表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/175

「会議一日目」

 多次元統合機関の設立に関する最初の会議は、それの設立を最初に提唱した次元監察局の面々が乗ってきた巨大な剣、もとい時空移動船の中にある会議室で行われた。その広々とした空間に設えられた会議室は全面を白で統一されており、床も壁も天井も、そしてその中心に据えられたドーナツ状の円卓と背もたれつきの椅子までもが汚れ一つ無い純白で染められていた。地球の人間からすれば、そこは病院の一室か何かと勘違いしてしまいそうなほどに真っ白けであった。

 そしてその執拗なまでに白で塗り固められた室内に招かれていたのは、おおよそ清潔とは無縁の、多種多様な色で構成された連中であった。


「こうしてみると、中々壮観だな」

「世界とは広いものだ」

「どれだけ世界が広がろうとも、私がこの世で最も美しいことに代わりはありませんが」

「ニク! ニク! ニククワセロ!」


 頭からペンキを被ったかのように全身真っ赤な者、金粉を体に貼り付けたように金ぴかな者、衣服をドギツいピンク色で統一した者、全身透明で体の向こうの景色が透けて見えてしまっている者、その他色々な色彩の者達が、その会議室と言う名の白いパレットの上に一堂に会していた。それらはどいつもこいつも「俺が一番目立っているんだ」と言わんばかりの個性溢れる色合いを備え、おかげで白で統一されていたこの場の静謐な雰囲気は滅茶苦茶に破壊され、騒々しく目に優しくない、混沌とした空気で満ちていた。

 そしてこの場の空気は張りつめてもいた。誰が見方で誰が敵かもわからない故に出席者達は神経を尖らせており、ここに出席していた新城亮は気を許すことが出来ない息苦しさを覚えた。


「さて、本日は我々の要請に応じて集まっていただき、誠にありがとうございます」


 そんな個性を発揮しつつ円卓に座っていた参列者の面々を見回しながら、同じく円卓の一つに腰を下ろしていた次元監察局の一人が声をかけた。その声色からして男と判断できたそれは他の観察局員と同じ服装である白いローブとフードで身を包んでおり、そして彼はフードの奥で目を光らせ、この場に集まっている無駄にカラフルな面々を興味深げに観察していた。実際はどうかわからなかったが、亮の目にはそう映った。

 ちなみにこの時、亮は紺色のジーンズに白いシャツ、その上から黒いジャケットを羽織っていた。他の「異邦人」に比べれば酷く地味であったが、当人は無駄に存在感を放つよりはマシかと思っていた。そもそもここにいる面々の中で衣服を着ている者は彼を含めて二、三人しかおらず、大半が全裸だった。その時点で亮の存在は非常に浮いていた。自分と同じ人型をしていた者が殆どいなかったという意味でも、亮は浮いていた。


「まずは軽く自己紹介からするとしましょうか。それではそちらの方から右回りに、自分の名前と、どのような世界からやってきたのかを簡単に教えてください」


 進行役と思しきその円卓に腰を下ろしていた次元観察局員が、そう言いながら亮を指し示した。ちなみにここには自分達の他に次元観察局員が数人おり、彼らは壁際に散らばって端末を手に持ち、その上でせわしなく指を走らせていた。おそらくこの会議の内容を記録したり、細かいことをメモしているのだろう。そんな背後からの観察局員の視線を意識しながら、亮は立ち上がって自分より派手な立ち姿をした面々を前に声を放った。


「新城亮と申します。この世界で教師をしています。ええと、教師というのはですね・・」


 それから亮はこの世界における自分の立ち位置とこの自分のいる世界の特徴を「これは自分の主観の入ったものですが」と前置きした上で一通り説明し終えた後、どこか気まずそうにゆっくりと腰を下ろした。それから右回りに自己紹介が進行し、その中で彼らは亮と殆ど同じ流れを沿うような形でそれを行っていった。

 誰も彼もが緊張していた。声は強ばり、身に纏う気配は刺々しく、誰も信じられないと言わんばかりに周囲を警戒していた。無理もない。ここには初対面の、しかも各々の価値観から遠くかけ離れた風体をした面々が一同に介しているのだ。いわば今の彼らの状況は、地球人があのSF映画に出てくるエイリアンと正面から顔をつきあわせているようなものであり、そんな状況下で第三者から「こいつは友好的だから安心しろ」と言われても安心しきれないのと同じであった。

 しかし全員の自己紹介が終わってその場にいる面々の素性が知れると、彼らの身に纏っていた攻撃的な気配はいくらか和らいでいった。ここに集まっていた者達が全員その自分の出身世界において、学者もしくは教育機関に籍を置いていたことが判明したのも、彼らの警戒レベルを一段階下げる助けになっていた。

 要は異種族間で同族意識が芽生えたのである。


「なんだ、みんな同じことをしていたのか」

「お互い話がわかりそうで助かりますわ」

「相互理解が速まりそうで何よりですな」

「ニク! ニク! ニククワセロ!」


 そして最後に進行役の観察局員が自分の名前を言い終えた時には、そこには最初に顔をあわせた時よりも和やかな空気が流れていた。誰もが安堵し、肩の力を抜いていたが、亮だけは別の理由から表情を硬くしていた。


「ここに集まった目的については既に招待状にて説明していますので、早速本題に入らせていただきたいと思います」


 そんな中で進行役が声を放つ。両隣の「異邦人」と雑談に興じていた面々はその言葉を境に静まり返り、和気藹々としていた場の空気が一気に引き締まる。亮も真面目な顔つきで観察局員を見据え、そして全員の視線が自分に集中したのを肌で感じた局員が再び声を上げた。


「お知らせした通り、我々は特異点となったこちらの世界に多次元統合機関を設立したいと思っております。多次元統合機関とは、この世界と、そしてこの世界と交じり合った世界の情報を一箇所に集め、それぞれの世界の歴史や知識や風俗といったものを全ての世界の面々に開示し、世界同士の相互理解と協調を推し進めていくための場所であります」

「そしてその知識を集めるために、我々が呼ばれた訳ですな?」


 全身紫色をした、茄子のような色合いをした出席者の一人が声をかける。その自己紹介の席で「ラース」と名乗った四本足の男は、進行役の観察局員をじっと見つめながら言葉を続けた。


「教師や学者を集めたのはそのためであると?」

「そうです。もちろん今後はあなた方以外の有識者を招いてこれと同様の会議を開くつもりですし、後々軍事に携わっている方々を招くつもりでもあります。我々は統合機関を作るにあたって、より多くの知識を求めております。そのためにはより多くの、より異なる視点からの情報が必要なのです」

「我々の知識だけで作るのではないと?」


 馬面のラースが目を細める。そこに非難の色はなく、代わりに相手の返答を見極めようという強い意志が込められていた。その眼差しを正面から受け止めながら観察局員が頷いた。


「もちろんそうです。客観的な事実を説明できる者は殆どおりません。誰であろうと、その説明には少なからず主観が混じるものであります。そんな一人だけから仕入れた情報、個人の好き嫌いの混じった情報が、その世界の全てであると鵜呑みにするのは、非常に危険なことなのです」


 観察局員が自信に満ちた声で答える。ラースと彼の周りにいた者達は不快そうに顔を歪めたりはせず、むしろ納得したように首を縦に振った。一方でそんな観察局員の返答を聞いた亮は「はっきり言うなあ」と驚いたように小声で呟き、隣でそれを聞いた「異邦人」の一人が亮に小声で返した。


「それだけ本気なのでしょう。彼らは本気で作ろうとしているから、あそこまでハッキリと物が言えるのでしょうね」

「まあそう考えるのが妥当でしょうね」


 言葉を寄せてきたその「異邦人」に亮が自然な態度で言葉を返す。その「異邦人」は全身緑色で頭頂部から角を垂直に生やし、四角い顔面には口と鼻と耳しか無く、両目はまるごと退化し、かつてそれがあった部分が僅かに窪んでいたに留まっていた。

 というのもその「異邦人」、もとい「ウラ」と名乗った者のいた世界はある日を境に突如として太陽が消滅し常に暗闇の中での生活を強いられたため、そのうち視認が困難になり使う機会の減っていった両目が退化していき、代わりに聴力や嗅覚が発達していったのだという。


「こちらも腹を据えて取りかかる必要がありそうですね」

「まあ、やれることをやっていくだけですよ」


 そんな地球人から見て奇怪な外見をしていたウラを前にして、亮は変に取り乱したりはせずに同じ地球人に話しかけるように自然な態度で接していた。亮はこれよりもっと奇怪な姿をした連中と宇宙刑事時代に散々出くわしており、教師となった今でもそれら「クリーチャーじみた物体」に対する耐性が備わっていたからである。


「さて、早速ですがまずは皆さんのアイデアを教えていただきたいと思います。それぞれの自分のいる世界についての情報をどうすればより良く他の世界の方々に伝えていけるのか。どんな小さなことでも構いませんので、遠慮なく挙げていってください」


 そんな亮とウラの会話の陰で、会議自体は着々と進行していた。それからここに集まった面々は観察局員の求めに応じてそれぞれが案を出していき、壁際にいた他の局員達が片っ端からそれを端末に入力していった。亮とウラ、そしてラースもそれぞれが思ったことを忌憚なく述べていき、充実した会議の時間はあっという間に過ぎていった。





 そうして数時間後、会議が終わり室内の空気が再び弛緩していった時、亮の隣にいたウラが彼の顔をじっと見つめながらいった。


「何かお困りのようですね?」


 亮はぎょっとした。横からなんの推論も無しにいきなり結論を言われ、しかもそれが図星だったからだ。しかし無条件でそれを認めるのを躊躇った亮は声を低めてウラに言った。


「なぜそうだと思ったんです?」

「私、気配には敏感なんですよ」

「は、はあ」

「ですから、あなたが前から、正確には会議が始まる前からどこか上の空だったことを察していたんですよ。でも会議が始まる前に話すのは止めておいた方がいいかなと思いまして」

「そうだったんですか」

「それで、どうなんですか? もしよろしければ私が相談に乗りますが?」


 故郷の世界でこちらの世界で言うところのカウンセリングを行っていたウラが優しく話しかけてくる。出席者同士の雑談によってにわかにざわつき始めた中で亮は少しの間逡巡したが、最終的に彼は肩肘を張ることをやめた。


「わかりました。じゃあお願いします」


 話せば少しは楽になるかも知れない。そう考えた亮は、ぽつぽつと自分の抱えていた悩みを話し始めた。


「実はですね……」


 それは彼がこの会議に出席する前、自宅でドグから聞かされた話だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ