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「追憶の3」

「そう言えば、そろそろ結婚記念日だったわよね」


 モグラの背中に刃物をくっつけたような異様な風体の怪物を縄で縛り上げながら、エコーが傍らにいた亮に話しかけた。モグラは気絶しているのか目を回しており、そのエコーによる拘束を大人しく受け入れていた。エコーの背中には身の丈ほどもある大剣を担いでおり、その剣はエメラルドのように全身が青く輝いていた。

 この時二人はこちらの世界にやってきた異世界の住人から依頼を受け、彼らの世界で貴重な食料とされているこのモグラの捕縛についていたのだった。かれらがその依頼を受けたのは生活費を稼ぐためと、暇を潰すためであった。


「そうか。もうそんな時期か」


 エコーの言葉を聞いた亮はそう返した。彼はA4サイズのタッチ式ノートパッドの上で指を滑らせており、依頼主に仕事の完了を告げるメールを作成していたところであった。


「だからあのころのことを思い出すのか」


 そして作業を続けながら亮がぽつりと呟く。それを聞いたエコーが亮の方を向いて尋ねた。


「なんのこと?」

「夢でよく見るんだよ。お前と初めて会った時のことをさ」

「私の部屋で一緒に酒を飲んだときのこととか?」

「そうだ。それにその後のこともな」

「あら、そうなの」


 縄で縛り終えたエコーが亮のすぐ近くに寄りそう。そして彼の肩にしなだれるようにしながら、囁くように亮に言った。


「懐かしいわね」

「ああ」

「あの後結局どうなったんだっけ?」

「それくらいは覚えてるだろ」

「当然よ。でも私はあなたから直接聞きたいの」

「なんでだ?」

「なんでもよ」


 エコーが小さく笑う。亮はそんな彼女の笑顔に弱かった。元よりノーと言えない性分だったために、エコーからの頼みを断ることは彼には出来なかった。


「まあ、別にいいけど」

「ええ、よろしくね」


 そう言ったエコーが亮からやや離れ、捕まえたばかりのモグラに寄りかかる。亮は作業を終えてノートパッドを肩に掛けていたバッグの中にしまい、かつての記憶を掘り起こしていった。


「そうだな、確かあの時は……」


 そうして彼は思い出した端から、当時の記憶を語り始めたのだった。そして亮は最初の出会いから酒盛りまでを話し終え、そしてその後のことを語り始めた。





「何が起きた!」


 艦橋に到着するなり、エコーはそこにいた船員達に向けて叫んだ。この時艦橋にはエコーと亮を除いて十人の船員がおり、全員がそれぞれ持ち場について自分の担当しているモニターとにらめっこしていた。

 そのうちの一人が個人モニターから目を離してエコーの方を向き、「敵襲です!」と言い放った。


「数は?」

「大型艦が三。ですが、どれも旧式です」

「こっちと同じくらい古いのか?」

「はい。ほぼ同時期に作られた物でしょう。ただ、向こうはこちらとは違って、機動性を犠牲にして装甲を上げているようです」


 その船員はそう話すとモニターに指を置いて画面を直接操作し、それまでそのモニターに表示されていた画像を艦橋正面の大型スクリーンに映した。顔を上げてその姿を見ながらエコーが言った。


「だから今のところは逃げ切れているという訳か」

「そうです。速力で言えばこちらの方がずっと上ですからね。このままのペースで行けば、確実に振り切れます」


 そこに表示されていたのはその船員の言う通り、灰色に染まった装甲板を全身に貼り付けた無骨な戦艦だった。翼の類は無く、まさに縦に潰れた箱に宇宙航行用ブースターを埋め込んだような代物であった。


「棺桶みたいな形してるな」


 しれっとエコーに付いてきていた亮が、そのモニターに映る敵艦の姿を見て感想を漏らした。するとそれを近くで聞いていた別のクルーが椅子を百八十度回転させて体ごと亮の方へ向け、興味深そうな目をしながら彼に話しかけた。


「おお~、的確な判断ですね~」

「いや、思ったことを言っただけなんだけど」

「それでも的を射る言葉だと思いますよ~。ところで、あなたはどちら様ですか~?」


 やけに大きな胸をしたその女性が、やけにおっとりした口調で亮に尋ねる。亮が自分の名前を名乗ると、その女性は「おお、新城さんと言うのですか~」とにこやかな笑みを浮かべながら言葉を返した。


「私は~、エコー船長の下で働いている~、アルファって言うんです~。よろしくお願いしますね~」

「ああ、こちらこそよろしく」


 そう言いながら亮がアルファの元に近づき自然な仕草で手を差し出す。アルファは「座ったままで申し訳ありませんが~」と言いながら、その亮の手をしっかり握り返した。


「船長、そいつは誰です?」


 そこで亮の姿に気づいた他の船員がエコーに問いかける。いきなりの余所者の登場に、アルファとエコー以外の面々は軽く気が動転しているようであった。しかしエコーはその問いかけに対して「ただの友人だ」とあっさり返し、そして「今はそれ以上は何も言うな」とプレッシャーで告げ、その意識と視線を最初に話しかけていた船員に戻し彼に話しかけた。


「向こうはなんでこっちを襲ってきてるんだ? 要求とか警告とかは無いのか?」

「ありません。まったく無いです。いきなり攻撃してきたんです」

「なるほどな。それで今は向こうからの奇襲にびびって、尻尾を巻いて逃げているという訳か。チャーリー、お前ならこの後どうする?」

「どうもしませんよ。このまま逃げます。まともに準備も整ってない明らかに出遅れてる状態から、自分達の三倍の敵と戦おうなんて気にはなれませんよ」


 チャーリーと呼ばれたその船員はエコーからの質問に対して恐れることなく即答した。他の船員の中の誰かが「腰抜けめ」と小声で罵ったが、エコーは逆にチャーリーの返答を聞いてニヤリと笑った。


「そうだな。それでいい。それでこそ我が右腕だ」

「勝てない喧嘩はするなって昔から船長に言われて来てましたからね」

「このまま逃げるんですか?」


 別の方向から声がした。亮がそちらに目をやると、そこには一人の若者が立っていた。おそらくこの場にいる者達の中で一番若いのではないのだろうか。他の船員の顔を見比べながら亮はそう思った。

 その若者の顔には焦りと苛立ちが込められていた。


「奴らはスピードでこちらに大きく劣ってる。サイズだってこっちの方が小さいから小回りも利く。だから機動性を活かして攪乱戦法に持ち込めば、いくらだってやりようはあるはずです」

「却下だ」


 エコーはまたも即答した。この時彼女は青年の方ではなく、黒地の上に砂粒大の白い輝きをまぶした星々の海を映していたモニターの方に向けられていた。一方でチャーリーの手元にある小型モニターには自機を中心とした遠距離レーダーが表示されており、そこにはそれまで表示されていた三つの赤い三角形ーー自機に対する敵性物体を表すものの姿は無く、敵の追跡を完全に振り切ったことを示していた。


「レーダーを見てみろ。既に我々の安全は確保されている。この状況から危ない橋を渡る必要は無いはずだ」


 そのレーダーを一瞥もしないでエコーが青年に言った。青年は一度自分の席の前にあるモニターに表示されているそのレーダーをちらと見て、そしてすぐにエコーへ眼差しを向けながら言った。


「やられっぱなしのまま終わるのですか?」

「命あっての物種だ。それに逃げるのも立派な戦術の一つだぞ」

「こんなボロ船を使っているから、いつまでも逃げる以外の戦術が使えないんじゃないですか?」

「なに?」


 それに反応したのはチャーリーの方だった。エコーはチャーリーの傍らに立ち、腕を組みながらただ黙って星の海を見つめていた。チャーリーが座りながら首を回し、青年を見据えながら言った。


「おい、いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるだろう。訂正しろ」

「事実じゃないですか。シールドとフリーズレーザーとワープ装置しか積んでない、いやそれくらいの武器しか積めないような船をボロ船と言って、何が悪いんですか?」

「ボロいのは事実なんですけどね~」


 アルファが聞こえない程度に小声で言った。亮がそのアルファに尋ねた。


「本当にこの船にはさっき言ってた武器しか無いのか?」

「はい~。まあ他にもミサイルとかあるんですけど、それくらいしか無いですよ~」

「よくそれでやってこれたな」

「私たちは基本的に短期戦でやってますからね~。相手の後ろに回り込んでミサイルでシールド剥がしてエンジンをフリーズレーザーで凍結させて、身動き出来ないところに乗り込んで物をいただく、っていうのが基本戦法ですから~」

「機動性を重視しているのはそのためでもあるのか」


 自分達の戦法をあっさりばらして大丈夫なのだろうか。亮はそう思ったが口には出さなかった。ちなみにフリーズレーザー自体は普通に流通しており、その気になれば誰でも使うことが出来る。当然アルファの言っていた「エンジンを凍らせる戦法」もやろうと思えば出来る。なぜならそれは冷凍系武装を使う際の戦法の一つとして広く認知されていたものであったからだ。

 しかし実際は誰もそれをしていなかった。それどころか冷凍系武装を使う者自体が殆どいなかった。理由は簡単、わざわざ凍らせるより実体弾や光線兵器で直接吹き飛ばした方が簡単だし、消費するエネルギーも少なくて済むからである。


「あなたは昔からそうでしたね。やろうと思えばいくらでも改造できるのに、一向にこの戦術を変えようとはしなかった。船を大きくしたり武装を強化したりすれば、もっと大きな奴を狙えて稼ぎも増えるっていうのに」


 その一方で、青年とエコーの言い争いはまだ続いていた。しかし実際は青年の方が一方的にまくしたてており、エコーがたまに口を挟むといった状況であった。


「確かに船を大きくすれば稼ぎも増えるだろう。しかしそれだけ維持費もかかるし、悪目立ちもする。獲物の幅は増えるだろうが、それと同じくらい敵も増えることになるんだぞ」

「なら、そいつらに負けないくらい、こっちももっと装備を強くすればいい。要は負けなければいいんだ」


 威勢のいいことだな。亮は心中で呟き、代わりに口からは小さくため息を吐いた。そこまで上手く行くほど簡単じゃない。意気軒昂なのは良いことだが、あの青年は少々世間知らずなようだった。そんな亮の嘆息など知らずに、青年はエコーに言い続けた。


「そもそも、あなたは海賊がどういうものなのかわかっていない。海賊っていうのは、あなたのように理性的な生き物じゃないんだ」

「なら海賊とはどういう生き物なんだ? お前は教えてくれるのか?」

「海賊はどこまでも欲望に忠実な存在だ。やりたいことをやって、したいことをする。あなたのように襲う対象をいちいち制限したり、決められた所以外で酒を飲むなと厳命したりするのは、殆どの海賊にとっては窮屈でしかないんだ。そんなに規則まみれの生き方がしたかったら、海軍なり警察なりに入っていれば良かったんだ」

「それは無理だな。私は物心付いたときには海賊船にいて銃を持っていた。体の芯まで海賊のにおいが染み着いている。今更他のやり方は選べないな」

「ならどこまでも海賊の流儀に従うべきだ。あなたの中途半端に紳士的なやり方には、みんなうんざりしてるんだ」

「紳士的な海賊がいて何が悪い? 宇宙史の本を見てみろ。そういうタイプの海賊なんぞ掃いて捨てるほどいるぞ」

「俺達は嫌なんだよ!」


 青年が叫び、腰から銃を引き抜いた。銃口を向けられた赤毛の女はゆっくりと青年の方を向き、丸腰のまま青年と相対した。


「やれるのか、お前に?」


 エコーが目を細める。そのエコーの眉間に青年の銃口が向けられる。亮もアルファもチャーリーも動けなかった。


「お前達がどう思おうと、ここでは私が船長だ。海賊らしい振る舞いが出来なくて不満に思っているのなら、それは不運だったと諦めるんだな」


 余裕の態度を崩さずにエコーが告げ、青年を睨みつける。青年は何も言わずにエコーに銃口を突きつける。


「悪いが、あんたとはここまでだ」


 そんな低く重い声が聞こえてきたのはその直後のことだった。亮がその言葉に反応し声のする方に目を向けると、最初に銃を抜いた青年の斜め後方にいた髭面の男が銃を引き抜いていた。

 男の抜いた銃はエコーの方へ向けられていた。


「これはどういうことだ?」


 こめかみをひくつかせながらエコーが低い声で唸る。さらにその直後、髭面の男に触発されるようにして周りにいた他の船員達も次々と立ち上がり、続々と銃を引き抜いてエコーに突きつけていった。ついには亮、アルファ、チャーリー以外のそこにいた全員が、一斉にエコーに向けて敵意を剥き出しにしていた。


「なんだよこれ」

「ぜ、全然知らないです~」


 突然のことに呆然とする亮に、アルファが両手を上げながら震える声で返す。チャーリーは椅子から半立ちの姿勢のまま固まり、エコーは眉間に皺を寄せ青年を睨み続けていた。


「これがお前達の答えか」


 エコーが静かに言い放つ。周りの面々は何も言わず、青年は僅かに口の端を吊り上げた。


「ゼータ!」


 エコーが吼える。自らの名前を呼ばれたその青年は呼びかけに答えるようにエコーに言った。


「今日のためのお膳立ては全て終えている」

「なんだと?」

「今日から俺が船長だ」


 チャーリーの座席にあるモニターに表示されていたレーダーが、自機の前方から巨大な「何か」が迫ってくるのを関知したのは、その直後のことであった。

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