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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十章 ~戦闘兵器「サイクロンD」、反逆巨人「モー・ド・レッド」登場~
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「男と女」

「まずはランスロット様にお会いしていただきましょう。こちらでございます」


 来客を出迎えたグィネヴィアは彼らを先導する形でそのまま正門前から城内をまっすぐ進んでいき、やがて一つの大扉の前で足を止めた。その扉は城の入り口にあった正門よりも一回り小さかったが、それでも眼前に立つグィネヴィアの頭一つ分高い大きさを持っていた。

 その扉の前でグィネヴィアが「私です。通してください」と声をかける。すると彼女の目の前で扉がひとりでに重々しい動きで開いていき、その奥に広がる世界を露わにした。


「こちらが玉座の間でございます」


 扉が開ききると同時にその中に入ったグィネヴィアが身を翻して亮達の方を向きつつ言葉を放つ。遅れて中に入ってきた面々は、すぐにグィネヴィアの言うとおり、ここが「玉座の間」であることを理解した。

 まず床も壁も天井も、何もかもが白で統一されていた。その汚れ一つない白色は、しかしこの城内に入って初めて見た色であった。この城は戦闘に巻き込まれることを想定した実用性重視の造りをしており、ここに来るまでに見てきた壁や天井、小部屋や階段と言ったものは全て灰色ないし鼠色といった、城を構成している主原料である石「そのものの色」で染まっていた。

 崩落防止用の支えとして所々で斜めに立てられていた鉄柱はドス黒く、塗装もされないまま鈍い光沢を放っていた。補強材として壁や天井に貼り付けられていた金属の板もまた「それ本来の色」を隠さなかった。照明には壁に吊された鉄製のランタンが使われ、それら規則的に配置されたランタンは中に小さな火を灯し、その火の生み出す飾り気のないむき出しの光を周囲に浴びせていた。要するにこれまで通ってきた場所は全てが無骨で、清潔さとは無縁の場所だったのだ。

 だがここだけは違った。四方が白に染められ、天井には豪華なシャンデリアが吊され、扉から奥に向かって金糸の刺繍を施された赤い絨毯が敷かれていた。伸びた絨毯の先にある最奥部は周囲よりも数段高く階段状に上がっており、その一番上に一つの椅子が据えられていた。椅子は過剰なほどに装飾が施されており、座るところと背を預けるところの赤以外は全て金色で構成されていた。それら全てが一つに合わさり、この空間の中に荘厳な雰囲気を作り出していた。


「へえ、中々綺麗じゃん」

「すごい」


 地下世界「アルフヘイム」の用心棒を務めている宇宙怪獣セイジが感心したように声を漏らし、彼の同族である富士満が素直に驚嘆する。ちなみにアルフヘイムの管理人であるザイオンはここにはおらず、地下にある自分の箱庭で雑務を片づけていた。


「王様が居座る場所だから、ここだけ豪華にしたって感じなのかな?」

「そういうことになりますね。王たるもの、どのような非常時であっても威厳を忘れてはなりませんから」


 そのセイジの問いかけにグィネヴィアが微笑んで返す。それからグィネヴィアは亮達の方を向いたまま軽く手を叩き、その直後、彼女の背後にあった床が重苦しい音を立てて絨毯ごと左右に割り開かれていき、その下から石で出来た縦長のテーブルが姿を現した。


「すげー! なにそれ!」

「ここで作戦会議や戦場への指示を行う際に使用するものでございます。指揮卓とでも呼べばよろしいでしょうか。もっとも本来は戦場の姿を真上から見下ろした様子がこの卓の上に投影される仕組みになっているのですが、今はその機能が故障して使えなくなっており、ただのテーブルとなっておりますが」

「投影? 立体映像みたいな奴なのかな?」

「たぶんそうだろうな。その映像を見ながら、将軍なり王様なりがここから指示を飛ばすんだろうな」


 肉体原子還元能力を持った少女ミナが、自身の隣に立つ亮に話しかける。それから亮がその石製のテーブルを見ながらそうミナに説明し、ミナはそこから「飛ばず」に、じっとテーブルを見つめていた。


「本来ならば大きめの会議室で会談を行いたかったのですが、今はこちらの世界で集めた資料の臨時の置き場所となってしまっておりますので、とてもお客様方をお通し出来る所では無い状態になっているのです。ですので今日はこの部屋で話し合いたいと思うのですが、皆様方はご異存ないでしょうか?」


 そのせり上がってきたテーブルを肩越しに見てから、亮達の方へ目を向けなおしつつグィネヴィアが問いかけた。ここには初めて来た、しかも客人として招かれて来ていたので、異存も何も無かった。


「では、ここでしばしお待ちください。ランスロット様をお呼びしてきますので」


 そんな客人達の沈黙を肯定と受け取ったグィネヴィアがテーブルの方へ体を向け、そのテーブルの横を通り過ぎて玉座の方へ歩いていく。それから彼女は段差を上って玉座の正面に立ち、それからさらに玉座の裏に回って、そこで腰を下ろした。そのグィネヴィアの姿を見て「まだ直ってなかったのか」とモードレッドが呟いたが、幸か不幸か、その声を聞いた者はいなかった。


「ランスロット様、皆様ご到着なされました。準備はよろしいですね?」

「は、はいっ」


 玉座の裏から声が響いてきた。声変わり前の甲高い少年の声だった。そしてその声が聞こえてきた後、グィネヴィアはゆっくりと立ち上がって一歩後ろに下がり、その彼女の後を追うようにして玉座の裏から何者かが姿を現した。


「あ、あのっ。ぼく、ランスロットと申します。よろしくお願いします」


 そこにいたのは、白い制服を身につけて自分の背丈ほどもある剣を大事そうに抱きしめた、年端も行かない金髪の少年だった。ぱっちりと開いた水色の瞳と細長く締まった眉、スラリと引き締まりながらもまだ幼さを残すあどけない体つき。

 可愛いは可愛いが、どこか頼りなさそうな少年だった。


「はい。こちらが守護騎士様の一人、ランスロット様でございます」


 その横に立つグィネヴィアが簡潔に彼の説明をした。その言葉は非常に恭しく、彼女がその少年を崇敬していることがありありと見て取れたが、端から見たらこの二人は完全に母親と息子にしか見えなかった。


「あれ本当に騎士なのか?」

「騎士なのか?」

「うそ、あれ騎士なの?」

「あのでっかいのと一緒の奴なのか?」

「なんか頼りなーい」


 当然、「客人」の中からそれを疑問視する声が続々と噴出した。グィネヴィアとモードレッドは特に反論をしたりはせず、それどころか二人揃って「そうだよなあ」とでも言いたげにため息を漏らした。ランスロットはこの後どうしたらいいかわからないという風にその場でガチガチに固まっていた。


「あ、あう、あの」

「やれやれ」


 しかしこのままでは話が進まないと判断したモードレッドはそう呟いた後、数歩前に進んだ後で客の前に立ち、回れ右をして彼らの方を見ながら言った。


「みなさん、今は色々思うところもあるでしょうが、まずは本題に入るとしましょう。お二方もそれでよろしいですね?」


 そう言ってモードレッドがグィネヴィアとランスロットの方を見やる。彼の顔を見ながらグィネヴィアは素直に頷き、ランスロットは自分で抱いていた剣の後ろに顔を半分隠しながらおっかなびっくり首を縦に振った。それを見たモードレッドは再び亮達の方に向き直り、そして「こちらへ」と言いながら後ろのテーブルを手で指した。


「まあ、もとより我らは話をしに来たのだからな。いつまでもここにいる訳にもいくまい」


 そして十轟院麻里弥の母親であり娘と同じ退魔師でもある十轟院多摩のその言葉の効果もあって、彼らはとりあえずテーブルの前に集まった。グィネヴィアとその後からランスロットも続き、こうしてやっと話が始まったのだった。





「この度の騒動は、全て私にございます」


 そうして会談が始まり各々が短い自己紹介をすませた後、最初に口火を切ったのはグィネヴィアだった。彼女は粛々とそう言葉を放ち、そしてそれにD組の生徒の一人である芹沢優が真っ先に反応した。


「どういう意味?」

「そのままの意味でございます。私がわがままを申したばかりに、騎士のお二人にここまで無理をさせてしまったのです」


 続けて放たれた優からの問いかけに、グィネヴィアが両脇に立つランスロットとモードレッドをそれぞれちらと横目で見ながら答える。デフォルメされた熊の着ぐるみ、もといそれを身につけた進藤冬美がグィネヴィアに尋ねた。


「具体的にどんなわがまま言ったクマ?」

「自由を知りたかったのです」

「自由?」


 浩一が片眉をつり上げる。一つ無言で頷いてからグィネヴィアが続けた。


「皆様の中にもご存じの方もおられるかもしれませんが、私のもといた世界ディアランドは、自由とはほど遠い管理社会となっております。住民全てに番号が振られ、現在位置を知らせる通信機能を持ったクリスタルを埋め込まれ、いついかなる時もどこで何をしているのかを常に監視されている。そのおかげで犯罪や事件はほとんどありませんが、その一方で明確な自由もない。人々は平和に過ごしつつ、同時に窮屈な思いもしていたのです。そしてそれは私も例外ではありません」


 グィネヴィアはそこまで言って、袖をめくって右腕を露出させそれを周囲によく見えるよう持ち上げた。その右腕の二の腕の中央部分に、青く輝く菱形の宝石のような物が埋め込まれていた。

 それが露わとなった瞬間、周囲が軽くざわめいた。初めて見るものへの驚きがそのざわめきの大半を占めていた。


「それが、監視用の?」

「シャクソンの眼、と呼ばれております。ですが難しい呼び名ですので、一般的には専らクリスタルと呼ばれていますが」


 その中で放たれた浩一からの問いかけに苦笑しつつ、グィネヴィアが袖を元に戻して腕ごとクリスタルをその中に隠す。そして居住まいを正した後、グィネヴィアが口を開いた。


「私はあの世界の構造に不満を持ってはおりません。民の中にはそれを満足に思っていない者もおられるようですが、少なくとも私は、あの世界の平和はこのクリスタルによって守られていること、そしてその平和は崩してはならないものだと考えております」


 ですが、とそこで口を閉ざし、一拍おいてから再びグィネヴィアが言った。


「私は同時に興味もありました。監視の無い完全な自由というものがどういうものなのか、とても興味がありました。しかし私の世界では、それを実感することは不可能でした。私も自由を知りたいと妄想するだけで、それを実際に体験するのは無理だと諦めていました。そしてある日、私はこの思いを愚痴として、ついに言葉に出してしまったのです。自由が見たい、自由な気分を感じてみたいと」

「それを、ぼくは聞いてしまいました」


 グィネヴィアの後を継ぐようにランスロットが言った。周囲の注目がグィネヴィアからランスロットに移る中で、彼はその視線を一身に集めつつおっかなびっくりな調子で言葉を続けた。


「ぼ、ぼくは、騎士になってからずっと、グィネヴィア様に助けられてきました。身寄りのないぼくをいつも気にかけてくれて、優しくしてくれて、いつも守ってくれました。そんなグィネヴィア様にぼくはいつか、その恩返しをしたいと思っていたんです」

「そう思っていたときに、グィネヴィアの愚痴を聞いてしまったということですか?」

「その通りです。そのときぼくはちょうどグィネヴィア様の私室の中にいて、グィネヴィア様と一緒にベッドの上にいました。そこでぼくは、グィネヴィア様の愚痴を偶然聞いてしまったのです。あの時のグィネヴィア様はとても悩み苦しんでいるように見えました。それを聞いた瞬間、ぼくはもう、いてもたってもいられませんでした。恩を返すなら今しかないと思いました」


 ランスロットが真摯な態度で言葉を放つ。その声自体はまだまだ幼い印象を残していたが、そこに宿った意志は強靱であり、彼の姿はしっかりとした存在感を放っていた。そのランスロットをまっすぐ見据えながらサティが声を放った。


「つまり、お前達守護騎士とグィネヴィアがこの世界にやってきたのは、全てお前の計画したことであったのか」

「はい。この度の次元跳躍は、全てぼくがやりました。皆様もご存じかと思いますが、次元跳躍の魔法を使うことは騎士の掟に、いえ、ディアランドの掟に反するものです。いくら騎士と騎士の妻といえども、ばれれば極刑は確実でしょう。しかしグィネヴィア様に自由な世界を見せることと比べれば、そんな物はとても些細なものでしかありませんでした」

「そこまで覚悟してたのか」

「ていうか、騎士の妻?」


 浩一が感心してうなずく一方で、亮の妻であり元宇宙海賊キャプテンでもあるエコーが声を出した。それを受けたソレアリィがエコーの所に近づき、彼女に小声で話しかけた。


「グィネヴィアは守護騎士の一人、キング・アーサーの奥さんなのよ」

「そうなのか?」

「うん。もうアーサーって言ったら、現守護騎士団の中でも重鎮中の重鎮、全ての騎士の頂点に立つ至高の存在なのよ。直接会ったことは無いけど、ディアランドじゃもう知らない人はいない超有名人なんだから」

「同時に、一国を束ねる国王でもあります。その治世は非常に素晴らしく、まさに文武両道、知勇兼備の偉大な人物なのです。私も直接会ったことはありませんが」


 ソレアリィにくっついてきたローディが言葉を付け加える。一方でそれを聞いたエコーは凄いのはわかったが今いちどこら辺が凄いのか納得しきれず、曖昧な返事を返すにとどまった。

 そしてこのソレアリィとローディの解説はどこから漏れ聞こえたのか周囲にも伝播し、水面に生じた波紋のように瞬く間に全体に広がっていった。そうしてグィネヴィアとキング・アーサーの関係を知った彼らの中で出た結論は、「なんか凄い」という曖昧なものであった。


「ん?」


 しかしそこでランスロットの言葉を思い出していたカミューラが小首を傾げた。それから彼女はランスロットとグィネヴィアを見比べ、それからランスロットに問いかけた。


「少し失礼。先ほど、グィネヴィア様のお部屋の中にいると仰いましたね?」

「はい。ぼくは確かにあの方のお部屋におじゃましていました」

「そこで一緒にベッドの上にいたと言っていましたね?」

「はい。確かにぼくはグィネヴィア様と共に床について」


 そこまで答えた瞬間、ランスロットの動きが突然停止した。頭の中が真っ白になったかのように、目と口を開いたまま石のように固まった。

 その言葉と動きを見たカミューラは一瞬で確信した。察してしまった。元々それを聞くために彼女はランスロットに問いかけたのだったが、彼女が本題に入る前に向こうの方から言葉と態度で答えを暴露してしまっていた。その近くにいたグィネヴィアが顔を茹で蛸のように真っ赤にして視線を足下に向け、モードレッドが目と口を堅く閉じたまま怒りとも呆れともとれない複雑な表情を浮かべていたこともまた、カミューラの確信をより一層強くしていた。


「ああ、そういうことなんだ」


 真相を悟ったカミューラは心底驚いた。しかしその一方で、ランスロットがグィネヴィアに肩入れする理由もなんとなく理解できた。


「どういうことですの?」

「あの二人はデキてたってことですよ」

「デキてた、って、えっ?」

「グィネヴィアとランスロットが」

「えっ?」


 カミューラの声を聞きつけ彼女に問いかけた麻里弥が、カミューラからの返答を受けて一瞬きょとんとする。ちなみに彼女もグィネヴィアがキング・アーサーと夫婦の関係にあることは知っていた。


「ええええっ!?」


 そして全てを理解した瞬間、麻里弥の体に衝撃が走った。まるで脳天に雷を落とされたような強烈な一撃だった。その余波は周囲にも広がり、そして真実を知った者達は次から次へと、その視線をランスロットとグィネヴィアに向けていった。

 彼らの視線は好奇のそれに満ちていた。ゴシップを好む人間の目だった。


「だ、だって、だって、ねえ?」


 その中の一人、女装少年のイツキが動揺しながらランスロットとグィネヴィアを見比べる。片や垢抜けない成長期直前の少年、片や成熟しきった大人の女性。その二人はもうそのまま親子にしか見えなかった。


「はあああ?」


 もう驚くしかなかった。マンガの展開って本当にあるんだと驚くしかなかった。





 この日、ここに集まっていた面々は程度の差こそあれ、宇宙の神秘の一端を知ることになったのだった。

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