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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第二章 ~勇者ロボ「タムリン」登場~
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「拘束」

「コーイチ! ねえ、コーイチってば!」


 自分を呼ぶ声がして、月光学園二年D組の益田浩一は足を止めた。長身で猫のようにしなやかな体、吊り目、毛先に黒いメッシュの入った金髪と、一見して不良のようにも見える彼を呼ぶその声は、声変わりを迎える前のハスキーな女の子の声だった。


「ちょっとコーイチ! どこ行く気なのよ! そっち学校じゃないでしょ!? それにもうホームルームも始まってる時間だし!」


 女の子の声が再び浩一の耳に響く。だが歩道の脇にどいた彼にそう声をかける人の姿はどこにもなく、周囲の人々も彼を無視して歩道を行き来するだけだった。

 女の子の声は浩一にしか聞こえていないようであった。


「ねえ、聞いてるの!? コーイチってば!」

「聞いてるよ」


 三度放たれた声に、ここで初めて浩一が口を開く。しかしその声量は周りには聞こえない程度に小さく、そして再三の催促を受けて軽く苛ついていた。


「じゃあ返事くらいしてよ! バカ! バカコーイチ!」

「うるせえな。今大事な時なんだから黙れよ」


 どこからともなく聞こえてくる声に、浩一が気怠げに返す。そして前髪をいじりながらそれまでと同じ方向へ再び歩き始めた浩一の耳に、件の女の子の声がより一層やかましさを増して轟いた。


「おいゴラァ! なにシカトしてんだよオラァ! プリンセス様が質問してんだぞ! 無視してんじゃねえよクソ野郎がァ!」

「うるせえんだよクソプリンセス」


 口汚い女の子の言葉に、だるそうな口調の中に殺気をはらませながら浩一が返す。そして前髪をいじるのを止め、今度は首筋に手を押し当ててそこを揉みながら浩一がだるそうに言った。


「予感がしたんだよだよ」

「予感?」

「ああ。首がチリチリする」


 そう言いながら浩一は歩くスピードを速めていく。やがて足の動きを歩きから早歩き、早歩きから全力疾走へとシフトしていく。

 人波をかき分けつつ歩道を駆け抜けながら、浩一がその声の主に言った。


「悪党の気配がする」





 同時刻、新城亮は冷たいコンクリートの床の上で目を覚ました。うつ伏せの姿勢で眠っていたためにその氷を直接押し当てられたような冷たさを頬で感じ、それによって目覚めた直後の彼の意識は、まどろみの中から一気に覚醒へと引き上げられた。

 強引な覚醒を迎え、あわてて飛び起きて周囲に目をやる。そこは月光学園の体育館と同じくらいの広さを持った空間であり、打ちっ放しのコンクリートの床と壁、そして切り妻屋根の天井以外に何もない、物寂しいところであった。照明の類もなかったが、壁の上部には明かり取り用の窓がつけられており、それによって中の様子はハッキリとわかった。

 中の様子がわかったと同時に、彼は今自分の身に何が起きていたのかも把握した。亮の両手は後ろ手に縛られ、両足もまた足首の部分で雁字搦めに縛られていた。


「あ、新城先生起きたー?」


 不意に声が聞こえてきた。幼さの残る少女の声だ。その声がした方に亮が目を向けると、そこには月光学園の制服を身にまとった一人の女生徒が立っていた。声と同様にあどけなさの残る、ピンク色の長い髪をツインテールにまとめた小柄な少女だった。

 亮はその顔に見覚えがあった。


「君は、確か執行委員の……」


 かつて自分を襲った連中の一人だ。そう亮が呟くと、目の前の少女はクスクス笑ってそれに答えた。


「そうだよー? 生徒会執行委員一年、朝倉若葉。よろしくねー!」

「……なんでこんな事したんだ?」


 天真爛漫な様子を崩さない若葉を前にため息をつきながら亮が言った。この状況で目の前の女生徒は今の状況とは無関係だと言い切れるほど、亮はお人好しでは無かった。相手がかつて自分を襲った奴ならばなおさらだ。

 それに対して、若葉は嬉しそうに表情を綻ばせながらリズムよく答えた。


「それはもちろん、お仕置きだよ!」

「おしおき?」

「そ。先生、こっちのお願いぜーんぶ無視するんだもん。とってもイケナイ、悪い子なの」


 若葉が決めつけるように言った。その楽しげな顔を見つめながら亮が返す。


「俺からしたら、あんな事を平然と頼んでくる方が悪い奴だと思うんだが」

「それは違うよ。だってあそこでは、学園のルールがどんな場合でも一番なんだから。学園に従わない方が悪い子なんだよ?」

「君は本気で言ってるのか?」

「本気も本気。若葉、いっつも本気なんだから! 洗脳受けたとかじゃないんだからね!」


 亮の問いかけに若葉が陽気に答える。そのしゃべり方は若干おバカっぽかったが、同時に言葉では突き崩せない強固な信念をひそませてもいた。そして亮の元へゆっくり近づきながら、若葉が自分が真実だと思っている言葉を紡ぐ。


「だからね、今回の場合は先生の方が悪い子なの。言い訳は聞かないの。だからそんな悪い子には――」


 そこまで言った直後、若葉の両手の爪が勢いよく伸びた。内向きにしなったそれはナイフのように鋭利であり、窓から差し込んだ日光を受けてギラついた光を周囲に反射させていた。


「オシオキしなきゃ」


 その直後、それまで明るく輝いていた両目から一気に光が消えた。そして消えた光の代わりにドロドロに濁った闇で満たされたその瞳を亮に見せつける。この女もまともじゃなかった。

 一方で刃物のように伸びた爪を見た亮はお前最初に襲ってきたときは刀持ってなかったかと言いたかったが、下手に刺激してもまずいと思って口をつぐみ、代わりに尻を使って後ろにゆっくりとずり下がっていった。


「お、おい、お前それで何する気だ」

「だから、言ったでしょ? 聞き分けの悪い新城先生にオシオキするの。今回は動けないように手足を縛り上げたから、あの時みたいなあんな動きはもう出来ないよね?」

「具体的には何するんだよ?」

「さあ? 先生はどうしてほしい? 三枚おろし? 細切れ? 挽き肉?」


 そう答えながら若葉が右手を顔の位置まで持ち上げ、ゆらゆらと指をでたらめに動かす。時折伸びた爪同士が擦れあい、シャン、シャン、と高い金属音が鳴り響く。その相手を威嚇するような動作は、実際非常に恐ろしかった。


「先生、逃げても無駄だよ? そんな格好で私から逃げられると思ってるの?」


 そしてなおも後ろにずり下がる亮を見て、嘲笑を浴びせながら若葉が言った。出入り口らしきドアは若葉のずっと後ろにあり、それ以外にはどこにも見あたらなかった。


「だから先生、あきらめてよ。痛いのはちょっとだけだから。ね?」


 そう言って歩く早さを一段階上げる。退がる亮を逃がすまいと、互いの距離をぐんぐん縮めていく。

 やがて亮と若葉の足先が触れ合うほどに両者が肉薄する。若葉のクレヨンで塗りつぶしたように真っ黒な瞳が亮を完璧に捉える。口元を歪ませ、右手を高々と掲げる。


「ほら。ほら。ほらほらほらほら」


 口と目をいっぱいに開き、歓喜に満ちた声を上げる。過去最高の修羅場を前にして亮はこれまでかと思い、覚悟を決めて両目を力強く瞑った。


「さあ、先生。ちょっとチクッとするの」





「バスターキィィィック!」


 爆発音と共に若葉の後ろにあった壁が内向きに吹き飛ばされたのは、その直後であった。

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