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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十章 ~戦闘兵器「サイクロンD」、反逆巨人「モー・ド・レッド」登場~
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「ラウンドナイツ」

 翌日、益田浩一はヒーローに変身して悪の軍団と戦っていた。

 ヒーローの名前はアーサバイン。関節部以外の部分を鎧で覆ったアーマースーツを着込み、胸に斜めに尖った「E」の文字を赤く光らせた、異世界からの使者である。


「お、おのれ、アーサバインめ! またしても!」


 そして彼が白昼堂々戦っていたのは、こちらも見るからに悪の軍団と呼ぶにふさわしい格好をしていた連中だった。全身黒タイツ姿で顔には黄色い渦巻きが描かれた、まさしくザコ戦闘員と呼ぶにふさわしい存在であったのだ。そしてこれもまらザコ戦闘員のお約束として彼らは何十人もの大群で正午の町中に出現し、自分達の思うように破壊と略奪をせんと意気をあげていたのだった。

 ちなみにこの時彼らの現れた地点の周囲にいた人間は、ほんの四、五人でしかなかった。彼らはその異形の戦闘員達が捻れた空中から飛び出すように大挙してワープしてきたのを見て蜘蛛の子を散らすように逃げていったが、なにぶん人数が少なかったので町に混乱が広がったりはせず、後にはただ重苦しい沈黙が残っただけだった。


「そこまでだ! こちらの世界での狼藉は、私が許さんぞ!」


 とにかく、そうして大挙してやってきた戦闘員の群れを前に、アーサバインは敢然と降り立った。そして背中に背負った大剣は抜かずにマントを翻し、素手で構えを取って彼らに対して戦いの意志を見せた。それを宣戦布告と受け取った戦闘員達は一斉にアーサバインに襲いかかったが、それから二分もしないうちに戦闘員達は全員アーサバインによって打ちのめされたのだった。

 ちなみに彼のパートナーにして浩一をアーサバインへと変えた張本人である妖精兼プリンセスのソレアリィは、この時ここには出張らずに浩一の自宅に留まり、そこでいつものようにネット将棋をやっていた。ソレアリィは「これくらいコーイチ一人でなんとでもなる」と考えており、浩一もまた「これくらいなら俺一人で十分だ」と思っていた。ソレアリィの護衛役であるローディもまた彼らと同じように考えており、今はソレアリィと一緒に浩一の部屋に留まっていた。

 そして彼らの予想通り、この件はアーサバイン一人で簡単にカタがついた。


「い、いつもいつも邪魔しおって! 我らはただ自由に行きたいだけなのに、それを認めないというのか!」


 そうして打ちのめされ、地面にうつ伏せの体勢で這い蹲っていた戦闘員の一人が顔を上げ、アーサバインを睨みつけながら言葉を吐いた。対してアーサバインは右肩を左手で押さえて軽く回しながら、その赤く光る目を戦闘員に向けながら冷ややかに返した。


「自由にやるのも結構だが、他の人に迷惑がかかることはやっちゃいけないだろうが」

「なんだと? それこそこっちの自由だ。やりたいようにやっって何が悪い!」

「なら私も好きなようにやらせてもらう。お前達が他人に迷惑をかけるようなら、何度でも征伐してやる」


 アーサバインの静かな、しかし強い決意に満ちた言葉を聞いて、その戦闘員はそれ以上何も言えずに顔を伏せた。


「あっ、あいつらこんな所にいた!」


 遠くからそのような声が聞こえてきたのは、先の戦闘員が頭を伏せたまさにその直後であった。アーサバインが声のした方に目を向けると、そこには鎧を着込み腰から剣をぶら下げた一人のトカゲ人間の姿があった。

 そのトカゲ人間は視線をアーサバインではなく彼の周りで倒れている黒タイツの戦闘員達に向けており、そしてその姿を確認するや否や剣を引き抜き、自分の存在を誇示するようにそれを頭上で振り回しながらアーサバイン達のいるところへと駆け寄っていった。


「おい! お前達まだそんなことやってたのか! もう海賊稼業は終わったんだぞ!」


 そうして戦闘員の一人のすぐ傍に近づいたそのトカゲ人間が剣を降ろしながら大声で言い放つ。その声には説教めいた響きがあり、そして自分の言葉に反応をよこさない戦闘員達に対してトカゲが言葉を続けた。


「いい加減この星のやり方に慣れろ! 我々はこの星に根を下ろすと決定したんだぞ!」

「それがなんだ、お前達がそうしたければお前達だけですれいいだろうが。俺達を巻き込むのはやめろ」


 トカゲの言葉に対し、彼の傍に倒れていたトカゲ人間が初めて言葉を返した。だがそれには非難と反骨の色がありありと浮かんでおり、同時にその戦闘員が全身から放つ気配もまた、相手の要求を全力で拒絶していた。


「俺達は自由を求めてここまで来たんだ。今更どこかのルールに縛られるのなんざごめんだ」

「そんなことを言ってられる余裕が無いのはお前達も知っているだろう。確かにこの世界にも規則はあるが、我々がいた所よりはずっと快適だ。もう我々は流れながら生きていくことは出来ない。折り合いをつけるのも大事なんじゃないのか」

「そんなの御免だ。俺は最後までやりたいようにやるぜ」


 戦闘員とトカゲが互いの意見をぶつけあう。その間アーサバインは完全に取り残されていた格好になっていたが、その代わり面白い話が聞けていたので、自分が蚊帳の外に置かれていたことについて憤りを感じたりはしなかった。


「そういえばこいつら、自由を求めてこっちに来たんだったな」


 不意にアーサバインが呟く。その言葉はトカゲと戦闘員には通じず、両者の間ではなおも議論が繰り返されていた。そんな言い合いをよそに、アーサバインは変身を解くこともせずその場に立ち尽くしながら思案に耽った。

 自由を求めて異世界に飛び出した者達が宇宙で集まり、結成されたのがレッドドラゴンである。彼らの結成目的は「自由に生きる」こと。略奪をしようが、破壊をしようが、自爆をしようが、彼らにとっては全てが自由なのだ。何をしてもいいのだ。

 そして自由に生きることを止め、他の星に定住することを選ぶのもまた自由なのである。


「それを拒むのも自由か」


 最後まで徹底的に自由に生きるか。妥協して自由に生きることを止め、その地のルールに従うか。もしくはその地を侵略し、自分達のルールを押しつけるか。いずれにしてもリスクとリターンが存在する。どれが正解かはわからない。

 だがそれとは別に、アーサバインはレッドドラゴンの動きに統一性が見られない理由の一端を知ったような気がした。個人の自由を尊重するが故に集団の統一が取れず、全体でのまとまった方針が決まらずにいたのだ。一方が暴力的な動きを見せれば、平和的な考えを持つもう一方の勢力がそれを止める。赤の他人をぶん殴るのも、他人を殴ろうとしていた同胞を止めるのも、等しく自由なのだ。


「今日からここは俺達のものだ! 逆らう奴らは皆殺しだ!」


 ファーストコンタクトであれだけ凶暴な啖呵を切っておきながら、その後は消極的な手段しか取ってこなかったのは、おそらくはそれが理由なのだろう。


「一枚岩じゃないってことか」


 よく今まで瓦解しないでやれたもんだ。アーサバインは感心したようにトカゲ達の方を見た。そこではまだ両者による舌戦が繰り広げられていた。お互い必死の形相を浮かべており、退く様子は見られず、戦いは更に加熱していくように思われた。


「そこまでだ! 止まりなさい!」


 すると今度はまた別の方から声が聞こえてきた。ひどく必死な、余裕のない声だった。

 アーサバインとトカゲが同時にそちらへ顔を向けると、そこにはホイッスルを吹き鳴らしながらこちらに近づいてくる一人の中年警官の姿があった。


「そこの変な連中! そこでおとなしくしていなさい! 騒乱罪で現行犯逮捕だ! 署まで同行してもらうぞ!」


 その警官はそう声高に叫び、全速力で走りながらアーサバインの元へ駆け寄っていく。そして彼らの間近に来ると同時に手錠を構え、アーサバインの腕を素早く掴んで後ろに回り込み、流れるような手つきで彼の両手にそれをかけた。相手の都合などお構いなしである。


「お前も一緒に来るんだ! 反論は許さないぞ!」


 それから警官はトカゲの方に顔を向け、強い語調で彼にそう告げた。一方でそう言われたトカゲは突然のことに困惑し、助けを請うようにアーサバインの方を見て言った。


「これはいったい?」

「知るか」


 投げやり気味にアーサバインが返す。彼自身にもなんでこんなことになったのかわからなかったからだった。





 その後警官は無線機で応援を要請し、そうしてやってきた二人の警官と共に警察署に向かうことになった。この時にはアーサバインがとっちめたはずの黒タイツの戦闘員連中は全員いなくなっており、結局ご用となったのはアーサバインとトカゲ人間だけであった。やってきた警官達はその捕まえた面々を見て最初腰を抜かしかけたが、それでもなんとか意地と根性でショックから脱し職務を遂行することを第一に考えた。

 署には徒歩で行くことになった。かれらはまずアーサバインとトカゲを真ん中に置いて、警官三人で三角形を作ってその中に閉じこめるようにして歩き始めた。なぜ歩きで行くのかという問いに対し、署内にあったパトカーは全て最初に降りてきたトカゲ人間達によって潰されたのだと、警官の一人が話して聞かせた。


「ついでに言うとバイクも全部ダメになっちゃったんだよねー。自転車も当然ダメ。タイヤがパンクしてるってだけならまだいいんだけど、車体が真っ二つになってたんじゃお話にならないよねー」

「おい黙れ! ベラベラ喋るんじゃない!」


 そんな警察の内情をあっさりバラした若い警官はその後も容赦なくネタばらしをしていったのだが、途中で反対側にいた一番年輩の警官に怒鳴られたきり大人しくなってしまった。前を歩いていた中年の警官は我関せずとばかりに前を向いて歩いていたが、彼はそのうち自分の進行方向の先に何かがいるのを見て取った。そして彼がそれを視認すると同時に、それは向こうの方から警官の元へと近づいてきた。


「すいません。少し道をお聞きしたいのですが」


 それからそう言って警官の前に姿を表したのは、金髪碧眼の美青年だった。それはアーサバインと同じくらいの背丈を持ち、癖のない髪は短く切られ、無地の白シャツと新品のジーンズを履いていた。


「ここにはまだ来たばかりで、道にはまだ全然慣れてないものでして。もし良ければ少し教えてほしいのですが」

「ああ、うん、いいよ」


 尋ねられた中年警官はその頼みを二つ返事で了承した。それから彼は青年の広げた地図を見ながら、今いる場所から青年の指し示す地点への最短経路をわかりやすく説明した。


「ありがとうございます。助かりました」


 道を教えてもらった青年は、その後一歩下がってから恭しく一礼した。その丁寧な態度を見て、中年警官は目の前の見るからに外国人な青年を手放しで評価していた。最近の若いものは駄目な奴ばかりだが、中にはちゃんとしっかりした奴もいるのか、と上から目線で感想を抱いたりもした。


「誇りある守護騎士の一人として、このご恩生涯忘れません」


 しかし次の青年の言葉を聞いた瞬間、中年警官の抱いていた幻想にヒビが走り始めた。この男は何を言っているんだ。自分の妄想に浸っているのか。まさかこいつも「駄目な若者」なのか。

 自分の価値観から外れた物全てを容認することの出来ない、この頭の凝り固まった愚かな中年警官は、目の前の青年に対する自己評価を大きく落とし始めていた。


「あっ! ま、まさかお前は!」


 さらにその直後、それまで大人しく警官の後を歩いていたトカゲがその青年を見た瞬間素っ頓狂な声をあげた。アーサバインと警官が同時に驚いてトカゲの方を向き、そして青年もまたトカゲの方へ視線を移した。


「本当にここにいたのか。ローディの情報は本当だったようだな」

「守護騎士がなんでここに!? 国はどうしたんだ!」


 トカゲを見て冷静に呟く青年に対し、トカゲの方はなおも驚いたように声を荒げた。周囲の警官は何が何だかわからずに、半ば可哀想な人間を見るような目つきでその両者を見比べていた。


「なあ、さっきあんた、ローディって言わなかったか?」


 と、不意にアーサバインが問いかけてきた。青年はそちらの方へ顔を向け、「確かに申しました」と返した上で逆に彼に尋ねた。


「あなたが漆黒の騎士様ですね? 姫様、もといプリンセス・ソレアリィから力を授かった」

「ああ。確かにそうだ。ソレアリィも知っているのか?」

「もちろん。よく存じておりますよ。私はプリンセスのお住まいになられていたお城を守護していた者ですから」


 隠しても無駄だと思い正直に話したアーサバインに、青年が親しみを込めた微笑みを浮かべながら答える。何が何だかわからずにいた警官達と自分の知る限り最大級のビッグネームの連発に目と口をあんぐりと開けていたトカゲを尻目に、アーサバインが続けて問うた。


「それもローディから聞いたのか? そもそもローディとも知り合いで?」

「はい。ローディのことも存じております。あなたのことも伺っておりますよ」

「俺の名前も?」

「もちろん本名も」

「そうなのか。なんか恥ずかしいな」

「とても良い名前だと思いますよ」


 青年が真面目な口調で言った。相手をヨイショしようとしない、お世辞抜きの言葉だった。アーサバインは困惑したように頭をかき、それから改めて青年の方を見て言った。


「そういえば、そっちの名前を聞いてなかったっけ」

「ああ、失礼。そういえば自己紹介がまだでしたね」


 そうすまなそうに答えた青年が一つ咳払いをし、それから右手を開いたまま前に突き出す。次の瞬間、手の位置にある何もない空間から光が溢れ出し、光が晴れると同時にそこから一振りの細身の両刃剣が姿を現した。

 青年が浮遊するそれを右手で手に取り、軽く振り払ってから顔の位置まで持ち上げる。剣先を真上に向けつつ、それを眼前で構えながら青年がアーサバインをまっすぐ見据えて言った。


「私は守護騎士の一人、モードレッド。よろしくお願い致します」

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