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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第十章 ~戦闘兵器「サイクロンD」、反逆巨人「モー・ド・レッド」登場~
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「紫姫」

「結局先生が戦っちゃうんだもんなあ」


 グラウンドで相対していた亮とアオイが同時に姿を消した後、彼らをぐるりと囲んでいた観衆の中に混じって二人の戦いを観戦していた富士満が顔を僅かに上げながら不満そうに言った。彼女の目線の先にはところどころで雲のかかった青空が広がっているだけだったが、それでも満はその晴れ晴れとした景色から目を離さなかった。


「あーあ、久しぶりに暴れられると思ったのに。なんかがっかりだな」


 今起きていることも含めた亮の「作戦」のことは、満だけでなく他のD組の生徒全員が知っていた。その上で「向こうから戦ってくれと言われた時には自分にやらせてくれ」と、戦う意思を明確に示した生徒も何人かいた。満もそのうちの一人だった。

 しかし亮の予想通り仲介する代わりに試合をすることになった際、いつの間にか満達の知らないところで亮が戦うことになっていた。これは生徒にいらぬ負担をかけまいとする亮の心配りであったのだが、それはかえって彼らの不興を買うことになってしまっていた。


「ミチル様は本当に戦いがお好きなのですわね」


 そんな満の愚痴を隣で聞いていた十轟院麻里弥が楽しげに言葉を返した。この時麻里弥もまた満と同じ場所に目を向けており、二人は余計な雑音を立てることなく、ただ一心に空を見つめていた。その姿は「どこに消えたんだ?」とあてもなく顔を動かしながら訳もなくざわつく観衆達の中にあって非常に浮いて見えた。

 しかしこの時二人が見ていたのは空では無かった。


「そりゃもちろん。強い奴と戦うのは私の一番の楽しみなのよ。生まれた時からそういう価値観を持つように作られてるからね」


 両の目玉を絶えず動かし続け視線の先を次々移し替えながら、満が麻里弥からの問いかけに答えた。その目の動きはまるで高速で動き回る物体を追いかけ、その姿を視界に納めようとしているかのようであった。そして麻里弥もまた満と同じく両方の目を上下左右に動かしては、その先にあるものを捉えようとしていた。


「しかしそれは、自分の生き方を他人によって勝手に定められたとも取れますわね。ミチル様はそれを不幸とお考えになったことは無いのですか?」

「あんま無いかな。今更そんなの気にしたって仕方ないし」


 満がさらりと返す。彼女と同じ場所に目線を向けながら麻里弥が言った。


「仕方ない、ですか?」

「そう。考えたって仕方ない。どうやったってそれは変えようがないんだからさ。それにそんなの考えるより、それを使って今をどうやって楽しむかを考えた方が、ずっと人生に得になると思うのよね。違う?」

「一理あると思いますわ。ですがわたくしがミチル様と同じ立場に置かれたとして、そのように達観することはまず出来ないですわ。永遠とまではいきませんが、きっと長い間過去にこだわってしまうと思います」

「そんなもんだよ。私だって昔は昔って諦められるのに二、三十年はかかったんだから。その間にいろんなことを経験して、そのうち今を楽しむようになって、昔の思い出とかどうでも良くなってきたの。ようは時間が解決してくれただけ。私が特別強いんじゃないわ」


 そこまで言って満が言葉を切り、空中のある一点を凝視しながら再び口を開いた。


「先生また蹴られたみたい」

「ですが新城先生、お返しに相手を殴っていましたわ」

「痛み分けかな」

「そのようですわね」


 常人には見えない物を目で追いながら満と麻里弥が言葉を交わす。その後はしばらくの間二人とも口を閉じ、前と同じように顔を固定し目だけを動かしながら、その先で行われている高速戦闘の模様をじっと見守った。一般の観衆達は例の二人がどこで戦っているのか知る由もなく、全く見当違いの方向を見たり双眼鏡を持ち出したりして明後日の方向を見始めたりしていた。学園の生徒達の中で満や麻里弥と同じく亮とアオイの動きを追えていたのは全体の七割程であった。


「見えません! あの二人がどこで何をしているのか、全く見えません!」

「おそらくあの二人は、我々の目には見えないほどの超スピードで立体戦闘を繰り広げているのでしょうね。中継を通してこの戦いをご覧になっている皆様には後ほどハイスピードカメラで撮影、編集を行った戦闘の模様を改めてお送りしますので、どうぞご容赦ください」


 円盤に乗り込み空中に留まっていた実況と解説は既に己の職務を放棄していた。肉眼はおろか円盤に備え付けられていた実況用のカメラを使ってもその姿を追うことが出来なかったのだから仕方ないとも言えた。

 そしてその間も、麻里弥と満は二人して亮とアオイの動きを目で追い続けた。その戦いは空中と地上を絶えず行き来しながらもお互い致命傷にならない攻撃で牽制をしあうだけの地味なものであり、同時にそのどちらもが相手の隙をついて大技を繰り出そうともしている緊張感に満ちたものであった。


「この均衡は当分続きそうですわね」

「でも、たぶん崩れる時は一瞬で崩れるね。相手より先にデカい一発を叩き込んだ方が勝ちだから」

「問題はそこですわ。その時が来るまでの間、わたくし達はいつまで焦らされればいいのでしょう?」

「それは本人達に聞いてみないとわからないわね。さっさと終わらせてほしいって気分になってるのはこっちも同じだけど」


 それは観戦者にとって非常に心臓に悪い戦いであった。もっとも息の詰まる思いを味わう羽目になっていたのはここにいた者達の中のほんの一握りの人間だけだったのだが。


「おいお主達! あやつらが何をしているのかわかるのか!」


 その時、麻里弥と満の背後から彼女たちに向かってそう声がかかってきた。声変わり前の女の子が出すような、かわいげのあるトーンの高い声だった。

 驚いて後ろへ振り向くと、そこには紫色のローブを身につけた一人の少女が立っていた。


「お主達に聞いておるのだ! お主達はあそこで何が起きているのかわかるのか!」

「その、わたくし達に聞いているのでしょうか?」

「当たり前だ! わらわはお主達に聞いておるのだ!」


 紫の髪を切り揃えたおかっぱ頭と紫色のローブで全身を覆い隠した小柄な少女が妙に自信満々な声で言った。その姿はさながら照る照る坊主のようであり、その姿を見た二人は反射的に「何これかわいい」と素直な感想を抱いた。


「それでお主達よ、何が見えているのだ? わらわに教えてほしいのだ!」

「姫様! 姫様いけませぬ!」


 そんな自分よりも背丈のある二人に憎めない上から目線で言葉を放つ照る照る坊主の元に、そのような声を上げながら一つの人影が迫ってきた。その老翁のようにしゃがれた声を聞きつけ顔をそちらに向け、その姿を見た麻里弥は思わず息をのんだ。


「え、えっ、騎士? ですの?」


 それは腰に剣を提げ、鈍い銀色の光沢を放つ曲線で構成された西洋甲冑に身を包んだ人型の物体だった。それを人間ではなく人型の物体と称したのは、その甲冑の首から上の部分が無く、本来そこにあるはずの兜を小脇に挟んだ状態でこちらに近づいてきていたからだった。

 そんな異様な存在がガシャンガシャンと金属のこすれる音を激しく立てながら走ってきたのだ。周囲にいた群衆が何事かと思ってそちらに目を向け、そのまま驚愕の表情でそれを凝視してしまうのは当然の成り行きであった。


「姫様! やっと追いつきました!」


 しかしその首無しの騎士はそんな周囲の目などお構いなしに走り続け、やがて紫の照る照る坊主の前で急停止して彼女に話しかけた。その騎士の姿を見た麻里弥と満も他の群衆と同じく驚きの反応を見せており、この中で唯一それを前にして動じていなかったのは件の照る照る坊主の少女だけであった。


「おおなんだ、お主、ここまで追ってきたというのか」

「当然です姫様。姫様の御身をお守りするのが私の役目なのですから」

「そこまで心配せんでも、わらわ一人でも大丈夫だと言うておろうに」

「何を仰います! 姫様の身にもしものことがあったなら、私はあなた様の父上と母上に合わせる顔がございませぬ! 私は天上におわすお二方から、姫様のことをよろしく頼むと仰せつかっているのですぞ!」

「わかった、わかった。もうよい。そんなにお守りがしたいなら好きにすればよいわ」


 邪険な態度で返した少女に対し、その首なしの騎士はそのことを全く気にすることなく「ではそうさせていただきます!」と大声で宣誓した。それだけでもかなり目立っていたのだが、その騎士は周囲のことなど見えていないかのように気にする素振りを見せなかった。

 一方で少女はそんな騎士とのやりとりを終えた後改めて麻里弥と満の方に向き直り、それまでと同じ調子で言葉を放った。


「それで、お主達。さっきの続きなのだがな。わらわはここで面白い物が見れるという話を聞いてここにやってきたのだ。しかしその肝心の面白いものが全く見えぬ。であるからして、今ここで何が起きているのか、わらわに説明してほしいのだ」

「姫様、この者達は? お知り合いですか? こちらにやって来てから早速友人をお作りになられたのですか?」

「いや、今会ったばかりよ。さてお主達、できるだけ詳しく話してほしいのだが、よいかの?」


 首無し騎士からの問いかけにしれっと答えた後、少女が再び二人に言った。麻里弥と満は一度顔を見合わせ、それから肩越しに後ろを振り返り上空に目を向けてから、再度少女に視線を合わせた。


「ええっと、姫様、でいいのかな?」

「うむ。苦しゅうない。姫と呼んで構わぬぞ」

「じゃあ、姫様?」


 それから恐る恐る問いかけてきた満に対し、彼女に姫様と呼ばれたおかっぱ頭の少女が「うむ」と大仰に頷く。それを見た満はいったん間を置き、それから気まずい表情を浮かべつつ口を開く。


「その、期待してるところ言いにくいんだけど」

「構わぬ。なんでも申してよいぞ」

「もう決着ついたから」

「へっ?」


 予想外の返答に少女が目を丸くする。次の瞬間、満と麻里弥が背を向けていたグラウンドの中心部に空中から「何か」が、隕石のように猛スピードで落ちてきた。


「なんぞ!? なんぞ!?」


 轟音と震動を全身で感じた少女が興奮を抑えきれないように麻里弥と満の間に割って入り、目の前の光景を凝視する。首なしの騎士が麻里弥の隣に立ち、麻里弥と満が全身で振り返り、そろってそこにある光景を見守る。他の観衆も一様に、その落ちてきた物へ視線を向ける。


「何かが落ちてきた! あそこにあるのは一体なんなんだ!」


 空中にいた実況役もそちらに目を向ける。そうしてそこにいた者の視線を一斉に浴びる中、やがてそこから立ち上る白煙の奥で一人の影が立ち上るのが見えた。


「あれは?」

「誰だ?」

「どっちなんだ?」


 先ほどの「墜落」によってそれまで静まりかえっていた群衆が再びざわつき始める。するとその喧噪の中で煙の奥にいた人影がゆらりと動き始め、その体を煙の外へと出していった。

 そして背筋を伸ばし二本の足で立ちながら姿を見せたそれは、見るからに疲れきった表情を浮かべた新城亮だった。


「先生!」


 その姿を見たD組の生徒達が一斉に声を上げる。それに続くようにして他の観衆も色めき立ち、円盤の中にいた実況解説もそれまでの沈黙が嘘のように語り口をヒートアップさせていった。


「現れたのは新城亮! 今まで何をやってきたのか全くわかりませんが、とにかく出てきたのは元宇宙刑事! 新城亮です!」

「これはもしかしたら決着がついたのかもしれませんね。断言はできませんが」

「疲れた……」


 その喧噪の中で亮は上半身を折り曲げ、全身から力が抜け落ちたようにその場にへたり込んだ。彼の着ていたジャージはいたるところが破けたり黒く焦げたりしており、見る影もないほどボロボロであった。しかし当の亮はそんな自分の出で立ちを気にする素振りは全く見せず、未だ煙の昇っている墜落現場の方に目を向けた。


「おなかがへってちからがでないぃ……」


 その煙の中から不意に低くくぐもった、呪詛のような言葉が聞こえてきた。しかしそれを聞くことが出来たのは亮だけだった。

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