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「胎動/エコー・ル・ゴルト・フォックストロットの場合」

 同じ頃、エコーと彼女の部下三人はデルタ号の着陸している空中足場の上で一体のトカゲ人間と相対していた。彼らは直ったばかりのデルタ号の様子を確認するために学園の正門前から歩いて五分のところに置かれてあったワープポータルを使って着陸場に戻り、そこで鎮座するデルタ号の前に立って手に持っていたノートに何かを書き込んでいる一体のトカゲ人間に偶然遭遇したのだった。


「あなた方がこの船の所有者ですか?」

「そうだが、お前は?」


 エコーが前に立って問い返す。そのメガネをかけた青い肌のリザードマンはノートを閉じて小脇に挟み、ペンを腰に巻いたベルトの内側に差し込んでから言った。


「私は船舶監督局の長官をしているモンドと申します。よろしくおねがいします」

「長官? 長官がなんでこんな仕事を?」

「船舶監督局はついさっき出来たばかりの部署でしてね。まだ満足に人員を確保できていないんですよ」


 モンドと名乗ったトカゲが頭を掻きながら答える。それを聞いたチャーリーがモンドに尋ねた。


「ついさっきとは?」

「ついさっきですよ。ドームが出来た時のことです。ドームを作って、船が離着陸する場所を作って、それからそこを管理する部署を作ろうってことになりまして。で、誰がそこを担当するのか決めるためにクジを引いて、私があたりを引いた訳ですね」

「本当についさっきなんですね~」

「そうですよ。だから今、ここには私しかいないんですよ。長官兼職員ですね」


 アルファの言葉に頷いてからモンドが言った。すると部下の一人で巨漢のブラボーがそれに反応して言葉を放った。


「それは災難なこったな」

「本当そうですよ。そもそも私が元々いた世界ではこんなハイテクな機械なんて一個も無かったんですから。剣と魔法で間に合ってたところにいきなり機械の操作をやれと言われて、そこから全部手探りでやらないといけなかったんですよ? しかも一人で」

「それはまあ、ご愁傷様だな」

「無理強いにも程があるって思いますよね。実際クジで決まった後、私はどうしたらいいのか途方に暮れてましたから」


 苦い顔で同情するように言ったエコーにモンドが苦笑して答える。それからモンドは声の調子をあげてエコー達に言った。


「でも実を言うとですね、そんなに大変なことじゃなかったんですよ。機会の大半はこっちが手を着けなくても勝手に自動で進めてくれますからね」

「オートメーションって奴か」

「まあそれです。そういうやつです」

「横文字は苦手なのか?」

「苦手と言いますか、そういったものを全く知らないんですよ」

「なるほどねえ」


 エコーが感心したように声を出す。このときの彼女は剣と魔法で生きるという珍しい種族から珍しい話を聞けてご満悦といった具合であった。一方でモンドはそんな彼女に同意した後、「それにですね」と言った後で言葉を続けた。


「もしもの時に備えてのマニュアルももらいましてね。これが分厚いんですが、読みやすく編集されていましてね。機械を動かす上でとても助かっているんですよ」

「へえ。そりゃ良かったじゃないか」

「全くですよ。クジが当たってしょげてる私にこれを寄越してくれたのはゼータの連中なんですけど、そのとき初めてあいつらに感謝しましたよ」


 モンドがそう言った直後、それまで彼の話にあわせて愉快そうに相槌を打っていたエコーの顔から表情が消えた。


「なんだと?」

「えっ」

「今なんて言った?」

「あの、どういうことです」


 突然の雰囲気の変化にモンドが戸惑う。そのトカゲに向かってエコーは真顔のまま歩を進め、やがてエコーの鼻先とモンドの口の端がぶつかるくらいにまで距離を詰める。そしてエコーはモンドの目を正面から睨みつけながら低い声で言った。


「ゼータがここにいるのか?」

「ゼ? あれとお知り合いで?」

「いるんだな?」

「い、います。いますいます。ゼータはここにいます」


 モンドが苦しげに呻く。それを聞いたエコーは一歩引き下がり、しかしモンドの目を睨みつけたまま低い声で言った。


「そこまで案内しろ。奴に用がある」

「お、お知り合いで?」

「腐れ縁だ。今すぐ会いたい。どこにいる?」


 エコーは醒めきった目をしていた。人一人平気で殺せるぐらいの冷たい目だった。

 それを見たモンドはただ頷くしかなかった。





 それから半ば脅される形でモンドが彼女たちを連れて向かった場所は、発着場にあるワープポータルを使って地上に降り、そこから歩いて五分のところにある雑居ビルだった。それは周囲のビルに比べてずっと小さく、それらによりもかなり古ぼけた小汚い建物だった。


「ずいぶん古ぼけたところなんですね~」

「外様にはこれで充分ですよ」

「奴にはお似合いの場所さ」


 ボロっちいビルの前に立ったアルファが素直な感想を述べ、モンドがさらりと返してエコーが吐き捨てる。モンドの言葉には彼以外の全員が何か引っかかるものを覚えたが、誰もそれにつっこむことはしなかった。

 それから四人はビルの中に入り、埃まみれの階段を上って三階に到達し、そこにあった鉄拵えの扉の前に立った。モンドがドアノブを握って回すとドアは無抵抗に、そして金切り声をあげるように甲高い音を立てて前に押し開かれ、中へと彼らを通した。

 中は無駄に広く、殺風景なものだった。床も壁も天井も打ちっ放しのコンクリートで構成されており、天井にはオレンジ色に光る電球が吊され、部屋の隅にベッドがある以外他に家具は何も無かった。


「人がいるような場所じゃないですねこれ」


 とにかく寂しく冷たい場所だった。ここに一人でいると狂ってしまいそうな場所だった。まったくチャーリーの言う通りであったが、エコーはそれを無視してベッドの方に向かった。

 そのベッドにしたところで、毛布もシーツも枕も古ぼけてボロボロになっており、四本の足もところどころが煤けて清潔とはいえなかった。

 そんなベッドの上に、一人の人間が寝転がっていた。


「ざまあないな」


 その人間をこの部屋よりも冷たい目で見下ろしながらエコーが言った。そのエコーよりも一回り小さい人間は彼女に背を向けて横になっていたが、エコーの言葉を聞いてからゆっくりと体を動かし、寝転んだままの体勢でエコーと相対した。


「船長……」


 その顔は見るからに疲れ切っていた。短く切られた髪はボサボサで目は落ち窪み、目の下には濃いクマが刻まれ、痩せた頬から頬骨もうっすらと浮き上がっていた。

 まるで世界から除け者にされたかのような、絶望的な顔だった。だがそれを見ても、エコーの心の中に憐憫の情は少しも湧いてこなかった。


「久しぶりだな、ゼータ」

「……」


 親しみも憎しみもない淡々とした声でエコーが言った。その何の感情もこもっていない言葉は、しかし後ろでそれを聞いていた部下達とモンドの背筋を凍り付かせるに充分な迫力を持っていた。しかしゼータは全く動じることなく、もしくはもうそれに反応する余力もないかのように、無言のまま黙ってエコーの顔を見つめていた。


「大したザマだな。まあお前にはちょうどいい姿か」


 エコーが前と変わらない声で言った。ゼータは筋肉が石のように硬直したかのように表情を全く変えないままそれを聞いていた。そんな二人の姿をエコーの後ろに立って見ていたモンドが、自分と同じようにそこにいたエコーの部下三人の方を向いて言った。


「いったいなんなんです? あの人、これまでとかなり雰囲気が違うんですけど」

「それは仕方ねえだろうよ」


 ブラボーが渋い声で返す。理解できずに首をひねるモンドにチャーリーが言った。


「ゼータは裏切り者なんです」

「裏切り者?」

「本来海賊団とは、船長の命令には絶対なんです~。でもあの人はクーデターを起こして、私たちの海賊団を真っ二つにした張本人なんです~」


 アルファが補足する形で言った。いまいち緊迫感のない間延びした声だったが、モンドとしてはなぜエコーがあそこまで激高しているのか理解出来ただけでも充分だった。


「だからあんなに怒ってたのか」

「しかし、これはこれで気になりますね。分裂したばかりの時は、ゼータのところにはかなり潤沢に装備があったはず。それこそ国一つと戦争が出来るくらいの装備が」

「そうなんですか? 我々が彼らと出くわした時は、とてもそんな風には見えなかったのですが」

「どんな感じだったんですか~?」

「それはもう落ち武者みたいな感じでしたよ。船はボロボロ。主砲もバリアもまともに機能してなくて、船の中にもまともな量の物資はありませんでした」


 モンドの言葉に、今度は部下三人が揃って首をひねった。するとその直後、思い出したようブラボーが言った。


「それよかよ、お前はいったいどこの出身なんだ? 俺らもそれなりに回ってるけど、剣と魔法の種族なんて聞いたことねえぞ」

「ああ、そう言えばまだ言ってなかったですね」


 ブラボーの疑問を聞いたモンドがメガネの縁を持ち上げ、一度エコーに聞こえない程度に小さく咳払いをしてから言った。


「私、実は自分の生まれた星の名前を知らないのですよ。宇宙に飛び出したのも、元はといえばちょっとした実験に失敗して故郷とは違う星に飛ばされたのが原因でして」

「へえ、それは災難だったな」

「で、右も左もわからずどうにもならなかったんで、仕方なくその飛ばされた星で船を買って、他の仲間を捜すのと糊口を凌ぐために宇宙海賊になったんです」

「そうなんですか~? 同じ宇宙海賊だなんて、偶然ですね~。なんていう名前の海賊なんですか~?」

「はい。レッドドラゴンと申します」


 それを聞いたエコーと部下三人の体が驚きに硬直したのは言うまでもなかった。

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