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「事案発生」

 ミナは一人で通りを歩いていた。白いワンピースの裾をはためかせ、他に通る者もいない無人の大通りを一人で歩いていた。彼女の進む道の両脇にある建物はどれも人の手から離れて久しく、今では寂れ、薄汚れ、手入れもされないまま朽ち果てつつあった。そしているべき人の影もないため、ミナの進む道の周りはまさにゴーストタウンとも言うべき様相を呈していた。


「ふーん、ふふーん、ふーん」


 そんな人によっては怖気すら感じる程の静寂の中を、ミナは軽快な足取りで進んでいた。まるで今から友人のパーティに向かうかのように、時折スキップしたり軽やかにターンをしたりしながら、無人の道を進んでいた。

 やがてミナが十字路に到達したところで、左手の方から車が突っ込んできた。その車は明らかに時速百キロはあろうかというスピードで交差点に進入してきており、しかし十字路の中心に到達する寸前で右上方から飛んできたロケット弾を前輪に食らった。

 爆音がミナの鼓膜をつんざいた。そして砲撃を食らった車はミナの眼前で大きく縦方向に回転し、前面から煙を吐きながら宙を舞った。そして十字路の中心を走り幅跳びのように飛び越え、横断歩道を越えて反対側の道路に頭から着陸した。


「やった! 当たったぞ!」

「急げ! 他の奴らに遅れをとるな! 急げ!」


 車が頭が反対側に不時着した直後、ミナの右手側にあるビルの上から続々と何かが飛び降りてきた。それは見た目こそ人間と同じだったが、体色は病的に青白く背中から蝙蝠のような翼を生やし、四肢と体は骨と皮だけで作られたような非常に華奢な外見をしていた。そしてそんな面々は翼をはためかせて見るからに軽い体躯を浮かせて安全に着陸し、そして畳んだ翼と干渉しないように手に持っていたバズーカ砲を肩に背負いながら横転した車に向かって走り出した。


「見つけたぞ!」


 そして車に群がった華奢な人間らしき物体の一団はドアを乱暴に開け放ち、中を物色し、やがてそのうちの一人が片手に何かを持ちながら叫び声をあげた。他の面々は皆一様にその声に反応し、即座にその一人が手に持っていた物へ視線を寄越した。


「おお、これが!」

「そうだ。これがこの世界の金だ」


 その生物の手には財布が握られていた。車を飛ばしていた人間はその華奢な連中の足下に転がっており、ぴくりとも動かなかった。


「よし、これさえあればこちらでも何とかなるな」

「うむ。こちらでも物を買うのに金がいるとは思わなかった。だがこれで安心だ」

「それで、物を買うための場所はどこにあるのだ?」


 仲間の一人の言葉を聞き、翼を生やした連中が一気に押し黙る。それを見たミナは即座に「このままでは面倒ごとに巻き込まれる」と直感し、自身の能力を発動した。

 ミナが目を閉じ、意識を集中させる。ミナの体が白に発光していく。


「ん?」


 直後、翼人間の一人が何かに気づき、首を捻ってそれまでミナのいた所に目をやる。しかしそこには誰もおらず、その翼人間は「気のせいか」と小首を傾げながら仲間の方へ視線を戻した。

 それと同じ頃、翼人間のたむろす道の右手側、それまで彼らがいたビルの上に、突然光る塵のようなものが現れた。その塵は同じ場所に次々と出現し、それらは引力に引き寄せられるかのように一点に凝集していき、やがて光の塵の集合体は一つの人間へと形を変えていった。


「もう大丈夫かな?」


 そして人型を形作る光の膜がはがれると、そこにはミナが立っていた。原子化状態から元の人間体に戻ったミナはビルの縁に近づいてそこに手を置き、真下の光景を見下ろした。そこでは蝙蝠人間がなおも固まっており、耳を澄ますと「これからどうする?」だの「まずは探索を続けよう」といった声が聞こえてきた。どうやら連中はこちらの世界を暫く歩き続けるようだ。ミナはそんな台詞を聞きながら、これから彼らは何をするのだろうとニヤケ顔で色々想像を膨らませていた。

 彼女はこうして遠くから他人を眺め、その様子を観察するのが好きだった。それは生まれついてから原子還元能力をその身に備え、その奇異な能力故に他人から避けられて育ってきた彼女の数少ない楽しみであり、それに妄想を膨らませている間は己の孤独を忘れることが出来る貴重な時間でもあった。そしてこうしている時は決まって全てを忘れ、目の前の光景を凝視することに意識の全てを傾けているのである。

 だから彼女はそれに気づかなかった。眼下に見える「それ」を見るのに夢中になって、背後から近づいてくる「それ」の存在に気づかなかったのである。


「やっと見つけた」


 ミナの背中から声がかかる。それを聞いたミナが後ろの何かに気づいた瞬間、彼女は自分の首筋に鈍い衝撃が走るのを感じた。

 それがなんなのか理解する間もなく、ミナの意識は一瞬で闇に落ちた。





 同時刻。新城亮の借りているマンションの一室の中で一つ目の怪物が唸っていた。


「うーむ」


 その怪物は後ろから生やした触手を地面に伸ばし器用に立ち上がり、手空きの方の触手で一枚の紙を掴み、それを真剣な眼差しで見つめていたのであった。


「うーん」


 一つ目が再び唸る。彼はこの時、自分がいるこの部屋の家主にこの紙切れの中に書かれている内容を伝えるべきか迷っていたのである。長々しい説明文を省いて要点をまとめると、紙切れにはこう書かれていた。


「異世界同士の親交と協力を目的とした多次元統合機関の設立がしたい。そしてその機関内に異なる世界の住人が平等に知識を得られる場を設け、そこに教師として新城亮を招聘したい」


 うーん、と一つ目、もといドグは三度唸った。宇宙警察長官である彼はかつて宇宙刑事を引退した亮を再び自分のお膝元に呼び戻したいという理由でここに来ており、この「次元監察局」という者達から届けられた書状は、彼にとっては「余計なお世話」でしかなかったのだ。

 しかしその一方で、ドグは自分の願望を叶えるためにこの招待状を握り潰していいのかとも思っていた。腐っても宇宙刑事、奇怪な見た目とは裏腹に彼は根っからの善人であったのだ。そもそも亮でなくドグがこの手紙をもらったのは、これを直接届けに来た白ローブを纏ってフードを目深に被った人間、もとい次元監察局の一人が、依頼を受け出かけた亮に代わって留守居を任されていた自分を「新城亮の保護者」と勘違いしてしまったのが原因であった。その自分が戸口で対応した次元監察局の一人が発した「是非ともお渡しください」という希望に満ちた言葉を、ドグは無碍にすることが出来なかったのだ。


「長官! 大変です!」


 ドグの足下にある端末からけたたましい声が聞こえてきたのはまさにその時だった。突然の大音量に驚きながらドグはそれを持ち上げ、着信のスイッチを入れて声の主に話しかけた。


「どうした、何があった?」


 連絡を入れてきたのはドグが一緒に連れてきた監視員の一人だった。その者は息を荒げ、慌てた調子で声を放った。


「そ、その、非常事態が」

「なんだ? 何が起きたというんだ?」

「ご息女が」


 ミナがどうかしたのか? 問いかけるドグに、その監視員が言葉をひといきに吐き出すように言った。


「ご息女が、誘拐されました!」





 ドグは自分の耳を疑った。ミナがさらわれた?


「誘拐犯はいきなりご息女の背後に現れ、体を担ぎ上げると何処かへ去ってしまいました。何らかのステルス装置を使っており、目視による追跡は断念。赤外線で位置をトレースしようとしましたが、先方は妨害電波を放つ機器を使用しているらしく、装置は満足に動かず、追跡は不可能でした」

「バカな……」

「完全にやられました。長官、こちらはどうすれば?」


 しかし驚きのまま眼球を何度か激しく上下左右に揺らした後、落ち着きを取り戻して監視員に言った。


「待て、待て。そんなに慌てることじゃない」

「ですが」

「あの子の力を忘れたのか?」


 ドグが冷静に諭すと、彼と端末越しに話していた監視員が「あっ」と驚きの声をあげた。


「そう言えば」

「そうだ。あの子にはあの力がある。たかが誘拐犯程度、ものの数ではない」


 原子還元能力。ドグと監視員は同じ単語を脳裏に思い浮かべていた。拘束不可能な究極の力。無敵の力だ。


「彼女を捕まえることは誰にも出来ない。最悪の展開にもそう簡単にはならない。いいな? だからまずは落ち着いて、しっかりと捜索をするんだ」


 ドグは自分に言い聞かせるように監視員に言った。幾分か落ち着きを取り戻した監視員は「了解」と返し、それを聞いたドグは満足したように「では切るぞ」と言って端末のディスプレイに表示された「着信終了」のスイッチを押そうとした。


「いや、待ってください長官」


 しかし触手の先端をスイッチに伸ばしかけたところで、監視員が再び慌てた様子で声をかけてきた。今度はなんだ、と若干苛立たしげに返すドグに、その監視員は恐縮そうに言った。


「このこと、新城さんにはどう説明するんですか?」


 そのかつて亮の後輩であったその監視員からの指摘に、ドグの体は石化したように固まった。どうしよう。これは難題だ。


「……まあ、こちらでなんとかしよう」

「本当ですか?」

「ああ。だからお前の方は捜索に全力を尽くしてくれ」

「わかりました」


 そう言って向こうから通信が切れる。そして何も言わなくなった端末を足下に置きつつ、ドグは目を細め、途方に暮れた様子で窓越しに遠くの景色を見つめた。


「どうしよう」


 連絡を寄越してきた監視員に「任せろ」とは言ったが、正直言ってドグは何も考えていなかった。その後いくつか策も練ったりはしてみたが、結局ドグは小細工を弄さず正面から正直に話すことにした。

 ドグは人に嘘をついたり遠回しな言い回しを良しとしない、馬鹿正直な一つ目だったのだ。

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