「追憶の8」
「それで町一つ潰したっていうのか?」
ドグは絶句した。人一人助けるのにそこまでするのかと思った。しかしそれを見たエコーは悪びれる素振りを見せず、むしろ「自分は何か悪いことをしたとでも?」と言わんばかりの開き直った表情で言葉を返した。
「あの時ああしなければ新城は死んでいた。他に方法は無かった。迅速かつ確実に新城を救出してあの場を脱するには、あれ以上に最適な方法は無かった」
「しかし、いくらなんでもやりすぎだろう。町を廃墟に変えることに躊躇は無かったのか?」
「無いな。敵にかけてやる情けはない」
エコーが即答する。そのことを問いかけたドグの部下の一人は唖然とした表情を浮かべた。次にその場を取りなすようにチャーリーが言った。
「他に手が無かったのは事実なんです。連中は戦車や戦闘機を持ち出してきていた。それも軍隊が使うような高級品を。そしてそれらに対抗出来るものは、こっちにはあの船の武器しか無かったんです」
「艦載機は全部おしゃかになってましたからね~。他に使えるものが無かったんですよ~」
アルファがおっとりした口調でチャーリーに続く。ブラボーと亮もそれに同意するようにうなずいていた。この状況下でわざわざ嘘を言うとも思えず、ドグとその部下達はそれ以上追求するのを避けた。
「それでその後はどうしたんだ?」
代わりにドグが話の続きを催促した。ついでに彼は四ヶ月以上連絡を寄越してこなかったのは何か理由があるのかと尋ねた。
「ええ、ちゃんとあります」
亮は首を縦に振った。いったい何が起きたんだと問いかけるドグに、亮は疲れた表情で言った。
「今度は正規軍が攻めてきたんです」
それがやって来たのは、エコー達の乗る戦艦が町への砲撃を終えて亮を回収してから三日後のことだった。そしてそれは船の修理と亮の治療を終え、一段落した後で彼らが「じゃあ次はここの政府機関に連絡を取って、町の住民がいきなり殺す気で攻撃を仕掛けてきたことに対して説明してもらおう」と次の行動方針を固めた直後のことでもあった。
「またか」
「まだここのこと調べてもないんだぞ」
「ネットワークにアクセスは出来るんだよな?」
「ええ、可能です。ここのコンソールからでもアクセス可能です」
「のんびり調べさせてはもらえなさそうだけどな」
息つく間もなくやってきたその新たなトラブルの種を見て、艦橋に集まっていた面々は一様に閉口した。ただその中で唯一、ミナだけはのんきな調子で声を放った。
「おー、でかいなー。あれも宇宙戦艦なのか?」
それは亮達の乗っているものよりも一回り大きい、全身を青く塗装された半球形の物体だった。正確にはそれは卵を縦に真っ二つにしたものの片割れを地面と水平になるように空に浮かべた形をしており、そして真っ青な表面は陽光を反射し、宝石のようにきらびやかに輝いていた。
「また変なのが来た」
「こっちと戦うつもりなんでしょうか~?」
「正直もう勘弁してほしいんだけどな」
「キャプテン、あれに関する情報が手に入りました。説明します」
その青い半割れ卵は、一言で言えば新造戦艦だった。つい一週間前にここから数百光年ほど離れた位置にある星で建造されたばかりの、当時では最新鋭の戦艦だった。当然購入するにはそれなりに金がかかるし、新型故に装甲材や燃料といった維持費も高くつく。チャーリーはその、ついさっきコンソールを利用して宇宙連邦が管理している銀河ネットワークの中から仕入れた情報を亮達に説明し、続けてエコーに次の指示を求めた。
「どうします? 無視しますか?」
「一応コンタクトは取ってみろ」
「了解」
エコーから命令を受けたチャーリーが通信回線を開いて先方に交信を試みた。一分後、返ってきたのは砲撃だった。
「うわっ!」
「回避、回避!」
「しなくていい! さっきのは威嚇射撃だ! かすってもいない!」
前方から飛んできた黄色い光を見て亮が咄嗟にコンソールに隠れるように体を屈め、慌てて言葉を連呼するチャーリーにエコーが叫ぶ。それからエコーは「戦闘準備!」と間髪入れずに放ち、その後亮の方を向いて彼に別の命令を下した。
「お前はこの星のことを調べろ! ネットワークからこの星のことを調べるんだ!」
「集める情報はなんでもいいんだな?」
「なんでもだ! 小さなことでもいい! とにかく情報を集めろ!」
それだけ言って、エコーは視線を前方に移して対艦戦闘に意識を向けた。亮は文句一つ言わずにエコーの指示に従った。餅は餅屋。戦艦の操作は自分よりも慣れている彼らに任せるべきだと亮は考えていたからだった。
彼女の眼前には空飛ぶ青い卵があり、その卵の前面部、なだらかに下方に傾斜した表面の中心部分が左右にスライドし、奥から巨大な砲身が姿を見せていた。それは途中までは円筒形をしていたが、その中程から先は外向きに湾曲した三つのパーツで構成されていた。その三つのパーツで囲まれた空間の中には太陽のように黄色く輝く光球があり、その様は怪物が三本の指で光り輝く宝玉を挟み込んでいるようにも見えた。
「なんだあれ」
「あれも新型の大砲なんだろうよ」
「最新鋭のレーザーキャノンです。爪で囲まれた空間を力場で包み込んで、エネルギーに強烈な指向性を持たせているんです」
ブラボーの疑問にエコーが推測で答え、眼前の戦艦の情報を集めていたチャーリーがより正確なデータを説明する。その間にも件の「三本指」の中に囲われた光球は次第に輝きを増していき、ついには自身を囲んでいた指さえもその中に飲み込んでしまう程に肥大化していった。
「来るぞ! 回避しろ!」
光の塊が迫り、正面モニターが白一色に染まる。刹那、コンソールを使って星の情報をかき集めていた亮の耳には、そのエコーの叫び声とけだものが吼え猛るような重々しいビームの発射音が重なって響いた。
「左舷被弾!」
直後、亮の耳に悲鳴じみた声が聞こえてきた。それを聞いた亮はディスプレイから目を離して周囲を見回す。一段高いところにいたエコーは動じず、その彼女の前方に座っていた三人は忙しくコンソールやディスプレイをいじり回っていた。
「損傷軽微! でもさっきのでシールドがぶち抜かれた!」
「シールド無かったら木っ端微塵だったです~。それでもって、今はエネルギー回復中です~」
「でもこのままじゃジリ貧だ、まずいぜ!」
亮は一気に不安になった。そして不安げな表情のままエコーの方を向いて彼女に言った。
「おい、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。安心しろ。策もちゃんと考えてある」
「本当か?」
「当然だ。ブラボー!」
エコーがブラボーを呼びつける。それに反応したブラボーは咄嗟にエコーの方を向き、「なんです?」と尋ねる。エコーは彼をまっすぐ見つめ、真面目な声で言った。
「突撃だ」
「やるんですか?」
「やる。突っ込むぞ」
「了解」
ブラボーが自分のモニターに視線を戻す。それを聞いていたアルファとチャーリーも表情を引き締め、やがては場の雰囲気までもが一気に緊迫したものになる。亮は二人が何を言っていたのか、そして四人が何を共有していたのか全くわからなかったが、その場の空気から何かとてつもないことをやろうとしていたことは理解できた。
「何をする気だ?」
一応聞いてみる。エコーはニヤリと笑い、前を向いたまま叫んだ。
「全速前進!」
直後、艦橋が大きく揺れた。激しい揺れこそ一瞬だったが、その後も小刻みに足下が震え続け、それと同時にエンジンが盛大に火を噴く音が背後から轟き、正面モニターに映る敵艦の姿が一気に大きくなっていった。
亮はこれからこの船が何をしようとしていたのかを察した。そしてその場に立ち上がり唖然とした表情でその徐々に近づいてくる戦艦の姿を凝視していた。
「本当にやるのか?」
「あれと正面から撃ち合うのはバカのすることだ」
前を向いたまま亮が問いかける。彼と同じ方向を見ながらエコーが答える。敵の姿はどんどん近づいていき、こちらの意図を察した「青い卵」はそれを阻止せんとハリネズミのように全身から砲身を突き出し弾幕を張る。
弾丸とレーザーの嵐が戦艦に襲いかかる。それらの一部が不可視のシールドと接触し、船体から少し離れた箇所で白い閃光がいくつも生まれる。
「シールド損傷!」
「なーに、まだいける!」
「突っ込め突っ込めです~!」
部下三人は完全にやる気を見せていた。その顔は既に獲物に狙いを付けた猛獣のそれだった。亮はその空気についていけずにいた。
「今やろうとしてるのはもっとバカなことだぞ」
「でも確実にやれる」
「こっちも相打ちだ」
「体当たりは嫌いなのか新城?」
エコーがしたり顔で言い返す。この時も青い卵はノンストップでぐんぐん近づき、部下三人は揃いも揃って見るからにアドレナリンを沸騰させまくった血の気の多い顔をしていた。もう止まらないのは明らかであり、亮はここに来て流れに身を任せることにした。
「勝手にやってくれ」
「ああ。やらせてもらう」
そう言ってエコーがニヤリと笑った直後、彼らの艦首が卵に激突した。
「それからどうなったんだ?」
そこまで聞いて、ドグは続きを催促した。亮は困った顔を浮かべ、「これといって特に」と返した。
「どういう意味だ?」
「特に話すことがないんです。その後は本当に同じ事の繰り返しでしたから」
「何をしたんだ」
「虱潰しですよ」
正面衝突した「青い卵」共々地上に墜落した後、彼らはまだ何とか動いたコンソールから情報を引き出し、この星のことを知った。そしてここが悪徳の巣窟であること、その情報と今まで出くわしてきた災難から自分達がこの星の住民の「獲物」なっていたのを悟ったこと、更にはその「獲物」のもとに新たな悪の手先が迫ってきたことを知った瞬間、彼らは遠慮することを止めた。
「やられる前にやれ。これを実行しました」
新手を片づけた後、彼らはそれの持っていた武器と乗ってきた戦車を手に入れ、更に戦車の中に入っていた各重要拠点と思しき地点を記したデータマップを手に入れた。こうなれば後はもうやることは一つであり、彼らはそのマップの情報に従って各地の拠点に攻め入り、片っ端からそれらを排除して回ったのである。
「新城は中々強くて頼りになった。うちに欲しいくらいだ」
エコーがとても嬉しそうに語った。自分と同じ刑事の力量を宇宙海賊から誉められたドグ以下宇宙警察の面々はとても複雑な心境だった。
「しかし、そんなことをすれば国の方が黙っていないんじゃないのか」
「行政府の方も潰しておきました。でもこっちがどれだけ暴れても建物は全壊しなかったので、今は売買用の奴隷として監禁されていた人達がそこに集まって暮らしています」
「無駄に頑丈に作られていたんだよな、あそこ」
亮の言葉にエコーが続けて言った。その徹底したやり口に、ドグ達はもう閉口するしかなかった。
「ん?」
そこで部下の一人が、亮の指にある「それ」を見つけた。部下は即座に目の色を驚きに変え、視線を上げて亮に言った。
「おい新城、お前それなんだよ」
「それ?」
「指にはめてる奴だよ」
部下が左手を指さす。亮は相手が何を指し示しているのかを理解し、手を持ち上げてそれを見せながら言った。
「ああ、これか」
それは薬指にはめられていた、黒光りする指輪だった。正確にはそれは無線機能を備えた屋内用小型無人偵察機であり、輪っかの形をしてこそいたが指に填めるような物ではなかった。それを見てバツの悪い表情を浮かべながら亮が言った。
「結婚指輪だよ」
「結婚だあ?」
「待て、ケッコンユビワってどういう意味だ」
「地球で結婚……ツガイになった二人は、こうしてお互いの指に指輪をはめるんだよ。愛の証みたいな感じだ」
地球とは別の星で生まれた部下に、地球生まれの亮が地球の風習を説明する。それを聞いたドグが亮に尋ねた。
「ここは地球じゃないぞ。なのになんでそんなことしてるんだ?」
「ここに捕まってた人の中に地球人がいたんですよ。その人は教会で神父をしてた人だったので、その人に頼んで結婚式を挙げたんです」
「そもそもお前、誰と結婚したんだ? 四ヶ月前は独身だったはずだぞ?」
ドグに説明した亮に別の部下が尋ねた。亮はそれについては何も答えず、嬉しそうに微笑を浮かべながらエコーの方を見た。エコーの部下三人もそれに続いて彼女の方を見つめ、ドグと部下達はそれの意味を察して一斉に目と口をあんぐりと開けて驚きの表情を浮かべた。
「マジでか」
部下の一人が呆然としながら呟く。亮はどこか得意げに言った。
「ああ。大マジだよ」




