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「カフェイン騎士」

 キング・アーサー一派は困り果てていた。やっとこさ異世界に進出したと思ったら、その直後に今度はその世界と別の世界が融合を始めたのだ。そしてその影響で彼らの駐屯していた地帯は四方をマグマの川に囲まれ、更に溶岩流とそこから生じる熱波によって空気は乾き大地は焼け焦げ、金属鎧を着ていることは命の危険さえ伴うようになってしまった。そして不定期ながらも活火山から噴き出す溶岩が空中で冷え、砲弾となって空から陣地に降り注いでくる有様であり、息つく間も無かった。

 これまで苛烈な修行に耐えてきた騎士達にもこの異常事態の連続は心身に堪えるものがあり、次元の歪みから「異邦人」が降ってきた後も彼らはいつもと変わらぬ姿を見せていたが、その精神は明らかに憔悴していた。


「もう帰らせてください! お願いします! 帰って休ませてください!」


 守護騎士の一人であるベイリンに至っては、ことあるごとにそう泣き叫んでいた。この童顔赤毛の青年は自分たちの陣地がマグマに囲まれた段階で「もう戻ろう」、「安全な場所に帰ろう」と大声で泣き喚き、休憩中であろうと陣地周辺の哨戒任務中であろうとお構いなしに訴えたのだった。もっとも彼がどこまでも後ろ向きな思考回路を持っていたことは他の守護騎士も理解していたことであり、彼の同胞達は皆「ベイリンは何かあるとすぐに泣き始める奴なのだ」として、そのまま放置していた。しかしそんな彼を鬱陶しいと思いこそすれ、邪険に扱う者はいなかった。

 なにせベイリンはなんだかんだ言って腕が立ち、頭も冴えて統率力も十二分に備えた、知勇兼備の若き名将だったからだ。彼の活躍によって命を救われた騎士も少なくなかった。


「王よ、ベイリンの言葉にも一理あります。ここは一つ、陣を別の場所に移すべきではないでしょうか」


 そんな中で、円卓の席でそうアーサーに進言する騎士がいた。ちなみにベイリンは泣き疲れて自室で寝ていた。アーサーはその騎士の方を向き、ゆっくりと言葉を述べた。


「ユーウェインよ、何か考えがあるのか?」


 進言した騎士、「白獅子」ユーウェインはそのアーサーからの言葉を受け、座ったまま軽く頭を下げた後で答えた。


「ここよりも安全で快適な場所について、一つ心当たりがあります」

「ほう、それはどこか?」

「ここでございます」


 毛並み鮮やかな白い巨大ライオン、もとい守護騎士ユーウェインは身を乗り出し、左前足を伸ばしその爪の先で円卓の中央に置かれていた地図の一点を指した。その地図は自分たちのいる陣地を中心にした周囲一帯の地形が書かれており、ライオンが指さしたのはその地図の右端の部分であった。そこには地図の上端から下端まで届く灰色の半円が描かれており、それをみたアーサーは片眉を吊り上げた。


「そこに行くとな」

「そうでございます」

「しかしそこは、例の賊がたむろしているという情報のある場所ではないか。我らの世界から別の世界へと飛び出した悪人共のいる場所だ。危険ではないのか?」


 別の騎士がライオンにそう問いかけた。その騎士は全身を包帯でぐるぐる巻きにされており、ぱっと見では騎士ではなくエジプトの墓所に埋葬されているミイラにしか見えなかった。


「ガラハド卿の言うことももっともであります」


 ミイラの言葉を受けて、ユーウェインは静かにそれを肯定した。ていうかまだ怪我完治してなかったのか、とは言わなかった。その代わりにライオンはガラハドの方を向いて別の言葉を述べた。


「しかし現段階で、ここより安全な場所は他にありません。それに例の賊も、最近はめっきり地上の方に姿を見せなくなったと聞きます」

「それは確実な情報ではあるまいに」

「危険を冒さずして勝利は掴めますまい。蜂蜜を採りたければ蜂の巣をつつけ、と言うでしょう」

「むう」


 ミイラ、もといガラハドがそれを受けて黙り込む。蜂蜜云々の言葉はディアランドでは有名な諺であった。それを聞いたアーサーが一つ頷いて言った。


「まずはそこに偵察隊を送ろう。その後、陣地の移動を考える」


 異論を唱える者はいなかった。ガラハドがアーサーに尋ねた。


「誰を向かわせます? 部隊を送り込みますか?」

「大人数で行っては却って怪しまれる。少数精鋭で行くべきであろう。具体的には、ガウェインとベディヴィエールの二人だ」

「あの二人ですか?」


 ユーウェインが眉間に皺を寄せて顔をしかめる。ガラハドも顔をしかめる代わりに呻き声を放ち、それから隣にいた守護騎士の一人に視線を寄越す。


「本当にこの者に行かせるおつもりですか?」


 そう言ったガラハドの眼前には、円卓に突っ伏して寝息を立てている一人の騎士がいた。ガラハドはすぐにアーサーに目を向け直し、「考え直した方がいいのでは?」と苦言を呈した。


「心配はいらん。その者はやる時はやる男だ」

「ですが、いくらなんでも」

「変更はせんぞ」


 アーサーは梃子でも動かない構えだった。ガラハドは一瞬しかめ面を浮かべた後、すぐに口を閉じて顔をそむけた。もうすぐ齢百二十になろうとしているこの老騎士は、自分の意見を是が非でも通そうとする気があった。しかもそれは歳を重ねるにつれて、際限無しに肥大化していっていた。幸いにも今までそれが大きな過ちに繋がったことは無いのだが、それにしてもこちらの言い分ももう少し聞いて欲しいとは、ガラハドのみならず他の騎士達が常々思っていたことだった。


「ではそのように」


 ユーウェインが言った。その言葉にはガラハド同様にどこか釈然としていない感情が含まれていた。そして言い終えたユーウェインの視線は、まっすぐガラハドの横で眠りこけている騎士の方へ向けられていた。


「ガウェイン、いい加減起きろ」


 そして眠る騎士を見たままユーウェインが言葉を漏らしたが、しかしガウェインと呼ばれたその騎士はユーウェインの言葉や横から放たれるガラハドの視線にも気づかず、未だ惰眠を貪っていたのだった。





 ガウェインは良く眠る騎士だった。一日の四分の三を睡眠に費やしているような男だった。彼は見た目では三十代半ばに見えるような精悍な顔立ちをした騎士であったが、その生活サイクルは完全にダメ人間のそれであった。もっとも彼曰く、この睡眠は非常時に備えてのエネルギーチャージであるらしく、それを証明するかのように有事の際には先陣を切って敵中に突撃し、獅子奮迅の活躍を見せるのだった。例えどれだけ癖があろうとも、守護騎士の中に単なるダメ人間は一人もいないのだ。


「キングもキングで無責任だよなあ。俺らだけで偵察に行けなんてよう」

「うう……む」


 そしてその後、ドームの中に存在する町へ偵察に向かったガウェインは、自分と同じく偵察役に選ばれた騎士ベディヴィエールと共に目的の町の中を歩いていた。正確にはベディヴィエールの牽く荷車の上に載せられ、そこでしっかり爆睡していた。しかし当のベディヴィエールはそれに対して怒る素振りは見せず、それが当然のことのように荷車を牽いていた。

 ちなみにそのベディヴィエールは、およそ騎士とは思えない異様な風体をしていた。全身を覆う鎧は胴回りの部分が丸ごと切り取られて引き締まった体と六つに割れた腹筋が露出し、肘と膝から先の部分も切り取られ、まるでて半袖と半ズボンの上から防具を身につけているような格好になっていた。頭部にはその頭のラインに沿って鋭利な刃物が垂直に突き刺さっており、その刃物は見る人によってモヒカンヘアーか、鶏のトサカと思うようなギザギザに波打った形をしていた。あと右腕が肩口から無くなっていた。


「しっかし、変な所だなあここは。見たこと無い建物ばっかだぜ。おまけにバカみたいにデカい。どうやって作ったんだ?」

「むうん」


 そんな高貴とは無縁の、世紀末に生きる蛮人のような格好をしたベディヴィエールの言葉に対し、ガウェインは我関せずとばかりに寝返りを打ってそれに答えた。ベディヴィエールはその反応にも怒ることはせず、前を向いたまま左手だけで荷車を牽き続けていた。町の中は死んだように静まり返り、人の気配はどこにも無かった。


「オーノー、間違えてしまったデース」


 彼らの耳にそのような言葉が聞こえてきたのは、ベディヴィエールがガウェインと最後に言葉を交わしてから十分ほど歩いた時であった。初めて聞く「人の言葉」に反応したベディヴィエールが立ち止まり目を向けた先には、建物の一つの前で立って苦い顔を浮かべる一人の少女の姿があった。その手には金属製と思しき筒状の物体が握られていた。


「ワタシとしたことがこんなミスをするなんて。しかし買った以上は飲まないといけまセン」


 しかもその少女は困っているようだった。言葉遣いと表情からそれを察したベディヴィエールは、ガウェインの載った荷車を牽きながら少女の元へと近づいていった。


「どうした? 何か困ってるのか?」


 何気ない口調でベディヴィエールが少女に問いかける。少女は話しかけてきた相手の異様な風貌を前にしても表立って驚いたりはせず、見知らぬ人間を前に警戒もせずに自然な言葉で返した。


「いえ、ちょっと買う物を間違えたのデス。本当は冷たいコーヒーが飲みたかったのに、間違えて熱いコーヒーを買ってしまったのデス」

「こーひー? なんだそれ?」

「これデス」


 少女が手にしていた筒を差し出す。ベディヴィエールがそれを受け取る。筒の上に空いた穴から何やら香ばしい匂いが漂い、ベディヴィエールの鼻孔をくすぐった。


「なんだこれ、これがこーひーなのか?」

「そうデス。正確にはその中に入ってる液体がコーヒーデス。入れ物の名前は缶と言うデス。合わせて缶コーヒーデス」

「缶コーヒーって言うのか。どうやって飲むんだ?」

「その穴に口をつけて飲むデス」

「へえ。どんな味なんだ?」

「苦いデス」

「苦い?」


 ベディヴィエールが顔をしかめる。どうしたのデス? と問いかける少女に、ベディヴィエールは苦い顔のまま返した。


「俺苦いのダメなんだよ。甘いのなら好きだけど」

「なんと。それは残念デス」

「そういうわけだから、これは飲めないな」

「そうなのデスか。でもワタシもそれはあんまり飲みたくないデス。ワタシ熱いの苦手なのデス。猫舌なのデス」

「そうなのか。じゃあこいつどうするかな」


 そこまで言い掛けて、ベディヴィエールの頭の中に一つのアイデアが閃いた。それから彼は缶コーヒーを持ったまま荷車に近づき、その中で寝込んでいるガウェインを覗き込んだ。その顔には

底意地の悪い笑みが浮かんでいた。


「おいガウェイン。水分補給だぞ」

「んう?」


 ガウェインはまだ眠り込んでいた。しかしベディヴィエールはそんなことお構いなしにその半開きになった口に缶コーヒーの穴の部分をくっつけ、そのまま缶を傾けた。

 黒い液体が穴から溢れ出し、ガウェインの口の中へ流れ込んでいく。ガウェインはもごもごいいながらそれを喉の奥に飲み込んでいった。


「ん?」


 舌の上で苦い風味が転がり、食道の中を熱い液体が流れていく。


「んん?」


 そしてそれが胃の中まで到達した瞬間、ガウェインの脳裏に電撃が走った。


「んんんんんん!?」


 ガウェインが飛び起きる。その両目は完全に見開かれて精気に満ち、体の内側から漲る活力が金色のオーラとなって全身から放出されていた。


「なんだ! 目が冷める! 眠くない! なんだこれは!」


 ガウェインが力の限り叫ぶ。その姿は完全に覚醒を果たし、それを見たベディヴィエールは突然のことに驚き顔をひきつらせた。


「な、なんだよいきなり」

「いったいこれはどうしたのデスか?」

「いや、あいつ本当は一日中寝てるような奴だったんだよ。さっきも寝てたんだけど、このコーヒー? とかいうの飲ませてみたらいきなりこんなことになったんだ」

「なるほど」


 ベディヴィエールの言葉を聞いた少女は、すぐにあのオーラを放つ人間に何が起きたのかを悟った。それから少女はベディヴィエールの方を向き、したり顔で彼に向かって言った。


「これはおそらくコーヒーが原因デス」

「どういう意味だ?」

「コーヒーにはカフェインという成分が含まれているのデス。このカフェインには眠気覚ましの成分が含まれているのデス」

「へえ、そんなのがあるのか」


 ベディヴィエールがガウェインの方を見る。そこにいたのは今まで非常事態の時にしか見ることの出来なかった「本気を出したガウェイン」であり、そのカフェインを摂取したガウェインと自分が手にした缶コーヒーを交互に見ながらベディヴィエールが言った。


「こっちの世界には凄い飲み物があるんだな」

「一応個人差はありマスけど」

「でも効果はあるって訳だ」


 ベディヴィエールが得心した笑みを浮かべる。そして彼は缶コーヒーを持ったまま荷車に向かい、覚醒をアピールするかのようにガッツポーズを取り、その体から溢れ出すオーラを稲妻のように放出して周囲のビルを破壊し始めたガウェインを載せたままそれを再び牽き始めた。


「じゃあ、俺はちょっとやることが出来たから、ここで失礼させてもらうぜ」

「そうデスか。それじゃあさよならデス」

「おう。それとこれ貰っていいか?」

「いいデスよ。ワタシはもう飲みまセンから」

「ありがとうよ。それじゃあこれで」


 そう言った後、ガウェインを立たせたままの状態でベディヴィエールが荷車を牽き、元来た道を戻り始めた。少女は見えなくなるまでその後ろ姿を見つめていたが、最後までその異様な風体をした二人組に対して不信感や警戒心を抱いたりはしなかった。


「コスプレってやつデスかね?」


 少女は本気でそう思っていた。





 その後、予定よりずっと早く戻ってきたベディヴィエールは隣でぱっちり目を開けたガウェインを引き合いに出しながら、円卓の席でアーサーに缶コーヒーのことを報告した。


「こいつは凄い。飲めばこの通り、一発で眠気が覚めます。手に入れるしかありませんぜ」

「なるほど。確かにこれは強力なものだ。して、これはどこで手に入るのだ?」

「あの中です。賊どもの潜んでると思われる一帯です。これだけでも危険を冒す価値はありますぜ」


 熱弁を振るうベディヴィエールを見て、アーサーは重い腰を上げた。そして彼は円卓に集まった他の騎士を見回し、重々しい声で言い放った。


「では、まずは行ってみようか」





 三日後、町のど真ん中に謎の駐屯地が出現した。それは周囲のビルを根こそぎ破壊して出来た荒れ地の上にでかでかと作られ、外周を柵で囲み、軍旗を四方に立ててはためかせた物々しい雰囲気を放つものであった。

 しかしそれを咎める人間は殆どいなかった。なので陣を構えた守護騎士たちは我が物顔でほぼ無人と化した町の中を偵察して回り、当初の目的である自分達の安全を確保すると共に、もう一つの目的である「缶コーヒー」の回収に向かったのだった。

 その缶コーヒーを取り扱っている店、コンビニと言う種類の店の番をしているのが件の賊であるというのを彼らが知るのは、それからしばらく経った後の事であった。

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