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危機



 時間が経った。

 きっと春で良かったのだろう、いまだ肌寒い空気は――だが、人が密集する倉庫内ではじわじわと温度があがってきている。

 夏であれば、倒れるものがいるかもしれない。


 冬であれば座ったむき出しのコンクリートが、その体温を下げていたはずだ。

 けれど。

「まだ助けはこねえのかよ!」


 何してんだと、苛立ちをこらえきれぬように井上が叫んだ。

 だが、周囲の者に反応はない。

 陽菜や琴子、浜崎はともかくとして、周囲の仲間ですらまたかといった疲れた視線を送っている。

「な、何だよてめぇら。まだ、誰もこねえじゃねえか! いいから、そうだ。がきんちょ、歌でも歌え」


「何言ってんのよ!」

「うるせぇ!」

 叫んだ井上の言葉に、和馬はきょとんと瞬きした。

 怒鳴ろうとする琴子を止めたのは、いいよという無邪気な言葉だ。


 ええとねと、小さく考えながら。

「ぞんびーぞんびー、どろどろぞんびー」

「やめろーーーっ!」

 井上が叫んだ。

 楽しそうに歌いだした和馬が、さらにきょとんとした顔を見せる。


「な、何だ。その歌は――つか、最近の小学校はそんな歌を教えんのか」

「違うよ――お姉ちゃんが歌ってたの」

「明日香は……」

 琴子は頭を抱え込んだ。


 相変わらずのホラー好きは、家でも変わりないようだ。

 和馬は止められたことに不思議そうにしていたが、少し空気が和んだようだ。

「二見のホラー好きは有名だしなぁ」

「そうそう。図書室にホラー本を入れようとしてたしな」

 楽しそうに笑う周囲の人間のために、井上はそれ以上怒りの言葉を口に出せないでいた。


 不愉快そうに唇を噛む。

 そんな井上を置いて、取り巻きの男たちは次々に談笑を始める。

「かえりてぇな」

 やがて、小さく漏らした言葉に、誰もが頷いた。

 ただ立ち上がる男がいる。


 浜崎だ。

 ずっと見るのは、通路からこちらへ向かう白いドアで。

 何かと疑問を浮かべ、次第に立ち上がる面々の姿。

 それは音へと変わった。

 足音だ。


 ばたばたと走るような足音が近づいている。

 ああ、助けが来たと駆け寄ろうとした井上を浜崎が押し止めた。

 その強い手に、普段の軽口は消え去っていた。

 その表情のこわばりに、琴子も手にした長刀を握りしめた。

 扉が開く。


 人がいた。

 いや、人たちが。

 年齢、性別、顔立ち。全てがばらばらであるのに、まるで同じように等しく。

 無表情。

 かける言葉もなく、ただ気づいたように彼らを見ている。


「逃げろっ!」

 硬直を解いたのは、浜崎の大声によるものだ。

 積まれていた段ボールを投げつけて、指し示したのは後方に設置されていた荷物搬入用のシャッターだ。

 迷わず琴子が走り、『開』と書かれたボタンを押す。


 シャッターはゆっくりと上昇を始めた。

 その遅さが焦りを加速する。

「はやく、はやく!」

 焦りのあまり、本来は一度押せば良いボタンを琴子は指が白くなるほど押し込んだ。

 助け?


 冗談じゃないと。

 あの顔は、先ほど彼女らを襲った人間のものだ。

 いったい何が起きているのかわからないが、逃げなければならないと。

 男たちがシャッターに駆け寄った。


 開け開けと叫びながら、シャッターの扉を叩く。

 けれど、鉄製のシャッターはそんな事では開かない。

 ただ遅々として、ゆっくりと開き続けるシャッターに外の光が差し込み始める。

 衝撃が走った。

 音は後方、入口からだ。


 殺到する男に向けて、浜崎が拳を振るっている。

 逃がそうとしているのだろう、扉の前に立ちふさがり、次々に襲いかかる男を吹き飛ばしている。

 一人も逃がすまいと。

 それとは別に――。

 この男はと、琴子はボタンを押しながら、苛立ちを浮かべた。


 井上と名乗った男が、シャッターの下に屈みこみ、少しでも早く外に出ようとしている。

 情けないと呟きかけたその耳に、野太い声が走った。

「お前ら。がきらと秋峰が逃げるまで、奴らを近寄らせるんじゃねえ!」

 呆然と振り返る男に向けて、浜崎が声を走らせた。

「女を傷つけて、黙ってるつもりか。何のために、俺らは突っ張ってんだ。ただ迷惑かけるためだけじゃねえだろ!」


 叫んだ言葉に、誰もが声を失った。

 何を言っているかと言葉を疑う者がほとんどだ。

 ただ、一人扉の前に陣取り、化け物、そうゾンビを相手取る浜崎の姿に――ゆっくりと一人の男が駆け寄った。

 傍らに置かれていた業務用のスパナを手にして。


「た、たかがゾンビがざけてんじゃねぇ!」

 叫び殴りつけたスパナが、ゾンビの頭をへこませた。

 飛び散った血が、男の身体を汚した。

 そんなものに構っている暇はなかった。


 頭を打ち砕かれてもなおも手を伸ばすゾンビがいる。泣きそうになりながらさらに振るおうとしたゾンビの頭が、吹き飛んだ。

 スコップを構えた、友人が隣にいる。

 怯えと恐怖でぐしゃぐしゃになりながら、それでも友人を救っていた。

「お、俺……人、殺しちゃった?」


「大丈夫。まだ、生きてるよ――残念だけどな!」

 奥歯を噛み締めた、男は倒れたゾンビを恨みがましく見つめる。

 跳ね上がった、その頭に向けて足が振り下ろされた。

 叩きつける音とともに脳漿が巻き散って、むき出しのコンクリートを染める。

「は、浜崎さん」


「殺した責任は俺が全部もつ、だからてめぇらも死ぬ気でやれ。じゃないと……」

 襲い来るゾンビを押し返しながら、浜崎は口の端に豪快な笑みを浮かべた。

「あっさり殺されんぞ!」


 Ψ Ψ Ψ


 遅々として進まないシャッターが、ようやく人一人通れるスペースが空いた。

 背の小さい和馬を逃がそうとした、その陽菜を押しのけて――井上がくぐる。

 その取り巻きの多くは、浜崎を助けるため――また仲間を助けるために、ゾンビの群れに走り出している。


 だが、井上を含め数名はその輪に加わることなく、シャッターから漏れる光へと殺到していた。

 非常時になると、人間の本性が見える。

 そう言ったのは、彼女の長刀の師だ。

 もはや怒鳴る事も忘れて、その様子を見ていた。


「な、な……あ、あああああああ!」

 その怒りが吹き飛ぶほどの絶叫が、シャッターの外から響き渡った。

 逃げだそうとした男たちが、一瞬固まる。

 次第に緩やかに開くシャッター。


 その先で、噛み千切られた井上の姿があった。


 Ψ Ψ Ψ


 がんと、扉が閉められ固定される音がした。

 浜崎の叫びに合わせて、倉庫内を閉めていた棚が扉を塞ぐ。

 喜びもつかの間、振り返った浜崎が絶望的な表情を見せた。

 ゾンビだ。

 溢れんばかりのゾンビが、倉庫街のシャッター前にいる。


 既に食われた井上が、四肢をばらばらにしながら――いまだ何が起こったのかわからない表情で、こちらを見ていた。

 死んでいる。

 いや――違うと、思った。


 その顔が、急速に表情を失うと、四肢がもがれた状態のままでゆっくりと動き出す。

 這いずって、近づく姿に、和馬が後ずさりした。

 守りたいと思う。

 走りだした。けれど、扉の前からシャッター前は何と遠いところか。

 ゾンビ達よりも早くたどり着いたとして、狭い場所もない所で防げるかどうか。


 けれど、走り出す浜崎よりもゾンビは動く。

 シャッターに殺到していた男たちが慌てたように、陽菜を突き飛ばして逃げた。

 お母さん!

 叫んだ和馬が、母親にすがりつく。

 浜崎と共に扉を塞いだ仲間もまた、急いで彼女たちに向かう。


「は、あああああっ!」

 その前で、振るった長刀で近づくゾンビを琴子が牽制していた。

 けれど、その鉄の刃をどれだけ身に受けても、ゾンビ達にひるみはない。

 打撃力がない。

 もし浜崎であったならば、力づくで撃ち払い遠ざける事もできただろう。

 だが、琴子が得意とするのは一撃必殺の攻撃である。

 急所を確実にとらえてはいるが、それではゾンビを止める事ができないでいた。

 間に合えと叫ぶ。


 けれど、伸ばされる手全てを琴子は撃ち払う事が出来ず。

 その顔に絶望が浮かんだ。

 その瞬間――ゾンビを跳ね飛ばしながら、一台のバイクが飛び込んだ。



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