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「追憶の5」

「船長ーっ! どこですかーっ!」


 その声はドアの向こうから、立て続けに発生する爆発音に混じって聞こえてきた。いきなり何が起こったのかと思い唖然とする四人だったが、その後も爆発音と船長と呼び続ける叫び声は途切れることなくドア越しに部屋の中に響いてきた。


「なんだ、何が起きてるんだ」


 亮が生唾を飲み込みながら言った。アルファは不安げにエコーを見つめ、チャーリーは悩ましげに頭を抱えた。エコーは呆れた、しかしどこか安心した顔で「強引な奴だ」と呟いた。


「船長、そこですか!」


 ドアのすぐ向こうからその声が聞こえてきたのはその直後だった。そして相手の反応を待つことなく、ドアの向かい側に立ちそう叫んだ何者かは眼前のドアを蹴飛ばし、足蹴にした部分を大きく内側にへこませながら部屋の中へ吹き飛ばしていった。


「ひいい!」


 水平にすっ飛んできたドアの進行方向にいたアルファが悲鳴を上げながら体を下げる。姿勢を低めたアルファのすぐ真上をかすめながらドアが通り過ぎていき、やがてドアは重々しい激突音を立てながらアルファの背後の壁面にめり込んだ。


「おお見つけた! 船長!」


 そうしてドアを力任せに破りつつ部屋の中に入ってきたのは、まさに筋肉の鎧を身にまとったような大男であった。その体躯は文字通り逆三角形であり、ズボンとタンクトップというラフな出で立ちが、その体を覆う屈強な筋肉を更に強調していた。背中にはプラズマ粒子を撃ち出す重ランチャー砲を斜めに背負っており、その砲口からは白煙が立ち上っていた。あれがこれまでの爆発の原因なのだろうと亮は推測した。


「船長、ここでしたか! さあ、早く脱出しましょう!」


 大男が椅子に座るエコーの姿を認め、気色満面の表情で彼女に語りかける。それから彼は部屋の中を見渡してアルファとチャーリーの姿を認め、「お前達もここにいたか。探す手間が省けた」と変わらず笑みを浮かべて言った。最後に大男は亮を視界に収め、そこで初めて顔を曇らせた。


「お前誰だ?」

「私の知り合いだよ。とばっちりで捕まったんだ」

「なんと、船長の知り合いでしたか。そうとも知らず、これは失礼しました」


 エコーの言葉を聞いた途端、大男は態度をガラリと変えて丁寧な言葉遣いで軽く頭を下げた。その男の態度の百八十度の変化を見て、亮は「こいつはエコーにかなり強い忠誠を誓っているのだろうな」と評価した。そう自分を見ていた男に向かって、筋肉隆々の大男は背筋を伸ばして言った。


「俺、もとい自分はブラボー。エコー船長の下で働いている者です。普段は白兵部隊の隊長として微力を尽くしております」

「ブラボー、そんなに畏まらなくていい。そいつは私の友人だからな。ダチと言ってもいい」

「そうでありましたか。いや、そのような事も知らず、まっこと申し訳ない」


 自分に対するブラボーの態度がどんどん軟らかくなっていく。今更訂正するのも面倒なので、亮はブラボーの好きにやらせようとした。なので自分のことを友人と呼んだエコーがその後「そうだよなあ?」と同意を求めてきた時も、亮は否定せずに「まあそんなものだ」と曖昧ながらそれを肯定した。


「俺とエコーは酒を酌み交わした仲だからな」


 一瓶空にしただけの短い飲み会だったけど。心の中でそう付け足す亮にブラボーはますます目を輝かせた。そのブラボーに向けてチャーリーが話しかけた。


「ところで、あなたはどうやってここを見つけたんです?」

「ん? ああ、こいつに手伝って貰ったんだよ」


 チャーリーの言葉にブラボーがそう返し、自分の足下に視線をおろす。四人がそちらに目を向けると、そのブラボーの足の影から一人の少女が姿を現した。


「ミナ」


 エコーが声を上げる。同時に亮も「あのときの」と驚きを露わにする。そしてどこか得意げなミナの顔を見たエコーは表情を引き締め、ブラボーに向けて言った。


「原始還元能力か」

「その通りです」

「やはりな。お前達が何をしたのかはだいたいわかった。とりあえず詳しい話は後で聞く。今はこの状況を何とかしよう」

「へい」


 エコーの言葉にブラボーが応答する。それに続けてアルファとチャーリーも「はい」と芯の通った返事を出し、最後に亮も頷く。それから「どうやって逃げます?」と問いかけるチャーリーに、エコーは私に任せろと言わんばかりに不敵な笑みを投げかけた。


「プランは出来てる。後は実行するだけだ」

「それを具体的に教えてくれ」

「ドックからは逃げられませんぜ。俺が一発撃った途端にワニ共がゾロゾロ来やがったもんだから、それ相手に応戦してたらそこにあった戦闘機全部ダメになっちまいました。多分流れ弾食らったのがいけなかったんでしょうね」

「それそっちのせいでもあるでしょうに」

「まあ落ち着け。第一私は戦闘機を使って逃げるとは一言も言ってないぞ」


 亮の質問を受け、あっけらかんと返したブラボーの言葉に苦言を呈するチャーリーをエコーが窘める。そして自分の方を見てくるチャーリーを横目で見返しながら、エコーはニヤリと笑って説明を行った。


「いいか。まずはだな」





 

「ハロー」


 エコーがドアを開け、中にいた面々に話しかける。そしてそのエコーの後ろから他の面々がゾロゾロと現れ、エコーを中心に横一列に並び、ここに来る途中で遭遇した敵のワニから分捕った武器をそこにいた連中に突きつけた。


「き、貴様ら、なんでここに」


 その部屋の中にある一段高い位置にいたワニが、後ろから現れたエコー達の姿を認めて思い切りたじろいだ声をあげる。そのワニは亮達がデッキで出会ったワニ達の中で一際大きな体躯を持った個体であり、回りの小柄なワニから「船長」と呼ばれていた者であった。そんなあからさまに驚きの顔を見せるワニを直視しながら、この船の艦橋に乗り込んだエコーがしたり顔で言った。


「今からこの船は我々がもらう。死にたくなかったら大人しくするんだな」

「なんだと!」

「ふざけるんじゃねえ!」


 船長ワニがその言葉に敏感に反応して声を荒げ、同時にアーマーを着込んだ部下のワニ達が椅子から立ち上がって一斉に光線銃を向ける。エコーと横並びになって銃を構えていた亮達もそれを受けて銃を下ろそうとはせず、そのままこの場には緊迫した空気が漂っていった。


「悪いがお前達はもう詰んでいる。私達の勝ちは決まっているんだよ」


 しかしエコーは腰に提げた銃を抜くこともせず、腕を組んで仁王立ちの姿勢でそう言い放った。その傲慢とも取れるほどに堂々とした態度を見た武装ワニ達は一瞬息をのんだが、すぐさま気を取り直して口々に言い返した。


「ハッタリかますんじゃねえ!」

「俺達がもう負けてるだと? ふざけやがって!」

「今の状況わかってんのか? 数で負けてるのはそっちなんだぞ!」


 最後の武装ワニの言う通り、艦橋にはワニが「船長」を除いても十人以上はいた。そんな亮達の二倍近くの数のワニ達が一斉に前に躍り出て、銃を抜いてエコー達に照準を合わせていたのだ。どちらが優勢かは日を見るより明らかだった。


「どうやってここを見つけだしたのかは知らんが、お前達がどうしようもない愚か者だと言うことはよくわかった」


 その勢いに乗じて船長ワニが重々しく言った。そして自分が座っていた椅子の腕を置く部分の先端に仕込まれていたボタンを押し、直後、戦艦内にけたたましい警報が鳴り響いた。


「これは艦橋に敵が侵入してきた際にそれを各部に伝えるアラートだ。お前達のように奇襲を仕掛けてくる奴らのために作られた艦内セキュリティの一種だよ」

「準備がいいな」

「あらゆる状況に対処できてこそ一流になれる。私だってそうだ。私もまた暗殺や裏切りを全て退け、そうして一流になった。栄光を掴んだ。栄光を守るためならば、これくらいの備えはして当然なのだ」


 船長ワニは自信満々に言ってのけた。だがエコーは動じなかった。そして「これから十秒もしないうちにここに部下が殺到するだろう」という船長ワニの言葉にも眉一つ動かさず、エコーは不敵な笑みを浮かべたまま片手を持ち上げた。


「それはなんだ?」

「勝利の合図だよ」


 突然のアクションをみて身構えるワニ達にエコーがしたり顔で返し、勢いよく指を鳴らす。


「おう! もう出番か?」


 刹那、船長ワニの耳元で声が聞こえた。甲高い声変わり前の少女の声だった。

 そしてその声を聞いた直後、船長ワニは自分の首筋に冷たい何かが押しつけられていることに気づいた。


「……ッ!」


 ワニは背筋に寒気が走るのを覚えた。口が前に長く突き出ていたために目線を下ろしてもそれ自体見ることは出来なかったが、しかし首に押し当てられた部分から感じる固く冷たい感触から、船長ワニはそれが肉厚のナイフであることを察した。そして船長ワニは目線を声のする方に動かし、その声の主である少女がナイフを自分の首に押しつけている事を知った。

 一瞬の出来事だった。ワープしてきたとも思えない。そもそもその気配すら感じなかった。この女の子は「いつのまにかそこにいた」のだ。船長ワニは驚愕に目を見開いた。


「いったいどうやって」

「決まったね」


 目を少女に向けたままワニが呻く。しかしその白いワンピースを着た少女は、ワニの言葉には反応せずその首からナイフを離すことなく得意げに言った。エコーはその少女を見ながら「よくやった」と満足げに頷き、他の面々も自分達の勝利を確信したように、しかし構えは解かずに会心の笑みを浮かべた。

 一方のワニ達は茫然自失していた。どんなトリックを使ったのかはわからなかったが、自分達のボスが人質に取られてはどうすることも出来なかった。結局あの時いったい何が起きたのかわからないまま、彼らは渋々武器を捨てていった。そして艦橋に乗り込んできた完全武装のワニ達も、最初から艦橋にいた者達と同様の結果となった。

 最終的には船長ワニも降伏の道を選んだ。迅速で、やや呆気ない奪取劇であった。





「……というわけでさ」


 それから数分後、拘束したワニを武装を外して燃料を抜いた戦闘機に押し込み宇宙に放流した後、亮達は見事乗っ取りに成功した戦艦の艦橋内でそれぞれ席について船の状態をチェックしながら雑談に興じていた。話の内容は主にミナの能力についてであり、そして亮達はその中でブラボーがどうやって自分達を見つけたのかについてもブラボー自身から聞いたのだった。


「原始分解したミナが船内を動き回って俺達を探していたのか」

「そういうことです。塵以下の大きさになった奴を捜し出すのなんて不可能ですからね。おかげでミナは堂々と、猛スピードで船の中を動き回れた訳です」


 説明の内容を反芻した亮にブラボーが同意する。エコーの隣にいたミナは「もっと褒めていいんだぞ!」と自慢げに返し、その横でエコーは「やはりそういうことだったのか」と特に驚く様子も見せなかった。エコーもまた自身の発案した「艦橋を強襲して戦艦そのものを乗っ取る作戦」において、その艦橋の場所を知るためにミナの能力を使っていたのだった。


「これは喉から手が出るほど欲しがる奴がいてもおかしく無いな」


 亮がしみじみと呟く。エコーも、他の三人もそれに同意するように無言で頷く。それから暫くは全員無言で作業を続け、一通り確認作業が済んだところでアルファが言った。


「ところで~、これからどうしましょうか~?」

「まず休もう。近くに住環境に適した惑星がある。とりあえずはそこに降りて、体を落ち着かせるんだ」

「賛成だ。ゼータが追ってくる気配も無さそうだしな」


 自分の前にあるコンソールに表示されたレーダーを見ながら亮が言った。遠距離レーダーに映っているゼータの船は、なおも自分達から離れるように進み続けて行っていた。それからアルファが亮の後にエコーの提案に同意し、ブラボーとチャーリーも続けて賛成の意を示した。最後にミナが大喜びでそれを受け入れた。


「さんせーい! お休みー!」

「決まりだな」


 クルー全員の同意を受け、エコーは戦艦の次の行き先をコンソールに打ち込んだ。自動航行モードに入っていた戦艦はその座標情報を受け取り、船体を動かして船首をその目的地の方へ向けた。そしてエンジンに火をつけ、戦艦はその地に向けてゆっくりと動き始めた。


「ん?」


 そして戦艦が動き始めたことで僅かに揺れ始めた艦橋の中で、亮はふと、自分が何か大切なことをやり忘れているような気分になった。なんだろう、何かとても大事なことをしなければいけなような。


「まあいいか」


 しかし今の亮にそれを思い出すだけの余裕は無かった。宇宙刑事にとってこれくらいの修羅場は日常茶飯事であるが、だからといって疲れない訳ではない。酷使した体と心はしっかり休ませるのが吉である。そう建前を作った後で、亮はそれに関しての思考を放棄した。

 要は思い出すのが面倒くさかったのだ。

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