「ショタコン」
グィネヴィアは少年愛者であった。成熟した大人の男性ではなく、未成熟の子供に強い性愛を抱く女性であったのだ。彼女は本当の夫であるキング・アーサーを愛してはいたが、その日修行を終えて守護騎士の称号を拝命しようと王宮にやってきた一行の中にランスロットの姿を見た瞬間、彼女の愛の全てはその眼前の少年に向けられていったのだった。
グィネヴィア四十四歳、ランスロット十歳の頃のことである。もっともこの時、ランスロットは一万年にも及ぶ修行を終えてそこにいたのであるが、少なくとも外見的には十歳の少年であった。
「あれはまさに一目惚れでした。ずっと昔の、少女の頃に戻ったような気持ちでした」
そんな自分の性癖と自分がランスロットに惚れてしまった簡単な経緯を、グィネヴィアはその場であっさりと暴露した。その顔に恥じらいは無く、むしろ堂々としていた。
「その時私は、無意識の内に心の中で誓いを立てました。これからはアーサー王ではなく、ランスロット様にこの身の全てを捧げようと。私はあの方と一生添い遂げようと誓ったのです」
「でもそれ、言っちゃうと不倫ですよね」
強い口調で言い切るグィネヴィアに浩一がつっこみを入れる。グィネヴィアは怒ることもなく、ただその事実を黙って受け入れるように静かに頷いてから、穏やかな声でそれに答えた。
「仰るとおり、これは不純な愛でした。騎士の妻としてあるまじき行い、不貞の極みです。実際私も、誓いを立てた直後に己の行いを恥じました。ですがそのとき、私の中の女の部分が声をあげたのです。このままでいいのかと、不満の声をあげたのです」
グィネヴィアがそこで言葉を切る。周囲の面々は何も言葉をよこしては来なかった。全員グィネヴィアの語りに聞き入っていたのだ。そんな周囲からの「続きが聞きたい」という無言の声に答えるように、グィネヴィアが再び口を開いた。
「その時の私とアーサー王の暮らしは、正直言ってとても冷めていました。元より私達はお互いの両親の都合によって引き合わされた身、愛情を差し挟む余地はどこにもありませんでした。そして実際に、王は私を一度も愛してはくれませんでした。例え夜になろうとも、一度として私を抱きしめてはくれなかったのです。それどころか私を避けるように、他人の目の見えないところではいつも私と距離を取っていた。愛のない、形だけの婚約を行ったあの日からずっと、王は私を女として見てはくれなかった」
「そこまで酷かったのか」
悲痛な声で語られていくグィネヴィアの回想を聞いていたエコーがぽつりと呟いた。その顔は疑念に歪み、まるで信じられない物を見るかのような目でグィネヴィアを見つめていた。彼女はグィネヴィアの言う「愛のない結婚」というものがどんなものなのか、全く想像出来なかったのだ。
思い返してみれば、自分と亮の結婚式も形だけの、それでいてとてもこぢんまりとした物だった。辺境の惑星の洞窟の中で、隠れるように一生を誓い合ったのだ。
しかし、その時自分と亮の間には確かに愛があった。結局道は違えてしまったが、心だけは共にあろうと誓い合った。愛し合う者同士が互いの愛を確かめ合い、キスを交わし、愛を育みながら同じ道を歩んでいく。それが「本当の」結婚ではないのか?
そう思い至った直後、彼女の口から言葉が飛び出していた。まったく無意識の内に、心中に渦巻く激しい感情が声となって噴き出していた。
「ふざけるな。愛情のない結婚は結婚とは言わん。一緒にくっつくだけが結婚では無いはずだ!」
「政略結婚というものだ。意味はお前もよく知っているだろう」
「それは・・っ」
しかしサティの横やりを受け、声を荒げたエコーが押し黙る。グィネヴィアとアーサーがそのような形で結ばれたことは、それまでの彼女の語りから十分想像できた。理解もしていた。しかしエコーは頭では理解できても、心ではそれを納得できずにいた。孤高の宇宙海賊エコー・ル・ゴルト・フォックストロットは、恋愛に関しては未だ夢見る乙女であったのだ。
そんな乙女の叫びを受けて、場の空気が一瞬凍り付いた。彼女の気迫を浴びて暫しの間誰も言葉を発せずにいたが、そのうちグィネヴィアが一度深呼吸をした後で再び口を開いた。
「そう、その通りです。愛のない婚約などに意味はありません。私もそれは承知していました。確かに私は未成年の少年に強く劣情を抱く女ではありますが、それでもなんとか彼を愛そうとしました。ですが彼は違った。私が向ける愛情を知りながら、それを最後まで無視し続けた。そんな王の反応は、女としての私にとってはもはや屈辱でさえありました。その屈辱を今までずっと受けてきた女の部分が、そこで悲鳴をあげたのです」
「ランスロットとくっつけと?」
「この子こそ私が愛を捧げる真の方だと、本能がそう叫びました。そして私は、その本能を抑えつけるだけの理性を持ってはいなかった」
いくらか落ち着きを取り戻したエコーからの問いかけに、グィネヴィアが己の本心を告げる形で答えた。それからグィネヴィアは一度ランスロットに目を向け、そしてすぐに視線を元に戻してから言葉を続けた。
「騎士の拝命式を終えた後、私はすぐに動きました。まずはあの方のことを少しでも知ろうと、ランスロット様について色々と調べ始めました。ランスロット様の好きなもの、嫌いなもの、ランスロット様を少しでもお近づきになれるよう、あの方の何もかもを調べ尽くしました。そうするうちに、私は彼が守護騎士になった理由を知ったのです。そしてそれを知った瞬間、それこそが私とランスロット様をより強く結びつけるための大きな切っ掛けになることを悟りました」
「幼い頃に両親が亡くなったとか?」
「その通りです」
「マジかよ」
本当に当たるとは思っていなかったのだろう。軽い気持ちで問いかけたセイジがグィネヴィアの反応を受けて普通に驚きの表情を作っていた。戦うためだけに作られたバーサーカー、戦闘狂獣も普通に驚くのかと彼と付き合いの深いアスカが隣でその横顔を見ながら関心を寄せる一方、グィネヴィアが続けて言った。
「ランスロット様は幼い頃にご両親を事故で亡くされ、天涯孤独の身となった際に騎士団に拾われ、そのまま守護騎士としての修行を始められたのです。非常に嫌らしい話なのですが、私はそれを知った瞬間、これはいけると思いました。私はそのような過去を持つランスロット様に搦め手を使うことにしたのです。ご両親の愛を満足に受けられなかったランスロット様は、私と同じく愛情に飢えているはず。そこに付け入る隙があると」
「したたかなことだ」
「それより、すぐ横に本人がいるのにそんなこと言っていいんですかね? 搦め手とか付け入るとか、ハメる気まんまんじゃないですか」
グィネヴィアの話を聞いていたサティがどこか感心したように言い放ち、その近くにいたアオイが食パンの袋を小脇に抱えたまま疑問を口にする。それに対してグィネヴィアは「それはもう問題ありません」と前置きした上で口を開いた。
「そのことに関しては、私はもうランスロット様に対して全て明かしています。自分の策謀を明かし、謝罪もしました。謝ったところで私の罪が晴れる訳ではありませんが」
「まあそうかもしれないが、ランスロットはそれで良かったのか? 詳しく何をされたのかはまだ知らんが、どんな形であれ彼女の策略に引っかかってしまったのは事実なのだろう?」
いまいち納得しきれないような顔を見せていたマジカル・フリードがランスロットに問いかける。対してランスロットは「確かに全部計算ずくで近づいてきたんだと聞いたときは、最初はちょっと戸惑いましたけど」と困惑気味に答えつつ、すぐに表情を引き締めて迷いのない声で言った。
「でも、グィネヴィア様のおかげでぼくの中の孤独が癒えていったのは事実なんです。それにグィネヴィア様は決して、地位とか、お金とかのためにぼくに近づいてきた訳じゃない。ぼくと同じで、誰かに愛してほしかっただけなんです。最初に訓練場でグィネヴィア様とお会いして、それから色々とお話をしたり、お部屋におじゃまさせてもらったり、一緒に庭園を散歩したりする内に、段々そのことに気づいていったんです。ぼくとグィネヴィア様は同じだって」
「愛情に飢えていたということか」
「そうです。ぼくとグィネヴィア様は同じなんです。同じ苦しみを知っているから、ぼく達の関係はその後も続いて、自然と惹かれあっていったんです。最初は親子のような関係だけで満足していた。でも時間が経つにつれて、ぼくの中でグィネヴィア様は嘘の母親以上の存在になっていった。傷を舐め合うだけじゃない、本当の愛がほしいと思うようになった」
そこでランスロットは顔を上げ、グィネヴィアの顔を見つめた。グィネヴィアもまたランスロットの方に首を回して視線を向け、二人の視線が重なり合う。それから二人はテーブルの下でどちらからともなく手を繋ぎ、その後で再びランスロットが言葉を放った。
「少なくともぼくは、今ではグィネヴィア様を愛しています。グィネヴィア様と会えて良かったと心から思っています」
「一緒に寝たのも? 後悔はしていないと言うのか?」
「はい。ぼくは全く後悔していません。グィネヴィア様と一緒にいられるなら、騎士の名を捨てても構わない」
サティからの質問にランスロットが淀みない声で答える。それを聞いたサティが「ほう」と答える一方、モードレッドは顔をハッとさせてランスロットの方へ視線を移した。その顔には非難の色がありありと浮かんでいた。
「本人が良いと言っているのだ。それでいいのではないか?」
だがそこで全身を紫色で統一したおかっぱ頭の少女トトが、不意に口を挟んだ。それからトトはランスロットを見て、意地悪そうに笑みを浮かべながら彼に言った。
「まさか戯れで抱いたりはすまい?」
「ふざけないでください!」
「私はそこまで愚かではありません!」
ランスロットとグィネヴィアが同時に叫ぶ。意志と気迫に満ちたその声を正面から受けつつ、しかし満足そうな笑みを浮かべながらそれに答えた。
「ならばそれで良いではないか。入り方がどうであれ、二人が満足しているならそれで良い。それで十分なはずだ」
「それもそうだな! 愛に理由はないってシンジョーも言ってたし!」
いつの間にかトトの後ろに回っていたミナが彼女の言葉に同意するように大きな声を放った。その声を間近で聞いて初めてその存在に気づいたトトが驚いて後ろを振り返ったが、その時には既にミナは亮の隣に戻っていた。一方のミナは興味の対象を二人に戻し、興味津々と言わんばかりに目を輝かせながら二人に言った。
「なあなあ、二人は今もラブラブなのか?」
「はい、とても愛し合っていますよ」
「そうなのか! じゃあ今とっても幸せなのか?」
「はい。とても幸せです」
「そうかそうか!」
二人の答えを聞いたミナがまるで自分のことのように嬉しそうに頷く。それからミナはそれまでと同じ調子で、続けて二人に言った。
「だからランスロットはグィネヴィアの頼みを聞いた訳なんだな!」
「そうです。グィネヴィア様に恩返しがしたい、もっとグィネヴィア様を笑顔にしたいと思い、ぼくは転移の魔法を使うことにしたのです」
「本当にそれだけなのかー?」
いつの間にかテーブルの上に乗ってランスロットの眼前に迫っていたミナが問いかける。互いの鼻がくっつくほどの至近距離でランスロットをじっと見つめながら、ミナが嫌に明るい声で彼に言った。
「二人の関係が王様にばれたから、っていうのも理由の一つなんじゃないのかー?」
図星を突かれたランスロットが息をのむ。しかし瞬きをした次の瞬間にはミナはまた亮の隣に収まっており、そのままじっとこちらを見つめていた。
ランスロットは呼吸を整えた。元々これも最初から話す予定だったのだ、それが機先を制されただけだ。彼はそう考えて、ゆっくりと口を開いた。
「そうです。ぼくがグィネヴィア様と共にこちらの世界に来たのは、アーサー王から逃げるためでもあったのです」
「ばれたからか」
「はい。ぼくはここまで来て、グィネヴィア様とは離れたくなかった。何が何でも一緒にいたかった。だからぼくは転移の魔法を使い、この昔に打ち捨てられた城と共にこちらの世界にやってきたのです」
そこまで言って、ランスロットはモードレッドの方を見た。
「友人の力を借りて」
そしてモードレッドを見つめながら、ランスロットはまず彼の説明を始めた。




