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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十章 ~戦闘兵器「サイクロンD」、反逆巨人「モー・ド・レッド」登場~
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「トカゲの町」

 同じ頃、益田浩一はソレアリィと彼女の付き人であるローディの二人と共に町の中を歩いていた。ドームに覆われ、鎧と武器で武装したトカゲ人間が普通の人間に混じって歩道を歩いたりしていたが、町の中はこれといった混乱もなく穏やかなものであった。もっとも町が閉鎖される前に比べて、道を歩く人や道路を走る車の数はずっと減っていたが。


「姫様、どうか私から離れないでください。決して油断なさらずに」


 その中にあって、ローディは腰に提げた剣に手をかけつつ全身から気を張りつめ、首を左右に振って絶えず周囲を警戒していた。鷹のように鋭く研ぎ澄まされた彼女の瞳は町中を歩くトカゲ人間に向けられており、その「脱走者の部下」がいつ襲いかかってきてもいいよう常に臨戦態勢を整えていた。


「それ疲れないか?」


 そんな一分一秒たりとも隙を見せないローディの姿を見て、浩一が眉をひそめながら言った。彼の方は見ず五感を周囲に巡らせ続けながらローディが答えた。


「いえ、姫様をお守りするのが私の役目ですので。それにこのような未踏の地では何が起こるかわかりません。どのような事態になってもいいよう常に構えておかなければ」

「そんな危ない場所じゃないぞここは」

「レッドドラゴンの尖兵達が町の至るところにおります。安心は出来ません」

「ただ町の中をぶらついてるようにしか見えないんだけどなあ」


 油断も隙も見せないローディを見てそう呟いた後、浩一が町の中を歩くトカゲ達に目を向けた。トカゲ達はしっかり武装はしていたがローディほど神経を張りつめておらず、むしろリラックスした調子で時折興味深そうに周りのものに目を向けつつぶらぶらとそこを歩いていた。中には地図を広げ、あまつさえ広げたそれをぐるぐる回したりしている者もおり、その姿はまるで外国からやってきた観光客であった。少なくとも町を巡回する兵士のようには見えなかった。


「気にするだけ無駄じゃないか」


 そんなトカゲ達を一通り見た後で亮が改めて言った。しかしローディは首を横に振りながら答えた。


「油断大敵です。いつ何時何が起きるか誰にもわかりません。気を抜くわけにはいきません」

「融通の利かない奴だな」

「ローディは昔からこういう奴なのよ。気にするだけ無駄よ」


 困ったように頭をかきながら言った浩一にソレアリィが返す。その間もローディは二人の声を気にすることなく、それまでと同じ調子で周囲を警戒し続けていた。


「おい! 久しぶりだな!」


 彼らの背後からそんな元気な声が聞こえてきたのは、ソレアリィが浩一に言い返したまさにその時だった。突然かけられた声に足を止めて三人が後ろに振り返ると、そこには水色のワンピースと水色のサンダルを身につけた、ざっくりと切った黒いショートヘアの少女が立っていた。


「え、えっ?」

「あー、えーと、誰だっけ」


 咄嗟に名前を思い出せなかったソレアリィが思わず呆けた声を出し、同じくすぐに思い出せなかった浩一がその少女に聞こえない程度の小声でローディに問いかける。一方でローディは考える素振りを見せつつ脳内から少女の記憶を探し始め、それから数秒のうちに顔を上げて少女の方を見ながら言った。


「確か、ミナさん、でしたか?」

「おう! そうだぞ! 私はミナだ!」


 ローディからの問いかけに対し、ミナと呼ばれた少女が腰に手を当てて歯をむき出しにしてにっかりと笑う。邪念のない太陽のような笑顔だった。その屈託のない笑顔を見て「ああ思い出した思い出した」と呟いた後で浩一がミナに言った。


「宇宙警察の長官の娘、だったっけ?」

「そうだぞ。血は繋がってないけど、一応はそういうことになっているぞ」

「血は繋がってないって?」

「姫様、そこまでです」


 今ここで初めて聞いた言葉を受けて思わず聞き返したソレアリィにローディがストップをかける。ソレアリィは咄嗟にローディの方を向き、そのソレアリィにローディが小声で言った。


「これは非常にデリケートな話題かと思われます。安易に踏み込むべきではないでしょう」

「そ、そうかしら?」

「断言は出来ませんが、用心に越したことはないでしょう」

「それはまあ、そうかもしれないわね。次から気をつけるわ」

「はい。ですが姫様の動揺も十分理解できます。先日はただ父と娘としか紹介されませんでしたから」


 この時ローディが言っていたのは、今から数日前に関係者全員が二年D組に集まった日、校長の松戸朱美が非常識な光景を前にぶっ倒れた日のことである。その時教室に集まっていた面々はまずそれぞれ短い自己紹介を行ったのだが、この時宇宙警察長官と名乗る一つ目から触手を生やした怪物「ドグ」は目の前にいるミナを指して「自分の娘だ」と言ったのだった。そしてミナもまたドグのことを「自分の父だ」と紹介したのだが、両者とも「血は繋がってない」とは一言も言わなかった。

 それが今、なんの前振りも無くさらりとそれを暴露してきたのだ。


「突然あんなこと言われたら誰だって驚くわよ」

「心中お察しします」


 ソレアリィの愚痴を聞いたローディが小さく頭を下げて答える。そんな妖精二人を尻目に浩一がミナに問いかけた。


「それより、君はどうしてここに?」

「うむ、散歩だ。今日は地球の町を見て回るついでに散歩に来たのだ! ドグにはちゃんと言ってあるし、一人でも大丈夫だ!」


 浩一にそう答えてからミナは周囲を見回し、それから再度浩一の方を向いて言った。


「しかし地球の町は随分と狭苦しいんだな。おまけに人もいない。閑散としていて、まるでゴーストタウンだ」

「まあ、今は非常時だしな。こうなる前はもっと人でごった返してたよ」


 顔を上げて頭上を覆い尽くすドームに目を向けながら浩一が答える。実際彼らがいたのは歩道のど真ん中であり、このような時でもなければこんなことは出来なかっただろう。


「ところで、お前達は何しにここに来てるんだ? 散歩か?」


 頭を上げながらそんなことを考えていた浩一にミナが尋ねてきた。それを受けた浩一は彼女の方に視線を戻し、頭をかいて億劫そうに「まあそんなところだ」と返した。


「ローディがこっちの世界の町に興味があるらしくってな。俺達で案内してたところなんだ」

「そうなのか? 私と同じだな!」


 腰から剣を提げた妖精の方にしっかり目を向けつつミナが嬉しそうな声をあげる。ミナはこの場の誰が誰なのかをちゃんと把握しているようだった。


「なら、私も一緒に行っていいか? 人数は多い方が楽しいだろうからな!」


 そしてミナは再び浩一の方を向いてそう問いかけた。浩一は「俺はいいぞ」と答え、それから肩越しに振り向いて後ろの二人に「お前らもそれでいいな?」と尋ねた。


「えっ? ええ、もちろんいいわよ」

「私も異存はありません」


 いきなり浩一に話しかけられたソレアリィが驚きながら返し、ソレアリィと会話をしつつ彼の話もしっかり頭に入れていたローディが予め用意していた答えを返す。そんな二人の返答を聞いた後で浩一がミナの方に向き直り彼女に言った。


「あっちもいいって言ってるし、じゃあ行くか」

「おお! 行こう! 何か面白い所に連れて行ってくれ!」

「あの、ちょっといいですか?」


 しかし浩一の言葉にミナがそう答えた直後、彼らの真横からそんな声がかけられてきた。四人が声のする方に目を向けると、そこには鎧の上から手提げ鞄を提げた一体のトカゲ人間が立っていた。


「何奴!」

「ああ待って待って」


 咄嗟に剣の柄に手をかけたローディを、ソレアリィがその肩を掴んで抑える。そして「何をなさるのです?」と目で訴えてくるローディにソレアリィが負けじと答えた。


「なんでもかんでも突っかかるのは良くないわよ。まだあっちが敵って決まった訳じゃないんだからさ」

「油断大敵です姫様。いつ敵が襲ってくるかわからない以上、常に心構えをしておかなければ」

「言いたいことはわかるけどさ、せめて大っぴらに威嚇するのはやめなさいよ。来る人全部に刃物ちらつかせて威嚇してたんじゃ、それじゃただの野蛮人よ」


 ソレアリィの言葉を受けて、ローディがゆっくりと構えを解く。その横で浩一が「驚かせてすいませんでした」とまず最初に謝ってから、今もなお驚いていたそのトカゲに話しかけた。


「それで、俺達に何か用ですか?」

「あ、ああ、ちょっと道を教えてほしいんですが」


 そう答えてから、おっかなびっくりと言った調子でそのトカゲが小脇に挟んでいた地図を広げ始める。それからトカゲはその地図の一点を指さし、「ここに行きたいんですけど」と言ってきた。

 そこはここから歩いて二分の地点にあるコンビニだった。


「ここなら直接案内した方が早いかな」

「そうなんですか?」

「すぐ近くですよ。よければそこまで案内しますけど」

「おー! 案内するぞー!」


 浩一の提案に乗るようにミナが両手を振り上げて言った。それを聞いたトカゲは「是非お願いします」と答え、こうして五人は浩一の案内の下トカゲの指示したコンビニに向かった。





「ひええ」


 道中何の問題もなく、コンビニには苦もなく到着した。そしてその中の有様を見て、トカゲをのぞく四人は思わず息を飲んだ。ソレアリィに至っては思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「これは、なんていうか」

「壮観ですね」

「すげー! トカゲだらけだー!」


 ミナがそう叫んだように、コンビニの中はトカゲだらけだった。武装した同じ顔のトカゲがざっと数えて十人ほど、それぞれパンを取ったり雑誌を立ち読みしたりしていた。おまけに店員もトカゲであり、手慣れた手つきで商品のバーコードを読みとってはレジ袋に詰め込んでいた。


「なんだこれ、どうなってんだこれ」

「これはテストケースですよ」


 内部に入って他の「客」の迷惑にならないよう隅に移りながら呆然と呟いた浩一にそのトカゲが答える。そしてそう答えたトカゲはおもむろに鞄の中から箱型の機械を取り出し、それのスイッチを入れて機械の上に緑色のディスプレイを浮き上がらせた。


「どういう意味?」

「こちらの世界に移住するにあたって、我々はまずこちらの文化や風俗に馴れる必要があると結論づけました。これはそのための実験場所なんですよ。で、私はその実験過程と結果を記録するためにあちこち回っているんです」

「試験官みたいなやつね」

「そうです」

「こっちの生活になれるためにこんなことしてるって言うんですか?」

「そういうことですね」


 ソレアリィと浩一からの問いに、浮かび上がったディスプレイの上で指を走らせながらトカゲが答える。それを聞いたミナが興味津々と言った風で問いかけた。


「前に父様がそんなこと言ってたけど、お前達は本当にこっちに移り住む気だったんだな」

「ええ。まだ公にはしてませんが、いずれ本格的に住める場所を探すつもりです」

「まさか、この星に降りてきたのはそれが目的なのか?」


 ローディがトカゲに言った。トカゲはそこで初めて妖精の姿を意識して見たが、それを見てもさして驚かずに「ええ、その通りです」とローディにさらりと答えた。そしてこのタイミングで浩一とソレアリィはトカゲの言葉の意味を悟り、それだったのか、と二人同時に声を上げた。


「あいつら、こっちに住み着きたかったのか」

「あの先生も向こうでそれ知ってたりするのかな」


 それからトカゲはディスプレイから目を離し、横の四人に続けて言った。


「ここ以外にも色んな所で実験をしています。スーパー、レストラン、ホテル、マンション、その他色々です。とにかく様々な場所で実験をしてデータを取って、こちらの世界に適応していこうと考えているんです」

「なんていうかそれ、礼儀正しいっていうか、おとなしいですね。普通ここまで来たら力ずくで侵略しようとかみたいな流れになると思うんですけど」

「侵略する余裕はこっちにはありませんでしたからね。それに戦う理由もない。理由も無しに暴れ回るのは原始人のやることです」


 浩一からの問いかけにトカゲが答える。ソレアリィは「ちゃんと考えてるのねえ」と感心したように呟いた後、あっと思い出したように声を上げてからトカゲに言った。


「じゃあ、この町をドームで覆ったのもそれが理由なの? ここに移住するつもりで?」

「いえ、あれはただのトラブルです」


 トカゲがさらりと返す。予想外の答えを受けて目を点にしたソレアリィを尻目に、機械のスイッチを切って空中に浮かせていたディスプレイを消滅させながらトカゲが言った。


「それから図々しいとは思うのですが、もう一つお願いがあるんです。いいですか?」

「お願い?」

「あ、何言ってくるかわかったぞ」


 聞き返すソレアリィの横でミナが顔を明るく輝かせる。そんなことなど露知らずにトカゲが言った。


「次の目的地に向かいたいのですが、そこまで案内してもらえないでしょうか? ここなんですけど」


 そう言いながら、トカゲが再び地図を広げ始める。その様子を見た浩一がソレアリィ達の方に目を向ける。


「付き合うしかないんじゃない?」


 ソレアリィが諦めたように言った。ローディはそれに同意するように黙って首を縦に振り、ミナは「旅は道連れだな!」と快活に言った。

 そんな三人の様子を見た浩一は一度小さく息を吐いた後、トカゲの方を見て言った。


「わかりました。案内しましょう」

「そうですか。助かります」





 結局この日、浩一達は日が沈むまでトカゲの「町案内」に付き合うことになった。

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