「本当に上手く行くんですか?」


 それを聞いた「異邦人」の反応は大体一緒で、疑念と期待が同じくらいの割合で混ざり合った複雑な物だった。亮も正直過信はしていなかったが、最初から無駄だと思ってやらないよりはやった方が良いとも思っていた。亮がそう言うと他の面々も納得したように頷き、それを見た亮は早速レッドドラゴンの頭目であるサティと連絡を取った。


「良かろう。なんとかしてみよう」


 サティは二つ返事でそれを了承した。亮は不思議に思ったが、サティはそれについて「暇だったからな」と簡単に返答し、ついでに「代わりに何か美味い物を用意しておけ」としっかり対価を要求してきた。こちらの方が亮にとってはやりやすかったのは事実だった。


「あまり期待しない方が良さそうですけどね」


 そしてサティからの協力を取り付けた後、連絡に使っていた端末のスイッチを切ってから亮が申し訳なさそうに言った。他の面々もその言葉に同意した。これまで散々他の勢力に協力を仰いでおいて進展無しだったのだ、今更協力者が一人増えたところで特に劇的な変化が起きるとも思えなかったのだ。

 三十分後、そのレッドドラゴンから早速連絡が来た。


「見つけたぞ。今から座標を送る。助けたければ早く行くと良い」


 そこにいた全員の目が点になったことは言うまでもなかった。

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