表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十章 ~戦闘兵器「サイクロンD」、反逆巨人「モー・ド・レッド」登場~
118/175

「灯台下暗し」

「ああ、これは歪んでますね」


 地球の地底数百キロの地点に存在する半球型の空間、その空間の中に築かれた都市「アルフヘイム」にある高層ビルの一室で、雁田勉吉は壁に配置された大型モニターの一つとにらめっこしながらそう言葉を放った。浩一達がトカゲを次の目的地に案内しているのと同じ頃のことである。

 その部屋は天井に白色灯が埋め込まれ、窓の類はなく、出入り口のドアの反対側の壁に沿ってコンピュータや大型モニターがみっしりと配置された部屋だった。中には彼以外に人間が四人と巨大な眼球が触手を生やしたような形をした奇怪な生物が一体だけいたが、彼らだけで占拠するにはこの部屋は少々広い感じがした。


「秒単位で大きくなってます。どこまで広がるかはまだわかりませんが」

「町の端から端まで行くと思うかね?」

「このまま行けば行くと思います」


 勉吉の隣に立った禿頭の男が粘っこい声で彼に話しかける。勉吉はその男の方を向いてそう答え、それから逆に自分の方から男に問いかけた。


「ザイオンはどう思っていますか?」

「私も君と同じ意見だよ。このまま放っておけば際限無しに広がっていくだろうな」


 ザイオンと呼ばれた禿頭の男はそう答え、そして勉吉がそれまで見ていたモニターに目を移した。ザイオンにつられるように勉吉もまたモニターに目を向け、そして彼らの後ろに控えていた残りの三人と一体もまた顔を上げてモニターの方に視線を向けた。

 そこにあったのは真っ青な背景の中で構成された、複数の図形の集合体だった。下方には白い曲線で構成されたドームのような半球状の物体があり、そのドームの上には同じく白い曲線で描かれ縦に潰れた楕円形の物体があった。その楕円は一つだけではなく、大きさの異なるいくつもの楕円が同心円状に描かれていた。

 それぞれの楕円の近くには数字の羅列が記録されており、それらは全て異なる値を出していた。その数字は外側に向かって行くにつれて大きくなっていき、一番外側の円に至っては数字の代わりに全て「?」マークが記入されていた。そして楕円の下にあるドームの傍にも


「これ放置しておいていいのかよ? なんかヤバそうだぜこれ」


 取り巻きの一人である茶髪の軽薄そうな青年「セイジ」が、その画像を見つつ両手を頭の後ろに置きながら言った。口ではヤバいと言っていたが、その態度や口調は本気でそれを警戒しているものではなかった。


「誰がこんなもの作ったのか、そしてここから何が出てくるか、現状では全くわかっていまセーン! 警戒しておくに越したことはありまセーン!」


 腰まで届く金髪が特徴的な碧眼の外国人少女「アスカ」が、茶髪の青年の隣で声高に叫んだ。突然横で叫ばれた青年が咄嗟に耳をふさぐが、少女はその後もお構いなしに「警戒! 警戒あるのみデース!」と叫び続けていた。


「このホットドッグ美味しいですね。でも欲を言うともう少しマスタードを多めにした方がいいかもしれませんね」


 その元気いっぱいな金髪の少女からやや離れた所で、ややくすんだ色合いの金髪を三つ編みに束ねた女性「アオイ」が言った。一見お淑やかな雰囲気を見せる彼女は他の面々同様モニターに目を向けていたが、頭の中では全く別のことを考えていた。


「ミナはちゃんとやっているだろうか。ああ、不安だなあ」


 その三十五個目のホットドッグに手を着けていた女性の隣で一つ目の怪物「ドグ」がため息混じりに言葉を漏らした。彼はモニターではなく自分が生やした触手の先に持っていたスマートフォンの待ち受け画面、そこに写っている愛娘の画像を見つめており、他の面々とは完全に違う世界に没入していた。


「これってもう止められねえのか? 破壊することとか出来ねえのか?」


 そんな二人を尻目にセイジが前にいる勉吉とザイオンに問いかける。モニターを見ながら勉吉が答えた。


「難しいと思います。閉じたり、破壊したりすることはもしかしたら出来るかもしれませんが、その後どんな影響が出てくるのか全く予想がつきません」

「これは時空を歪めて異なる次元同士を接続するワームホールの出入り口のようなもの、異世界同士をつなぐゲートとでも言うべき存在だ。下手に手を出せば何が起きるかわかったものじゃないな」


 勉吉の後に続いてザイオンが言った。アスカが首をすくめ、その後に言葉を漏らす。


「でもこれ、あの町の上に出来たんデスよね? 最近あそこトラブルまみれじゃないデスか?」

「確かにそうだな。中国産の怪物が町を仕切ったり、変な妖怪がでたり、宇宙人が町を閉鎖したり。そしてだめ押しにこれだ。イベントには事欠かない場所ではあるな」


 ザイオンがモニターを見ながら冷静な声でアスカの言葉に答える。それから勉吉がザイオンに尋ねた。


「でもこれ、本当に全部偶然なんでしょうか? ひょっとしたら全部誰かに仕組まれていたとかいう展開はないんでしょうか?」

「ほう。中々面白い解釈だ。なぜそう思うのだね?」

「いえ、特に根拠はないんですけど。こう立て続けにトラブルが連続して起きたら、誰だってそう考えますよ。これは誰かの陰謀なんじゃないかって」

「確かにそれもあるかもしれない。しかし今はそれよりも、そのゲートがこちらに及ぼす影響の方を考えるべきではないかね」


 ザイオンに持論を展開する勉吉を諭すようにドグが言った。この時彼はスマートフォンをしまい、自身の体の九割を構成している巨大な一つ目をじっと勉吉の方に向けていた。


「腐っても宇宙警察長官。なんだかんだ言って話は聞いていたのですね。さすがです」


 五十二個目のホットドッグを丸飲みしてから彼の横にいたアオイが言った。ドグが横目で「君はまだ食べてるのかね」と小声で苦言を呈した後、再び勉吉の方を見て言った。


「それが出現したのは今日の早朝。それから数時間でここまで大きくなった。レッドドラゴンの戦艦がすっぽり収まってしまうほどの大きさにだ。巨大化の速度ももちろんだが、次元を歪めて出来たゲートが出現したという時点で異常事態だ。早急になんとかすべきだろう」


 ドグの言葉にあわせて勉吉が目の前のコンソールを操作し、モニターに写っている画像を別のものに変える。そこに映っていたのは曲線で描かれた図形モデルではなく、勉吉達が住んでいる町の今現在の様子を映した現実の景色だった。


「オー、ジーザス」


 アスカが思わず言葉を漏らす。そこにあったのは灰色のドームの遙か頭上、雲一つない青空の中にぽっかりと大穴が開いている光景だった。穴の縁からは青白い電流が蛇のようにのたうち回りながら溢れ出し、穴の中はヘドロのような黒く濁った物体で満ちていた。

 そのヘドロは穴の中からはみ出すことは無かったが、その代わりに嵐に巻き込まれた海が激しく波打つようにその中で絶えず蠢き続けており、その様はそれを見るもの全てに生理的嫌悪感を与えていた。


「相変わらずキモいな」

「まったくだ」

「ひどい有り様デス」

「海苔の佃煮には見えませんね」


 実際その光景を見た面々は一様に顔をしかめて息をのみ、アオイでさえ食べる手を止めて眉間に皺を寄せ、その穴を睨みつけていた。


「しかし、本当に誰がこんなものを作ったのだろうな」


 そしてそのリアルタイムの映像を見ながら、穴の第一発見者であるザイオンが自分の顎を手でさすりながら感慨深そうに言った。





 ザイオンがそれを見つけることが出来たのは、単に彼が町の外にいたからだった。そして彼がそれを見つけてから一分も経たない内にその存在は世界中に知れ渡り、今ではそれを知らないのは穴の真下にあるドームに覆われた町に住んでいる人間だけだった。

 それを見つけたザイオンは、まずは一人でデータを集め色々と考察を重ねていった。そうしてしばらく考え込んだ後、これは自分一人では解決できない問題だと直感した。なので彼は外部に応援を頼むことに決め、自分の知人の中でもっとも頭の切れて信頼できる人間を自分の元に呼び寄せることにした。


「よし、彼に頼もう」


 選ばれたのは雁田勉吉だった。というより、先に挙げた条件に当てはまる人間が彼しかいなかったのだ。早速ザイオンは勉吉にコンタクトをとり、今起こっている事態を簡潔に説明した上で助力を求めた。


「わかりました。すぐに行きます」


 勉吉は二つ返事でそれを了承し、それから五分後にアルフヘイムに到着した。しかしそうして勉吉とザイオンが件の部屋の中で合流した時、そこには彼ら以外に招かれざる客人が数人混じっていた。


「ワタシはベンキチに頼まれてここまで案内してきただけデース! ここまで来てのけ者なんて嫌デース!」


 一人目のアスカはそう言って頬を膨らませた。ザイオンから連絡を受けた時、勉吉はそこまでの正式な行き方を聞いていなかったのだ。ワープポータルを使おうにも、その転送先の座標コードも知らなかった。なので彼はそこの出身であるアスカに助けを請い、彼女と共にやってきたのであった。


「私は雁田君からこの星の文化について教わっていたんです。ミチルちゃんから一番頭がいいのはこの子だって紹介されましたから。それで雁田君が連絡を受けた時もそこにいて、なんだか面白そうだったのでついてきました」


 二人目のアオイがおっとりとした調子でそう答えた。この時彼女の手の中には既にホットドッグがあった。


「地底世界というものに前から興味があってね。ちょうど暇だったし、おじゃまさせてもらうことにしたんだよ」


 三人目のドグがテレパシーを飛ばして堂々と言ってのけた。それから「誰からここのこと聞いたんですか?」という勉吉からの問いに対し、ドグは「自分で調べたんだよ」とこともなげに答えた。


「文化の違いなどで恥をかいたりしないように、訪問先の星について調べるのは当然のことだからね」

「それで地球のことを調べてたら、ここのことを知ってしまったと?」

「そういうことだね」

「行き方もついでに調べたのデスか?」

「もちろん。気になったからね。行き方だけじゃなくて色々調べさせてもらったよ」

「へえ、凄いですね」


 それから勉吉とアスカからの問いにドグがそれぞれそう答え、それを聞いたアオイが他人事のように相槌を打った。それから部屋のドアを開けて当たり前のようにセイジが入ってきた。


「いやー、アオイがこっちに来てるって聞いてさ、なんか居てもたってもいられなくなってね」


 自分と同種族であるアオイを見やりながらセイジが言った。それからセイジは勉吉達の方へ近づき、堂々とその中に混じった。

 当のザイオンは彼らを追い出すようなことはしなかった。それこそ無駄な努力であったからだ。彼はそう考えると同時に彼らに背を向け、コンソールをいじり始めた。


「まあいい。ここまで来たら皆にも見てもらおう」


 ザイオンがそう言うと同時にモニターの一つがある映像を映し始める。


「これが今、あの町で起きていることだ」


 そこにいたザイオン以外の全員が揃って息をのんだ。そんな彼らに対し、ザイオンは「これについて君たちの意見を聞きたい」と粘ついた声で言った。

 それから今に至る。

 そしてザイオンが「誰がなぜ作ったのか」と顎をさすりながら呟いたとき、彼らの背後にあったドアがキイと音を立てて開かれた。


「みなさん、お茶をお持ちしましたよ」


 そこからそう言いつつ姿を見せたのは、修道女の格好をした妙齢の女性だった。唯一露出させていた顔にはいくつか皺が刻まれていたが、肌のハリは良く血色も優れ、全体的にはまだまだ若々しく活力に溢れた印象を保っていた。

 そしてこの時彼女はティーセットを載せた配膳用のカートを押しており、その姿を見たアオイがセイジの方に近づいて彼に小声で尋ねた。


「どちら様で?」

「ミセス・イザベル。ザイオンの奥さんだよ」

「へえ、奥さん」

「ザイオンを止められる唯一の女性デス」


 セイジの返答を聞いて驚いたように声を返すアオイに、彼女の横からアスカが言葉を付け足した。その間にもイザベルはカートを押して室内を進み、その真ん中あたりで動きを止めてザイオンに言った。


「今日は千客万来ですね」

「うむ。まあたまには良かろう」

「そうですね。にぎやかなのは良いことです」


 ザイオンの返事を聞いたイザベルがにこやかに返し、ティーポットと空のカップを手にとってポットの中身をゆっくりとカップの中にそそぎ込んでいった。そしてカップの八分目までを黄金色の液体で満たした後でポットをカートの上に置き、カップを両手で持って勉吉の元まで近づき、彼にそれをそっと差し出した。


「さあどうぞ。疲れも和らぎますよ」

「いいんですか?」

「もらっておきなさい。イザベルの紅茶は美味いぞ」


 いきなり出されて困惑する勉吉にザイオンがフォローを入れる。それを聞いた勉吉は恐る恐ると言った感じでそれを受け取り、わずかにカップを傾けて一口飲み込む。その時には既にイザベルはカートの元まで戻っており、新たなカップにそのポットの中身を注ぎ始めていた。

 そうしてイザベルが全員に紅茶を配り終えた後、暫くは穏やかな時間が流れた。異常事態を前に張りつめた神経をほぐし、全員が紅茶の味と香りを楽しんだ。


「大変なことになっているみたいですね」


 それから暫くした後、イザベルがモニターに映る映像を見て穏やかな口調で言った。つられるように他の面々もそれに目を向け、全員がその異様な光景を映した映像を無心で見つめ続けた。


「なにが落ちてくるんでしょうか?」

「さっぱり見当もつきません」

「このまま何事も起きなければいいんデスけどネー」


 それから以前と同じような会話が行われたが、それは前のように逼迫した空気を纏ってはいなかった。紅茶を飲んで一息ついたおかげで心が落ち着いたからか、彼らはそれまでより静かな心でその光景を見つめることが出来ていた。


「あれ?」


 そんな中、不意に勉吉が呟いた。彼はそのまま目を細め、映像の一点を睨むように注視した。


「なんだろうあれ」

「どうした?」

「何かあったのですか?」


 彼の態度の変化を察したセイジとアオイが勉吉に問いかける。勉吉はモニターを見つめたまま、自分が見ている一点を指さした。


「これですこれ」

「これ?」

「なんだろう、穴の外にあるこれです」


 要領を得ない言葉で勉吉が言った。そんな彼の指し示す所、穴の縁のすぐ外側に、一つの黒い点があった。それは本当に小さく、それこそ心を落ち着かせて注意して見なければ見落としてしまいそうなほどにわずかなものであった。

 しかしそれは決して、初めからモニターに付着していたインクの染みではなかった。ぽっかりとあいた穴のすぐ近く、それは確実にそこに「浮いていた」。


「拡大してみよう」


 ザイオンが空になったカップを脇に置いてコンソールを操作し始める。勉吉の示した黒い点が緑色の枠で囲まれ、その枠で囲まれた範囲の画像がモニター全てを占拠して拡大表示されていく。ザイオンはそこからさらに画像処理を施し、ピントが合わずぼやけていたその拡大映像を最適化していった。


「えっ」


 そうして明確な姿を見せた「それ」を見たアスカが、唐突に言葉を漏らした。彼女はそれを見た他の面子同様、呆気に取られた表情を浮かべていた。


「ひと?」


 アオイがカップを持ったまま首を傾げる。彼女言う通り、その拡大された黒い影は腕を組んで立ち尽くす人のように見えた。


「なんか嫌な予感がする」

「私もだ」


 セイジの言葉にドグがあわせる。そしてこの時、彼らはセイジと同じ言葉を心の中に抱いていた。

 嫌な予感がする。


「あれがゲートを開けたのだろうか?」


 そんな予感をひしひしと感じながら、勉吉はその人影を見つめたまま呆然と呟いた。

 それに答えられる者は一人もいなかったが、答え自体はすぐに彼らの目の前に出現した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ