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「泣きっ面に蜂」

 次の日の朝、亮は枕元に置いていた携帯から響くけたたましい着信音によって強引に覚醒することとなった。


「先生! 先生今起きてる!? ちょっと外見て! 大変なことになってるから外見て!」


 声の主は生徒の富士満だった。しかし叩き起こされたばかりの亮にそんなことはわかるはずもなく、安眠を妨害された事に対する恨みの籠もった呻き声を上げながら携帯端末を手にとってそれに答えた。


「ああ、なんだ富士か。こんな朝早くに」


 そこで亮が携帯から耳を話して液晶画面を見る。画面の上端には「AM5:00」と表示されていた。そして自分が寝坊した訳ではないことを確認した後、亮は改めて携帯越しに声を放った。


「こんな朝早くにどうしたんだ? 何があった?」

「いいから外! 外見てってば!」


 満の返事は今一つ要領を得ないものだった。しかしその声は逼迫した調子であり、イタズラ電話を仕掛けてきた訳では無さそうだった。それに、そもそも彼女はそんなみみっちいことはしない。亮はそう考えながら、ベッドから起き上がって窓に近づき、それを覆っていたカーテンを脇にどかした。


「なに? どうしたの?」


 カーテンをどけたことで窓から差し込んできた陽光を浴びたエコーが、寝ぼけ眼を擦りながら上体を起こす。しかし窓の傍にいた亮はそれに答えず、ただじっとその場に立ち尽くして窓の外に見える光景を見つめていた。


「ダーリン?」


 亮の様子がおかしいことに気づいたエコーが彼の元へ近づく。そして亮の隣に立ち、彼の見ている方向へ視線を動かす。


「え?」


 直後、エコーもまたその場に硬直した。二人は揃って同じ方向を見つめていた。さすがにこんなものを見せられて、驚くなと言うのがおかしかった。

 一振りの巨大な剣が、浮遊大陸を貫きながら地上に突き刺さっていたのだ。





「失礼。ここの代表者はどちらですか?」


 その日の午前八時。浮遊大陸と化したアルフヘイムの中に、奇妙な一団が現れた。彼らは人間と同じ姿形を備え、全身をローブですっぽりと覆い隠し、頭にはローブと一体になったフードを被っていた。数は五人。全員が同じ色、同じ格好をしていた。

 彼らは町に突き刺さった剣の柄の部分、その真ん中にはめ込まれていた珠の中から飛び降りて往来のど真ん中に生身で着地した。そして百メートル以上もの高さから着地した際、周囲に震動と突風をまき散らし、車や看板を根こそぎ吹き飛ばしていたのだった。

 そして突然の事に驚く人間達を目の前に、彼らは澄まし顔でそこにいた面々に話しかけたのだった。


「参ったな。反応が無いぞ」

「こちらの世界の言語はこれで良かったはずだが」

「もう一度コンタクトしてみよう」


 しかし自分達の呼びかけに対する反応がまったく返ってこなかったのを見て、その一団は顔を見合わせて小声で話し始めた。彼らの周りには彼らと同じ姿をした人間が多くいたが、その全員が突然の出来事に面食らい、更にその中の数人は件の衝撃をまともに食らっていたので、満足に口を利くことが出来ずにいたのだ。中にはその場にへたり込み、涙目になりながら彼らを見つめる者までいた。


「すいません。ここの代表はどちらでしょうか?」


 しかしその一団は、自分達の目の前にいるその生命体、地上から浮遊大陸へ避難してきた人間達がなぜ反応を返さないのかについて理解していなかったようであった。全身砂埃まみれになり呆然と立ち尽くす一部の「避難民」に対し、剣から飛び降りてきたその一団は以前と同じ方法でコンタクトを取り始めた。しかし相手の反応もまた以前と変わらず、その一団は途方に暮れた。


「おい、どういうことだ。全然話が通じないぞ」

「もしかして耳が聞こえないのでは?」

「もしくは対応する言語を間違えたのではないか?」

「その両方かもしれんぞ」

「ここは一度退いて、改めて出直すべきでは?」


 そして再び五人は顔を見合わせて相談を始めた。そのローブとフードを身につけた五人組が背筋を丸めて顔をつきあわせる光景は異様であり、ある意味滑稽でもあったのだが、それを笑う余裕を持っていた者は一人もいなかった。その間にも五人の話し合いは進行していき、そして「一時撤退しよう」ということで話がまとまったその時、「少し待ってくれ」と彼らを呼ぶ声がどこからか聞こえてきた。


「誰だ?」

「今出てくる。待ってくれ」


 その声は彼らの足下から聞こえてきた。狭い空間の中で反響するような、低くくぐもった声だった。さらにその声のした直後に足下から重苦しい機械音が鳴り響き、やがて怪訝な顔つきを見せる五人の目の前にあるコンクリートの地面の一部が円形にせり上がっていった。


「お待たせして申し訳ない」


 そうして突如出現した円柱の中には、一人の老人が収まっていた。顔は皺だらけで頭は見事に禿げ上がり、見るからに年老いた男であることがわかった。しかしその目は精気に満ち、どこか油断できないギラついた光を放っていた。


「私が、この町の管理人をしているザイオンという者だ。お見知り置きを」


 その老人は円柱から外に踏み出しつつ、そう恭しい調子で話し始めた。五人組は「やっと話の通じる相手に会えた」と思い胸をなで下ろし、そのまますぐに顔を引き締めてザイオンに向き合った。


「私達は次元監察局の者です」

「ほう」


 その内の一人が前に立ち、ザイオンに向かって言った。ザイオンは聞き慣れない言葉を前に片眉を吊り上げ、「それはいったいなんなのだ?」と尋ねようと口を開く。


「……いや、詳しい話はもっと落ち着いた所で聞こう」


 しかしザイオンは途中まで出掛かった言葉を飲み込み、代わりに五人組にそう話しかけた。それから彼は片手を持ち上げて指を鳴らし、直後、五人組を取り囲むようにして地面の一部がせり上がり、ザイオンが乗ってきたのと同じ円柱が全部で五つ出現した。柱の中身はくり抜かれ、人一人が入れる程度の空間が出来ていた。


「この中に乗ればいいのですね?」


 老人の意図を察した五人組の一人が言った。ザイオンは頷き、そのまま後退して自分が乗ってきた円柱の中に収まった。


「続きは地下で」


 ザイオンが言った。五人はそれを受け入れ、それぞれが別の柱の中へ入った。ザイオンはあっさりそれを受け入れた五人を見て軽く驚いたが、それを表情や言葉に出したりはしなかった。

 そして全員が柱の中に収まった後、その六本の柱は再び震動を始めゆっくりと沈んでいった。やがて柱は完全に沈んで頂点が地面と一体化し、後には嵐が通り過ぎた後にも似た清々しいまでの静寂が残った。


「い、今のは?」


 そしていつも通りの静けさを取り戻した往来の中で、そこに取り残された人間達は訳も分からず呆然としていた。何もかもが突然の連続であったために、あの時ここで何が起きたのか、冷静に理解できる者は一人もいなかった。


「もう、勘弁してくれ……」


 もっとも、この町にいたのはこれ以上厄介事に巻き込まれたくないがために地上から避難してきた者が大半であったので、面倒事を避けるために最初から思考を放棄していた者も大勢いた。どちらにしろ、ここでの出来事を深刻なものとして受け止める者は皆無だった。

 早く日常に戻ってこのことは忘れたい。その場にいた大勢がそう考え、そしてそうあろうと先の記憶を努めて脳裏から消去しつつ、思考を切り替えて「いつもの生活」を再開した。

 静かに暮らせればそれで良かったのだ。外の情勢など知ったことではなかった。





「さて、先ほどの話の続きを聞かせてくれないかな」


 その一方、円柱に収まって地面の下に潜ったザイオンと五人組は、そのまま地下を進んでいつもザイオンが利用している食堂に到着し、そこでテーブルを挟んで腰を落ち着け、相対していた。そこで六人はザイオンの妻であるイザベルの淹れた紅茶を嗜みつつ、地上の話の続きを始めたのだった。この時イザベルもザイオンの傍に立っていたのだが、特に退席を求められたりはしなかった。


「先ほどあなた方は次元監察局の者だと言った。それは具体的にどのような存在なのだね?」


 ザイオンが尋ねる。イザベルが「あらまあ」と言いたげに目を見開き、五人組の一人がそれに答えた。


「書いて字の通りです。我々はあらゆる次元に存在する世界、言うなれば並行世界の治安と安全を保つために活動している組織です。次元が乱れ、本来交わるはずのない世界同士が交じり合った際に発生する混乱を収め、解決するのが我々の使命です」

「ほう。つまりあなた方は、並行世界の警察という訳かね?」

「乱暴な言い方をすればそうなります」


 五人組が頷く。ザイオンが続けて問いかける。


「ではあの巨大な剣は? あれも問題解決のために使われる道具なのか?」

「いえ、あれは我々が使っている次元移動船です。あれで次元を切り裂いて裂け目を作り、そこから世界の狭間を渡って元いた所とは別の世界に向かうのです」

「随分と物理的な方法で世界を渡られるんですね」


 イザベルが感心したような声を漏らす。それを聞いた五人組の一人が彼女の方を向き、「これが一番確実な方法なのです」と答えた。


「それで、こちらの世界にやって来たのも、その混乱を収めるために?」

「そうです。世界の交差点の中心、特異点と化したこの世界には、これからもなお多くの世界が顔を覗かせ、交じり合おうとするでしょう。混乱はますます大きくなる。それを防ぐために、我々は派遣されてきました」

「なるほど。それは助かる」

「しかし我々はこちらの世界に来たばかり。この世界がどのような地なのか、詳しくわかりかねているのが実状です」


 そこまで言ったところで、五人組が居住まいを正す。そして真ん中に座っていた一人がじっとザイオンを見据え、恭しい口調で彼に言った。


「差し出がましいとは思うのですが、よければこちらの世界を教えてくれる方、ガイドのような方を紹介してもらえると嬉しいのですが」

「いいよ」


 ザイオンは即答した。断られると思っていたのだろう、五人組全員が目を見開いて驚きの表情を浮かべていた。しかしそんな相手の反応などお構いなしにザイオンが続けて言った。


「こういうことに慣れている人を何人か知っている。もしそちらが良ければ、その人達に合わせようと思っているが、どうだね?」

「それはこちらとしては助かりますが、よろしいのですか?」

「構わん構わん。向こうには私から話を通しておくから、あなた方はここで待っているとよろしいだろう」


 そう言いながら、ザイオンが白衣のポケットからメモ帳とペンを取りだし、何事か書き始める。そして書き終えた所でそれを五人組に手渡し、それから改めて口を開いた。


「では、そのように。よろしく頼む」


 五人組はどこか上の空で頷いた。彼らの意識は紙の方に向けられていた。そうして受け取った紙に書かれた内容を雁首揃えて凝視する五人組を見ながらザイオンが携帯端末を取り出す。その横にいたイザベルがザイオンに近づき、耳元で「いいんですか?」と声を潜めて尋ねるが、ザイオンは「向こうもこれで退屈しないで済むだろう」と素っ気ない態度で返しつつ端末を操作し始めた。


「波乱あっての人生だ。違うか?」

「その波乱を他人に押しつけるのはどうかと思うのですが」

「それが人生というものだよ」

「答えになってません」


 言いたい放題言ってのけるザイオンにイザベルがため息をつく。その横で、ザイオンは良いことを言ったと思わんばかりに満足げな表情で端末をいじり続けていた。





 新城亮の携帯に二度目の着信が入るのは、それから間もなくのことであった。

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