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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十一章 ~炎精「イゾルデ」、電精「イゾルデ」登場~
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「イゾルデ二人」

 グィネヴィアと共にやってきたトリスタンと言う男は、一言で言えば優男であった。短く切った茶色い髪は綺麗に整えられ、顔はやや丸く目つきは穏やかで、黄緑色の瞳がその表情の柔らかさを高めていた。

 彼は鎧を身につけてはいなかった。それどころか剣すら帯びていなかった。彼はクリーム色の質素なシャツと長ズボンだけを身につけ、足にはベルトで締めるタイプの革靴を履いていた。少なくとも戦う格好ではなかった。背はモードレッドより少し高い程度で、体型は痩せ型。モデル体型と言えば聞こえはいいが、それは前に立って戦う騎士としては不安の残る華奢なものであった。


「イゾルデがここにいるのですね?」


 そんな心許なささえ漂わせる青年はまず自分の名を名乗り、それから本来敵であるはずのモードレッド達を前にして礼儀正しく一礼した後、彼らがそれまで耳を立てていた鉄製の扉に目を向けてそう言った。ランスロットが強ばった表情のまま無言で頷くと、トリスタンは自然な動作で彼らの中に割って入り、やがて扉の前に立つと同時にその表面を握り拳で軽く叩いた。


「トリスタンだ。イゾルデ、いるのかい?」


 しばしの沈黙。やがて扉がゆっくりと開き、その隙間からイゾルデが顔をのぞかせた。


「トリスタン?」


 イゾルデが相手の名を呼ぶ。次の瞬間彼女の目は扉の前に立つ青年の姿を捉え、その正体を知ると同時に扉を勢いよく開け放った。


「トリスタン!」


 そして喜色満面のまま叫び、相手の反応も待たずにその胸に飛び込んでいった。一方のトリスタンはそんなイゾルデの体を抱き返そうとはせず、ただ驚きの表情でイゾルデの顔を見返していた。


「えっ、イゾルデ、まさか」

「ああトリスタン! あたしのために会いに来てくれたのね! あたし嬉しいわ!」

「そっち?」


 今度は周囲の面々が驚く番だった。そっち、とはどういう意味だ? 誰もがトリスタンの言葉の真意を掴みかねていた。だがランスロットとモードレッドは既に何かを察したかのように相手に同情するような複雑な顔をしていた。騎士の事情に疎いグィネヴィアは亮達と同じ側の表情をしていた。


「トリスタン様、まだ捕まってたみたいですね」

「まったく災難ですね」

「どういう意味だ?」


 浩一が横から問いかける。ランスロットが答えた。


「トリスタン様は守護騎士になられたすぐ後に、お二人の女性から求愛されたのです」

「三角関係ってやつか」


 浩一の言葉にランスロットが頷く。ランスロットが続けて言った。


「当然その話は他の騎士達にも広まりました。ぼく達守護騎士の中でも話題になりました。騎士らしからぬ行いではあったのですが、トリスタン様はいったいどちらの女性を選ぶのだろう、と、一時期その話で持ちきりになりました」

「それは仕方ありません。人間とはそういう生き物です」


 悟りきったような声でグィネヴィアが断言する。次にモードレッドが言った。


「最終的にトリスタンは、二人の中から自分の伴侶となる女性を一人選びました。そしてその方と結婚し、騎士を続けながら慎ましくも幸せな暮らしを送ることになったのです」

「とても素晴らしいお話ですわ」

「ちなみに、その結婚した人はなんていう名前なんだクマ?」


 彼の話を聞いた麻里弥と冬美が問いかける。問われたモードレッドは難しい顔を見せた後、奥歯で噛みしめるように言った。


「イゾルデという方です」

「え?」


 全員が反射的にトリスタンの方を見る。「イゾルデ」に抱きつかれていたその青年は、明らかに困惑した表情を浮かべていた。少なくとも伴侶と再会して喜んでいる顔ではなかった。


「そうではないのです。彼女ではないのです」


 モードレッドが慌てて弁解する。その後を継ぐようにランスロットが言った。


「そうなんです。トリスタン様が婚約なさったのは別のイゾルデ様なんです」

「別の?」

「同じ名前の別人ってこと?」


 芹沢優の言葉にランスロットが首を縦に振る。その後でランスロットが躊躇いがちに口を開く。


「ですが、そちらのイゾルデ様とランスロット様がご結婚なさった後も、その、こちらのイゾルデ様もあのような感じでして」

「こちらのイゾルデ様は、トリスタン様ともう一方のイゾルデ様が結婚した後も、愛情を捨て切れてないということなんですね?」

「そうなります」

「難儀しているという訳ですね」


 雁田弁吉が控えめに呟く。他の面々もそれに同意するように頷いた。そしてそれに答えるようにモードレッドが言った。


「トリスタンは紳士的な人なのです。常に相手のことを考え、相手の立場に立って物を考えることが出来る。ですがそうあろうとするあまり、あの人は相手からの好意を面と向かって拒絶することが出来ないのです。女性からの好意であればなおさらです」

「相手を傷つけてしまうのが怖いという意味ででしょうか?」

「そうです」

「それただのヘタレじゃないですか」


 優が切り捨てる。モードレッドは困惑し、苦笑いを浮かべるしかなかった。同じ騎士を馬鹿にされて怒るそぶりを見せなかったのは、実際彼を含むトリスタン以外の守護騎士全員がそう思っていたからだった。


「優柔不断なのです。相手のことを思うあまり、強く出ることが出来ないのです」

「でもいくらなんでもこれはないだろ。その結婚した方のイゾルデさんに失礼だ」


 亮がそう答えながらトリスタンの方に目を向ける。そこにはトリスタンの上半身に両手両足を絡ませ、まるで大木にしがみつくかのようにその体に抱きつくイゾルデの姿があった。トリスタンは困惑した表情を浮かべながら、ただ額から汗を流すだけだった。


「筋は通すべきだ」


 そして再びモードレッドの方を向きながら亮が言った。その表情は真剣そのものだったが、モードレッドは怯むことなくその目を見返した。しかし亮を見返す彼の瞳は「それが出来たらとっくにやっている」と無言で訴えてもいた。


「それが出来たら苦労しませんよ」


 そんなモードレッドの心を代弁するようにランスロットが言葉を漏らす。それから彼らは一斉にトリスタンと彼に密着するイゾルデに目を向けた。イゾルデはこちらのことなど眼中に無いかのようにトリスタンにべったりくっついていた。


「ところで、そのもう片方のイゾルデという方はどのような方ですの?」


 そこで麻里弥が思い出したように声を上げる。ランスロットとモードレッドは顔を見合わせ、そして互いに反対側を向きながら苦々しい表情を浮かべた。


「あ、あの、どうかなさったのですか?」

「失礼。その、あまりにも返答に窮する質問でしたので」


 モードレッドが苦しげに呻く。どういう意味かと視線で問いつめる麻里弥に、ランスロットが切れ切れに言った。


「その、なんと言いますか、そちらのイゾルデ様もとても癖の強い方でして」

「そんなにですの?」

「具体的にはどんな感じなんだ?」

「それは、その、あまり他の守護騎士の奥方様を悪し様に申すのは宜しくないことなのですが・・」


 麻里弥だけでなく浩一からも問われたランスロットがそこまで言ったところで顔を俯かせながら上目遣いに彼らを見上げる。そして歯切れの悪そうに、言葉を慎重に選ぶようにして言った。


「少々、強烈と申しますか、視野が極端に狭くなると申しますか・・」

「なんだよそれ」


 浩一がそう呟いた直後だった。トリスタンが不意にイゾルデの背中に両手を回してその体を抱きしめ、その場に低く身を屈めたのだ。そしてその次の瞬間、それまでトリスタンのいた場所で白く閃く何かが横凪ぎに空を切った。


「えっ!?」


 彼らがそれに気づいたのは、そこから放たれた空気を切り裂く音が耳に届いた時であった。かすかに電流が漏れ出る音も聞こえてきた。

 そちらに目を向けた彼らは、両足の腿にイゾルデを乗せる形で膝を曲げ身を屈めていたトリスタンを見下ろすように、そのすぐ間近に一人の女が立っているのを見つけた。

 それは全身真っ白な女性だった。髪も服も白く、その手には両刃の剣が握られていた。その剣は己の刀身の周囲に青白い電流を幾筋も蠢かせており、時折バチバチと弾ける音を鳴り響かせていた。

 その中で紫の唇と金の瞳が異彩を放ち、そしてその金色に輝く両目はまっすぐ眼前のトリスタンを見下ろしていた。


「見つけた」


 白い女が呟く。そこで初めてトリスタンは顔を上げ、そして自分の近くに立っていた女性を見て声を上げる。


「イゾルデ!」


 その声は喜びに満ちていた。同時にトリスタンの腕に抱かれていた方のイゾルデも顔を上げ、そしてそこに立っていたイゾルデを見つめて声を放つ。


「な、なんでここにいるのよ!」

「私は常にトリスタン様のお側にあるの」


 あからさまに動揺する「赤い」イゾルデに、「白い」イゾルデが静かに言い返す。その様をみた浩一がランスロットに問いかけた。


「ひょっとして、あれが?」

「はい。あちらの赤い方が、トリスタン様と婚約なされた方のイゾルデ様でございます」

「言うほどおかしくは見えないぞ」

「見ていればわかります」


 ランスロットが諦めたような調子で答える。浩一は首を傾げ、再びトリスタンとイゾルデの方に目を向けた。


「ところでトリスタン様」


 その視線の先で白いイゾルデが目を細めて言った。「なんだい?」と返すトリスタンに白いイゾルデが問いかける。


「その状況はいったいどういうことでしょうか?」

「あ」


 そこで今の自分の状況に気づいたのだろう。自分に抱きついている赤いイゾルデの方に目を向け、トリスタンがその顔から笑みを消す。そしてすぐさま真剣な顔つきになって今度は白いイゾルデと向き合い、彼女に向かって言った。


「違うんだイゾルデ。これには理由があるんだ」

「理由ですか?」

「そうだ。ちゃんとした理由だ。だから落ち着いて聞いてくれ」

「もういいです」


 トリスタンの要求をイゾルデが真っ向から拒絶する。そして相手の返答も待たずにイゾルデは手にしていた剣を高々と持ち上げ、剣先が天井を向いたところで手首を強く捻り、刃をトリスタンの方へ向ける。


「死んでください」


 そしてイゾルデが冷たく呟き、剣をトリスタンの頭上に振り下ろした。


「うわっ!」


 トリスタンが膝のバネを使い、屈んだ姿勢から勢いよく後ろに飛び退く。その勢いでイゾルデを抱いたまま立ち上がったトリスタンの眼前で、イゾルデの振るった剣が石畳の床と衝突する。

 次の瞬間、剣先のぶつかった場所がスパークした。青白い光と漏れ出す電撃を周囲にまき散らし、大気が震え、まるで雷が落ちたような爆音を轟かせた。そのスパーク自体は一瞬で消え去り、その後剣先のぶつかった部分の石畳は半球状に抉り取られ、小さなクレーターが生まれていた。


「ちっ」


 攻撃を外したイゾルデが舌打ちをする。そして電流が這い回る剣をゆっくりと持ち上げ、その切っ先をトリスタンに突き出した。


「おやめください。抵抗しても無駄です」


 その目は完全に据わっていた。眼前の敵を殺す覚悟を秘めた目だった。


「ま、待ってくれイゾルデ。話せばわかる。話せば」

「あなたは私というものがありながら、そのどこの馬の骨ともわからない女と抱き合っていた。あなたと肌を重ね合わせていいのは私だけなのに。なのにあなたは私を裏切った。私の愛を踏みにじった」


 イゾルデが静かに糾弾する。剣の纏う電流がその量と勢いを更に増していく。そしてついには剣そのものが発光しているかのように刀身全てを電流で覆い尽くし、光り輝く白い棒と化したそれをトリスタンに向けながらイゾルデが言った。


「あなたを殺して私も死ぬ」


 ぞっとするほど冷たい声だった。そしてイゾルデはトリスタンの言葉は待たなかった。剣を斜めに構え、イゾルデが突撃した。





「こういうことか」


 目の前で繰り広げられる攻防を見ながら浩一が言った。もっともそれはイゾルデが一方的に剣を振り回し、トリスタンは赤いイゾルデを抱いたままそれを全て紙一重で避けていた。


「非常に愛が重い方なのです」


 剣が振るわれる度に雷が大気を引き裂き、溢れ出した電撃が四方を穿つ。至る所で閃光が生まれ、その後で小さなクレーターを立て続けに生み出していく。

 その騒音と殺意を間近で浴びながら、とても言い辛そうな調子でモードレッドが言った。続けて冬美が訳知り顔で言葉を放つ。


「ヤンデレというやつだクマ」

「どっちも外れじゃん」


 うんざりした声で優が言った。誰もそれに反論できなかった。その優に向かってイゾルデの剣から漏れ出した電撃が飛び込んできたが、それはイゾルデがトリスタンに襲いかかってきた段階でランスロットが生み出していた見えない障壁によって阻まれ、優の眼前でその電撃は壁に沿うように四方八方へ散り散りとなっていった。


「これひょっとして毎日やってるのか?」


 障壁の内側にいたエコーがランスロットに問いかける。ランスロットが言った。


「恒例行事のようなものです」


 イゾルデ様の嫉妬心はとても敏感なのです。その後でランスロットが付け加えた。全く嬉しくない補足だった。


「収まるまで待つしかないのですか?」

「それしか出来ないでしょう。下手に手を出してとばっちりを食うのは嫌ですからね」


 グィネヴィアからの問いかけにモードレッドがはっきり言ってのけた。ただしそれはその場にいた全員がそう思っていたことだったので、誰も薄情だと言及することはなかった。


「すぐに終わると思いますよ」


 本当にそうであってほしいものだ。障壁に次々とぶつかっては花開くように四散していく電撃を見ながら、モードレッドの言葉を聞いて誰もがそう思った。

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