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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十一章 ~炎精「イゾルデ」、電精「イゾルデ」登場~
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「炎と獣」

 外に飛び出した彼らが目にしたのは、怪獣映画のワンシーンであるかのような非常識極まりない光景だった。自分達のいる所から遠く離れた場所で、ビルや家屋に挟まれた二つの巨大な怪物が互いを睨みつけ合っていたのだ。


「アオイじゃねえかあれ」


 そこに同族の姿を認めたセイジが声を上げる。そしてそう言った彼の視線の先には、下顎がつくほどに姿勢を低めて威嚇体勢を取る、周りの建物よりも一回り大きな一頭の狼がいた。その狼は全身を遠目からわかるほどにふさふさとした灰色の体毛で覆い、その体毛の上を黒く太いラインが目元から尻尾の先にかけて真横に走っていた。時折開かれる口からは鋭く生え揃った歯列が覗き、両目は赤く爛々と輝き、目の前の「敵」をまっすぐ見据えていた。


「アオイ? あれが?」


 セイジの言葉を聞いた冬美が言葉を投げかける。セイジは黙って首を縦に振り、満は「あの姿を見るのも久しぶりね」と感慨深げに呟いた。もっとも、そこにいた者達の殆どが「あの姿? どういう意味?」と事の状況を理解できずにいた。


「戦闘狂獣アオイ。あの人の本当の姿だよ」


 そんな彼らに向かって同族のイツキが簡潔に説明する。その後でイツキは「戦闘狂獣って知ってるよね?」と続けて彼らに言った。それを聞いた大半は「そういうことか」と納得したが、それでもまだ理解しきれずにいた者達も少数いた。


「初耳だ。それはいったいなんだ?」


 宇宙海賊レッドドラゴンの首領サティ、レッドドラゴンの構成員である紫姫トト、そしてトトの護衛役である首無し騎士であった。彼らはディアランドと呼ばれる異世界からこちらに来てまだ日が浅いため、こちらの世界の状況にはまだ疎かったのだ。なお、ソレアリィを守るために同じくディアランドからやってきた「比較的新参」の親衛妖精ローディは、その護衛対象である見習いプリンセスから戦闘狂獣という存在についての話を聞いていたので、特別不思議がることは無かった。


「超強い怪物ってことだよ」


 そんな初見の面々に対して、イツキは非常に簡潔な形で説明した。詳しく説明するのが面倒だったからだ。しかしそれだけで納得したのか、サティ達は一つ相槌を打った後それ以上追求することはしなかった。


「それと、もう片方のあれはなんなのでしょうか?」


 そうして話が一段落した後で、今度は件の狼と睨み合っているもう片方の怪物に目を向けながら麻里弥が言った。狼と対峙しているそれは、ある意味究極的なまでにシンプルで、どこまでも強烈な外観をしていた。


「あれは何って、もうそのまんまでしかないだろ」

「中に何かいるのかな?」

「見てるだけで熱そうだ」


 それは轟々と赤く燃え盛る、人の形をした炎だった。あくまで人の形をしているだけであって、顔の細かいパーツまでは作られていなかった。





「ガアアアアアッ!」


 その人型の炎は大きく雄叫びをあげると、そのまま狼に向かって二本の足で駆け出した。まるで地獄で燃え盛る業火がそのまま形になったかのようなそれが建物の間を全速力で駆けていくが、それによって踏みしめられた地面やそれとすれ違っていった建物達に火の手が及ぶことは無く、ただそれと無かい合うビルの側面に規則的に敷き詰められた窓ガラスがその炎の巨人を鏡のように映すだけだった。

 狼は姿勢を低めたまま、それをじっと睨みつけながらその場に留まっていた。巨人が足下の看板や自動車を燃やすことなく蹴り飛ばし、両腕を大きく無駄のない動きで振りながらぐんぐん距離を詰めていく。


「おおっと、巨人がどんどん距離を詰めていく! 狼は動けない!」

「これは避けられないと見て動くのを止めたのか、それともまだ策があるのか、どちらかですね」


 その様子をちゃっかり実況中継していたラ・ムーとソロモンがそれぞれマイク越しにコメントを残す。そんな彼らの眼下で、ついに炎の巨人が狼のすぐ眼前まで迫った。

 巨人が左足を前に踏み出すと同時に雄叫びを上げ、その丸太のようにがっしりとした右腕を振り上げる。そして未だこちらを睨んだまま動こうとしない狼の脳天めがけて、その握りしめた右拳を振り下ろした。

 その瞬間、狼が動いた。狼は顔を持ち上げ、耳元まで裂けるほどに大きく口を開け、落ちてくる拳を待ち受けた。

 狼の口内に燃え上がる拳が突き刺さる。震動で狼の全身の毛が逆立ち、衝撃で体が後ろにずり下がる。しかし狼の目は死んでいなかった。

 代わりに悲鳴をあげたのは巨人の方だった。


「こ、これはーッ!」


 ラ・ムーが驚愕の声をあげる。彼の目の前で狼は自身の口の中に拳を突っ込まれたままの状態で勢いよく口を閉じ、そのまま首を内向きに振って腕を食い千切ったのだ。


「痛い! これは痛い!」


 肘から先を食われた巨人が悲痛の叫びを上げながら後ずさる。断面からは火炎放射器のように炎が噴き上がり、巨人はそれを抑えようと左手でその断面を覆った。一方で狼はその腕の形をした炎を一息に丸飲みにし、飲み込んだ後で口から黒煙を吐き、そして顔を真上に向けて雄叫びをあげた。


「食った! あの狼、相手の腕を食ってしまった!」

「凄まじいですね。あの炎の腕を躊躇いなく食べてしまうなんて。やはり宇宙は広いですね」


 ラ・ムーが驚き、ソロモンが淡々と言葉を述べる。一方で右手を失った巨人はそれ以上の動揺を見せずに断面から左手を離し、狼を睨んだままそしてその右手を高々と天に掲げた。次の瞬間、断面の奥から血液のように炎を噴き出しながら新しい腕がずるりと生え延びてきた。


「そしてこちらも一筋縄ではいかない! 失った腕を瞬時に再生した!」

「こちらもこちらで中々やりますね。これは面白くなりそうです」


 それを見たラ・ムーとソロモンも興奮ぎみに言葉を漏らす。再び腕を取り戻した巨人は再び狼に向き直り、腕を食った狼もまた閉じた口の隙間から黒煙を吐き出しつつ、元の状態に戻った巨人を睨みつけた。


「さあ戦いはまだまだ続きそうだ! この後いったいどのような戦いを見せてくれるのか!」

「これは楽しみですね。最後まで目が離せなさそうです」


 実況解説の言葉をバックに、二体の怪物が再び激突した。次に先に動いたのは狼だった。しなやかに筋肉のついた四本の脚でコンクリートを蹴り、一発の弾丸となって巨人へと迫った。

 狼が大地を蹴り跳躍する。再び口を耳元まで裂いて大きく開き、巨人の頭めがけて飛びかかった。





「食ったーッ! またしても狼が巨人を食い千切ったーッ!」

「頭を首筋から行きましたね。普通なら致命傷ですね」


 実況と解説の声は亮達の所にも届いていた。しかし彼らの意識は目の前の光景に向けられており、その声は頭の中に全く届かなかった。


「頭をやられたぞ」

「これは痛々しいですわね」


 渋い顔をして巨人と狼の戦闘を見ていた亮の隣で、麻里弥が同じく渋い顔で口元に手を当てながら言った。彼らの眼前では首から上を失ったまま狼がぶつかってきた衝撃で尻餅をつく巨人と、その巨人の後ろに四つ脚で着地し、かつて巨人の頭を構成していた炎の塊を口に挟み込みながら首を回し、巨人の背中を睨む狼の姿があった。


「本当に食ってる」


 そして頭を持ち上げ、炎の塊を再び飲み込んだ狼を見て生徒の一人が唖然とした声をあげる。一方でアオイの同族である満、イツキ、セイジは特に驚くこともなく、いつもと変わらない表情でその姿を見つめていた。


「相変わらずなんでも食うな」

「そういう風に作られてるからね」

「あれだけ食べて太らないって羨ましいなあ」


 三人は非常に暢気な、それこそ同胞の一人が戦っていると言うのに心配や不安など全く感じさせない調子で言葉を交わしていた。そしてそれを聞きつけた女生徒の一人が彼らに近づいて「あの、アオイさんってどんな能力持ってるんですか?」と恐る恐る尋ねると、イツキがその生徒の方へ顔を向けながら感じの良い口調で答えた。


「今怪獣に戻ってるアオイちゃんはね、なんでも食べられるんだよ」

「何でも? 何でもなんですか?」

「うん。何でも。ビルとか、ミサイルとか、後はレーザー光線とか。自分と同じくらいの大きさの刃物も普通に食べちゃうんだよね。雑食なんだよあの人は」

「星も食ってなかったっけ?」

「アステロイドベルトを一つ食い潰したって話は聞いたことある」


 横から飛んできたセイジの言葉にイツキがそう返す。それを聞いたその生徒は「え、星?」とひきつった表情を浮かべていた。

 ちなみにアステロイドベルトとは、今の地球人類の間では「小惑星」と呼ばれる太陽系内の惑星よりも小さな太陽系小天体が、今現在人類が属している太陽系の中の火星と木製の間にドーナツ状に存在する領域として認識されていた。小惑星帯とも呼ばれている。

 もちろんこのとき、その火星と木星の間に展開されている小惑星のリングは消滅していなかった。イツキは例の生徒に「こことは別の銀河系にある小惑星帯の話ね」と補足を加えた。


「こっちの太陽系にあるのと似たような感じの奴が他にもあってさ。わかりやすいようにアステロイドベルトって言葉を使っただけなんだ」

「同じものが他の場所にもあるんですか?」

「あるよ。宇宙は広いからね」


 イツキがさらりと返した言葉を聞いて、驚きと関心が入り交じった顔でその生徒が相槌を打つ。その初々しい様子を楽しそうに眺めながらイツキが続けた。


「とにかく、ああなったアオイちゃんは何でも食べるんだ。さっき言ったみたいに星だって食べる。隕石だって食べる。炎くらいは朝飯前だよ」

「じゃあ太陽も食べられるんですか?」

「やろうと思えばいけるんじゃないかな?」


 そこまで言って、イツキが満とセイジに目を向ける。実際にやれるかどうか二人に確認を取ったのだ。対して二人は揃ってイツキを見返し、「まあいけるでしょ」と異口同音に返した。


「まあ面倒くさがってやろうとしないと思うけどね」

「だよな。あんなでかいのはさすがに丸飲みには出来ないよな」

「でも食べられるんですよね?」

「食えるよ」


 生徒の言葉にセイジがさらりと答える。時間がかかるだけであって、食べることは出来ると満

が付け加えた。


「アオイちゃんが食べられないものはこの世に無いんじゃないかな」

「えっ、そんなに?」

「うん。だってアオイちゃん、腹の中にブラックホール入れてるから」

「ええ?」


 今何かとんでもない言葉が飛び出してきた気がする。生徒は耳を疑ったが、この時の戦闘狂獣三人の雰囲気は冗談を言っているようには見えなかった。なお、他の面々はこのアオイの同族三人と女生徒一人の会話には全く反応していなかった。彼らは今もなお続いている炎の巨人と狼の戦いに夢中になっており、その血湧き肉躍る戦いを前にして他のことに意識を回す余裕が無かったのだ。一方で彼ら四人もまた、話し合いに夢中になっていて肝心の戦いの様子を伺い知ることは出来なかった。


「狼がまた食い破った! 今度は腹だ!」

「巨人はまったく対抗できていないですね。防戦一方です。しかもその守りを、あの巨大狼は易々と突破してくる。巨人からしたらちょっとまずい状況ですね」


 そして話題が一段落した所で、件の四人の意識もようやく外へ向けられていく。そうして最初に彼らが拾った外の情報は、上空から聞こえてくる実況解説の熱のこもった声だった。それから続けて意識と共に視線を戦場に向けると、そこにはわき腹を押さえて片膝をつく炎の巨人と、それと相対しながら姿勢を低くして唸り声をあげる狼の姿があった。狼の方には目立った外傷が無く、まだ疲れている様子も見られなかった。こちらが優位に立っているように思われた。


「まあ、そんな訳だからさ。こっちとしてはアオイちゃんが負けるとは全然思ってないわけよ。そもそも普通に強いし」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。アオイちゃんは負けない。一対一のこの状況ならまず確実に勝つわ」


 満の言葉は確信に満ちていた。そしてそう断言する満を見て、「この人達はここまで仲間を信じられるのか」と、その女生徒は彼らと彼らの信頼関係に対して憧憬に近い感情を抱いた。自分もこんな友達が欲しいと思いつつ、その生徒は続けて彼らに尋ねた。


「それじゃあ、あっちの巨人の方は何か心当たりありますか? 知ってる顔だったりするんですか?」

「あっちは知らないなあ」


 セイジが頭をかいて答える。他の二人もセイジと同じく困惑した表情を浮かべた。


「なんだろうねあれ」

「私も見たこと無いなあ」

「どこかの宇宙人とかじゃないんですか?」

「いや、俺はあんな奴初めて見るぞ」


 イツキと満が首をひねり、途中で言葉を放ってきた女生徒にセイジが返す。彼の返答を聞いた女生徒は「なんなんでしょうねあれ」と呟きながら戦場の方へ目をやり、狼が自らの体を巨人の上半身に巻き付けるようにしてその場に固定し、その燃え盛る炎に体を密着させた状態で口を開いて巨人の肩口に食らいついている様を視界に収めた。


「うわ、燃えてる。大丈夫なのかなあれ」


 上空から落ちてきた巨大な雷が巨人と狼を飲み込んだのは、女生徒がそう呟いた直後だった。





 突然の事だった。爆弾が爆発したような轟音が大気を揺らし、衝撃が遠くから見ていたはずの亮達の鼓膜を容赦なく揺さぶった。彼らは咄嗟に両耳を手で塞いだが、既に周りの音が聞こえなくなるほど甲高い耳鳴りが彼らの脳内で鳴り響いていた。幸いその雷の光自体は強烈なものでは無く、雷の着弾地点と見物席との間で十分距離が離れていたこともあって、それが網膜に焼き付いて目が見えなくなるような事は無かった。しかし雷が落ちた場所の周りはその雷によって粉々に粉砕されたコンクリートや石材が土煙となって上空に巻き上げられ、一種の壁となっていたので中の様子を伺うことは不可能であった。


「今度はなんだ?」


 耳を押さえながら亮が苦々しく言った。それを聞き取った者はそこには一人もいなかった。そして耳鳴りも止み、全員が耳から手を離し始めたその時、上空から今度は憤怒に満ちた声が聞こえてきた。


「イィィィゾォォォルゥゥゥデェェェェ!」


 そのエコーのかかった声は声の主と共に、空から地面へと落ちてきた。そして未だ土煙の晴れないそこから数十メートル離れた地点に降り立ったそれは、一言で言うなれば人の形をした青白い発光体だった。体のラインは青く縁取りされ、その中身は真っ白に輝いていた。大きさは炎の巨人と同じくらいだった。

 その光の塊が右腕を突き出す。その手には剣のように見える、体と同じく青白く発光する細長い物体が握られていた。その剣をまっすぐ前に突き出しながら、人型の発光体が続けて声を出した。


「貴様、本当に死にたいようだな!」


 その声に反応するように、土煙の壁を引き裂いて中から炎の巨人が姿を現す。狼はまだ肩口に噛みついており、意識もしっかり残っていた。


「来るのが遅かったみたいね。てっきり私に勝てないと見て逃げ出したのかと思ったわ!」

「ほざけ! 貴様の首は私がもらう! これ以上トリスタン様に余計な手出しはさせん!」


 赤い巨人と青白い巨人が言葉をぶつけあう。互いの台詞にはどちらも等しく憎悪が滲み出ており、相手に対して敵意をむき出しにしていた。そしてそれを見た亮達は全てを悟った。


「ああ、あいつらなのか」


 浩一が思いだしたように声を出す。彼だけでなく、他の全員が同じ意見を脳裏に抱いていた。というより最初の絶叫であれが誰なのか既に目星はついていた。


「あいつらあんなこと出来んのか」

「私あんなの初めて見た」

「おそらくは魔力を使って自分自身を包み込んでいるのでしょうね。魔法の鎧、とでも言えばいいでしょうか。あそこまで強烈なものは見たことありませんが」


 浩一とソレアリィが呆然と呟き、ローディが冷静にそれまで続けていた分析結果を披露する。その間にも赤と青白の巨人の言い合いは続いており、狼は食ったそばから再生してくる肩の炎を延々と噛み続けていた。

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