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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
序章 ~月兎獣「アラタ」登場~
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「月下の血戦」

「レディース・エーン・ジェントルメーン!」


 窓から漏れる明かりが宝石のような光を放つ夜の大都会、その上空に浮かぶ円盤の上から、景気のいい声がマイク越しに高らかに響きわたった。


「さあ、今夜も始まりました。銀河ビッグマンデュエル・イン・地球! 今回も完全生中継、それぞれの星の言語に自動翻訳した上で全宇宙同時放送でお送りします!」


 その声が轟くと同時に、底部からカメラを吊り下げた一回り小さな円盤がステルス装置を解除して次々と出現し、周囲を飛び回りながらカメラをせわしなく動かして眼下の光景を撮影していく。ちなみにこれによって映された映像は全宇宙に放映され、当然地球のテレビでも見ることが出来た。更にここより十二キロ離れた地点では特設の大型ディスプレイが設置され、そこではこの戦いを生で見ようとやってきたギャラリー達でごった返していた。

 そして先の円盤の上の透明な半球系のドームで覆われた空間の中で、アロハシャツを着て二本の足で立ち、三本指の手でマイクを持った一匹の豚がハイテンションで実況を行う。その豚の横には一羽の鶴が羽を畳んで足を折り曲げ、礼儀正しく椅子の上に座っていた。


「本日の舞台はここ日本の東京! 試合形式は『ハリー・ツブラヤ・スタイル』! 巨大怪獣対巨大ロボット、一対一の勝負だァ!」

「今回は日本人と月人の一騎打ち。これは面白いことになりますよ」


 高いテンションのまま喋り続ける豚に対し、鶴の方は目を閉じながら冷静に言葉を紡ぐ。


「日本人と月人は大昔に交流を行っていた事がありますからね。月人が地球人にロボット開発技術を提供して『ビッグマン』に参加させたのもその縁から来ていると言われていますし、色々な意味でお互い因縁のライバルと言ってもいいんじゃないでしょうか」

「その馴れ初めの下りは、現在の日本では竹取物語と言う名前で伝わっておりますねえ。そんな昔からの繋がりがあるわけですから、お互い相手を意識していてもおかしくないでしょう」

「それはそうでしょう」

「そして今回の試合、なんとその月人の現頭首が直接観戦しているとのことです。これは月側も余計に気合いが入っているんじゃないでしょうか」

「それはそうでしょう」

「でしょうねえ。ではそろそろ、両選手の入場です!」


 鶴の言葉に相槌を打ちながら豚が高らかに宣言する。その直後、彼らの眼下に広がる高層ビル群の一角から光の柱が出現し、そしてその柱の内側から壁をすり抜けるようにして、一体の巨人が姿を現した。


「出ました! 地球側、日本人の操るロボットの登場です! 全長八十メートル、二足歩行! グローリー・ローズだァァァァ!」


 それは一言で言い表すならば、全身真っ青に塗装された西洋甲冑に身を包んだ騎士であった。縦に長く前に出っ張った五角柱の頭部と両肩の端が外向きに鋭く尖っているのが特徴で、左手には自身の身長ほどの長さを持つ円錐形の長槍を、右手には円形の盾を持っていた。

 その体はビルの谷間に挟まれてなお、存在感を堂々と放っていた。その目線の先にはビルの屋上が映り、足下にある車はまさに石ころも同然であった。


「そしてそのパイロットは、エリートパイロット養成校『私立月光学園』の高等部二年生パイロット、橘潤平! 世界トップクラスの才能を持った子供たちを集めた同学園の中でも上位に食い込む実力を持つ、同学年期待のホープだァ!」


 豚がパイロットの解説を行っている間、カメラ付き円盤の上にあるスポットライトが一斉にその青いロボット『グローリー・ローズ』を照らし出す。一方、当の青いロボットは光の中で両足の踵をくっつけて直立姿勢になり、武器と盾を持ったまま腰だけを曲げて恭しく一礼した。曲げた腰の関節の隙間からシャフトやパイプが見え、全身から船の警笛にも似た金属同士の噛み合う鈍い音が轟いた

 それは騎士と言うよりも紳士というべき立ち居振る舞いであり、同時にその堂々とした立ち姿は彼が歴戦の若きエリートである事を言外に示していた。


「これまでの戦績も全戦全勝。まさにエリートの名に恥じない活躍ぶりですね」

「さあ、それに対する月人側の代表は、アイツだァ!」


 そんな鶴の解説もそこそこに、豚が叫びながらグローリー・ローズの向かい側に目をやる。それと同時に例のスポットライトが稼動し、豚の視線の先にある車道のある地点を一斉に照らし出す。

 その直後、その照らされた地面の周りが振動を始める。周りのビルが左右に揺すぶられ、大地が重々しく唸りをあげる。

 そして揺れが収まった直後、照らされた地点に蜘蛛の巣状にヒビが走り、間を置かずにそこから周囲のビルを巻き添えにして地面が真下へと陥没する。そうしてその出来た穴の底から、土煙を立てながら巨大な何かが地上へと出現した。


「月兎獣『アラタ』! 全長八十五メートル! 怪獣態での登場だァ!」


 それは二本の足で立つ巨大なウサギだった。赤く爛々と輝く瞳。ピンと突き立った長い耳。まるまるとした白い体躯。短く曲げられた後脚。足が短すぎて尻が地面にくっついてしまっていた。どこからどうみてもウサギであったが、よく見るといくつか異なる部分があった。

 前脚にあたる部分から人間の格闘家が持つような筋骨隆々とした腕を備えていた事と、赤く爛々と光る目が四つあった事だった。


「シャアアアアアアッ!」


 そしてスポットライトの光を一斉に浴びる中で、その巨大ウサギは両腕を大きく左右に広げ威嚇の姿勢を見せながら、目の前のロボットに向けて重々しい声で吠えた。蛇が威嚇するときに出す声に似ていた。

 対する『グローリー・ローズ』は言葉で答える代わりに左足を半歩後ろにずらして盾と槍を構え、重苦しい金属音を響かせながら臨戦態勢が整った事を身振りで伝えた。

 それを見たウサギは左前脚を一歩前に出し、再び獣のような叫び声をあげる。お互い戦闘準備は万端だった。


「それでは、周辺の住民の避難も既に完了しております! GBD・イン・地球! 怪獣対ロボット、時間無制限一本勝負! レディィィィィ……」


 豚が小指を立てながらマイクを握り、現在進行形で全銀河を熱狂の渦に叩き込んでいる異種格闘技戦の始まりを猛々しく告げる。


「ゴォォォォォッ!」





 周囲を浮遊する円盤の一つから戦闘開始のゴングが鳴り響く。それと同時にグローリー・ローズは姿勢を低くして盾と槍を構え、目の前に立つウサギ怪獣めがけて勢いよく突進を始めた。


「グローリー・ローズ! 突っ込んでいくッ! 一直線だァァ!」


 豚が叫ぶ。グローリー・ローズの動きに迷いは無かった。大きい歩幅で一歩一歩前に踏み出しながら、青の巨体がウサギに迫る。

 これだけ巨大な物が猛スピードで駆け抜けて、周囲に被害がでない訳がなかった。力強く一歩を踏み出すごとに、その衝撃で周囲のビルは激しく揺さぶられ、窓ガラスは残らず砕け散り、停められていた自動車とマンホールは抵抗もせずに真上へすっ飛んで行く。ガードレールはひしゃげ、自転車とバイクに至ってはもはや原型を留めていないほどにねじ曲がっていた。


「速い! 絶対に速いぞグローリー・ローズ! 初撃で決める気かァッ!」


 しかしそんな周囲の影響などお構いなしに、グローリー・ローズは放たれた弾丸の如く、槍を突き立てながら怪獣めがけて迷い無く駆け抜けていく。


「しかしどうした! アラタ、全く動きません! あれを受け止めるつもりなのか!」


 しかしそんな鋭い弾丸を前にして、アラタは両手を前につきだしたままそこを動こうとはしなかった。彼らの両端には二人を挟み込むようにビル群が建っていたが、その中には彼らの身長よりも低い物も当然あり、楽に乗り越えることも出来たにも関わらず。

 そしてついに両者が激突する。刹那、両者の間から爆音が轟いた。


「ビルが根こそぎ吹っ飛んだァ! 隕石が落下したかの如き衝撃だァ!」


 インパクトの瞬間、巨大な二者に挟まれ圧縮された空気が逃げ場を求めて両者の隙間から左右へ一気に噴き出し、彼らの周囲にあったビルを根こそぎ倒壊させていったのだ。照明や窓ガラスはおろかあらゆる柱がクッキーのように砕け、自重に耐えきれなくなったビル群が次々倒壊していく。

 しかし周囲のビルが音を立てて一つ残らず完全に崩れていったその時、当の両者は既にそこより遙か後方にいた。


「押していく! ドラムカンを押すようにッ! どんどん押していくぞォォォォッ!」


 激突した直後から、グローリー・ローズが猛烈な勢いでアラタを後ろへと押しやっていたのだった。スピードこそ最初の突撃よりもずっと落ちていたが、グローリー・ローズのパワーは全く落ちていなかった。対するアラタは顔をまっすぐグローリー・ローズへと向けてその相手の顔を睨みつけていたが、体は大きく『く』の字に曲がったまま、ぴくりとも動けずにいた。そしてその間も尻と両足を地面に擦り付けながら後ろへと押し出されており、その足下からは抉られた地面がその場で粉砕され土埃となって彼らの軌跡を視覚化していた。


「ここでアラタ動くッ! ただでは転ばないかァッ!」


 するとアラタが右手を開き、その太い指を側面にあるビルへと食い込ませた。だがしかし、抵抗むなしくそれはすぐに端から外れ、すぐさまその隣にあるビルへと食い込む。そしてそれもすぐに外れる。そうして五本の指は次々とビルの表面を抉り取っていき、五本の直線を残しながらビルを端から倒壊させていった。それでも両者のスピードは全く落ちず、ついにアラタは頭を真上にあげて苦しげに呻き声をあげた。

 グローリー・ローズ、圧倒的優勢。それが起きたのは、そのままワンサイドで展開が進むかと思われたその矢先だった。


「な、なんだ! いったいどうした事だァッ!」


 空中からその様子を見ていた豚がそれを前に見も世もなく叫び声をあげた。隣にいた鶴も口を半開きにしてその様を凝視していた。


「止まっているッ! 今まで無抵抗に滑っていたのが、あっと言う間に止まっているッ!」


 それまで順調に滑っていた両者がある時突然速度を落とし、即座にその場で停止してしまったのだった。グローリー・ローズに問題が起きたのか、それともアラタが本気を出したのか。束の間の静寂が訪れた中で、その答えがすぐにもたらされた。


「グウウゥゥゥゥ……」


 アラタが真上にあげていた顔を再びグローリー・ローズに向ける。その目は燃え盛る怒りの炎で溢れており、このとき左手はガッシリと槍を掴んでいた。激突した時からその巨体は大きく折れ曲がってはいたが、それは槍が腹に刺さっていたからではなく、自分から体を曲げて直撃を避けていたのだった。

 完全に攻守が逆転した。否、この勝負は最初からアラタの手の内にあった。


「シャァァァァァ!」


 アラタが叫び左手に力を込め、握りしめた槍を握り潰す。捕まれた所から先端にかけてが鈍い音を立てて地面に落ちる。完全にその後右手で眼前のロボットの太股の内側を、左手で首筋を掴み、鉄の巨体を力任せに高々と真上へ持ち上げた。その姿はまるで神に供物を捧げるかのようであり、その圧倒的な姿からは恐怖はもとより神々しささえ感じられた。


「な、なんだ! 何をする気だァァッ!」


 豚が驚いた声を出す。グローリー・ローズは激しく四肢を動かすが、アラタは全く動じない。それどころか握った部分がひしゃげていくほどに両腕に力を込めていく。


「Gahhhhhhhh!」

「ま、まさか」


 そしてアラタが獰猛な叫び声をあげた直後、掲げたロボットの腰から上と下を真っ二つに引きちぎった。


「なっ……!」

「Graaaaaaaaah!」


 決着。誰の目にも明らかだった。

 豚も鶴も、何も言えずに口をあんぐりと開けてその光景を見つめていた。

 後には上下に分かれたロボットの残骸をそれぞれの手に持ち、勝ち鬨をあげるように吠え続けるアラタの姿だけがあった。





「確か、この先だったような……」


 摩天楼の中にあるスクランブル交差点の一角で、新城亮は地図と実際の道を交互に見やりながら呟いた。

 ぱっと見は冴えない男だった。黒のショートヘアは癖だらけでボサボサであり、その茶色の瞳からはまるで気迫を感じなかった。着ているスーツは綺麗で立派な物であったが、あまり似合っているとは言えなかった。パリッとした服装が似合うほどお堅い人間では無かった。

 決して不細工では無かったが取り立てて美形でもなく、その出で立ちからは『人の良い近所のお兄さん』とも言うべき凡庸さ、もとい親しみやすさを発していた。

 そんな彼のいた交差点のはまだ早朝の六時と言うこともあって人影もまばらで、周囲は閑散としていた。


「うん。あっちだ」


 やがて道順を確認し終えた亮が、『月光学園』と書かれた箇所に赤丸が記された地図を畳んで手に持った鞄の中にしまい込み、横断歩道を渡る。そして反対側に渡り終えたとき、亮は目の前に建つ高層ビルに目をやった。


「もう直ってるんだよなあ」


 ここでビッグマン・デュエルが行われたのはつい昨日の事。この辺りはあの巨大ウサギと学園側のロボットが激突した地点であり、あの時周囲のビルは根こそぎ吹っ飛んでいた。だがそれからわずか数時間経った今では、亮の周りにはいつもと変わらない光景が広がっていた。少なくとも廃墟と化した建物は一つも無かった。

 これは戦闘の後、デュエルの主催者である宇宙人達が廃墟と化した市街地に『物質変換修正ビーム』なる怪しげな光線をぶつけたからである。このビームの存在はビッグマン・デュエルの基本ルールの中にもバッチリ記載されており、戦う当人やその関係者、果ては観戦者全員までもが当たり前の事として知っている事であった。これのお陰で、誰もが気兼ねなく自分の町を容赦なくぶっ壊していく戦いに熱狂する事ができたのである


「宇宙人はすごいな」


 そのビームの存在を思い出し、他人事のように呟きながら亮が顔の位置を元に戻して前へ歩き始める。


「あ、あのっ」


 そんなハスキーボイスが亮の耳に入ってきたのは、まさにその時だった。


「ん?」


 亮が歩くのを止めて声のした方に目をやる。そこには自分の肩ほどの背丈を持った一人の少女が立っていた。

 元気溌剌な少女だった。適度に肉の付いた健康的な体。自分と違って綺麗に整えられた黒のショートヘア。形の整った眉にぱっちりと開かれた瞳。白いシャツの上から袖のない薄手の黄緑色のベストを着て、ベストと同じく黄緑色のショートパンツと白いスニーカーを身につけていた。


「ちょっと、道を教えてほしいんですけど」


 そしてそんな少女はその溌剌な瞳を遠慮がちに伏せながら、そう亮に尋ねてきた。それを聞いた亮はすぐに頷き、その少女に尋ねた。


「ああ、いいよ。どこに行きたいんだい?」

「は、はい。ええとですね、げ、げっこー……?」

「月光学園?」

「あ、そう。そうですそこです」


 亮の言葉を聞いた少女が明るく答え何度も首を縦に振る。その少女に亮が言った。


「実は自分も、今からそこに行こうと思ってたんだよ」

「そうなんですか?」

「ああ。今日からあそこに教師として赴任する事になっててね。それでだよ」

「へええ。でもあそこって、超エリート校ですよね? そこで教師になるなんてすごいなあ」

「そうでもないって」


 純粋に尊敬のまなざしを向ける少女に苦笑して答えた後、話題を逸らすように亮が少女に言った。


「そんな訳なんだけど、なんなら一緒に行くかい?」

「えっ、いいんですか?」

「ああ。君がいいなら」

「もちろん! ご一緒させてください!」


 花火のように顔をはじけさせながら少女が亮の申し出に頷いて答える。そしてそれを聞いた後で再び地図を広げた亮の隣に立ちながら、少女が彼に向けて言った。


「そういえば、まだ自己紹介してませんでしたね」

「そういえばそうだったな。私は新城亮。君は?」


 亮からの問いかけに、少女は満面の笑みを浮かべて答えた。


「私、富士満って言います。『みちる』って呼んでください」

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