「一難去って」
自分達を回収するためにその近くにデルタ号が着陸した後、それまで脱力していた体に気を入れ直した亮はサイクロンUを動かし、まず仲間と生徒達の安否を確認しに回った。
「私は大丈夫。ちょっと疲れたけど目立った怪我とかはしてないから」
まず亮は満の元へと向かった。そして人間態に戻って座り込んでいた満は、自分に近づいて片膝をついたサイクロンUの方を向き、中にいる亮に対してそう笑顔で言った。確かにその笑みには疲れの色が浮かんでいたが、目立った傷がどこにも無かったのも言葉通りだった。
「そうか。じゃあ俺はこれから他の子の様子を見にいくんだが、お前は一人で船に行けるか?」
「心配しないで。それくらいなら余裕だから」
亮からの問いかけに満はそう笑って答え、立ち上がってデルタ号へと向かっていった。その背骨をまっすぐ伸ばして歩く後ろ姿を見た亮はひとまず安心すると、次に冬美の元に向かった。
「私は平気クマ。後は浩一に運んでもらうクマ」
「お前はなあ……まあいいけど」
彼女は浩一と同じ場所にいた。そして自力で船に戻れるかという亮からの問いかけに対し、冬美は横に片膝立ちで鎮座している漆黒の巨人を先端が扁平になった丸太のような腕で指さしながらそう答えた。当然浩一は不満を漏らしたが、何か諦めたように途中でその言葉を自分から切り上げた。
「じゃあ頼めるか、益田」
「はいはい、わかりましたよ。やりますよ」
そしてだめ押しとも取れる亮の言葉にそう投げやりに答えた後、その巨人「タムリン」は腕を動かして冬美の間近に掌を差し出した。そして冬美がその上に乗ったのを確認するとタムリンはその腕を持ち上げつつ立ち上がり、地上に待機しているデルタ号の元へと向かっていった。
「後は優とアスカと、セイジか」
そのタムリンの後ろ姿を見ながら亮が呟き、サイクロンUの体を動かして彼らがいる場所に目を向ける。するとそこにはデルタ号に向かって低速で走る巨大な戦車と、その上に乗っかる全身毛むくじゃらで牛頭で人型の怪物の姿があった。
「ヘイ! アスカ! 乗るんならせめて人間の姿に戻ってからにしてくだサイ! 重量オーバーデス!」
「いいじゃん別に。変身解くのも結構体力使うんだからさ。もうちょっと休ませてよ」
「お前いい根性してるよなあ。相手に遠慮するとかいう気持ちはないのかよ」
「後でなんか飲み物買ってあげるからさ。それで勘弁してよ」
「無糖のブラックコーヒー買ってくれるなら今回は許してあげてもいいデスよ?」
「それくらいで買収されてんじゃねーよ」
どうやら向こうは特に問題なさそうだった。そのことを確認した亮は、最後にあの白い龍の元へ向かおうとした。そして肝心の龍がどこにいるのかと首を回して辺りを確認し始めたサイクロンUの外部スピーカーから、突如として少女の声が聞こえてきた。
「よくやってくれた先生。手伝ってくれて本当に感謝するぞ」
それは件の白い龍に変化した十轟院多摩の声だった。カメラを声のした方に向けるとサイクロンUの丸まった右肩の上にその人間に戻った多摩が両足で立っており、そして多摩は自分に向けられたカメラをじっと見つめ返しながら言った。
「これでモノも暫くは大人しくなろう。色々問題も起きたが、今回の百鬼夜行はこれでおしまい。終わりよければ全て良しというやつよ」
「自分一人の力で解決した訳ではありませんよ」
「もちろんそのことも知っておる。先生は本当に良い生徒達をお持ちのようだ」
そう言ってから多摩が愉快そうに笑う。その心底嬉しそうな笑い顔を見ていた亮が、不意に思い出したように彼女に言った。
「そう言えば、少し気になったことがあるんですが」
「気になったこと? それは?」
「十轟院さんが失敗したことです。あの子がなんの理由もなしにミスを犯すとは考えられません」
「ほう。では麻里弥が失敗したのには、それ相応の原因があると?」
「そうです」
「そう考える理由は?」
「勘です」
「勘。そうか勘とな」
亮の言葉を聞いた多摩が再び愉快そうに笑った。そして一頻り笑った後、その姿をカメラ越しに真顔で見ていた亮に多摩が言った。
「まったく、宇宙刑事殿の勘は侮れぬな」
「あくまで自分はそう思っているだけですよ。それに私は彼女の担任ですから。生徒のことはどこまでも信じたいんです」
「なるほど、なるほど。だから先生は何か理由があると考えているのか。そうであるか・・」
そこまで言って、多摩はニヤリと笑った。何かを隠しているような含みのある笑いだった。しかしそれを見た亮が口を開くよりも速く、多摩はカメラに写っていない方の腕を持ち上げてそれまで自分の体の陰に隠していたものを亮に見せた。
「おそらくはこれであろうな」
「それは」
それを見た亮は唖然とした。目を閉じ、気を失ったまま多摩に首根っこを掴まれて宙ぶらりんの体勢になっていたそれは、亮の良く知る人物であった。
月光学園生徒会長橘潤平。
「なんでここに」
「モノが消滅した所に転がっておった。恐らくはそういうことであろう」
そう言った多摩が汚物を見るような目で潤平を睨みつける。自分の娘の活躍を邪魔されたのが相当腹に据えかねているようであった。
「途中まで麻里弥は完璧にこなしていた。だがいきなりこやつが麻里弥の儀式に水を差した。こやつがモノの中に突っ込んだおかげで、モノは麻里弥の制御を離れてこやつの方になびき始めたのだ。こやつが麻里弥よりも強烈な感情を持っていたのがそうなった原因であろうな」
「感情ですか。何が引き金になったのでしょう」
「一言で言えば欲望であるな。あれが欲しいとか、あれよりも強くなりたいとか、そう言った類のものだ。そしてそういった汚い俗気は、大抵の場合は崇高な意思よりも強い感情の力を放つのだ」
「麻里弥の感情が綺麗で、それは汚いと?」
「そういうことだ。でなければモノは俗気に中てられて暴走することも無かったろうし、そもそも半端な感情ではモノの中に突っ込むことなど考えんだろう」
多摩がそう言いながら潤平の首を掴む手をぶらぶらと揺らす。潤平の足下はそのまま地面に続いており、もし何かの拍子で多摩が手を離してしまえばそのまま下まで真っ逆様だろう。
そこまで考えて、亮は「まさか多摩はそんなことはしないだろう」と思った。だが万が一と言うこともあるので、亮は彼女が実際にそれをする前に多摩に向けて言った。
「まあこいつには聞きたいことが山ほどあるでな。今はまだ生かしておくことにしよう」
「やめてくださいよ。さすがにそれは教師として止めさせてもらいますから」
「安心せい。私も人の親だ。やたらめったら人を殺したりはせんよ。ただ死ぬほど痛い目にはあってもらうがの」
その顔と声は真剣そのものだった。亮はそれ以上は何も言わず、顔を前に戻し多摩を肩に乗せたままデルタ号へと向かった。
「サイクロンUの乗船を確認」
「お疲れさま、亮。あなたで最後よ。今ハッチを閉めるから、そのまま前に進んでちょうだい」
デルタ号の中に入ると亮の耳にエコーの部下であるチャーリーの声と、それに続いてエコー本人からの労いの声が聞こえてきた。それを聞いた亮は改めて体から力を抜き、その後片膝をつかせたサイクロンUのコクピットから飛び降りて先に地面に降りていた多摩とまだ伸びていた潤平と共に艦橋へ向かった。
艦橋に戻った亮は、まず先に集まっていた面々に向かって多摩のことを紹介した。そのとき多摩は麻里弥の傍に駆け寄り、全力を尽くした愛娘の頭を撫でてその功を労っていた。その微笑ましい姿を見ながら、亮は続いて彼女が、先程姿を見せていた白い龍であることも説明した。
「わたくしのお母様ですわ」
しかし多摩の話題の中で一番彼らを驚かせたのは、多摩が龍であるということを告げた亮の後に続けて麻里弥がさりげなく漏らしたこの言葉だった。彼らはそれを聞いた後まず多摩の上背を確認し、次いで麻里弥の方を見て二人の背丈を見比べた。
「ロリコン?」
「少女趣味か」
「やかましい!」
多摩は不機嫌になって叫んだ。自分の夫を悪く言われたこともあるが、彼らが自分が件の龍であることを聞いても全く驚かなかったこともまた、彼女の心を大きく乱していた。
「普通驚くならそっちの方であろうに。全く肩透かしよ。なんなのだこやつらは」
「大抵のものは見慣れてますからネー。龍くらいじゃ全然デース」
「まあ恐竜とか吸血鬼とか普通にいますし。うちの生徒達はそういうのに普通に遭ってますから」
頬を膨らませてぷりぷり怒る多摩に向かってアスカが笑って返し、多摩の横にいた亮が困ったように言った。多摩は渋い顔を浮かべて、まだ納得していないようであった。
ちなみに潤平はここに来る途中で医療室に運び込んでいた。そして亮はデルタ号に戻る前に多摩と交わした話とそっくり同じ内容のものを彼らに伝えた。
「マジかよ」
「また生徒会かクマ」
「あそこは本当に学習しないところデスね」
その場の空気が一瞬で悪くなったのは言うまでもない。もっとも彼らの生徒会への期待値はそれを聞く前から地に落ちていたので、それを聞いても彼らへのマイナスイメージがそれ以上酷くなることは無かった。
胸糞悪くなったのは事実だったが。
「なんか急にすること無くなったわね」
そしてその後は特に話すこともなく、重苦しい沈黙が艦橋を包み込んだ。それから暫く経ったある時、不意に艦橋前部で作業をしていた部下の一人が声をあげた。
「町が見えました。まもなく到達します」
それは部下三人の中でもっとも細身なチャーリーの声だった。それを聞いた全員の視線が正面モニターに向けられる。それと同時に女の部下の間延びした声が艦橋に響いた。
「目標地点まであと十キロ。町の姿を拡大表示しま~す」
モニター全体にノイズが走り、遠方に見える町の光景の拡大処理を開始する。
自分達の住む町を空から眺めるのは初めてだ。砂嵐を見ながらそう思った彼らの心は、童心に帰ったかのように少なからず興奮を覚えた。
「処理完了。出しま~す」
故郷の姿が映される。
直後、故郷の姿を見た全員が目を驚きで大きく見開いた。
「え」
どこからともなく声が聞こえてきた。それは気の抜けた、鳩が豆鉄砲を食らったような声だった。
「なにあれ」
他の面々も同じ反応を見せていた。比較的そこに馴染みの薄いエコーとその部下、そして初めてその町を見るセイジもまた、亮達と同じリアクションをしていた。
「要塞?」
そこにあったのは灰色のドームだった。
なんの飾り気もない、無骨で重苦しい灰色の半球状の物体が町の上から覆い被さり、それを丸ごと中に納めてしまっていた。
それはもはや、彼らの知る町では無くなっていた。