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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十章 ~戦闘兵器「サイクロンD」、反逆巨人「モー・ド・レッド」登場~
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「騎士の揉め事」

 ローディがそれに気づいたのは、全くの偶然だった。

 彼はソレアリィがネット将棋に興じている時、見ず知らずの、それも人間ですらない存在である自分達を普通に歓迎してくれているこの家に恩を返そうとふと思い立ち、何か自分でも出来ることがないかと一階に降りてきたのだった。自分は人間に比べてふた回りも小さい存在であり、そしてこの世界の家はそんな人間のサイズに合わせて作られているため、小さい自分に何が出来るとも思えなかったのだが、それでも動かずにはいられなかったのだった。

 なお、この時浩一の両親は家におらず、ここにはソレアリィとローディの二人しかいなかった。


「やらないで後悔するよりも、やって後悔した方が気持ちがいい」


 そうして持論を展開しつつ一階に降りてきたローディだったが、彼の目論見はすぐにご破算となった。大きさ以前の問題だった。

 リビングやトイレ、そして浴室の掃除は既に済んでいてどこも清潔さを保っており、台所も綺麗に片づいていた。食器は全て棚の中にきっちり納められ、シンクの外に飛び散った水も綺麗にふき取られていた。洗濯も済んでおり、窓を隔てたリビングの外には洗い終わった衣服やタオルが整然と干されていた。

 ローディが介入できる所は一つもなかったのだった。


「ならば、せめてあの方の部屋だけでも綺麗にしておこう」


 その出来すぎた様を見せつけられたローディはがっくりと肩を落とし、それからそう呟きつつ浩一の部屋へ戻ろうと羽根を羽ばたかせて「階段の上」を浮遊するように上がり始めた。ちなみに二階には彼の部屋以外に両親の私室や物置があったのだが、ローディはそちらの方に踏み入ろうとは考えなかった。浩一に比べてまだあまり深い接点を持っていない彼の両親の部屋にずかずかと入り込むのは、とても気が引けたからだ。


「ん?」


 ローディの耳がその音を捉えたのは、まさに彼がそう考えながら階段を上ろうとしたその時だった。それは時計の秒針が立てるような、小刻みに聞こえてくるテンポのよい音だった。

 初めそれを聞いたローディはまさに「時計の音か」と考えて再び階段を上がろうとしたが、その直後、すぐにあることを思い出して動きを止め、反射的に身を翻してリビングの方へすっ飛んでいった。


「やっぱり」


 リビングでそれを確認した後、ローディは続けてトイレと台所と浴室にも向かった。場所によって時計の音が大きく聞こえる所もあれば、耳をすまさなければ聞き取れないほどか細く聞こえてくる所もあった。その後いったん二階に上がったが、時計の音は聞こえなくなっていた。


「おかしい、なんだこれは」


 一通り見て回った後、ローディは一つの確信と更なる疑念を心の中に抱いた。その確信と疑念は自然と胸の奥からこみ上がっていき、無意識のうちに一つの言葉となって彼の口から吐き出された。


「この家に時計は無い」


 正確にはアナログな時計、「三本の針で時刻を表示する時計」が一つも無いのだ。この家にあるのは、どれも数字で時刻を表すデジタル時計だけだ。しかもそのどれもが、何の音もたてずに静かに時を告げている。

 にも関わらず、今もローディの耳にはカチカチという乾いた「秒針の音」が聞こえてきていた。しかも二階では全く聞こえず、それが聞こえるのは一階だけだ。これはいったいどういうことだ?


「いや、考えるまでもない」


 しかしローディは頭よりも先に体を動かすことに決めた。どこに行けば音がより大きく聞こえるのかは、家の中を見て回ったときに大体の見当をつけていた。

 その時計の音はリビングに身を置いた時に最も大きく聞こえてきていた。そして音のする方に向かって動いていくとやがて天井の隅に行き着き、そこには明らかにこの家の付属物には見えない人工的な物体が貼り付けられていた。例の時計の音はそこから聞こえていた。

 それを見たローディは首をひねった。そこにあったのは時計ではなく一つの黒い箱だった。しかも妖精である自分が持てるくらいの、とても小さな箱であった。


「誰がこんなものを?」


 姫様のいたずらだろうか? そう考えて、ローディはすぐにその予想を頭から打ち消した。姫様、もといソレアリィという少女はおっちょこちょいな面はあるが、根はとても真面目でまっすぐな人だ。こうした子供じみた「ちょこざい」ないたずらは絶対にしない性格なのだ。

 昔から彼女と接してきたローディはそう確信し、それと同時にますます混迷を深めていった。そしてそれと同時に彼の心中にはこの箱の中身がどうなっているのかという好奇心もムクムクと育ち始めてきており、結局彼はその己の欲求のままに箱を天井から引っ剥がして片手で持ち、慎重に蓋を開けた。

 直後、彼は僥倖と後悔を同時に味わうことになった。





「その箱の中には、爆破の魔法陣が描かれてあったのです」

「なんだそれ?」


 そこまでローディの回想を黙って聞いていた浩一が、ふと出てきた見知らぬ単語に反応して彼に問いかける。この時のアーサバイン達の足下にはソレアリィとローディを追いかけてきた五人の追っ手が力なく倒れており、彼らはローディが事態を説明する十秒前にアーサバインとモードレッドによって全て打ち倒されていたのだった。数週間前からエコーが校長を半分脅して新たに導入した「白兵訓練」は確実に実を結んでいたのだった。その間トカゲは何処かへと逃げだし、前にアーサバインに一蹴された戦闘員は死んだ振りでその場をやり過ごし、息のあった方の警官二人は何も出来ずに腰を抜かしていた。

 そしてその気絶していた者達を横目で見ながらアーサバインに近づいてきたモードレッドが、ローディに代わってそれに答えた。


「文字通り爆発する魔法陣ですよ。種類も様々で、描いてから時間経過で爆発するものもあれば、なんらかの条件を満たした瞬間即座に爆発するものもあります。トラップとして相手に不意打ちを食らわせたり、床や壁に描いて足止めとして使うのが基本ですね」

「そんなもんあるのか。それじゃあローディが食らったのはどんな奴なんだ?」

「恐らくは時間経過で爆発するものだと思われます。私達が何とか逃げ出すことが出来たのは、まさにそれが理由でした」


 箱の中にその魔法陣を見つけたローディは、すぐに血相を変えてソレアリィの元へ飛んでいった。そして同格の相手に三連勝して気をよくしているソレアリィの肩を掴んで「逃げましょう!」と叫んだ。間髪入れずに突然のことに驚いていたソレアリィの腰に手を回して肩に担ぎ、浩一の部屋の窓を剣で切り裂いて自分達が通れるだけのスペースを作りだし、真横で何かを喚き散らすソレアリィを無視して大急ぎで脱出したのだった。


「申し訳ありません。火急の事態だったとはいえ、あなたの家を一部損壊させてしまいました」

「いや、別にいいよ。無事ならそれでさ」


 それにもう家は丸ごと吹っ飛んでるんだしな。そう心の奥で考えながら浩一がローディに続きを促した。請われたローディは一つ頷いてから話を続けた。


「私達が家を飛び出した直後、まるで待ち構えていたかのように奴らが現れました。同時に五人、こちらにまっすぐ敵意を向けてきましたので、考えるまでもなく奴らがやったのだと思いました」

「それでさっきに至るってわけか」

「そういうことです」


 ローディの説明を聞いたアーサバインは一度納得したように「そうだったのか」と小さく呟いたが、その後すぐに何かを思い出したようにローディに尋ねた。


「でももしそうなら、こいつらはどうやってうちに爆弾なんか仕掛けたんだ? 少なくとも俺は家の中に誰かをあげた記憶は無いぞ」

「おそらくはこれでしょうね」


 その浩一の問いに答えたのはモードレッドだった。彼は倒れ伏している追っ手の一人の傍に近づいて腰を下ろし、苦々しい表情でそのマントと一体になっていたフードを指で触りながら言った。


「これはおそらく、すり抜けのマントでしょう」

「すり抜け?」

「これを身につけた者は、あらゆる障害物をすり抜ける事が出来るのです。それこそ物理的な壁から、魔法で出来た結界まで。これを使えば自分を遮るあらゆる物を無視して、その向こう側に簡単に侵入することが出来るのです」


 そのモードレッドの説明を聞いて、アーサバインは軽く戦慄した。なるほど、確かにそんな物があれば侵入するのは容易いだろう。プライバシーも何もあったものではない。

 そう考えていたアーサバインの横で、今度はソレアリィがローディに問いかけた。


「私そんなものがあるなんて聞いたことも無いわ。なんでそんなのがあるって知ってんのよ?」

「姫様がご存じないのも当然です。これは言うなれば、守護騎士の暗部の一つですから」


 えっ? と反射的に、アーサバインが疑問の声を出した。ソレアリィとローディも揃って無言でモードレッドを見守っていた。それら三人の視線を受けながら、モードレッドがゆっくりと口を開いた。


「彼らは、私と同じ守護騎士の手勢の者です。守護騎士はその特権として自分だけの兵士、つまりは私兵を、好きな人数だけ雇い入れることが出来るのです」

「じゃあつまり、そいつらは守護騎士って奴らの手下なのか?」

「はい。私と同じく、守護騎士の一人でしょう」


 アーサバインからの問いかけにモードレッドが答える。その彼に向かって、今度はソレアリィが尋ねた。


「誰がやったかわかる? ていうかそもそも、なんで守護騎士が城ごとこっちの世界に飛んできたのよ?」

「誰がこのようなことをやったかはわかりませんが、なぜ私がここにいるのかについては説明が出来ます」


 ソレアリィの方を向いてモードレッドがハッキリと言いきる。三人の注目の視線を受けながら、モードレッドが強い口調で言った。


「原因はランスロットとキング・アーサーです」





 彼らの頭上にあった戦艦が爆発したのはその時だった。


「なあっ!?」


 突然のことに四人は一斉に上を見上げ、そこで腹から密度の濃い赤黒い煙を吐き出して船首を下に向け、金属の悲鳴をあげながらゆっくりと高度を落としていく戦艦の姿を発見した。

 それは自分達の所に向かって落ちて来ていた。


「また爆発かよ!」

「これもお前達の仕業なのか!」

「後で説明します! 今は逃げましょう!」


 浩一がうんざりしたように叫び、ローディが眉間に皺を寄せてモードレッドに言い掛かる。モードレッドは彼にそう答えてから全員に逃げるよう催促し、残りの三人も文句一つ言わずにそれに従った。その間も船は全身に走った亀裂から黒煙を吐き出しつつ落下を続けていたが、それはひどく緩慢なスピードであったので逃げること自体は容易であった。

 そして四人が十分距離を離したところで船首が地面と衝突し、そこから前部の三分の一を粉々に押しつぶした所で動きをようやく止めた。


「いきなりどうしたんだ」

「これはいったい?」


 墓標のようにアスファルトの上に斜めに屹立するそれを遠くから呆然と眺めていると、彼らの頭上で再び変化が訪れた。空間の一部にノイズが走り、そこから白いマントを羽織った一人の巨大な騎士が姿を現した。

 それが騎士とわかったのは、彼が前を開いたマントの下から汚れ一つない銀色の鎧を身につけていたからであった。もっとも、それと同時に白銀の兜も身につけており、その素顔を伺い知ることは出来なかった。

 その鎧も兜もゆるやかな曲線で構成されており、それでいて肥満体に見えない細身でスマートな外見をしていた。


「ガラハド卿!」


 巨人を見たモードレッドが反射的に叫ぶ。その声に答えるように、ガラハドと呼ばれた巨人が声高に言い放った。


「ランスロット! そしてモードレッドよ! 聞こえているなら姿を見せよ! そしてすぐにグィネヴィア様と共に、アーサー様の元に出頭するのだ! さもなければ」


 そこでガラハドは言葉を切って腰の剣を引き抜き、その剣先で煙を吐きながら地面に突き刺さっている戦艦の残骸を指さしながら言葉を続けた。


「これと同じ運命を辿ることになると思え!」

「うるせえ!」


 またしても突然の出来事だった。

 ガラハドが尊大な口調で言葉を放った直後、それよりも一回り巨大な何かが突如として空間を縦に引き裂いてその奥から彼の眼前に出現し、出てくると同時にその巨大な拳でガラハドの「上半身」をぶん殴ったのだった。


「ごふうっ!」


 全くの不意打ちであった。ガラハドは防御も出来ずに後ろに吹き飛ばされ、受け身も取れずに背中からビル群の中に突っ込んだ。地上の小人四人はその光景を口をあんぐり開けたまま暫く見つめ、それから今度は空間を裂いて出現したもう一方の巨人に目をやった。

 それは直線で構成され角張った印象を与える機械の巨人、ロボットであった。全身を赤く塗り上げられており、頭は無く、鋭く上に突き出した肩と膝が特徴であった。

 そして何より、ひたすら巨大であった。浩一はクラスメイトの十轟院麻里弥が乗る巨大ロボット「メガデス」を思いだし、そのイメージ上の姿と目の前のロボットを見比べて、眼前のそれはメガデスの三倍はあるんじゃないかと思い至った。

 メガデスの全長は八十メートルである。


「この野郎、人様の乗ってる船を叩き潰しやがって」


 その真紅の巨大ロボットが再び声を放った。それは女性の声、モードレッドを除く浩一達の誰もが聞いたことのある声だった。


「ダーリンに怪我をさせた罪、その身でじっくり償ってもらうからな!」


 もっとも、その言葉遣いで誰が乗っているのかはすぐに把握できたのだった。

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