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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第二章 ~勇者ロボ「タムリン」登場~
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「ヒーロー見参」

 その爆発音は、二年D組の生徒達の耳にハッキリと聞こえていた。そしてその爆発がした方へ目を向けてみると、学園より遠く離れた位置にある広大な倉庫群から、灰色がかった煙がもうもうと立ち上っていたのが見えた。


「あそこ、確かロボットのパーツを保管しておくための倉庫ですよ」


 眼鏡をかけた小柄な少年がその眼鏡の縁を指で持ち上げながら言った。


「保管してたパーツが爆発したんじゃないの?」


 そばかすを残すおさげ髪の少女が、膝元のカメラに目線を落としながら興味なさげに返す。


「それよか先生どうしたんだよ? こっちはもう二十分くらい待ってるんだぜ?」


 教卓の上に腰を下ろしたアラタが両足を暇そうにぶらつかせながらそれに続く。


「確かに、これちょっとおかしいクマ。風邪引いたなら風邪引いたって連絡も来るはずなのに、先生はどこで何をやってるクマ?」


 ホームルーム開始のチャイムが鳴るギリギリの時点で教室に滑り込んだ冬美が、平面の手に張り付けた下敷きを扇ぎながら言った。


「道に迷ったとかじゃねえの?」

「渋滞に引っかかったとか?」

「昨日飲み過ぎたとか?」

「女の人に振られたから?」


 そして冬美の言葉をきっかけにして、教室の至る所で亮の現れない理由の当て合いが始まった。と言っても彼らは真剣に議論を交わしている訳ではなく、あくまで暇つぶし半分おもしろ半分でやっていただけであった。このとき最初に見た倉庫の爆発と煙は脳内から既に綺麗に消え失せていた。


「なんだかなあ。どれもパッとしねえなあ」


 その輪の中にはアラタもちゃっかり入っていた。それを不振がる者はどこにもおらず、すっかりクラスの中に溶け込んでいた。


「まず休むって連絡来ねえのがおかしいよなあ。もし何か理由があって休む時とかってよ、別の先生がここにそれを言いに来るのが普通だよな?」

「そうクマ。だからこんな時間になっても誰も来ないのはおかしいクマ」


 アラタの言葉に冬美がうんうん頷きながら答える。そして亮の来ない理由のネタが尽き始め口を閉ざす者が増えてきた時、今まで黙っていた麻里弥が「そうですわ!」と手を叩きながら突然声をあげた。


「え、なに?」

「マリヤ、どうかしたの?」


 自分の周りから驚きの視線を向けるクラスメイト達を前にして、得意げな表情を浮かべながら麻里弥が言った。


「先生がなんで来ないのか、わたくしわかりましたの」

「それ本当かよ?」

「もちろん本当ですわ」

「じゃあなんで?」


 クラスメイトの言葉に対し、麻里弥は煙の上がっている所を指さしながら答えた。


「ずばり、先生はあそこにいるのですわ」

「へっ?」

「先生はあの倉庫の中に捕らわれていて、助けを呼ぶためにあのような派手な事をしたのですわ」

「まさかそんな」

「ないない」


 麻里弥の言葉を聞いた面々は一様に苦笑いを浮かべた。だが一通り苦笑の波が過ぎ去り頭が冷えてくると、やがて彼らの表情が不安に曇り始める。


「まさか、ね……」

「いや、だけどさ……」


 そして彼らはなおも煙の立ち上る倉庫へ視線を向け、その顔に滲ませる不安と焦燥をより一層濃いものとした。今自分たちの置かれた状況と亮や他の先生が来ないという事実から、麻里弥の意見は妙にリアリティがあったからだ。

 そんな他の面々を尻目に、教卓から降りたアラタはそのまま迷いのない足取りで窓際へ向かい、そして目の前の窓を勢いよく開け放った。


「お、おい! ここ二階だぞ!」

「ベランダないよ!」

「どうする気!?」

「決まってんだろ、あそこに行ってみる」


 そんなアラタの突然の行動を前にして戸惑いの声をあげるD組の面々に、アラタはそれが当然である事のように言い放つ。そしてアラタが相手の返答も待たずに窓の縁に片足をかけて身を乗り出そうとした直後、その背後から麻里弥の声がした。


「あ、あの、アラタ様」

「あん? なんだよ?」


 肩越しに振り返ったアラタの問いかけに、一度つばを飲み込んでから麻里弥が答える。


「わたくしも一緒に行かせてくださいませんか?」

「いいぜ」


 あっさり許可を出す。そんなあっさりすぎて思わず面食らった麻里弥を見ながら、麻里弥が言葉を続けた。


「でもちょっと待っててくれねえか? 今準備するからよ」

「ご自分のロボットを呼ぶのですか?」

「ちげえよ。ロボットとかじゃねえって」


 そこまで言ってから両足を窓の縁の上に載せ、その場で体を百八十度回して背中を外に向ける。そんな彼女に再び麻里弥の疑問の声がかけられる。


「では準備とは?」

「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ?」


 それに対し、顔を真っ直ぐ向けたままアラタが言った。


「俺はアラタだぜ」

「それは」


 どういう意味だ。そう言おうと口を開いた時、既にアラタは両手を大きく広げ宙に舞っていた。





 爆発音がとどろき、壁が内向きに吹き飛んだ。コンクリートの壁に大穴が開き、その周囲にはかつて壁だった物の残骸が砂埃と共に散らばっていた。

 突然の出来事に亮も若葉も動きを止め、共に驚いた表情を浮かべてそれを見つめていた。そんな彼らの目の前で、開けられた穴の奥から一つの人影が姿を現した。


「えっ?」


 その姿を見た瞬間、若葉が素っ頓狂な声を上げた。それに対してどう反応していいのか困っている様子であった。亮も同様にその顔に困惑の色を浮かべ、何度か目を瞬かせてから言った。


「なんだあの黒い奴」


 そこにいたのは物々しい格好をした漆黒の何かだった。

 顔はV字型に尖ったフルフェイスタイプのヘルメットですっぽりと覆い、その奥には細長く角張った、エメラルドに光る二つの目が浮き上がっていた。そして全身を包むのは動きを損なわない程度に装甲が至る所に装着された強化服。背中にはマントを羽織り、胸部を覆う装甲の右側には斜めに崩された真っ赤な「E」の字が刻まれていた。


「コスプレ?」


 その目の前に立つ第三者の全身像を見て、亮はそう呟かずにはいられなかった。強化服を身に纏う連中には何度か遭遇した事があるが、あんな格好をした奴は今まで見たことがなかった。


「あ! いた!」


 そんな真っ黒な人型の周囲を、別の何かが飛び回っていた。それは件の黒い人型の顔と同じ大きさで、水色の巻き毛を持ちクリーム色のレオタードを身につけ、背中からは四枚二対の薄羽が生えていた。

 妖精。その存在を一言で言い表せばそれであった。


「ねえねえ! あそこ! あそこにいるよ!」


 そんな妖精のような何かが「黒い奴」の顔のすぐ横に浮遊し、まっすぐこちらを指さしてくる。それを聞いた例の「黒い奴」が首を回し、こちらに顔の正面を向けてくる。


「やっぱりな」


 そして「黒い奴」はそう声を出し、腕を組んで足下に散乱する瓦礫をまたぎながらゆっくりと二人の元に近づいていく。そんな「黒い奴」の声を聞いた瞬間、亮はデジャブに近い物を感じた。つい最近どこかで聞いたような、そんな感じがしたのだ。

 だがそう感じた亮が声を出そうとした瞬間、その「黒い奴」が近づいてくるのを見た若葉が意識を取り戻し、思い出したように亮に掴み掛かってから鋭く伸びた爪を彼の首筋に押しつけた。


「動かないで!」


 若葉が敵意に満ちた声をぶつける。それまでのほわほわした感じを微塵も感じさせない、余裕のない声だった。そして首筋に刃物を押しつけられた亮にもそれを指摘する余裕は無かった。

 「黒い奴」がその場で足を止める。それの顔の横に浮いていた妖精も立ち止まり、そして不安げな表情を浮かべつつ自分の真横にいる者と、目の前で人質を取る者とを交互に見比べた。


「キミ、誰なの?」


 そんな中で人質を取る者、若葉が警戒するように「黒い奴」に声を掛ける。対してそう尋ねられた「黒い奴」はエメラルドの目をまっすぐ若葉に向け、しかし体は真横を向くようにひねって彼女を右手で指さしながら言った。


「そんなに私の事が知りたいのか?」

「いいから教えて。でないとこの人、ばっさりいっちゃうよ?」


 いくらか余裕を取り戻した若葉がおちゃらけた調子で言いながら、その爪をより強く首筋へ押しつける。だがこの時の亮の中ではそれに対する恐怖よりも、目の前の「黒い奴」に対する驚きの方が勝っていた。なぜなら亮は、この時点であの「黒い奴」の正体に気づいていたからだった。


「いいだろう。ならば教えてやる」


 だがそんな亮の様子には気づくことなく、尊大な口調で「黒い奴」が言った。そして再び体の正面をこちらへ向け、自分の存在を誇示するかのように両手を大きく左右に広げながら言葉を放った。


「私はアーサバイン。精霊の世界より下りし、漆黒の調停者也!」

「アーサバイン……調停者……!?」


 若葉が驚愕にうわずった声をあげる。その一方で、アーサバインと名乗る者の横にいた妖精らしき存在がハイトーンな声で続けた。


「私はソレアリィ! アーサバインのお目付役にして、精霊の世界「ディアランド」のフェアリープリンセスよ!」


 そしてソレアリィがそう言った直後、アーサバインとソレアリィの二人は共に同じタイミングで決めポーズをとった。


「はッ!」

「やあッ!」


 少なくとも二人は格好いいと思っているポーズだった。


「邪の道を行く悪は、この私が打ち倒してくれる! 非道の輩よ、覚悟しろ!」

「覚悟ー!」

「なにやってんだ浩一」


 だが亮のその一言が、その場の空気を完全にぶちこわした。亮を押さえつける若葉と決めポーズをとった二人が同時に凍り付く。


「コ、コーイチ?」

「だ、だれのことかな?」


 そう反論する二人の声は震えていた。だがあくまで亮は冷静だった。


「いや、だってお前浩一だろ。そっちの黒い方」

「な、なぜ私が浩一だと言い張れるのだ? 第一私はそんな奴など知らん。何か証拠でもあるのか?」

「声」


 亮があっさりと言い返す。


「どっかで聞いたことあるなと思ったら、うちのクラスの浩一の声だって思い出したんだよ。地声バリバリだぞ」

「あっ」


 ポーズを取ったまま、アーサバインが何かを思い出したような声を出す。そしておもむろに左手で首筋をまさぐり、そこに据え付けられていたスイッチを入れる。

 ほんの一瞬だけノイズが走り、その後で低くくぐもった声が聞こえてきた。


「私は漆黒の」

「おせえよ」


 亮は軽い頭痛を覚えた。

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