第8話 狂犬
「今日は成果なしか」
私は正門に向かって小村と一緒に歩きながら、今日の成果についてほやいた。
「そうか、私はスリルがあって、結構面白かったよ」と小村かおりは楽しそうに答えた。
私も楽天的だが、小村は自分以上に楽天的な性格だと思った。
「おっ、シロだ」
小村かおりの視線の先の雑木林の中に一匹の白い中型犬が居た。
たびたび、学内に現れるシロと呼ばれる大人しい野良犬で、この学校の犬好きの間では一種のアイドル犬だ。大変人なっこく性格で、エサやお菓子欲しさに、誰にでも尾を振ってついていく。野良犬なので、たびたび駆除されそうになったが、頭も良く、保健所の人間や自分を捕まえようとする人間が居ると、まず姿を現さない。一説では、その間、一部の生徒たちに保護されていると言う説があるけど。
「シロおいで」
大の犬好きで、たびたびシロにエサやお菓子を上げている小村かおりは腰をかがめ、手を叩いてシロを呼んだ。
だけど、シロはいつものシロとどこか変わっていた。
ゆっくり歩いて近づいて来て、6メートルぐらい離れたところで、低い唸り声を上げたかと思うと、背を立てて胸を地につけ、こちらを狙って身構えた。
そして、縮んだバネが素早く飛び跳ねる様に狼が襲ってきた。
「キャッ」
私も、小村も悲鳴を上げ、怖気づき、しゃがみ込んでしまった。
私は咬まれていなかった。その代り、小村が襲われていた。
犬は小村の顔や首を狙うが、小村は両手で必死に追い払おうとする。
しかし、小村は左手を噛まれてしまった。
悲鳴を上げる小村。
私はようやく正気に戻ると、小村を助けるべく立ち上がった。
私は脇に犬を抑え込み、両手で犬の口を掴み、抉じ開けようとする。しかし、犬の顎は強く、なかなか開かない。
そうこうしているうちに、周囲の生徒たちが気がつき、手伝うために集まりだした。そして、どうにか、口を開かせることに成功し、小村を助け出すことが出来た。
救急車が呼ばれ、小村と私は救急車で搬送されることになった。
シロは破傷風菌を持っていたらしく、小村は念のために入院することとなった。
◇ ◇ ◇ ◇
「私のせいなのだろうか・・・」
夜、ベットに入りながら、今日一日のことを振り返った。
今まで、シロが人を襲うなんてことはなかった。
それが今日突然、何の前触れもなく人を襲ったのだ。しかも、たびたびエサを貰っている小村かおりに対して。
なぜなのだろうか。
吸血鬼のせいだろうか。吸血鬼は犬や狼などの動物を操る能力があると本にあった。
だとしたら、やっぱり私の責任だ。
吸血鬼調査の興奮は覚め、後悔が心を占めていた。
吸血鬼が居るか、居ないかなんて、どうだって良い。
科学的な因果関係なんて、どうでも良い。
もう調査を辞めるべきだ。
◇ ◇ ◇ ◇
次の日の放課後、私は、ノートを返しに放送部へ行った。
ノックをして放送室に入ると、放送部長の与田直美さんと、生徒会会計の谷繁久美子さんが居た。
谷繁久美子さんと直接の面識はなかったけど、部活動の予算を握っている人、別名生徒会の陰の支配者として、生徒の間では有名だった。
「ノートを返しに来ました」
「ありがとう。わざわざ悪かったわね。それで、ノートを読んで何か面白いことでも判った?」
「いえ、特に・・・それに私、吸血鬼について調べるのもう辞めるので」
「それは、お友達と一緒に野犬に襲われたから」
私と小村かおりのことは、既に学校中に広まっているようだ。
「そうです」
「でも、吸血鬼調査と、野犬に襲われるのは関係ないのでは」
生徒会会計の谷繁久美子さんが口を挟んできた。
「・・・」
吸血鬼について、あまり知らない第三者から見ればそうだろう。
「たしか・・・吸血鬼は、犬や狼を従える能力があったわよね。あなたは野犬が襲ってきたのは、吸血鬼の指図だと思っているんだ」
「判りません」
「あなたは吸血鬼の存在を信じているんだ。そして、彼を恐れている」
谷繁先輩は 机の上に両肘をつき組んだ両手の上に顎を乗せてながら質問してきた。その姿は、どこか楽しそうに感じた。
「信じていません。でも友人が怪我したのは、私の責任です」
「そう・・・楽しみにしていたんだけど。残念ね」
私は二人に挨拶をした後、放送部を後にした。