「追憶の6」
宇宙警察刑事部は張りつめた空気の中に置かれていた。特別任務に赴いた新城亮からの連絡が途絶えて、今日で四ヶ月が過ぎていたからだ。そこに所属していた刑事達は自分の仕事を片づけつつも皆一様にその身を案じ、神経を尖らせていた。
長期任務に就いている刑事からの連絡が途絶えるのは珍しいことではない。滞在場所が酷い磁気嵐に見舞われた、もしくは最初から各種通信波が妨害される環境下に置かれていたことなどしょっちゅうであるからだ。そうなった場合は現地入りした刑事を信じて待つのみとなるのだが、そうして送り出されるのは基本的に百戦錬磨の猛者ばかりであり、どいつもこいつも今のように連絡が無くなったくらいで騒ぐようなことにはならないのだ。
にも関わらず彼らが肩をいからせていたのは、新城亮からの連絡が途絶えた原因にあった。その時彼は異星の生物を捕まえて高値で売り飛ばす奴隷商人の船にいたのであった。しかも亮は宇宙海賊の船からこの奴隷商船に送られており、そこから亮がどのような経緯でどのような目に遭っているのか想像できない者はいなかった。それが四ヶ月前の出来事であり、そして現在亮を乗せた奴隷商船は惑星の一つに着陸しそこに留まっていた。その惑星もまた裏で惑星国家ぐるみの人身売買を行っている悪徳に満ちた星であり、おかげで最悪の想像を浮かべる者も少なくなかった。
「今すぐ救助に向かうべきです。もたもたしてる場合じゃない」
会議の席でそう訴える者も当然いた。しかし警察上層部はいくつかの理由を下にその訴えを退けた。まず亮のいる星を支配している惑星国家は表向きには自分の星で奴隷売買が行われていることを否定しており、その案件で調査されるのを激しく嫌っていた。実際に捜査を強行した刑事数人を名誉毀損の罪で宇宙裁判所に訴えたこともあった。その時は証拠を掴むことが出来なかったので刑事側の敗訴に終わったのだが、そもそもその星では国が先頭に立って奴隷売買を行っており、そうした裏ビジネスに関する情報は全て国家機密として厳重に保管され外部への漏洩を防いでいたのだ。
当然国民の方にも規制は徹底されており、もし国民の誰かが「自分達が実は人身売買で利益を上げているのだ」と少しでも外に漏らしたことがばれれば、その住民は即刻刑務所に送られ、そのまま裁判も行われずに処刑されるのだった。そうした過激なまでの情報統制もまた警察上層部に二の足を踏ませたのだった。下手をすれば自分達が聞き込みをしただけで、その話し相手が死んでしまうのだ。そんなことは到底容認出来ない。その星では警察がおおっぴらに動くことは非常に難しかったのだ。
さらにそこの住民達の殆どが「自分達が裕福な暮らしをしているのは人身売買をしているからである」と自覚しており、自分から情報を漏らそうとしなかった。ちなみにその惑星国家は住民の幸福度と富裕度が飛び抜けて高く、生活必需品の大半の物がタダで買えてしまうという凄まじい場所であった。そんな贅沢な環境にありつけるのは全部奴隷売買のおかげという訳であり、その旨味を自分から投げ捨てるような愚を犯す者は全くと言っていいほどいなかったのだ。
なので警察に協力しようとする者は皆無だった。中には調査に来た警察に住民が石を投げたり、さらには住民が殺し屋を雇って警察を闇に葬ろうとしたことさえあった。要するにそこは警察にとっては最悪の場所だったのだ。
「そんな場所にお前達が大挙してやってきたらどうなると思う? 少なくとも良い結果になるとは思えんな」
上層部は頑なに部下の訴えを拒否し続けた。あのような魔窟に部下を送るのは自殺行為と同義だったからだ。よって刑事部の刑事達は自分達の出した救出作戦を全て握り潰され、静かにそこで待ち続けるしかなかったのだった。そのまま一日、また一日と過ぎていき、その間彼らに心休まる日は一日たりとも訪れなかった。
しかし余裕が無かったのはその上層部も一緒だった。理屈の面から部下達の提案を退けてはいたが、本音は彼らも部下と同じくらい亮の救助に向かいたかったのであった。上層部を構成していたのはその全員が元々刑事として前線で活躍していた所謂「叩き上げ」であり、部下達の気持ちは痛いほどわかったのである。当時宇宙刑事長官を務めていたドグもその一人であった。
「むう・・」
彼は決して広くない長官室の中で長官専用の椅子の上に根を伸ばしながら、残りの触手を目玉の前で組んでうんうん唸ることが多くなった。彼の座している机の脇には長官のサインを待つ書類が山積みになっていたが、ドグはそれに手を着ける気にはなれなかった。自分がスカウトした刑事の身を案じるあまり仕事をする気になれなかったのである。
そんな彼の元に一通の電子メールが届いたのは、亮が任務に赴いてから四ヶ月と十日経った時であった。それを見たドグは秘書にその日の自分の仕事を押しつけると、自ら護衛部隊を結成し巡用小型クルーザーを駆ってメールの指定してきた地点へ飛び立っていった。
メールの送り主は新城亮、そして亮の指定してきた場所は件の奴隷商売を国家規模で行っている惑星であった。その星の都心部は自らの繁栄ぶりをアピールするかのように天を衝くばかりの、それこそ何千メートルもの高さを持つ高層ビルが大量に乱立し、さらにその摩天楼の間を縫うように飛行車の群が高速で飛び回っており、まさに近未来の都市とも言うべき威容を見せていた。
亮の寄越してきた座標データはその摩天楼のまさにど真ん中であったのだが、実際にそこに到達したドグ達は眼下に広がる光景を見て息をのんだ。
「なんだこれは」
「ひどい・・」
そこにあるはずの摩天楼は焦土と化していた。あったはずのビル群は一つ残らず倒壊し、下半分ほど辛うじて原型を留めていたものもあれば、根本からごっそり崩壊していたものもあった。そのビルの残骸や遙か下方にある地上からは黒煙が立ち上り、そしてその粘り気のある煙に混じって赤い炎が囂々と燃え盛っていた。途中まで崩壊したビルの先端からその炎が赤々と燃え上がっている様は、見る者に松明が灯っているような印象を与えた。
「いったい誰がこんなことを」
「それより、新城は大丈夫なのか?」
しかし同行していた隊員の一人の言葉を聞いて、ドグを含む他全員が気持ちを切り替えて亮の捜索を始めることにした。そして本格的に捜索を行うためにまずクルーザーを指定された座標ポイントに下ろすことにしたのだが、無事地面に着陸を終えた段階で彼らの目的は果たされることとなった。
「長官、来てくれましたか」
クルーザーが地面と接地するのにあわせて、そこの近くにあった瓦礫の影から亮が姿を現しそこに向かって近づいてきたのだ。その姿を見たドグは一瞬驚いたが、すぐに喜びを露わにしてクルーザーから飛び降りて亮のもとに近寄っていった。
「無事だったか」
「はい、なんとか。心配させてしまいましたか?」
「当然だ。奴隷船に乗せられた状態でこの星に送られて、それから四ヶ月近くも音信不通になったんだ。最悪の想像をしてもおかしくないぞ」
「すいません。本当はこっちも早く連絡したかったんですけど、ちょっと安全の確保をするので手一杯で、そちらまで気を回せませんでした」
「そうだったのか。それで、もうその安全は確保出来ているのか?」
そのドグからの問いかけに亮はすぐ答えず、顔を上げて人の気配の無い廃墟と化した周囲の町並みを一望した後、再びドグの方を向いて「もう大丈夫だと思います」と答えた。それを見たドグは亮がここで何をしたのか、おぼろげながら察することが出来た。
「奴隷が奴隷商人の手から逃げきるためにはそうするのが一番か」
納得するようにドグが呟く。相手がこちらのやり口を知ったのを悟った亮が、バツの悪そうな顔で頭をかきつつドグに言った。
「まあ、ここは自業自得ということで一つ」
奴隷商人から逃げのびるために、その追ってきた奴隷商人をそれが根城としている町ごと殲滅した。ドグのその推測は当たっていた。どこか気まずそうな亮の視線や口調、この時亮が手にしていた対戦車プラズマランチャー、そして実際に崩壊していたこの町並みから彼が「本当にやらかした」ことが朧気ながら読み取れ、更にその推論を補強する証言が向こうからやってきた。
「新城、ここらにもう敵はいなさそうだ。奴隷の取引所もあらかた潰した。もう大丈夫だろう」
しかしドグにとって予想外だったのは、そう亮に告げてきた人間がこの一帯でそれなりに名を馳せていた宇宙海賊のキャプテンだったということだった。その有名さを示すかのようにそれが姿を見せた直後、ドグの背後にいて彼と同じものを見ていた部下数名の「あっ」と驚く声が響き、それに反応してその女キャプテンもドグ達の方へ視線を向けた。
「あ、やべ」
そして先方もまた、自分の眼前にいるのが宇宙警察の長官であることを瞬時に理解した。その片目に眼帯を当てた赤毛の女キャプテンはドグの姿を見てその場で体を硬直させ、そのまま一気に表情を強ばらせていった。その様相たるや、まさに世界の終わりを現在進行形で直視しているかのような絶望ぶりであった。
「待ってくれ長官。これには事情があるんだ。説明させてくれ」
そんな両者の間に亮が割って入る。そして女をかばうようにドグの前に立った後、慌てた声で言った。ドグとその部下達は亮のその必死な様子を見て矛を収め、それから都心部から離れた比較的安全な場所に移動し、そこで改めて彼らの話を聞くことにした。




