「追憶の4」
その後はトントン拍子で事が進んでいった。まるで最初からこうなることが予定されていたかのように、それはもう不愉快なほどに誰も彼もが手際よく、容赦なく進行していった。
「エコー、すまないが、今日からこの団は俺のものだ。悪く思うなよ」
「貴様……ッ!」
「こいつを縛り上げろ! 抵抗する奴も一緒にだ!」
元船長エコーと彼女に最後まで彼女に従ったアルファとチャーリー、そして闖入者の亮の四人は黄緑色に光るビーム縄で体を拘束され、かつて部下であった人間四人に周りを囲まれながら後部ハッチへ連行された。通路に人影はなく、ハッチに着くまでは誰にも出会わなかった。
「共同資金を使って、これだけの装備を集めていたのか」
「そういうことだ。まったく、あれだけ溜め込んでおいて少しも使わないとは、あなたは少しケチすぎるんじゃないか?」
「あれは船の補修や補給に使うための金だ。クルーを養うためにも金がいる。それに何かトラブルに巻き込まれたときにも、金さえあれば大抵のことは解決できる。そのための共同資金なんだぞ。生き延びるための金なんだ。個人が勝手に使っていい金ではないし、そもそもいたずらに武器を増やすめの金でもない!」
その通路を行く道中で、エコーは拘束されるときにモニターに映った影を思い出しながら共に進むゼータに言葉をぶつけていた。彼女がその時見たのは今自分達が乗っている物より二回り以上も巨大で、見るからに最新の高級品であることがわかった。あの大型戦艦の前では、今いるこの船などヨット以下の存在だった。
「共同資金?」
一方で、亮は亮で別の所に疑問を見出していた。すると横にいたアルファが亮に「実はこういうことが~」と共同資金についての説明を始め、その要点だけを簡潔におさえた説明を聞いた亮は「珍しいことしてるんだな」と素直に驚いた。確かに強奪した金品を現金に変換して銀行に溜め込んでいる利口な海賊もいるにはいるが、そんなもの海賊全体で見れば一割程度しか存在していない。少なくとも亮は、そんなことをする海賊に出会ったのは今日が初めてであった。
ハッチに着くと、そこで彼らはそこにいた船員達の手によって戦闘機のコクピットの中に無理矢理押し込められた。その戦闘機は予め操縦桿と武装全てをはがされており、別の所からの遠隔操作で動かすように改造されていた。そもそもこの戦闘機は二人乗りであり、しかも二人がそれぞれ席につくだけでスペースの空きが殆ど無くなるような、元から窮屈な作りをしていた。そんな場所に一気に四人も詰められた状態では、満足に座席に座ることなど不可能であった。
「無様なものだな」
そんなすし詰め状態にあったコクピットの中を外から出入り口越しに見たゼータは人目もはばからずに嘲笑した。するとそれに反応するかのように、ぎゅうぎゅう詰めになったコクピットの奥からエコーの声が返ってきた。
「一つ言っておく」
「ん?」
ゼータが片眉を吊り上げる。何度か咳き込む声がした後、再びエコーの声が聞こえてきた。
「生きるために何をするべきなのか。何を優先するべきなのか。それを履き違えてはいけない。欲の皮を突っぱねてはいけない。謙虚になるのが長生きする秘訣だ」
ゼータはやや面食らった。恨み節が飛んでくるものだと思っていたら、実際に来たのは真面目なアドバイスだったからだ。
しかしゼータはそれをまともに取り合おうとはしなかった。
「まあ、肝に銘じておくよ」
さらりと返した後、ゼータは力一杯コクピットハッチを閉めた。それから他の船員ともども離着陸デッキから退避し、しばらくしてハッチ開放に伴う警報音と実際にハッチの開く音、そしてデッキ内に残っていた僅かな空気の抜ける音が聞こえてきた。
「それじゃ、せいぜい向こうに行っても頑張るんだな」
すし詰め状態のコクピットの中にそんな人を小馬鹿にしたような声が聞こえてきたのは、遠隔操作によって戦闘機がデッキから外へと飛び出していった後のことであった。向こうとはいったいどういう意味だ。亮は咄嗟に問いかけようとしたが、その時には既に通信は切られていた。
「あっ、あれ!」
操縦桿のすぐ上に据えられたモニターに表示されている三次元レーダーのすぐそばに顔を近づけていたチャーリーが、そこに映された斜め上方からこちらに近づいてくる機影に気づいたのは、それから間もなくのことであった。
それはつい先ほどまで自分達が逃げていた棺桶型の戦艦だった。戦闘機はその戦艦に向けてまっすぐ飛んでいたのだった。
「何する気だ?」
そのチャーリーからの説明を聞いた亮は顔をしかめた。「特攻させる気でしょうか?」とアルファが答え、エコーは誰にも見えない位置で顔をしかめながら「どっちにしろロクなことにはならないだろうな」と言った。その間にも戦闘機は棺桶型の戦艦に近づいていき、そして戦艦もスピードを緩めることなく戦闘機との距離を縮めていった。
しかし棺桶の前部と激突しそうになった瞬間、戦闘機はその身を捻って激突を避け、更にそのまま機体を縦向きに九十度回転させて戦艦の側面スレスレをそれと平行するように飛び抜けていった。
そうして一度戦艦の背後に出た戦闘機は暫く前へ飛び続けた後、いきなり百八十度ターンをして再び戦艦の方へと向かっていった。向きを変えた戦闘機はそのままジェットブースターに突っ込むこともなく、体を下に傾けてブースターの真下にあるハッチの方へと飛んでいった。戦闘機の接近に気づいたその戦艦は、しかしそれに対して警告や威嚇射撃をすることもなく、それどころか普通にハッチを開けてその戦闘機を内部へと迎え入れたのだった。
「ようこそ。歓迎するよ」
しかし棺桶戦艦の中にいた連中は、戦闘機の中に押し込められていた面々を歓迎する気はゼロだった。彼らは着陸した戦闘機のコクピットハッチを間髪入れずに開け放ち、その剥き出しになった中に素早く銃を突きつけたのだった。更にその状態から別の何人かがコクピットに乗り込み、そこに詰められていた四人を強引に外へ引きずり出していった。
「……ッ」
亮達四人はそれぞれ地面に倒れ込んだり尻餅をついたりした姿勢のまま、顔面近くに向けられたレーザー銃の銃口を見て咄嗟に両手を上げた。銃を向けているのは全部で五人。その全員が二足歩行のワニがボディアーマーを着込んでいるような姿をした宇宙人だった。
「こいつらがそうなのか?」
そのうちの一人が言葉を放つ。それの横にいて同じく銃を向けていた別のワニがそれに答える。
「だろうな。さっき向こうの奴らが言ってた連中に違いない」
「でも一人足りないぞ? あのゼータとかいう野郎の話じゃ、こっちには五人来るって話だったぞ」
「五人目は遅れてやってくるそうだ」
その時、それまで話していた二人のワニの会話に混ざるように言葉を放ちながら、彼らの後方から別のワニがやってきた。それはそこにいた他のワニよりも一回りほど大柄で、腰にサーベルを提げて真っ赤に染まったボディアーマーを身につけていた。
「お疲れさまですキャプテン!」
それまで話していたワニのうちの一人がその存在に気づき、しかし顔と銃口はまっすぐ亮達に向けながら労いの言葉をかけた。一方でキャプテンと呼ばれた大柄のワニは自分の方を向かないことを咎めることもなく、前のワニの言葉に「うむ」と一つ頷いた後、その二人の部下の間に割り込むようにしながら亮達の前に近づいた。
「さすがにこの狭い中に五人も一気に押し込むのは無茶だったらしい」
視線を亮達からその彼らの背後にある戦闘機の方へ移しながらキャプテンが言った。そしてすぐにその目を亮達の方へ戻し、なおもすぐ後ろで銃を向けている周囲のワニに言い放った。
「こいつらを牢に連れて行け! ただしあまり傷物にするなよ。値が下がってしまうからな」
その言葉を聞いた瞬間、四人は一様に背筋に寒気を覚えた。しかしそれを口に出す間もなく、彼らはそこにいたワニによってドックの奥へと連行されていったのだった。
それから数分後、武器を全て取り上げられた亮達は戦艦の中を歩かされ、その途中にあった個室の一つにまとめて押し込まれた。そこは机と椅子以外に何も無い殺風景な場所であり、床と天井と壁も全て白いペンキで塗り固められただけの味気ないものであった。机と椅子はどちらも床と完全に結合しており、取り外して持ち運ぶことは不可能だった。部屋自体も広いとは言えなかったが、そちらの方はそれまで乗っていた戦闘機に比べればずっとマシであった。
「あいつら、俺達を売る気だな」
そんな部屋の隅に寄りかかりながら、亮がぽつりと呟いた。チャーリーが「やはりそうなりますか」と答え、アルファが「ちょっとシャレにならないです~」と言った。
「ゼータは私達と引き替えに見逃してもらうつもりなんだろうな」
エコーが椅子に座りながら言った。その顔は平静を保っていたが、その怒っているように見えない澄まし顔が、他の三人には余計恐ろしく見えていた。そしてそのエコーの言葉を最後に部屋には沈黙が漂い、その重みに耐えられなくなったチャーリーが言葉をついた。
「それで、どうするんです? このまま何もしないで待つつもりなのですか?」
「一応計画はある」
エコーが静かに答えた。まさか答えが返ってくるとは思っていなかったチャーリーは驚いてエコーの方を見たが、エコーは彼の方は向かず机に両肘をついて両手を下向きに重ね合わせ、その上に顎を乗せながら静かに言った。
「しばらくはここでじっとしていよう。チャンスは必ずやってくる。それまでの辛抱だ」
「……お前、もう大丈夫なのか?」
心配するような亮の言葉に、エコーが背中を見せたまま片手を持ち上げて答える。
「海賊にはよくあることさ。裏切りなり下克上なりはな。実際自分が食らうとは思わなかったが」
「せ、船長」
豊満すぎる乳房が外向きに崩れるくらい胸元に両手を押しつけながら、不安げにアルファが見つめる。エコーは依然変わらない口調で「問題ない」と返し、しかし目線はまっすぐ前を向かせたまま言った。
「大丈夫よ。そもそも私はまだ完全に捨てられた訳じゃない。まだここにお前達がいる。それだけで私はまだ戦える」
「船長……!」
「ありがとうな。私に付いてきてくれて」
「せんちょお……!」
その柔らかなエコーの言葉を聞いたアルファは今にも泣き出しそうだった。それを見た亮は意外そうな表情を浮かべ、物音をたてないようにチャーリーのそばに近づいて彼に話しかけた。
「なんであそこまで感動してるんだ?」
「彼女はうちの中でも特別船長に懐いてるんですよ。彼女は船長が団を立ち上げてから三番目に加わった古参で、それだけ船長に思い入れも強いんです」
「そうだったのか。なら納得だ。ちなみに一番目と二番目は?」
「一番目は私。二番目じゃブラボーです」
「ブラボーっていうのはどんな人なんだ?」
「簡単に言うと筋肉達磨です。でも良い人ですよ。今ここにはいませんけど」
そう言ったチャーリーが目を細める。その目は反対側の壁を見ていたが、実際はここから遠く離れた所にいるであろう二番目の古参メンバーを見ていたのであろう。亮はその若くすらりと整った横顔を見ながらそう思った。
「そう言えば、後から五人目が来るとか言っていたな」
その時、不意にエコーが声を上げた。一瞬何のことかと亮達は思ったが、彼らはすぐにその言葉の意味を理解した。
「あのワニがそんなこと言ってましたね」
チャーリーが反応する。アルファも「私もそれ聞きました~」と答え、亮も無言で首肯した。その三人のリアクションを受けて、エコーは独り言を呟くようにぽつりと言った。
「誰が来るんだろうな」
「ブラボーとか?」
「えっ、あの人もこっちに来るんですか~?」
「ただの予想ですよ。本当に来るかどうかはまだわかりません」
顔をぱっと輝かせるアルファにチャーリーが苦笑交じりに返す。エコーは微笑をこぼし、亮は「ブラボーとはいったいどのような人間なのだろうか」と脳内で想像を膨らませた。
「気になるか?」
そんな亮の様子に気づいたのか、エコーが前を向いたまま亮に話しかけた。亮がやや呆気に取られた後「ああ」と答えると、エコーは「まあ気になるだろうな」と言ってから言葉を続けた。
「まあ、面白い奴ではあるな。脳味噌筋肉で考えるのが苦手なところもあるが、その潔さが私は気にいってる。お前ともすぐに仲良くなれるだろうよ」
「脳味噌筋肉ってさすがに酷くないか?」
「いいんだよ。あいつが自称してることだしな」
自称していいものなのか。亮は気になったが、深く考えることはしなかった。「郷に入っては郷に従え」、これが長生きの秘訣であると亮は考えていたからだ。
「さて、どんな奴なのか」
それから亮は顔を上げて面白味のない天井を見つめながら、まだ見ぬ、もしかしたらこれから一生会うこともないであろう二番目の古参の姿を想像しながらぽつりと呟いた。
後部デッキで爆発が起きたのは、その直後の事だった。




