「リベリオン」
モードレッドは野心の塊だった。いずれはアーサー王を退け、彼に代わってその座に就かんと常に画策していた。騎士団の頂点に立つことが彼の望みであり、一万年にも及ぶ修行を耐え抜いたのもその野心を成就させるためであった。そして同時に、彼はその己の野望を隠そうとはしなかった。
「いずれは私が王の座につきます。この私こそが、アーサー王より優れた資質を持つ者。次代の指導者にふさわしい存在なのです」
彼はこのような台詞を他の騎士達の前で、いつもと変わらぬ穏やかな声で、堂々と言ってのける男であった。実際に彼はかつてディアランドにいた時、守護騎士達が一同に介する朝の定例会議の席でこれと同じ言葉を吐いたことがあった。しかも七回。あまつさえ世の女性が見たらその全員が一瞬で心奪われてしまうほどの輝きを放つ、とても爽やかな微笑みを浮かべながら。
「貴公、それは本気で言っているのか?」
「もちろん本気です。私こそ王たるにふさわしい存在。アーサー王には速やかにご退位いただきたい」
「こやつ、中々言いおるわ」
しかし他の騎士達は表立って彼を糾弾しようとはしなかった。反逆者とするには彼の態度があまりにも堂々としすぎていて、彼の不敬の言葉を聞く度に怒るよりもまず呆れの感情が沸き上がってしまうのであった。例えすぐ目の前にアーサー王がいたとしても、そのスタンスは変わらなかった。あまつさえ騎士の中には、その恐れ知らずな彼の立ち姿を見て尊敬の念さえ感じる者までいた。
それにモードレッドは己に課せられた責務はしっかりこなし、騎士としても有能であった。部下からも深く慕われ、領民からも高い人気を得ていた。守護騎士となった者は、特権の一つとして一定の広さの土地を持つ村を一つ自分の所有物とすることが出来るのである。
「私はいずれ王を倒し、新た指導者として君臨するでしょう。頂点に立つにふさわしいのは、この私なのです」
もっともモードレッドはそんな部下や領民達に対してもそんなことを常日頃から言っていたのであったが、誰もそれを本気で受け取りはしなかった。モードレッドはそれをまるで挨拶でもするように気軽な調子で、しかも毎日のように言ってくるため、それを聞く者は皆それが彼なりの冗談であると受け取ってしまっていたのだ。
当然騎士達はモードレッドが本気なのを知っていた。しかし同時に、彼らはモードレッドが「野望」よりも「平和」を優先する人間であることもまた知っていた。自分の行いが混乱を招くようならばそれを自重出来るだけの良心を持っていたことも知っていた。共に一万年も同じ世界で生きていれば、相手の大体のことは理解できるようになるのだ。
なので放置しても問題はない、むしろ強引に排斥すれば騎士団にとっては却って痛手であると判断され、モードレッドはそのまま騎士団に残り続けることとなった。しかし彼の野心には気づいていたので、そのとばっちりを食わぬよう守護騎士の殆どが彼から距離を置いていた。彼は部下や領民からは愛されていたが、対等の友人は少なかったのだ。
そんな彼の数少ない友人の一人が、この時既にグィネヴィアと関係を持っていたランスロットであった。
「ぼくとモードレッド様は修行中に知り合いました。その時からモードレッド様は自分の野心を隠すことなく周囲に話していたので、根っから嫌われてこそいませんでしたが周りから苦手意識は持たれていました」
「まあ、それはそうだよなあ」
「反乱する気満々な奴とは組みたくはないクマ」
「お前もう少し隠すとかしなかったのかよ。そうすりゃ少しは人付き合いも良くなっただろうが」
モードレッドの人となりを説明し終えた後、続けて自分と彼の馴れ初めの部分を話し始めたランスロットに対して、セイジと冬美が口を挟んだ。そしてエコーの部下の一人である筋骨隆々の大男ブラボーがモードレッドにそう話しかけ、そしてそれを受けてモードレッドは「とんでもない」と答えた上で言葉を返した。
「私は決して自分の心を隠したり、偽ったりするつもりはありませんよ。常にオープに、己の心はまっすぐ表現すると決めています」
「なんでそんなこと?」
「格好良いからです」
「お、おう」
ブラボーはもう何も言えなかった。自信満々に言ってのけたモードレッドの横で、ランスロットが咳払いを一つしてから続けた。
「ですがそんなモードレッド様に、ぼくはとても強い憧れの気持ちを抱いていました。いついかなる時も自分の信念を崩さないモードレッド様のまっすぐなお姿に、ぼくはとても強く惹かれたのです」
「そこから二人が友人関係になっていったという訳か?」
「はい。確かに最初はちょっと抵抗があったのですが、いざ話してみると、モードレッド様はとても良い人だということがわかりました。それでぼくの方から友達になって欲しいと頼んでみたら、二つ返事で受け入れてくれたんです」
「私としても、同じ騎士の友人が出来ることはとても嬉しく思っていました。それにランスロットもまた騎士に恥じない信念を持ち、それでいてとても心優しく、親切な方でした。ですから私は、彼と友誼を結べたことを誇りに思っています」
ランスロットの言葉を受けたモードレッドが胸を張って言った。その顔と声に恥じらいの姿は影も形もなく、堂々とした立ち居振る舞いはまさに騎士と呼ぶにふさわしい有り様であった。その友人の姿を見ながらランスロットが口を開いた。
「ですからぼくは、アーサー王にぼくとグィネヴィア様の関係がばれた時、頼れるのはモードレッド様だけだと考えていました。そしてその直感に従って、ぼくは真っ先にモードレッド様のところに向かいました」
ランスロットは最初、いくらモードレッドといえども自分の危機を救ってはくれないだろうと考えていた。何せ理由が理由だ。彼と言えど、他人の色恋沙汰、しかも不倫の末の駆け落ちなどに手を貸すわけがない。相手が王の妻ともなればなおさらだ。そんな暗い気持ちを抱えながら、それでもランスロットはグィネヴィアと共に、モードレッドの治める領地へ馬車を走らせた。
「わかりました。私は何をすればいいでしょか?」
だがモードレッドは屋敷に招き入れたランスロットから事情を聞いた後、二つ返事で彼の頼みを引き受けた。これにはランスロットも、そしてグィネヴィアも揃って驚いた。
「あ、あの、本当によろしいのですか? 本当に、私達に手を貸していただけるのですか?」
恐る恐るグィネヴィアが尋ねると、モードレッドは自信満々に「当然です」と答えた。それを聞いたグィネヴィアがさらに問いかける。
「なぜ?」
「ランスロットは私の友人だからです」
モードレッドは即答した。彼はグィネヴィアの姿を見ても、彼女とランスロットとの間の関係を詮索しようとはしなかった。その代わりモードレッドはランスロットの方を見据え、真剣な眼差しで彼に尋ねた。
「ところでランスロット。あなたは何か、脱出の計画を持っておられるのですか?」
「一応は」
ランスロットはそう答え、それから彼に自分の計画について話して聞かせた。ついでにこれはグィネヴィアの望みを叶えるために、こうなる前からかねてより実行に移そうとしていた事であることも明かした。そしてグィネヴィアにもこの計画を話しており、彼女も自分について行くことを決心していることも話した。
「無茶なことをする」
全てを聞き終えた後、モードレッドはそう言ってため息をついた。それから彼はランスロットの方を見つめ、詰問する声で言った。
「彼らがこれを実行したのは、複数人でなら魔力を制御できると踏んだからだ。騎士一人で何とか出来ると思っていたのですか」
「それでもこれしかないんです。この世界にいる限り、安全な場所はどこにもない。本当に安全な場所に行きたければ、それこそ別の世界に行くしかないんです」
睨みつけてくるモードレッドに対し、しかしランスロットは一歩も退かなかった。それから両者はしばらくの間互いの顔を見つめ続けていたが、そのうちモードレッドが先に音を上げた。
「わかりましたよ。相変わらずあなたは頑固な人だ」
「モードレッド様?」
「私も協力しましょう。あなたの計画には私も興味がわいてきました」
そういって立ち上がるモードレッドを見て、ランスロットが向かいのソファに座ったまま「どういう意味ですか?」と問いかける。モードレッドは彼の方を向いて穏やかな声で言った。
「私が以前からアーサー王を蹴落とそうとしていることは、あなたもご存じのはずです」
「はい。前から仰っていましたね」
「それを成就させるために、あなたの計画に便乗させてもらおうと思っているんですよ」
「つまり?」
「あなた方のやろうとしている異世界進出、私も参加させていただきたいのです」
ランスロットがソファから飛び上がる。そしてモードレッドを見ながら彼が言った。
「本気なのですか?」
「ええ。本気ですよ。私の考えはこうです。まず他の世界に飛んで、そこで戦力をかき集める。そして十分戦力を集めたところでこの世界に戻り、王に戦いを挑む」
「そう上手く行くでしょうか?」
「わかりません。実際にやってみるまで、私にも全く先が読めませんから」
「そんな曖昧なままで別世界に飛ぶおつもりなのですか?」
唖然とするランスロットにモードレッドが言った。
「何事も挑戦です。挑戦の先に成功があるのです」
「随分活発なお方なのですね」
ランスロットの隣に立ったグィネヴィアが彼の耳元に顔を寄せて耳と口を手で隠し、小声で話しかける。彼女は式典などで目の当たりにする形式ばった所作を行う騎士達の姿は見慣れていたが、こうしたいわゆる「素の姿」を見るのは初めてであったのだった。
「もっと真面目な方だと思っていました」
「騎士はみんなあんな感じなんですよ」
「さてランスロット、それでは参りましょうか」
そんなひそひそ話をしている二人にモードレッドが声をかける。二人は慌てて距離を離し、それからランスロットが何とか呼吸を整えつつモードレッドに尋ねた。
「ま、参るとは、いったいどこに?」
「ここから西の方に、今は誰も使っていない古い城があるのです。そこに行きましょう」
「それはなぜ?」
「その城ごと別の世界に転移するのです」
ランスロットの隣で聞いていたグィネヴィアが驚いた声を出す。しかしランスロットは驚く素振りは見せず、顎に人差し指の背を当てて考え込みながら言った。
「確かに、あの転移の魔法はその気になれば、あらゆる物体を対象として飛ばすことが出来る」
「しかも特に魔力を増やす必要もない。まあ元々必要な魔力の量が多すぎるのですけれど」
「なぜ城ごとなのですか?」
「飛んだ先の世界で寝床が確保できる保証は無いでしょう? 保険をかけておくのですよ」
モードレッドの言葉にも一理あった。確かに転移した先の世界が、自分達にとって優しい世界であるという保証はどこにもない。もしもの場合に備えて、自分達の身を守れる場所が必要である。
「今から行くのですか?」
「もちろんです。問題を先延ばしにしてもいいことはありませんからね」
グィネヴィアからの問いかけにモードレッドが即答する。話の展開が急すぎて呆然としていたグィネヴィアにランスロットが「騎士は速攻を重んじるものなのです」とフォローになっているかどうか怪しいフォローを入れた。
「モードレッド様!」
玄関ドアを強引に開け放って一人の人間が屋敷の中に姿を見せたのは、まさにその時であった。その物音を聞いた三人が玄関に向かうと、そこにはモードレッドの領地内で生活している農夫の一人が怯えた顔で立っていた。
「どうしましたか?」
「騎士様達が大勢こっちにやってきてます! 大勢で武装して、馬に乗って、今にも戦争始めるくらい物騒な格好で近づいてるんです!」
「気づかれましたか」
そう呟いたモードレッドが肩越しにランスロットに目配せする。それを見たランスロットは一つ頷き、それからグィネヴィアの手を取って屋敷の奥へと走っていった。その一方でモードレッドはその恐怖に怯えている農夫の肩に手を置き、優しく諭すように言った。
「大丈夫です。彼らが用があるのは、おそらくはこの私でしょう。あなた方に迷惑はかかりません」
「ほ、本当ですか?」
「もちろん。私が嘘をついたことがありますか?」
そう問われた農夫が小刻みに首を左右に振る。それを見たモードレッドは満足げに頷き、それから彼に向かって言葉を続けた。
「私は暫くここを離れます。戻ってくるのは当分先になるでしょう。ですが心配は無用です。ここはまた別の騎士が治めてくれますし、私も必ず戻ってきます」
「そ、そうなんですか?」
「そうです。ですからあなたには、これから他の
家に向かって、そのことを話して回ってください。お願いします」
「せ、せめてなんでここを離れるのか、理由くらい教えてくれませんか?」
「申し訳ありません。そればかりは出来ないのです」
農夫からの問いかけに対してそう答えた後、モードレッドは彼から手を離して後ろに下がり、それからランスロットの向かった方へ身を翻しつつ農夫に声をかけた。
「お願いしますね!」
農夫が呼び止める間もなく、モードレッドの姿はあっという間に屋敷の奥へと消えていった。それを見た農夫は追いかけるのを諦め、言われた通り他の家々を回ってそのことを話して聞かせて行った。
それから数分後に件の騎士団達が屋敷に到達したのだが、案の定、屋敷の中はもぬけの殻であった。この時ランスロット達は既に古城に向かっており、その動きはクリスタルを通して筒抜けであった。騎士団は部隊を半分に分けて追撃を命じたが、ランスロット達の乗っていた馬車はディアランドでも一、二を荒そう駿馬であり、追いつくことは困難を極めたのだった。モードレッドの迅速な判断が効を奏した結果となった。
そして騎士達が城に到達した時には、既に術は発動してしまっていた。おまけに城の周囲には外部からの侵入を防ぐ結界が五重に張られており、何をしようがもはや手遅れなのは日を見るより明らかだった。
転移魔法は完全に作動した。次の瞬間には城はまるで内側へ吸い込まれていくように消えていき、最終的には守る対象がいなくなってなおその場に残り続けていた結界だけがあった。
結果として、この場はランスロット達の勝利で幕を閉じた。しかし誤算もあった。彼らが転移の際に使用した「次元の穴」が、その結界の中に残っていたのだ。
「彼らはその穴を使って、我々を追ってきたのでしょう」
そこまで話し終えて、モードレッドはいったん言葉を止めた。それから周りを見回し、誰も何も言わずにいたのを見てから再び口を開いた。
「そうして、彼らはこちらにやって来た。当分の間は彼らはこちらで活動を続けるでしょう」
「また客が増えたってわけか」
それまで黙って話を聞いていたケンが疲れたように声を上げた。それを聞いたモードレッドは一つ頷き、それから落ち着いた声で言った。
「そういう訳ですので、これからはそれなりに面倒と言いますか、色々と騒がしくなってしまうかもしれません。ご迷惑をかけてしまうかもしれませんが、どうかご了承ください」
それからモードレッドは彼らの前で頭を下げた。ランスロットとグィネヴィアも揃って頭を下げた。誰も「手伝ってくれ」とは言ってこなかった。自分達でけじめをつける気であったのは明白であった。
「まあ、トラブルには慣れてるから、そんなに気にしなくてもいいと思うけどな」
そんな彼らの様子を見た浩一がぽつりと言った。その後で彼は「普通の人はそうじゃないかもしれないけど」と付け加えたが、彼は別に赤の他人の一般市民がどうなるかについてはそれほど深刻に考えてはいなかった。よそはよそ、うちはうち、自分のケツは自分で拭け。彼はそう考えていた。
その浩一の横で、ローディは一人深刻な顔をしていた。まるで爆発寸前の爆弾を前にしたような、眉間に皺を寄せて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「ローディ大丈夫? 何かあったの?」
そのローディの様子に気づいたソレアリィが隣に近づいて話しかける。ローディは彼女の方を向いて「ご心配なく」と返した後、またすぐに視線を前に戻しながら小声で言った。
「直接聞くしかないか」
彼の脳裏にはつい先日自分達を襲ってきた者達の姿が浮かび上がってきていた。そして居候先の家を爆破してまで自分達を倒そうとしてきたあの連中について、ローディには一つ心当たりがあった。だがそれをここでおおっぴらに明かすわけにはいかない。奴はどこでこの話を聞いているかわからないからだ。
そうして厳しい表情を浮かべたまま、ローディは一人そう決意を固めていた。幸か不幸か、それに気づいた者は一人もいなかった。




