「合流」
東京からあと十キロと言うところで、白ウサギは不意にその足を止めた。後ろから何かが追いかけて来たこと、その追いかけて来た「連中」が自分に対して敵意を持っていたのを気配で察したからだ。
「追いついた」
最初にウサギと接敵したのは、マントを羽織り大剣を背中に背負った漆黒の巨人だった。V字に尖った頭部と胸元に斜めに刻まれた「E」の字が特徴的なその巨人はウサギの背後に立ち、背中の大剣を片手で引き抜いて構えた。
「悪いが、お前をここから先に行かせる訳にはいかない」
「そういうことだ」
アーサバインもとい益田浩一の乗機「タムリン」である。そしてタムリンに続いてその巨人の肩に乗っていた熊の着ぐるみが言った。着ぐるみの背中には「中身」から出した鈍い銀色に光るバックパックが装着されており、さらにそのバックパックの両側からは細長いロボットアームが、アームの先にはガトリング砲の銃身が取り付けられていた。
「これ以上は進ません。大人しくしてもらうぞ」
熊が続けて低い声で言い放つ。それは彼女のクラスメイトである浩一さえも聞いたことのない、思わず背筋がゾッとするほど冷たい声だった。
その声に応えるようにウサギが巨人達のほうへ向き直る。そしてウサギが完全に二人の方へ顔を向けるのと同じタイミングで、タムリンの背後からキュラキュラとキャタピラの音が聞こえてきた。
「ヘーイ! コーイチ! ちょっと速すぎるネー! こっちの事情も考えてほしいデース!」
そしてキャタピラ音の主がやっとこさタムリンの横についた直後、そこからアスカの声が外部向けのオープンチャンネルで聞こえてきた。音量も最大に調整してあったのか、その声は周囲に爆音となって轟いた。
「ちょっとコーイチ、聞こえてマスかー! 聞こえてたら返事してほしいデース!」
「……おまえうるさいよ」
なおも大声を放ち続けるアスカの方にタムリンの顔を向けながら、中にいる浩一が苦い顔を浮かべて呟く。そのタムリンの視線の先にあったのは、自分と同等以上の体躯をもち、砲塔の両側から腕を巨大な腕を生やした戦車があった。
魂の選別を行う地下世界「アルフヘイム」を防衛するために作られた戦闘戦車「ピースフル」である。
「お前、それどっから持ってきたんだ?」
「さっきセイジに電話して、地下からポータル経由で送って来てもらいまシタ!」
「セイジもそこにいるのか?」
「ういーっす! おひさしぶりーっす!」
冬美からの問いかけに対し、腕付き戦車の中から今度はアスカとは違う、どこか軽い青年の声が聞こえてきた。浩一も冬美もよく知る声だった。
彼の名はセイジロウ。富士満やアラタと同じく戦闘狂獣であり、紆余曲折を経て今はアルフヘイムの用心棒を務めていた。
「ああ、久しぶりだな」
「よう、久しぶりだな。こうやってまた会えるなんて思ってなかったぜ」
「それはこっちの台詞。ザイオンは何も言わなかったの?」
「おう。まあ最初に電話よこしてきたアスカから戦車送ってきてくれって言われた時は渋い顔してたけど、後で詳しい事情を聞いたら二つ返事でオッケーしたよ。ついでに俺が外に行くのも許可してくれた」
「うそ! セイジいるの?」
だが冬美からの問いかけにセイジがそこまで応えたところで、彼らの背後から不意に声が聞こえてきた。その方を振り返るまでもなく、彼らはその声の主が誰なのかを知った。
戦闘狂獣「ミチル」。セイジと同じく戦闘狂獣であり、その姿は今彼らの目の前にいる白ウサギと微妙に似ている姿をしていた。先方が腕を二本だけ生やした白いウサギなのに対して、こちらは腕を六本生やした黒いウサギだった。
そしてその黒ウサギは前方にいる彼らに追いついた後、赤く輝く四つの瞳を戦車の方に向けて喜びを爆発させた。
「久しぶりね、セイジ。地下の暮らしはどう?」
「おう、こっちは平和そのものだぜ。毎日穏やかに暮らしてるよ。それよりお前の方こそどうなんだよ。地上の暮らしはどうだ?」
「こっちも平気。そりゃまあ大変なこともあるけど、楽しいこともいっぱいあるしね。それに月より地球で住んでた方がセイジにこうやって会える確率も増えるし」
「それもそうだな」
「ていうかさ、私もそっちで暮らしてもいいかな? それでふ、二人で一緒に、暮らすとか・・」
「ば、ばか、変なこと言うんじゃねえよ」
満の弾むような言葉を聞いたセイジが照れ隠しするように声を低めて言い返す。それを聞いた満は恥ずかしげに笑みをこぼし、セイジも控えめに笑い声を返す。
二人のやりとりは無駄にイチャイチャせず淡々としてこそいたが、それでも見てるこっちが恥ずかしくなってくるほどのラブラブぶりであった。それを目の当たりにした面々は揃って苦い顔をしてみせたが、当人達は自分達が何をしているのか未だ気づかずにいた。
「でもミチルさんの中にはアラタさんがいるんデスよね? で、セイジさんはアラタさん振ってミチルさんと付き合ってるんデスよね? 同棲は流石に危険じゃないデスか?」
「やめろアスカ。それは言っちゃいけない」
「ていうかあの二人、本当にまだ付き合ってるのか? もうただの友人っていうか、腐れ縁みたいな感じになってるんじゃないのか?」
そんなそんな無駄にいい雰囲気を漂わせている二人の傍で、アスカと冬美と浩一がそれぞれ言葉を交わす。もっとも三人とも、今の彼らの「三角関係」に対して深く首を突っ込むつもりは無かったが。
「危ない! よけろ!」
だがそんな弛緩しきった空気を、どこからともなく飛んできた緊迫した声が一気に引き締めた。その声を聞いた彼らは咄嗟に自分達の主目的を思い出し、そして思い出す頃には反射的にその体を動かしていた。
彼らはその投げかけられた声を疑いもしなかった。なぜなら彼らは聞いた瞬間に声の主が誰なのかを理解し、そして彼らはその声の主が信頼できる人物であると認識していたからだ。
「危ねえ!」
そしてその声の通り、それまで彼らが固まっていた所に白ウサギが飛びかかってきた。白ウサギは拳を握りしめて両手を振り上げ、その場から助走なしで前のめりに飛びかかってきたのだ。
ウサギは飛びかかりながら腕を振り下ろし、やがてすんでのところで誰もいなくなった所に勢いよく着地した。さらに着地と同じタイミングで拳を地面に叩きつけ、轟音と共に大地を激しく揺らした。
もしそこに誰かが留まっていたら、そこにいた者はウサギの拳によって粉々に粉砕されていただろう。それを知った生徒達とその友人は軽い戦慄を覚え、そして同時に自分達に警告を飛ばした声の主に対して強い恩義を覚えた。
「助かりました、先生」
その生徒達の一人である黒ウサギが、声のしてきた方へ向けて頭を上げて感謝の念を述べる。果たしてそこには彼女の予想通りの人物がいたのだが、同時にその人間と共にいる「それ」の姿を目の当たりにして、彼女は言葉を言い終えたまま口を半開きにし、唖然としてその場に立ち尽くした。
「おい、どうした」
「ヘイ、ミチルどうしまシタ? 何かあったのデスか?」
満の様子に気づいた浩一とアスカが彼女に声をかけ、それから満の視線の先へと自分達も目を向ける。直後、彼らも同様にその身を硬直させた。
「みんな無事か? また無茶なことはしてないだろうな?」
そこにいたのはミチル達の予想通り、彼女たちの所属しているクラスである二年D組の担任を務めている新城亮であった。正確には亮本人がそこにいるのではなく、彼の乗り込むサイクロンUがそこにいた。ミチル達はそれに驚いている訳ではなかった。
彼女たちを唖然とさせていたのは、この時サイクロンUが一体の白い龍の背にまたがり、彼らの前に姿を現していたことであった。
「すげ……」
「おっきい……」
その龍はミチルやタムリンよりも頭一つ大きく、サイクロンUなど比較にもならないほどの巨大な体躯を持ち、全身を汚れ一つない白で包み込み、頭から雄々しい一対の角を生やしていた。
人智を越えた存在とはまさにこのこと。生徒達はこの時、まさに生きながら神に出会ったかのような心地を味わっていた。これはさすがに予想外の出来事であった。
「なんだ? 反応がない。いったいどうしたって言うんだ?」
「我らの姿を見て腰を抜かしておるのだろう。まあ殆ど私に責任があるようなものだが」
一方の亮はなぜ眼下の生徒達が唖然としているのかがいまいち理解できず、彼を背に乗せていた龍、もとい麻里弥の母である十轟院多摩はそんな彼に向けてため息混じりにそう答えた。
同じ頃、月光学園のあるその町の空では一番星が輝いていた。正確には雲一つ無い夜空の中で、その星以外の光が一つも無かったのだ。
これはこれで不思議な出来事であった。なぜなら、いつもならこの時間に夜空を見上げれば、少なくとも二、三個は星の光を見ることが出来たからだ。多いときには何十個もの星々の煌めきを目の当たりにすることも出来、その様はこぢんまりとしながらも壮観と言えた。
もっとも、そのことに関して本気で気にする人間はこの町にはいなかった。そもそも今の時代では意識して空を見ようとする人間の数自体が減ってきており、なので例え星が一つだけ異様に光って見えていたとしても、それを異常な状態と見て調査に乗り出す人間がいるはずが無かった。その一番星の瞬きがなければこの日の夜空はとても寂しく冷たいものとなっていただろうが、それを気にする人間もいなかった。
「あれ?」
そんな夜空の異変に最初に気づいたのは、駅近くの居酒屋からほろ酔い気分で外に出た一人の中年の男だった。彼は何気なしに空を見上げ、偶然それに気づいたのだった。
「なんだあれ?」
だが彼は件の「星が一つしか輝いていない」ことに気づいたのではない。そもそも彼は星のことなどまるで興味が無いし、天体に関しても詳しいわけでは無かった。しかしそんな宇宙に疎い彼でもそれが異常事態であると理解できるほどに、空の上ではある一つの出来事が大胆に進行していた。
「な、なんだよ。なんだよあれ」
最初に男が見たのは、例の一番星と同じ強さの輝きを持った星が、一番星を取り囲むようにほぼ同じタイミングで光を放ちながら空に出現した光景だった。そして目の前の不思議な光景に釘付けになっている男の視線の先で、空に輝く七つの星はさらにその輝きを増していった。
星の光は段々と強さを増していき、やがて男の視界を隅々まで真っ白に染めてしまうほど強烈な光を発していった。だがその段階になって、ようやく男はあることに気がついた。男だけではなく、彼以外の全ての町の住人がそれに気づいた。
「なんでこっちに来てるんだよ!」
七つの星が町に急接近してきていたのだ。そして男が悲鳴をあげた直後、白い光を放つ星々は一つ残らずその大地に激突した。