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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第八章 ~モノ「鬼」登場~
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「ウサギの戦術」

 暴走したモノを殴り倒して抵抗の意思を削ぎ、動きを止める。それがその場所に集まった者達の共通の目的であった。そこにいた亮と生徒達、そして白い龍は名前だけ言い合って自己紹介を一瞬で済ませた後、すぐに意識を白ウサギに向けた。

 最初に動いたのはタムリンだった。


「もらった」


 タムリンの中でアーサバインが走り出し、その動きを完全にトレースしたタムリンが白ウサギめがけて敢然と駆け出す。そしてタムリンは瞬く間にウサギの眼前に躍り出で、間髪入れずにアーサバインが両手を振り上げる。それに続いてタムリンも両手を持ち上げ、手にした大剣を高々と掲げる。


「くたばれ!」


 アーサバインが叫び、タムリンが勢いよく大剣を振り下ろす。それは光のように速く鉄のように重い、相手を真っ二つにせんとする全く容赦のない一撃だった。そしてその斬撃を前にして、白ウサギは顔を僅かに持ち上げ、両腕をだらりと下げたままだった。明らかにタムリンの一連の動きに反応しきれていない様子だった。

 決まれば白ウサギの体は左右に分かれることになるだろう。誰もがそう直感していた。だが剣の刃がウサギの顔に触れようとした直後、その剣がそこから突然動かなくなった。


「なんだ……!?」


 何かに受け止められたかのように自分の腕がいきなり止まったのを見て、アーサバインが驚きと困惑の声を上げる。それからアーサバインはすぐさま視線を上げ、そしてタムリンの目を通して見たその光景を見て唖然とした。


「なんだよこれ」


 それは異様な光景だった。ウサギは頭を上げたまま微動だにせず、剣がその目と鼻の先にまで迫っているにも関わらず怯んだ様子は全く無かった。その動かない様はまるで蝋人形のようであった。

 そんな白いウサギの蝋人形の背中から、先端が蟹の鋏のような形をした二本の腕が伸びていた。その色は赤く、白い体から生えたそれは非常に浮いて見えた。そしてその二振りの鋏はタムリンが振り下ろした大剣をがっしりと受け止め、寸でのところでタムリンの膂力と拮抗した力を発揮していた。


「こいつ、なんて力だ!」

「益田! 離れろ!」


 それを見たアーサバインが毒づいた直後、龍から降りたサイクロンUの操縦者である亮が叫ぶ。そしてその声を聞いたアーサバインの眼前で、背中から蟹の腕を生やした白ウサギは元から備えていた右手の拳をゆっくりと握りしめ、狙いを定めながらゆっくりと持ち上げた。

 アーサバイン、もとい益田浩一は、ウサギが今何を狙っていたのかを直感で察した。


「剣を捨てろ!」


 亮がそう言い終える前に、浩一は既にそれを実行していた。受け止められた剣から両手を離し、目一杯後ろに飛び退いた。そんなタムリンのすぐ前面を、振り下ろされた白ウサギの右拳がかすめていく。拳とその風圧によって表面装甲が削ぎ落とされていく音を間近で聞き、浩一は生きた心地がしなかった。

 そうして着地のことも考えず全力で飛び退いたタムリンの体を、目にも止まらぬ速さで後ろに回り込んだ黒ウサギが全身で受け止める。ウサギは六本の腕で漆黒の巨人を受け止め、そののち後ろにずり下がって衝撃を殺し、やがて完全に止まったところで黒ウサギに変身していた富士満がタムリンに問いかけた。


「益田君、平気?」

「悪い、助かった」


 タムリンが頭を動かしてミチルの方に肩越しに目を向け、礼を述べる。そんな二人の横に、地下からやって来た巨大戦車ピースフルが躍り出た。


「次は私の番デース!」


 戦車の操縦者であるアスカ・フリードリヒが叫ぶ。そしてアスカの声が朗々と外に響いた直後、ピースフルの砲身が回転して狙いを白ウサギに定め、砲身の側面から伸びた腕を地面に突き刺して車体を固定し、その馬鹿みたいに大きな砲口を白ウサギの土手っ腹に据える。


「セイジ、ファイヤーデース!」


 アスカの声が轟き、間髪入れずに砲口から光が放たれた。それは黄金色に輝く、量感溢れるレーザービームだった。その黄金色の光は白ウサギの腹めがけてまっすぐ伸びていき、そして蟹の腕を生やしたウサギはまたしてもそれを前に身動き一つしなかった。


「あいつ、今度も反応無しかよ」

「どうでもいいデース! 今度はレーザー攻撃、腕じゃ防げまセーン!」


 同乗者のセイジが不審げに顔をしかめる一方、横に座るアスカは楽観的な調子を崩さなかった。その間にも密度の高い光の柱は白ウサギの方へと飛んでいき、そしてついにその光は無防備なウサギの腹のすぐ目前まで迫った。

 だが光がその眼前に来た直後、白ウサギの体にまたも奇妙な変化が起きた。


「ワッツ!?」

「おいおい」


 それを見たアスカが本気で驚いた声をあげ、セイジは信じられない物を見るかのような顔で呟いた。他の面々も程度の差こそあれ同様の反応を見せていた。


「なんだよあれ」

「大した大道芸であるな」


 ロボットに乗った亮と龍に変化したままここに

やってきた多摩が同じ調子で言った。その彼らの眼前では、ビームの直径にあわせて腹を捻れさせて大穴をあけ、迫ってきた光を無傷で素通りさせたウサギの姿があった。そしてビームが放出を終えた後もウサギの腹にあいた穴はそのままであり、当の白ウサギは何の問題も無いかのように平然とそこに立っていた。


「なんだか弄ばれている気がするな」

「実際その通りかもしれぬな。あやつが大手を振って外に出るのは久しぶりだからの。こちらをおもちゃにして楽しんでいるのかもしれぬ」

「このままでいいんですか?」

「よいよい。例え勝てなくとも、モノの力を充分消耗させれば同じ結果となる。この段階では戦うことが重要なのだ」


 その様を見て亮が渋い声を出し、それに対して多摩が余裕のある態度で答える。彼らの眼前では熊の着ぐるみが白ウサギの周りを飛び回りながら攻撃を仕掛けており、その四方八方から飛んでくる攻撃に対して白ウサギは二本の腕と二本の蟹の腕を使って防御に徹していた。

 それを見ていた亮がおもむろに行動を起こし、それに応えたサイクロンUがその体を前に動かす。それを横目で見た多摩が目を細めて言った。


「行くのかえ」

「生徒達にばかりやらせては教師の名折れですので。あなたは?」

「私はここにおる。私の出番はまだ当分先よ。すまんが、あなた達の方でモノの力を削いでおいてくれんか」

「何をなさるおつもりですか」

「なに、切り札は最後まで取っておくものであろう。それに勝負札は一回しか切れんでの」

「……わかりました」


 多摩の言葉を受けて亮が頷き、サイクロンUが勢いよく走り出す。

 狙いは白ウサギ。そして件のウサギは今、腕を六本生やした黒ウサギと正面から取っ組み合っていた。





「こんのお……!」


 ミチルは歯を食いしばってモノの変化した白ウサギと組み合っていた。両者の力は完全に拮抗しており、どちらが優位に立つこともなくただ時間だけが過ぎていっていた。


「こいつ、どれだけ馬鹿力なのよ!」


 ミチルが毒づきながら、肩から生やした三本目の腕を動かす。その腕を振り上げて握り拳を作り、白ウサギの頭めがけて振り下ろした。

 だがその動きは白ウサギに察知されていた。ミチルが腕を振り下ろすと同時に白ウサギも背中から生やした蟹の腕を急いで動かし、先端の鋏を使って振り下ろされてきた腕の手首を掴んだのだ。


「こいつ!」


 それまでとは全く違う白ウサギの機敏で器用な行動を見てミチルが顔を歪ませる。こいつは「戦える」。ミチルはその後でそう確信しながら、四本目の腕を同じように振り下ろした。

 ウサギも先ほどと同じリアクションを返す。もう片方の蟹の腕を使い、四本目のミチルの腕を捕獲する。こちらも互角の力模様であり、どちらか一方が押し込まれることもどちらかが致命傷を負うこともなかった。

 だがミチルは冷静だった。彼女にとって「四本目」が捕まるのは計算の内であった。


「これでもう動かせるのは無いでしょ!」


 ミチルがニヤリと笑い、「四本目」を動かす少し前から予め腰だめに引き絞っていた五本目と六本目の腕を、四本目が捕獲されると同時にまっすぐ突き出した。

 狙いは白ウサギのガラ空きの胴体。ビームを避けたときに自ら腹に開けた大穴はそのまま残っていたが、殴れる部分はまだまだあった。その一点をめがけて、ミチルの二つの拳が迷い無く向かっていった。

 だが今まさにそこを殴ろうと接近した直後、ウサギの腹に空いた穴の内側から二本の触手が突然生えてきた。その触手はまるで姿を見せる前から狙いを付けていたかのように迷いのない速さでミチルの二本の腕に接近し、すぐさまそれに絡みついて動きを封殺した。


「うそ! そんなのアリ!?」


 これはミチルの予想外の事態だった。そして触手の力とそれ自体の耐久性はミチルの想像を遙かに超えていた。ミチルがどれだけ腕を振ってもそこに絡みついた触手はビクともせず、引っ張ろうとすればそれと同じ力で引っ張り返してくる。その拘束から逃げようとするのはほぼ不可能であった。


「こいつ、いい加減に……!」


 その後も白黒ウサギによる力比べは均衡を保っていた。それを見たアーサバインが彼女に加勢しようとタムリンを走らせた。


「う、うおっ!」


 だがその動きはすぐに中断させられることとなった。タムリンが走りだそうとした瞬間、白ウサギの背中から今度は先端に鋭利な刃物をつけた触手が出現し、それが大きくしなりを見せながらタムリンめがけて刃を振り下ろしてきたのだ。


「コーイチ、平気デスか?」

「ああ大丈夫。食らってない」


 触手の攻撃を紙一重でかわし、後ろに飛び退いた浩一にアスカが声をかける。それに答えた後で「でも」と付け加えてから、浩一が前を見たままアスカに言った。


「あれを突破するのは難しそうだな」


 浩一の眼前には、鎌首をもたげながら刃の先をこちらに突きつける一本の触手の姿があった。その様はまるで生きているかのようであり、こちらの動きをじっと伺うその姿には一部の隙も無かった。

 出てきたそれが一本だけならまだ希望はあった。だが浩一の眼前で、白ウサギは背中から更に何十何百もの触手を生やし、自身の周囲に展開していった。その全てが先端部分に刃物を備え付け、動ける範囲内であれば自由に、かつ迅速に動き回れる攻防一体の万能武器と化していた。

 そしてその内の何本かは既に、この時白ウサギと組み合っていたミチルの背中めがけてその刃を振り下ろしていた。


「ちょ、やめ、チクチクすんな、かゆいんだよ!」


 当のミチルはあまり深刻なダメージを負っていないように見えたが、彼女らの取り巻きはそれを放置しておくつもりはなかった。


「それにしてもあいつどうしたんだ。いきなり動きが良くなったぞ」

「それ考えるのは後デス。今はなんとかしてあれを突破する方法を考えないとデス」

「先に触手を片づけるっていうのはどうだ? 三人がかりで行けばどうとでもなるはずだ」


 焦りを滲ませる声で浩一が愚痴をこぼし、比較的冷静なアスカが落ち着いた声で返す。そんな浩一とアスカの会話に割り込むように、ピースフルの上に着地した冬美が意見を述べる。それに対して搭乗者の動きをトレースしたタムリンが黙って首を左右に振り、それから操縦者の浩一が冬美とアスカに向かって言った。


「一つ片づけてる間にまた別のが生えてくるのがオチだ。手数が足りない」

「ビームで一掃できればいいのデスが、それだとミチルさんも巻き込んでしまうことになりマス・・」

「それは駄目だ。却下だ。もっと人手があれば、やりようもあるんだが・・」

「呼んだか?」


 その時、渋い声を出した冬美に答えるように彼らのよく知る声が頭上から聞こえてきた。彼らが頭を上げるよりも前にそれは地上に着陸し、そこにいた面々にその姿を見せた。


「先生」

「真打ちが来たクマ」

「へー、マジでちびなんだなーそれ」

「オー! それが先生のサイクロンUデスねー! ちっちゃくて可愛いデース!」


 角張った胴体に丸みを帯びた四肢と頭がくっついた、周囲の兵器に比べて大人と子供くらい身長に差がある小型ロボットの「サイクロンU」を見て、それぞれがそれぞれ異なる言葉を述べた。だがそこには共通して、新城亮が来たことに対する安堵と期待が籠もっていた。

 だが亮はそれらを受け流して彼らの前に立ち、レーザーブレードを展開しながら肩越しに振り返って言った。


「話は後だ。まずは富士を助けるぞ」

「了解!」

「腕が鳴るクマ」

「オッケーデース!」


 亮の言葉にあわせて一同が声を揃える。彼らの意思は統一され、団結は更なる力を生み出す。今の彼らに恐れるものは何もなかった。


「行くぞ!」


 しかしいざ進まんと亮が声をあげた瞬間、彼の眼前に何かが落ちてきた。


「うおっ!」

「な、なんだ!?」

「顔が! 顔がとれるクマ!」

「いきなり何者デース!?」


 それは着地と同時に周囲に土埃と衝撃をまき散らし、それをまともに受けた亮達は程度の差こそあれ一人残らず悲鳴をあげた。


「これは間に合った感じかな?」


 そんな彼らの耳に、聞き馴染んだ声が聞こえてきた。そのころには土埃と衝撃も収まり、前を見る余裕も生まれていた、

 視線を前方に移す。そこには全身を針金のように堅く伸びた黒毛で覆われた巨大な体と逆関節の足と牛の頭を備えた、筋肉質な人型の物体が立っていた。


「先生、私もやらせてもらうよ。いいよね?」


 その牛頭の怪物は、芹沢優の声でそう言ってきた。

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