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「千客万来」

 異世界と繋がってから数日が経ち、周囲を溶岩に囲まれたその町にはある変化が訪れていた。かつてそこに住んでいた人間が残らず空に浮かぶ都市に避難し、一時はゴーストタウンと化したその地には、人間に代わってそれとは異なる者達が住み着き始めたのだった。

 それらはある者は蛇頭であり、ある者は猫頭であった。四本足の者もいれば四本腕の者もおり、中には人の形をしていない、物体として決まった形を持っていない者さえもいた。それらはこちらの世界に元から住んでいた者達から「異邦人」と呼ばれている者達であり、彼らはそれぞれ自分達が住んでいた世界からこちらの世界に転がり落ちてきた際、とりあえず安全を確保するために空き家となっていたこの建物の中に転がり込んだのだった。

 そしてそれぞれ建物の中に入り雨風を凌げる場所を確保できた彼らは、そこに自分と同じ理由で入り込んできた異形の存在と邂逅したのだった。中にはその場で相争う者達もいたが、大半は表立って反目することはせず、相互不干渉を貫いてそれぞれ別々の空間を占有することに落ち着いたのだった。主に一戸建ての家屋に侵入した者達は前者、高層ビルなどの大きな建物に入った者達は後者の反応を取った。中には一戸建ての狭い空間を器用に分割してなんとか不毛な縄張り争いを回避した者達もいた。

 そうして多少の反目を経て異世界での居場所を確保した彼らは、次に物資の確保に迫られた。いくら人と異なる姿形をした彼らといえども、その大半は飲まず食わずでやっていけるような身体構造を有していなかったのだ。しかしその問題は簡単に解決した。


「ああいいよいいよ。お金とかはいらないから、好きな物持って行って。あ、一応レジには持ってきてね」


 彼ら「異邦人」よりも先にこちらの町に居着いていたトカゲ人間達、もとい宇宙海賊レッドドラゴンの一派が運営していたコンビニやスーパーで大抵の物が買えたからである。しかもトカゲ達は来客が品物を店の外に持ち出す際に金品を要求せず、物々交換を持ちかけることも無かった。トカゲ達はあくまで実験のためにこうした事を行っており、金儲けのことは念頭に置いてなかったのだ。


「しかし、こうした物を仕入れるにも色々と費用がかかるはずだ。そこの辺りはどうしているのだ?」

「それは特に問題ないよ。金だけは無駄に多く持ってるからね」

「品はどこから仕入れているんだ? 噂に聞いたんだが、今のこちらの世界はどこも混乱状態にあって、まともに機能していないらしいが」

「宇宙から仕入れてるんだよ」


 ある時コンビニで買い物ついでに質問してきた「異邦人」達相手に、その時店番をしていたトカゲの一人はそう答えた。


「なんでこんなことしてるんだ?」

「こっちの星のやり方に慣れようってことで始めたんだよ。今じゃもう意味もなくなったけどな。でも一応品も余ってるし、捨てるのも勿体ないってことになって、せめて全部売りさばくまで続けようってことになったんだよ」


 そして彼の言葉の意味を理解して単に納得する者もいれば、そのスケールの大きさに目を見開く者もいた。中には「宇宙ってなんだ?」と疑問を漏らし、まだ自分達の住む場所の「外の領域」を充分に把握しきれていないことを露呈してしまった者もいた。そして買い出しに来た中で最初は警戒していた面々も、そのトカゲとの交流を経て次第にその神経を解していった。

 そうして身辺整理に区切りがつき、心に余裕が生まれて一段落したところで、彼らは次の問題にぶつかった。何か退屈を紛らわせる、あるいは異常事態を前にささくれた心を癒せるような娯楽が無いかと思い始めたのだ。


「あるよ」


 そしてそれに対する回答も、そこかしこで商売のまねごとをしていたトカゲ人間によってもたらされた。そのトカゲは続けて言葉を放った。


「なんでも地下に闘技場があるらしいんだよ。そこに行けば暇潰しくらいは出来るんじゃないかな」

「観戦だけすることも出来るのか?」

「もちろん。それと受付で予約すれば誰でも試合に出れるらしいよ。ランク制を導入してるから最初は実力の少ない相手と戦わされるけど、活躍すればするほど上のランクに行けるって感じかな」


 トカゲが来客に話して聞かせる。ちなみにこの時トカゲは声を潜めて話していた訳ではないので、彼の話は店内にいた全員に聞こえていた。琴線に触れなかった者も当然いたが、興味を示した者も当然いた。その興味を示した面々はレジ越しにトカゲの前に集まり、それはどこにあるのかと問いかけてきた。


「ああ、そこはね」


 トカゲはあっさりとその場所を教えた。





 地上から人が消えても、地下闘技場リトルストームは相変わらず繁盛していた。リトルストームのある秋葉原が爆心地であるその町から離れた位置にあったことも理由の一つであり、それ自体が地下にあったので地上の激変の影響を受けなかったのも大きかった。

 ちなみにいくら件の町から離れているとは言え、秋葉原もまた例外なく異世界の侵略を受けており、全く無くなったとはいかないまでもそこを行く人の姿それまでと比べて激減していた。もっともエリアの大半が砂漠地帯と化したその場所に好んで住み着く人間などいるはずもなく、そもそも異変が起きる前からそこにいた者達は一人残らず空に走った亀裂から溢れ出してきた砂の濁流に飲み込まれてしまっていた。そして今秋葉原を闊歩しているのは、幸運にも生き延び水や食料を探し求めるほんの一握りの人間だけだった。

 しかしそんな今では高層ビルのてっぺんだけが顔を覗かせるほどに金色の砂が堆く積み重なっていた秋葉原の地下で、リトルストームはいつもと変わらず運営されていた。ワープ装置を使用して母星や母船から直接この場所を利用している宇宙人にとっては、異星であるこの星の地上がどうなろうと知ったことではなかったからだ。


「随分人間の数が減りましたね」

「この町にいた人間自体が大分消えたからなあ」

「アルフヘイムにワープ装置置いてもらいましょうか。そうすればもっと集客も見込めますし」

「そうしてもらおうか。何もしないよりはマシだしな」


 そしてリトルストームの支配人と副支配人もまた、変わり果てた地上について必要以上の感傷を抱くことは無かった。ここに至るまで長く宇宙に留まっていた彼らは、地球や地球人に対して強い思い入れを抱いていなかったのだ。


「それから、異世界からの参加者が日毎に増えてきています。彼らはどうしましょうか?」

「もちろんやりたいって言っているなら参加させよう。よその世界の人間だからって理由で断るなんてとんでもない」

「じゃあいつも通りということで?」

「うん。いつも通りに対応してくれ。それから、こっちのルールをしっかり守るように言っておいてくれ」

「わかりました」


 リーゼントヘアの男の言葉に年若い女装男子が応答する。彼らは互いに言葉にこそ出さなかったが、内心ではここの利用数が増えて行っていることに関して喜びを感じていた。確かにここに出入りする「地球人」の数は減ってきていたが、それと反比例するように今度はここを利用する異世界からの来訪者が増えてきていた。全体で見ればプラスマイナスゼロであり、それどころか異世界の扉が開く前に比べて、俗に言う「異邦人」が続々とやってくる今の方が格段に繁盛しているのだ。ようするにリトルストーム的には異世界様々であったのだ。さすがに全世界が混乱に陥っている中でこんなことを考えるのは不謹慎かもしれないと思い、二人はそれを表立って言うことは無かったが。


「それから例の人探しの件、上手く行ってる?」


 しかし支配人であるケン・ウッズからそのように問われると、副支配人のイツキは表情を曇らせた。それからイツキは無言で首を横に振り、落胆した表情で言った。


「全く進展無しです。闘技場にいる人達に色々聞いて回っているんですけど、これといって重要な手がかりはまだ何も」

「そうか。それは困ったな」

「もういっそのこと、人相書きをばらまいたりするって言うのはどうでしょうか? この子を捜しています。もし見つけたら連絡くださいって感じで」

「それは世界中にってことか?」

「銀河中にです。もちろんこっちでも配りますけど、それだけじゃ見つけられないと思うんです」

「うーん」


 ケンは唸った。子供一人のためにそこまで話を大きくする必要があるのかと一瞬躊躇いを覚えたからだ。しかしケンは少し悩んだ後、すぐにその考えを投げ捨てた。そもそもさらわれたのは友人の娘とも言うべき女の子だ。手段を選んでいる余裕はない。


「よし、やろう」

「わかりました」


 ケンが力のこもった声を返し、イツキがそれに頷く。それからイツキは大急ぎでミナの顔写真と特徴、そして連絡先を記した捜索願を作成し、ケンと自分のコネを最大限に利用して銀河という銀河にそれをばらまいた。当然宇宙警察にも人探しを依頼した。


「後は野となれ山となれだ」


 そうして宇宙ファクシミリで完成したばかりの捜索願を方々に転送しながら、イツキは真剣な面持ちでそう呟いた。





 朝倉若葉は焦りを感じていた。それまで全く人気の無かった町並みが、ある日を境にして途端に人の気配でごった返していったのだ。

 しかも窓越しに見える眼下の光景にあるのは人間ではない。どいつもこいつも人とはかけ離れた形や色合いをした珍妙な連中であり、そしてそれらの手には全て同じ紙が握られていた。

 誰かを捜している。若葉はすぐにそれを察し、そしてその狙いが誰であるかも即座に悟った。


「なんでこんなことに」


 若葉が小声で呻く。彼女の背後では部屋の隅で死体のようにうずくまるゼータと、同じようにそれの向かい側の隅で体を丸めているミナの姿があった。ミナは体を縛られ口をテープで塞がれていたが、それにしても最初若葉がさらってからこの少女が一度も抵抗をしてこなかったのが不思議だった。今にしたって、まるで人形のように固まったままぴくりともしなかった。物を食べたり水を飲んだりもしない。そもそもその要求すらしてこない。

 なのに生きている。飲まず食わずで今も息をしている。不気味で仕方なかった。


「ああ、もう」


 若葉が再び外へ目をやる。異形の怪物どもが我が物顔で町を闊歩している。その誰もが同じ紙を持っている。そこにはミナの顔写真が貼られていた。若葉の推測は的中していた。


「そんなはずない。そんなの嘘だ」


 ミナが誘拐されてから一週間後、若葉は自分が追いつめられていることに気づいた。だが彼女の心は、頭では理解できていた己の不利を頑なに認めなかった。

 なぜなら、最後に勝のは自分だからだ。

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