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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第三章 ~戦闘狂獣「アラタ(阿修羅態)」登場~
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「銀河の剣術」

「な、な、何が起きたんだーッ!?」


 斜めに振り下ろしたままの体勢のサイクロンUと彼の向かい側にある倒壊した校舎とを交互に見比べながら、豚がマイクを握りながら力の限り叫ぶ。


「サイクロンUがレーザーブレードを振り下ろした瞬間、遙か遠くにあった建物がガラガラと崩れ落ちた! まるで巨大な刃物で斬られたかのようだッ! サイクロンUは一歩も動いていないというのにッ!」

「これはおそらくレーザーブレードの特性ですね。簡単に言うとエネルギー波ですね。触れた物を切断するエネルギーの刃を前に飛ばしたんですね。もちろん直接斬った方がダメージは高いんですけれどね」


 興奮する豚に合わせて鶴が冷静に解説していく。そんな彼らの眼下ではそれまで真上に跳躍していたアラタが今まさに地面に着地していた。アラタはサイクロンUがレーザーブレードを振り下ろすのを見て相手が何をしようとしていたのかを本能で察知して即座に跳び上がり、飛んでくる刃をすんでのところで回避したのだった。


「あぶねえな!」


 短い足を曲げて衝撃を吸収し、片手を地面につきながら、アラタがサイクロンUの方を向いて吠える。対する亮は自分の攻撃をしっかり回避して見せたアラタを前に、僅かながらの戦慄と興奮を覚えていた。


「すばしっこい奴め」

「当てられると思ったか?」

「それなりに自信はあった」

「残念だったな」

「そうでもない」


 自慢げに言い放つアラタを前にして、レーザーブレードを片手で持ち直しながらサイクロンUが言った。


「当たるまでやるだけだ」


 そして亮がそう言い放った直後、サイクロンUはそのレーザーブレードを持った手を滅茶苦茶に振り回し始めた。


「なっ……!」


 同時に刀身からそこと同じ色に輝くエネルギー波が次々と撃ち出されていき、一斉にアラタへと襲いかかった。だがまともに狙いも定めずに放たれたがために、それらの大半はアラタの元へは向かわずに周囲の建物や道路を粉々に切り刻み、打ち崩し、土塊や瓦礫の群へと変え破壊していった。


「おおーっと、これは! サイクロンU、数で押す作戦かーッ!」


 操縦桿を握った鶴が空中にも続々と殺到する刃を軽やかにかわしていく隣で、豚がテンションを変えずに実況を続ける。この時彼らの周りでは中継用の円盤が次々と撃ち落とされていたが、彼らはそれに気づかずにそれぞれ自分の役割をこなしていった。


「狙っていくのは不利と見たか、物量で攻める展開へ! この嵐をアラタがかいくぐることは、果たして出来るのかーッ!」


 そしてその豚の実況が流れると同時に、モニターの左半分には腕を振り回して刃を生み出し続けるサイクロンUが、右半分には襲い来る刃を身軽に避け続けるアラタの姿が映された。


「くっ、うおっ!」


 そこに映ったアラタは、ある時は両足で跳んで空中で一回転をし、またある時は片手だけで逆立ちし、襲い来る刃全てを踊りを踊るかのようなアクロバティックな動きでかわし続けていた。そしてアラタが攻撃をかわすたびにアラタも刃を生み出すスピードを速めていき、それだけ周囲の被害も増えていった。

 そんなまるで互いに協力して曲芸を披露しているかのような両者の姿を見た観衆は、誰もが否応なしに興奮のボルテージをあげていった。


「よっしゃあ! そのまま押し切れ!」

「あのウサギ、よけるだけで精一杯みたいだぞ!」

「ウサギも負けるなー!」


 サイクロンUを応援する者とアラタを応援する者、それぞれが熱気に満ちた声援を贈る。そんな彼らの中に、サイクロンUの放つ流れ弾を受けて廃墟へと変わりつつある町の心配をする者は皆無だった。


「先生それはわたくしのです! それはわたくしの戦法ですわ! 無断借用は犯罪ですわよ! 先生!」


 そんな中で、D組のクラスメイト達と一緒に観戦していた麻里弥が亮の戦い方を見た途端に叫び始めた。すぐさま周りの友人達に押さえられたが、それでも麻里弥は不満な表情を浮かべたまま頬を膨らませてモニターを見つめていた。ちなみにサイクロンUの放つ光刃はメガデスの物よりも小柄であったが、撃ち出される数ではこちらの方が勝っていた。

 そんな麻里弥の視線の先、モニターの向こうではある変化が起きていた。


「くそっ!」


 それまで軽快に避け続けていたアラタが、なおも増え続けていく刃の群に対応しきれなくなってきていたのだ。何百もの光刃を回避していく中で、それまで全くかすりもしなかった刃の一つと白い肌が僅かに擦れあい、その肌の上に黒く焦げた跡を残す。その跡はサイクロンUのコクピットや会場のモニター越しからでは目視できないほど小さな物であったが、アラタはその被弾してしまった証が全身に伝わる痛痒感を通して自分の体に刻みつけられた事、そしてその焦げ跡が時間を経るにつれて体中に次々と増えてきている事をハッキリと認識していた。


「これは辛い! 防戦一方だーッ!」

「クソ、なんとかしねえと」


 幸いなことに、直撃はまだもらっていない。だがこのままでは、いずれあの刃を回避しきれずにまともに食らってしまう事は目に見えていた。そうなれば焦げる所では済まない。溶けたバターを切るようにアラタの体を真っ二つにしてしまうだろう。

 ならばどうするか。アラタはギリギリの回避を行いながら緻密な戦略を組み立てようと思考回路を回転させ、五秒でそれを放棄した。


「何が作戦だ面倒くせえ!」


 そして雑念を振り払うかのようにそう叫んだ後、アラタは両手を広げてサイクロンUに向けて突撃した。


「ああーっ! アラタ、自分から刃の雨の中に突っ込んでいく! ヤケを起こしたかーッ!」


 それを見た豚が思わず叫ぶ。亮もまたそんなアラタの姿を見て驚かずにはいられなかった。


「なにする気だ!?」


 その亮の眼前で、やがてエネルギー波の一つとアラタの巨体が間近に迫る。その瞬間、アラタは咄嗟に両手を地面に叩きつけ、その反動で体を回転させながら空中へと飛び上がった。


「と、跳んだ! なんて跳躍力だ!」


 浮き上がったアラタの背中と最初にギリギリまで接近していたエネルギー波の上辺が擦れ、しかし直撃する事無くアラタの真下を通り抜けた。そしてその後に続いてアラタの方へと殺到していた全ての刃もまた、アラタの足下を素通りしていった。


「なんとアラタ、空高く跳んで地上を荒らし回る刃の襲撃を回避した! 策を弄さない直接的な手だが、効果は抜群だーっ!」

「どうやらあのエネルギー波、相手を自動で追尾する事は出来ないようですね。直線的な動きしか取れないようです。それに空に飛んでくるエネルギー波は地上に撃ち出されるものよりもずっと数が少ないですし、対応も地上に比べて容易でしょう。いやあ、良く考えましたね」

「ふっ、わたくしの勝ちですわね」


 その一部始終を見ていた鶴が冷静に解説を入れ、さらにそれを観客席で聞いた麻里弥が得意げに呟く。彼女の耳は、鶴の解説の前半部分しか聞き取っていなかった。

 そうして麻里弥が悦に入っている間、アラタは跳躍の頂点に到達した所で両手を頭上に伸ばした。


「さあ、行くぜ先公!」


 そして手の先をサイクロンUに向け、全身をドリルのように高速回転させた。


「ここでアラタ! 自分の体を回転させてドリルのような形態を取った!」

「しかも回転の勢いを利用して、空中に体を固定しているようですね。おそらくはあの状態で狙いを定めているんでしょう」


 鶴の解説する通り、アラタは高速回転しながらその狙いをまっすぐサイクロンUの胴体に向けて定めていた。そして体の中にため込んだ力を解放するように、巨大な一個のドリルと化したアラタが一直線にサイクロンUへ向かっていった。


「チィッ!」


 そんなアラタを見て亮は舌打ちをしながら狙いをアラタに定め、いったん手の動きを止めたサイクロンUがレーザーブレードを横薙ぎに振り払った。その直後、刀身から一陣のエネルギー波がドリルに向けて撃ち出された。


「サイクロンU、エネルギー波をアラタに向けて放つ!」


 豚がそう実況した直後、エネルギーの刃とドリルが正面から激突し、接触した所から閃光が弾ける。次の瞬間、薄いガラス板を地面に叩きつけたようにエネルギー波が粉々に砕け散った。


「が、駄目! 止められない!」


 豚が残念そうに力を込めて言い放つ。同様にそれを見ていたギャラリーも一斉に落胆し唖然とした声を出す。そしてその間にも、アラタの巨体はまっすぐサイクロンUへ近づいていった。


「両者の距離がどんどん近づいていく! さあサイクロン! どう出る!」

「先生!」


 D組の生徒の数名が声を張り上げる。ギャラリーの中にも彼らと同様に、砕けたエネルギー波を見て悲鳴に近い声を上げる者がいた。

 だが当の亮は、ドリルのように突撃するアラタを目の前にして冷や汗を流しつつも、心は平静を保っていた。


「さすが戦闘狂獣。やることが滅茶苦茶だ」


 亮が小さく呟く。そしてサイクロンUはレーザーブレードを再び両手で持ち、体をアラタに対して横向きにしてレーザーブレードを構えた。その姿はバッターボックスに立つ野手のようであった。


「ならこっちもやらせてもらう!」


 アラタが空気を裂いてサイクロンUに迫る。サイクロンUはそれを前に逃げる事もせず、両足を肩幅に開いてそれをじっと待ち構える。


「逃げない! サイクロンU、ここに来てアラタと真っ向勝負の構えだ!」

「銀河一刀流・合気!」


 豚が叫び、亮が叫ぶ。サイクロンUが前に出した足を折り曲げ、片足で立って全体重をそこに乗せる。


「四番! 猛獣カウンター!」


 そしてため込んだ力を爆発させ、サイクロンUがレーザーブレードを力の限り振り回す。

 ブレードの真芯とドリルの先端が激突する。火花と閃光が弾け飛び、回転するチェーンソーに金属を押し当てたような金切り声を轟かせる。


「激突したッ! 真っ向からの力比べ! 果たしてこれはどうなる!」


 叫ぶ豚の目の前で暫し両者が拮抗する。が、やがてサイクロンUは微動だにしないまま、アラタの体が徐々に後ろへ下がり始める。


「な、なにっ!?」


 力で押されるアラタが驚きの声をあげる。その一方で亮が力の限り叫び、サイクロンUが腕を全力で振り抜く。


「どおぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 趨勢が決まった瞬間だった。快音を響かせ、アラタの体が空を裂いて斜めに打ち上げられる。


「決まったーッ! 場外ホームランだーッ!」


 空高く打ち返されたアラタの巨体は回転を止め、やがて低い弧を描いて猛スピードで落下し、月光学園校舎跡地に落着し、そこにあった瓦礫の山を周囲の大地ごと粉々に吹き飛ばす。


「オオォォォォォォッ!」


 豚が、鶴が、二年D組の生徒達が、ギャラリーが、それを見た全員が一斉に叫び声をあげる。そこには驚きと喜び、カタルシスとエクスタシーがなみなみと満ちていた。やがて観衆は一斉に立ち上がり、互いに手を打ち合い、跳び上がり、抱き合って興奮を爆発させる。


「……エクセレント!」


 そして亮はその歓声を一身に受けながら遠方の大惨事に背を向け、片手に持ったレーザーブレードを高々と掲げながら叫ぶ。

 その顔は達成感に満ちていた。

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