第13話 渇き
ポルフィリン症。僕が、そう認定されたのはわずか3歳の時だった。
ポルフィリン症になると、症状によっては、肌が日光に過敏に反応するようになり、日光を避けて生活しなくてはならなくなる。
また、重度の患者は、顔が青白くなり時には歯茎まで痩せ細り、歯が牙の様に異様に長く見える場合もある。
まるで、吸血鬼のように。
吸血鬼の日光に弱いという設定や容姿は、ポルフィリン症患者の患者がモデルではないかという説すらある。
だが、似ているのはそこまで。
吸血鬼は、日光に弱いだけで、不老不死だが、僕は違う。
病弱で学校にすらまともに行けない。他の子供のように日中、日の下で遊ぶことが出来ない。
僕は日中部屋に籠っていて、外に出られるのは夜か、天気の悪い日だけ。
当然、そんな僕に友達が出来るわけがない。
僕の楽しみと生活の中心は、本とネットと夜の散歩。
こんな生活が10年以上続いている。
幸運なことに、親が資産家のため、死ぬまで働かなくても生きていける。
17歳でニート決定か。
そんな生活が永遠に続くかと思っていた時、僕は、突然恋に落ちた。
夜の散歩をしている時、公園で犬の散歩をしている彼女と出会った。
偶然、話をしてみて、面白いように話が進んだ。
僕の生活は一変した。
会うことが出来るのは夜だけだったが、外の世界がこんなに輝いているとは知らなかった。
だが、そんな生活は長くは続かなかった。
彼女は僕を残して死んでしまった。
病気ではない。
自殺だ。
なぜ、彼女は、自殺してしまったのか。
なぜ、僕を残して、何も言わずに自殺したのか。
彼女にとっても、僕はその程度の人間だったのだろうか?
僕は、それ以降、心の隙間を埋めようと、街に出て女をあさった。
自分から声をかける時もあったし、多くの場合は女の方から声をかけてきた。
自慢じゃないが、僕は外国人の血が少し混じっているためか、見た目だけは抜群に良い。
そのため、たびたび女性から声をかけられた。
そして、肉体だけの関係を持った。
だが、いつも、自分の会話の詰まらなさからか直ぐに飽きられた。
僕自身も、すぐに飽きた。
結局、彼女みたいな女性には会えなかった。
ある日、こんな僕に、女性が声をかけてきた。
最初は、いつもと同じような女と思ったが、彼女は違った。
彼女は僕を特別な存在だと言った。
彼女は僕を吸血鬼だと言う。
もし本当に、吸血鬼であれば、どれだけよかっただろうか
不老不死の吸血鬼。
日の光に弱いいう共通点こそあるが、僕は病弱なだけだ。不老不死には程遠い。
彼女は、僕が血を飲んでいないからだと言った。
そして、彼女は、僕に彼女の血を飲めという。
それにより、偽りの自分を捨て、本当の自分になることができると言った。
だが、そんなことが出来るわけがない。
僕は、その場から急いで逃げだした。
◇ ◇ ◇ ◇
「血が欲しい」
この欲求を感じる様になったのはつい先日、彼女に会ってからだ。
そして、異常に喉が渇いた。
いくら水を飲んでも、喉の渇きは癒されることはなかった。
その日以来、僕の心も体も、この欲求に支配された。
そして、女性の首筋に食らいつき、首筋から血を飲む光景が、頭から離れることはなかった。
僕はその妄想に強い興奮を感じ、同時に強い性的興奮も感じていた。
しかし、身近に、僕のために血を差し出してくれる女性などいるはずもない。
彼女の電話番号を聞かなかったこと、彼女の提案を断り、彼女の血を吸わなかったことを深く後悔した。
僕は、しばらくの間、この欲求と格闘しなければならなかった。
昼も夜も、血を吸う幻想に悩まされた。
血を得るために、人を殺すことすら考えた。
しかし、そんなことをしたら人生の破滅だ。
僕は自給自足することにした。
「リストカット」だ。
リストカットは目立たないようにしなくてはいけない。
その結果、リストカットによって得られる血の量は、思いのほか少ない。
しかし、その僅かな血が、僕の平静を保ってくれている。
自分の手首を傷つけ、その手首から流れ出る血をススッテいる今の自分を、他人が見たらどう思うだろうか。
哀れむだろうか。侮蔑するだろうか。あるいは、恐怖を感じるだろうか。
僕は、僕自身が怖い。
自分の血という粗悪な代替品で、いつまで、自分が我慢できるかが判らない。
いつまで、正気を保ていられるるか、判ったものではない。
早く、彼女の血が吸いたい。
その日以来、僕は彼女を求めて夜の街を彷徨うようになった
◇ ◇ ◇ ◇
今日、血を吐いた。
どうやら、ポルフィリン症以外にも、別の病気を持っているらしい。
しかも、不治の病。
余命は長くても、3ヶ月らしい。
生きたい。もっと、生きたい。こんな風に死にたくない。
半ば、人生を諦めていた僕に初めて生への執着が生まれた。
◇ ◇ ◇ ◇
夜の街で彼女と会うことが出来た。
彼女の血を飲んだとき・・・僕の中で新しい力が生まれるのを感じた。
だが、喉の渇きは癒えなかった。
もっと、血が欲しい。もっと。
彼女は、『乙女の血』は吸血鬼にとって麻薬と同じだと言った。
確かにその通りだ。
その味を覚えてしまったら、僕は、血の誘惑に逆らうことが出来なくなっていた。




