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「ようこそ地球へ」

 アオイは、崩落したドームの壁の先に見えた景色を見て絶句した。それまで敵を圧倒し、歓喜の雄叫びを上げていた彼女は、それを前にして先程まで噛みしめていた勝利の喜びを一瞬で失い、ただひたすら驚きの感情をその顔に露わにしていた。


「え?」


 アオイはこの星に来る前に、ここがどのような環境で、どのような生命が、どのような文明を築いているのかについて、おおまかにではあるが調べをつけていたつもりだった。そして彼女の集めた情報の中では、自分が今いるこの地点は「日本」と呼ばれる国の中心部、「都心」とでも言うべき人工物の密集地帯となっていた。コンクリートジャングルとも称されるほどに高層ビルや建築物が乱立し、自然の踏み入る隙間が殆どない無機物の楽園。それがアオイの持つ情報の総意であった。

 そんな認識を持っていたアオイの目の前に広がっていたのは、赤と黒で塗りたくられた溶岩地帯だった。


「なにこれ」


 崩れたドームの壁の外側、そのすぐ側には溶岩が河のように流れていた。その河はどす黒く焦げた大地のそこかしこに存在しており、赤々と煮えたぎったドロドロのマグマを縦横無尽に流していた。視線を奥にやればそこには黒々とそびえ立つ山があり、その山は頂上から黒煙を吹き出しつつ、時折爆音と共に赤い溶岩を空に向けてまき散らしていた。絶え間なく噴き上がる黒煙は天を覆い尽くし、太陽を隠して空さえも黒く塗り潰していった。

 火口から解き放たれた溶岩は瞬時に冷えて固まり、黒く巨大な固形物となって大地に降り注いでいった。溶岩塊が大地に激突するとその衝撃で塊が破砕し、中で冷え切らずに閉じこめられていた溶岩が四方にぶちまけられる。それらはただでさえ黒く染まっていた大地を更に焼き焦がし、やがて煙を残して完全に冷えていくと同時に自身も黒い大地の一部となっていく。

 そうして広がるのは無限の灼熱地獄。人工物など欠片も存在しない、峻厳な自然の姿であった。右を見ても左を見ても、その地獄の光景は延々と続いていた。まるでドームとその中の町だけが、丸ごと異世界に飛ばされてしまったかのようであった。


「これはいったい……」


 アオイが呆然と呟く。その背後で瓦礫に埋もれていた雷光の巨人がそれらを押しのけて姿を現す。しかし巨人もまたドームの外に広がる景色を目の当たりにし、崩れたドームの縁に手を置いて目の前の光景を呆然と見つめた。この時巨人は狼の真横に立っていたのだが、この期に及んで戦闘を続ける意志は互いに無かった。


「この星はこういう作りをしているのか?」

「いいえ、ふつうはドームの向こう側もここと同じ町並みが広がっていたはず。こんなものありえない」


 巨人の言葉に狼が返し、そっと前足をドームの外へやる。足が黒い大地につく。熱いが、歩けないほどではない。

 それを確認したアオイはドームの外に飛び出した。四本の足で焼け焦げた地面に立ち、それから周囲を警戒しつつ、ゆっくりと一番近くにある溶岩に向かって歩を進めていく。やがて溶岩の側までたどり着くと、その狼はおもむろに顔を下げ、舌を伸ばして目の前を流れるマグマの中にそれを突っ込んだ。熱波が容赦なく顔を焼くが、狼は躊躇わなかった。


「美味しいですね」


 舐めとったマグマを喉の奥に流し込みながらアオイが言った。それからアオイは再び舌を伸ばして溶岩流を舐め、まるで川辺で水を飲むかのように次から次へとマグマを飲んでいった。

 奥の火山が爆発音と共に溶岩を噴き上げたのはその直後のことだった。





 その爆音は穴を通してドームの中に轟き、その中にいた者達の意識を一斉にそちらへ向けさせた。


「なに? 今の噴火?」

「富士山でも噴火したの?」

「そんな話聞いてないよ」

「じゃあさっきの何?」


 体の両端に頭を備えた大蛇と化したイツキがその二つの頭を見合わせて交互に言葉を発する。その後蛇は空に浮かぶ炎の巨人を無視して頭の一方を前にやり、伸ばした体をくねらせて地面を滑るように進んで崩壊したドームの壁の元へ進んでいく。遠方ではそれを見ていた亮達もその音に気づき、彼らもまた同様に崩れたドームへ向かい始めた。

 円盤に乗り込んでいた実況組は亮達に先んじてイツキの破壊光線によって浮遊大陸に空いた穴の中を通り、ドームの天井に開けられた大穴から外に飛び出してその光景を目の当たりにしていた。そして地獄とも言うべきそれを見た彼らもまた、アオイと同じく驚きの声を上げた。


「これはいったいどうしたことだ! ドームの外が一転して溶岩地帯に! まるで未開の惑星にテレポートしたかのようだ!」

「もちろんこの辺りは最初からこうなっていた訳ではありません。いったい何がどうなっているのか、確認してみる必要がありますね」

「というわけで、戦いの模様を中継するのはここでいったん中断し、今はこの星で何が起きているのか、独占生リポートしたいと思います!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 そこで一人置いてけぼりの形になっていた炎の巨人が吠えた。巨人は円盤を追うように天井に空いた穴から外へと飛び出し、そこで自身もまたその変わり果てた外の世界を目の当たりにした。


「なによ、これ」


 熱風が吹きすさび、呆然と呟く巨人の体を凪ぐ。地上からは熱気が立ち上がり、足先から体を熱してくる。それらの感覚が、巨人にこの目の前の世界が幻覚や妄想の類ではないことを告げていた。


「この星って、外はこんな場所になってたの?」


 そう言いつつ目の前の光景が信じられないかのように首を回して辺りを見回す巨人に対して、それはまったく突然に起きた。空を覆い尽くす黒い雲の奥からそれを引き裂くように巨大な腕が現れ、辺りを見回していた巨人をその全体を灰色に染めて鋭く爪を伸ばした、骨と皮だけで出来たような節くれ立った手で鷲掴みにしたのだ。

 巨人は手が近づいてきた所でそれに気づいたが、気づいた時には手遅れだった。そして本人以外で最初に巨人が捕縛されたことに気づいたのは、崩れたドームの内側で外の世界を窺っていた雷光の巨人であった。


「あれは!」

「えっ!?」


 その声に反応した狼がまず雷光の巨人を、続けて巨人の頭を上げた先にあった炎の巨人を握りしめる巨大な腕を見る。しかしそれを見た狼がアクションを起こすよりも速く、炎の巨人を捕縛した腕は元の動きで雲の中へと引っ込んでいった。当然その手の中には巨人が捕まっており、それは「離せ! 離せ!」と叫びながら全身でもがいていた。

 その抵抗も虚しく巨人ごと腕が消えた後、その雲の奥から爆発音が轟き、同時に腕の消えた部分の黒雲が一瞬赤く光った。


「何をしたんだ?」

「ねえ何? 何が起きたの?」


 穴を越えて外に出た双頭の蛇が隣に立つ狼に話しかける。狼はじっと雲のある部分、巨人が吸い込まれて赤く光り、今は元通りの黒色に戻っていた部分を見つめながら、その同胞である蛇の言葉に応えた。


「そんなのこっちが聞きたいですよ」


 馬の吼え声が雲の奥から轟いたのはその直後だった。その嘶きは大気を震わせ、大地を揺らし、地面と接していた全ての物体を激しく振動させた。震える大気を通してビリビリと体を苛む痛痒感を覚えながら狼と蛇と雷光の巨人が頭上の雲を見上げていると、次はその雲の奥から炎の巨人が落ちてきた。その巨人は無抵抗のまま背中からドームに激突し、その部分を破壊して瓦礫もろとも浮遊大陸の上に墜落した。

 巨人は大陸の地面に落ちたきり、ぴくりとも動かなかった。空からは再び馬の雄叫びが轟き、続けて重々しい声が雲の奥から聞こえてきた。


「こんなところに生き物が来るとは珍しいな」


 間髪入れずに、分厚い雲を突き破ってそれが姿を現した。それは一言で言えば馬の頭であった。両目が血のように赤く、頭だけで町を覆うドームと同じ大きさを持っていることを除けば、それは地球に生息している馬と同じ形をしていた。


「それもこうも大勢で来るとは。どこかの星の住人か? 時空の歪みに巻き込まれたのか?」


 馬がゆっくりとした口調で言った。その声には理性の響きがあり、話そうと思えば話せる雰囲気であった。


「まあ、いい。誰であろうと、ここに来たからには客人としてもてなさなければならん。良く来たな」


 どうやらこの馬は、ドームとその中にいた人間達の方が自分の住んでいる星に飛ばされたと思っているようだった。しかし実際は彼とその世界の方こそが地球にやってきた「異邦人」であり、それは外宇宙からやってきた惑星観測官マジカルフリードが持っていた星間座標表示機によって、自分たちのいる地点の座標が前と後で少しもずれていない事から明らかなことであった。亮達はまだ地球を示す座標の中に留まっていたのだ。


「ここは外の連中からはドルークと呼ばれている。見ての通り灼熱の地だ。まあ好きなだけここにいるがいい。こちらに危害を加えないのであれば、こちらからも何もする気はない」」


 にも関わらず、ドルークという場所の住人らしきその馬は、まだ自分が別の惑星に飛ばされてきたことに気づいていないようであった。紳士的な部分は頼もしかったが、その誤解をどう解けばいいのかに関してはまるで見当もつかなかった。

 しかしそれは新たに現れた第三者によって強引に説明されることとなった。


「メシ! メシ!」


 それまで空を延々と覆っていた黒雲の一部を突き破り、そこから一匹の獣が姿を見せた。それが獣と思えたのは、単にそれが細い四本の足で立ち犬のような顔をしていたからだった。しかしその体はデタラメにカットされた水晶のような透明な物質で出来ており、外から放たれる光をあらゆる面で受け止め乱反射していた。そして体の中には金色に光る小さな球体が収められていた。


「メシクレ! メシクレ!」


 そして明らかに知性は無さそうであった。初めて姿を見せた時点で口からよだれを垂らし、ひたすら腹が減ったことだけをアピールしていた。見るからに野良犬のような有様であり、この段階で意志疎通が出来るとは到底思えなかった。

 首を動かしてその水晶の獣を真っ赤な瞳に映した馬は、両目を細めて不思議そうに呻いた。


「おかしい。我が領域には一定の知性を保つ者のみが踏み込めるはず。あんなケダモノがここに入ってこれるなど」


 馬が言った次の瞬間だった。





 空から命が降ってきた。





 空を覆う黒雲が一瞬で掻き消え、かつての青い空と太陽が姿を見せる。しかし間髪を入れずに、空を埋め尽くさんばかりの大量の生命体がそれらを隠さんばかりの勢いで一斉に空から降ってきた。


「は?」


 四本足の生き物。二本足の生き物。四肢のない生き物。触手を持った生き物。空を飛ぶ生き物。人型の生き物。蟻のように小さい生き物。鯨と同じ大きさの生き物。丸い生き物。尖った生き物。細長い生き物。ガスのような生き物。


「なんだこれは」


 冒涜的な光景だった。何千何万もの生き物が、地面に向かってボトボトと落ちてきていたのだ。十人十色の特徴を持つそれらは一個のモザイク模様となって空を埋め尽くし、見る者の目と正気に容赦なくダメージを与えていった。

 よく見ればそれらの生き物より遙か上空には次元の裂け目が生まれており、そこからは次々と新たな生き物が吐き出されていっていた。なお、この時黒雲が晴れたことによって姿を見せていた馬の全身像も露わになった。もっともそれによってその馬が地球の馬と同じ形をしていたものの、それの備える蹄の一つが奥に見える活火山と同じ大きさであるという事がわかった時には、もはや乾いた笑みしか湧いてこなかったが。


「特異点」


 その凄まじい光景を見ながら、亮達の中の誰かが不意にそう呟いた。


「世界が交わる場所」


 件の次元の裂け目からビルやら城やら不気味にねじ曲がった固形物やらと言った、建物ないし建物のように見える人間の価値観と真っ向から反する大型物体が次々と吐き出される様を見ながら、その声は呆然とした響きで誰かの口からついて出た。そしてこの時になって、彼らは上空から聞こえてくる叫び声の群れを耳にした。それはそれぞれが異なる何千何万もの叫びが一つに混じり合ったものであり、聞いた者の精神を等しく汚す地獄の悪魔の叫びであった。





 その日、地球は外の世界と繋がった。

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