別話2
『芦崎市 避難所まで残り五キロ 次の道を左へ』
芦崎市に入れば、避難所までの道を案内するかのように看板が目に入った。
信用していいかどうかと問いかける沢井の視線に、大場はしばらく迷う。
騙してどうすると思うが、今までの現状から無条件に信用する事もできない。
『右は大通り ゾンビ多数』
近づいてはっきりとわかる小さな文字に、大場は信用する事を決めた。
「左にお願いします」
頷いて走りだしたトラックは、運よくゾンビに遭遇することもなく芦崎高等学校の正面へと到達した。
トラックの中から校舎内を窺う。
そこは大高小学校と同じような様相だった。
もっとも、自衛隊が守っているのだから同じようになるのは当然だろう。
装甲車が敷地の入口に立ち、その左右には機関銃が備え付けられている。
装甲車の陰になって見にくいが、奥には数名の自衛隊員の姿がある。
どうするかとの問いかけに、大場は答える事ができない。
すでに一昼夜を走りどおして、運転手の沢井の顔には色濃く疲れが出ている。
戦闘など、元より最下層であった彼らに望む事などできないであろう。
かといって、これ以上沢井に無理をさせるわけにもいかない。
「私が確認をしてきます。無理だと思ったら発砲しますので、逃げてください」
「って、あんたはどうするんだよ」
「民間人を守る事が私の仕事です」
怖くないわけがない。この避難所がすでに大高市から情報を得ており、捕まったらどうなるのか。また戻されるのか。あるいは、罰としてゾンビとの最前線に向かわされることになるかもしれない。
それでも。
思うのは、自衛隊ですらなかった民間人の青年。
そして、自分が尊敬すべき先輩の顔だ。
自分だけが逃げるわけにはいかない。
強い顔で、ドアを開ければ、運転席から沢井が出た。
「何をしているの?」
「一人よりかは逃げられる可能性だって高まるだろ。それにまだ民間人がいた方が、無理できないだろうしさ?」
ははと硬直した笑顔を浮かべつつ、沢井はトラックの後部へ視線を向けた。
身を寄せ合う避難者の一人に、男性の姿を見つければ、運転席を頼むと告げる。
「あ、ああ」
戸惑いながらも、それでも小さく頷いたのは、あのスーパーでの一件があったからだろうか。
「そんな危険なことを民間人にお願いするわけにはっ」
「もう民間人とか関係ないだろっ。ゾンビが民間人とか軍人とか区別してくれるのかよ。奴らは俺達も狙ってんだ。だったら、だったら俺達だけが逃げるわけにはいかないだろ……なぁ?」
恐怖を浮かべて震えながら、呟かれた言葉は酷く滑稽に見えた。
けれど、大場は笑う事ができない。
きっと自分も震えているから。
「それにさ。もう逃げるわけにはいかないからさ。あんな、後味の悪い逃げなんて、一度で十分だよ」
小さな微笑みに混じった勇気。それに気が付けば断れるわけがなかった。
「ええ、そうですね。わかりました。では……私の後ろから離れないでくださいね」
呟き、自動小銃を手にすれば、大場香奈は閉まる門扉――その隣のインターフォンを押した。
Ψ Ψ Ψ
すぐに自衛隊に身を包んだ隊員たちが姿を見せた。
沢井を背後にしながら、大場は自動小銃を手にしながら、前に出る。
「私は大高市所属の大場三士です。責任者の方に御用があってまいりました」
そう告げられた言葉に、隊員たちは戸惑ったように顔を見合わせた。
「わかった。すぐに取り次ごう――避難者は彼だけか?」
「いいえ。トラックの中にもいます」
「なぜ出てこない。それよりも武器をおろしたまえ」
「武器はお渡しします。その代りに、まずは私だけを中に入れていただけないでしょうか?」
「どういうことだ。意味がわからないぞ、あんた?」
怪訝そうな顔をした男が、銃を小さく握りしめた。
疑いの目で見られることを感じながらも、それでも大場は引くわけにはいかない。
逃げだした結果、また地獄でしたなど――救ってくれた彼らに対する冒涜以外の何物でもない。
けれど、それは自分の我儘だ。
沢井まで巻き込むわけにもいかなくて、すっと大場は沢井を銃口から隠すように前に出た。
それが合図だった。
元よりぎりぎりの状態であって、民間施設への襲撃すらも話題にのぼる状況だった。
そこに、突然現れた自衛隊を名乗る若い女。
まだ大人になって間もない。
若くて、軍の色に染まっていない。そんな自衛隊がいるわけないと、不審と共に向けかけた銃口の向こう。はっと小さく怯える大場にわずかばかりの罪悪感が浮かぶが、訓練された行動は止まろうとしなかった。
即ち。
「やめなさい、馬鹿」
たった一言の命令によって、銃撃は阻止される。
振り向けば、背後に長身の女性がいる。
ウェーブのかかった髪と、唇に禁煙パイポを加えた軍服の女だ。
三十代を過ぎた大人の色気と共に獣の様な危険さを携えている。
鋭い瞳が一瞥するだけで、心臓を掴まれそうになる。
そんな女性が、一言呟けば、慌てたように兵士の二人が敬礼を送った。
「い、岩田三尉!」
言葉を聞いて、目を丸くしたのは大場だ。
学校に入って――すぐに戦場に向かったが、それでも教えられた事がある。
その一つが、軍で最優先される階級。
大高小学校であれば、三尉の階級を持つ者は一人しかいない。
小隊を率いる小隊長であり、そして。
「あなたが、ここの責任者……ですか?」
「ええ。この芦崎高校避難所の責任者をしている、岩田玲子よ。あなたは大場さんといったかしら?」
「は、はい! 大場三士といいます、お願いが……」
かけられた優しげな言葉に敬礼して、前に出ようとしたところで止められた。
兵士の二人が構えた銃はいまだに下ろされてはいない。
「何をしているの?」
「は。このものは武器を持っておりますし、おまけに自衛隊と嘘を」
「訓練しすぎて、脳みそまでふやけた? 嘘のわけがないでしょう。敬礼の仕方に、銃の持ち方……手を抜きすぎたあんたらにもう一度教えたいくらいの良い見本。若いのは学校卒業したてだからでしょう。足りなくなって学生も動員されて……そんな、あんたらの可愛い後輩に、何銃をむけてんの。あご割るよ?」
「え、あっ。し、しかし……」
慌てたように二人の兵士は銃を下ろした。
それでも、言いわけのように開いた口を、冷淡な岩田の声がかき消す。
「意味が不明? んなわけないでしょ。そのふやけた脳みそをフル活用させて考えなさい。なぜ、学生だったの三士一人が避難民を連れて、別の場所までやってきたのか。味方のはずの自衛隊を警戒するのか、そのわけを?」
振るった腕が、大場を指し示す。
振り向いた兵士の二人。その不思議そうな視線に、大場は戸惑ったように後ろに下がる。
その瞬間、がんと小さな音とともに兵士二人が蹲る。
衝撃の音は、男たちを殴った岩田の拳だ。
「怯えさしてどうするの。いい? 軍隊とは所詮暴力集団よ。どんな綺麗事をいったってそれは避けられない。あんたらみたいに想像力が乏しくて、ただ優しい人だけじゃないのよ。人間ってのは」
困ったように、しかし、そんな部下を嬉しそうに見て笑いながら、岩田は肩をすくめた。
「権力欲、食欲、性欲――欲と名のつくもので、古今東西でもすればしばらく暇は潰せるくらいに、人間は欲深い。そんな場所から避難民を連れて頼ってきてくれた人を、脅してどうするの。ごめんなさいね、こいつらも悪気があるわけじゃないの。ただ、馬鹿なだけ」
そう唇に指を立てて笑う岩田の姿に、自然と大場も小さくほころんだ。
いまだに事情が掴めない兵士の前に出て、手で銃口を下げながら岩田は肩をすくめた。
「見学なら自由よ。それで嫌なら、出て行ってちょうだい。ただ、武器や食料の補助はできないけれどね。安藤、上田――トラックを校庭に誘導して。定期的に巡回して狩っているけれど、ゾンビが近づかないとも限らないからね。あなたは私が案内するわ、付いてきなさい」
そう踵を返した岩田と、近づく兵士に沢井が大場を見た。
問いかけるような視線に、大場はしばらく迷う。
信用していいのだろうかと。
けれど、もし彼女たちを閉じ込めようとしたところで、その理由がわからない。
そもそも武装しているのは大場だけで、兵士達がその気になれば校庭に入る前に捕まっていただろう。わざわざ騙す必要性も感じなかった。
先ほどまでは敵愾心を露わにしていた兵士達も、岩田の言葉によって多少の疑いはあるものの、命令を忠実に守ろうとしている。こちらを傷つけようとする意思は見られなかった。
「わかりました。見学してきます。沢井さんはこれを」
「って。重い! だ、大丈夫なのか?」
預けられた自動小銃を手にして、慌てたように叫んだ。
「大丈夫かどうかはわかりません。でも、みない事にはどうしようもないですから」
「あのな。あんたらに何があったか知らんが、こちらは危害を加えるつもりはないぞ。疑うのなら、校庭に入らず、外にいろよ?」
沢井とのやり取りに不愉快そうに、兵士の一人が口を尖らせた。
まあまあと苦笑いをしながら、もう一人の兵士がそれを宥める。
「どちらも落ち着いて、冷静になって、ね?」
「す、すみません。沢井さん――私が戻るまで皆さんをお願いします」
「ああ、わかった」
沢井もそれ以上は口にせず、慌てたように岩田の後を追う大場の姿を見送った。
自分よりもまだ若い小さな背中が遠ざかっていく。
あの小さな手で、これほどに重い小銃を手にしていたのか。
そう考えれば、今までの自分がますます嫌いになりそうで、沢井は頭を振って、トラックへと戻った。
Ψ Ψ Ψ
岩田の足はそれほど速くなく、校庭の中ほどで追いついた。
向かうのは校舎の中ではなく、校舎の裏手の方だ。
歩きながら、隣に並んだ大場に岩田はちらりと視線を落とした。
「何があったかなんて、予想はつくわ。でも、あまりに正直すぎるわね」
「え……」
「警戒するのもわかるけれど、警戒し過ぎれば、相手も警戒するのは当然ね。もし最初に確認したいのなら、トラックは別のところに止めておくべきだし、あるいは最初から中に入らずに、外に出てきた兵士達に接触することだってできたでしょう?」
少し咎めるような口調に、大場は小さな戸惑いを浮かべた。
怒られているのかと、不安を大きくする彼女の前で、岩田は小さく笑う。
「怒ってないわよ。ただもしここを出ていくと決めて、違う場所にいくならそこは注意しなさいってことね。目の前で大丈夫じゃないかと疑われて、喜ぶ人間もいないでしょう。今は若いからって許してもらえるほど、余裕があるわけじゃないからね」
「す、すみません」
大場は慌てて謝罪をした。
いままで長距離の移動と睡眠不足で気づかなかったが、確かに彼女の行った要求は少し無茶苦茶だと気づいたからだ。最初から悪人扱いをして喜ぶ人間はいない。
「いいのよ。ま、あなたも大変だったのでしょう。どこの避難所からかしら?」
「大高市です」
「ああ。あそこは四中隊だったかしらね。遠いところを御苦労さま。何があったかは聞いていいかしら?」
そう言われて、大場は少し口籠った。
正直に答えていいものか。けれど、疑ったのは少し。
先輩であった立花三曹が、同期といっていた事を思い出したからだ。
いままでの会話と、その言葉に信頼してもいいような気がした。
もしかしたら、大高市の避難所も何とかしてくれるかもしれない。
そう思って、避難所で起こったこととスーパーでの一件を、大場は口にした。
「立花が? そう、いまは四中だったのね――」
同期の名前に岩田は嬉しそうに微笑み、またスーパーでの一件を聞けば、不愉快そうに眉をひそめて見せた。
「そう。そんなことが。でも、あなた達が無事でよかった」
「でも、取り残された人が……」
「大丈夫よ。立花がいるんでしょう? あいつは学力テストは全然だったけれど、実技だけは良かったから」
信頼しているのか、岩田は笑った。
もしかしたら、こちらを落ち着かせようとしてくれているのかもしれない。
「あいつがゾンビに殺されるなんて考えられないわ。だから、大丈夫――」
「は、はい」
ゆっくりと優しく肩を撫でられれば、大場は何度も頷いた。
そう、彼らは強い。
立花も、そしてあの少年たちも、自分などよりも遥かに。
そう何度も頷く様に首を振った。
歩みは校庭をすぎて、校舎の横手を通る。
校舎と外壁に囲まれた薄暗い、けれど整った草木の生える場所を歩きながら、大場は小さく問うた。
「何とかはならないのですか?」
「何とかって。それは避難所かしら、それとも立花たちのこと?」
「両方です」
呟いた言葉に、岩田は足を止めた。
校舎の脇――真っ直ぐに見上げる大場は、少しはこちらを信頼してくれたらしい。
何とかしてくれるだろうという期待の瞳を受けて、大場は少し困った。
その期待を曇らせるのは、正直嬉しい事ではないが。
「難しいわね」
岩田の想像通り、大場の表情が曇る。
「大高市は四中隊の活動領域よ。いまから上にあげたとしても、実際に大高市の避難所から救助隊を編成させる命令を送るのはもっと後になるし、第一、命令がきたとしても素直に救助を送るかどうかもわからないわ。形だけ送って、駄目でしたと言われるかもしれないしね」
「それなら岩田三尉から大高の避難所の事実を公表できませんか。そうすれば、あの避難所も変わって」
「変わらないわよ。言ったところで、上が変えるとも思わないし」
「な、何故ですか? あんなひどいこと、許されません。実際に人が死んでいるんですよ」
「何人かしら?」
「十人以上です!」
「そう……」
小さく岩田は頷いて、首を振った。
「それくらいなら、やっぱり難しいわね」
大場は耳を疑った。
Ψ Ψ Ψ
「そ、それくらいって!」
信じていた事を裏切られたのがショックなのか、睨むような視線の彼女に若いなという感想を抱く。いや、自分が老いただけかもしれない。
自らが学生だったときを思い出して、苦い気持ちが胸を襲う。
その真っ直ぐな眼差しを見るのが辛くなる。
けど、岩田はゆっくりと首を振った。
「全国に市町村がどれだけあると思う?」
「何ですか?」
「およそ1700超。もちろん人口千人に満たない町から、東京二十三区のような都市も含めてだけれどね。さて、その中で現在戦える自衛隊員は何人いるでしょう?」
ゆっくり尋ねられる質問に、大場は眉をしかめた。
学生時代に習った数はおよそ二十七万人。けれど、相当な数が被害にあっているはずだ。
予備役や学生まで動員しているのが、その証明でもあるのだろう。
「全ての市町村に小隊を配備するだけで、単純計算で5万人以上。もちろん、大都市には小隊じゃ足りないから中隊や大隊規模で配備する事になるわ。簡単に言いましょうか、人が足りないのよ。あまりにも」
「ひ、人が足りないって。そんな事が理由になるわけがありません」
「どうしてかしら。あなたは、大高市だけが地獄だと思っているの?」
「そんなこと」
「都市圏ではゾンビに周囲を囲まれて、常に戦場になっている避難所もある。ライフラインが分断されて、電気や水が届かない地区もある。そんな状態で、上の対応が悪いからと言って、果たして誰が交代をできると思う?」
「……っ」
「もちろん、平時であればそんな犠牲は許されない事よ。すぐに呼び出して会議にでもかけられるでしょう。けれど、ゾンビの侵入も許していない、そして暴動も許していない避難所に対して、逐一交代なんてさせられるわけがないわね。それよりも酷い場所の方に目が向けられるのよ、現状ではね」
「なら。なら、私達が暴動を起こせばよかったのですか? それなら助けに来てもらえたのですか」
「実際に起こした避難所がどうなっているか、知りたい?」
ゆっくりと唇を持ちあげた岩田の表情に、大場は言葉を失った。
笑っていない。
冷静な――最初に感じた獣の様な双眸が彼女を捉えている。
「やめておきなさい。起こしたとしても良い事は何もないわ――そうね。もし、あなたが不満を感じているのならば。偉くなりなさい。小隊長よりも、そして中隊長よりも。けれどね、これだけは覚えていて……一つ偉くなる事に、あなたの肩にかかる責任は一つ大きくなるの。目の前の人を守ることから、避難所の人を守る事に。そして、一つの地区の人間を守る事に。そして、そのせいで友達を救えなくなるかもしれない事を」
踵を返した岩田の肩は、小さく震えていた。
Ψ Ψ Ψ
長身だった岩田の肩が小さく見えた。
それでも彼女は歩みを止めることなく、案内するように歩き出す。
大丈夫だと励ましてくれた言葉。
そんなのが楽観的なものであるという事は、彼女自身も気づいていたのかもしれない。
隣町で、自分が動かす部隊もある。
それでも気軽に動く事ができない。
この避難所の責任者であるがゆえに。
その感情を押し殺しながら、歩く姿はまるで。
「それに単純に大高市の責任者を非難する事もできないわ。いつ来るかもわからないゾンビの襲撃に、いつ終わる事もない避難生活。この二つの対応を一任されるマニュアル何て存在しない。安心と食料を求められても、それに提供できるものも限られている。実際に、自分たちの食糧すらも提供し続けても、もっとよこせと暴動が起こった例もある。そう考えれば、恐怖だろうと押さえつけるというやり方も結果を出している。もちろん、それが正しいとは決して思わないけれど……ゾンビが襲撃してどうすればいいかなんて、今答えがでるわけでもない」
「なら。ここはどうしているのですか?」
「もちろん。私のやり方が正しいというわけではないけれど」
そう言って、校舎の陰から裏庭に足を延ばせば、映ったのは畑だ。
豊かに育つ野菜や芋の葉が並び、畑の間には笑顔の子供や大人たちの姿があった。
「これは」
「自給自足。人間暇を持て余せば、恐怖や不安は膨れ上がる。それなら何か一つ簡単な仕事をしてもらっているの。食糧不足だって解消できるしね」
「……凄い」
「幸いに、ここには広い庭があったし、豊かな土壌があったからね」
校舎の脇にもたれかけながら、腕を組む岩田は少し誇らしげに呟いた。
「あ。先生だ!」
彼女の姿を見つけた少女が嬉しそうに手を振る。
そのせいで、握りしめていたサツマイモから土が飛び散った。
小さく微笑み、手を振り返しながら、岩田は大場を見た。
「私はここを守る責任がある。だから、立花の救援にはいけない。そして、おそらくは1700以上の避難所を任されている責任者はみんな同じ気持ちよ。忘れないで、あなたが、あなた達が自衛隊に絶望するのは自由だけれど、私達だって決して人を苦しめる事が好きなわけじゃない」
どうすると尋ねた岩田の姿に、大場は小さく顔をあげた。
「ある男の子がいました。その子は巻き込まれたはずなのに、これから死ぬ場所にいくわけなのに、笑っていいました。人を責めたところで、何になると。地獄の様な環境なら、自分が何とかすればいいと、そう笑っていました」
「……?」
「けど、人間って弱いですよね。私はこの場所なら、あなたなら何とかしてくれると、どこかで思ってしまったんだと思います。だから、さっきもあんな事をいったのだと……」
先ほどまで、絶望を浮かべていた少女はその場にいない。
部下の手本にしたいくらいの、立派な戦士の顔だ。
「状況が絶望だと言うのなら、私が何とかします。戦えるのはきっと私達だけじゃない。私はそれを教えられたんです」
「……そう。ならば、頑張りなさい」
「はい。お願いします」
小さく頭を下げたまだ年若い少女に背を向けて、岩田は禁煙パイポを小さく噛んだ。
このままでいいつもりもなかったが、どこかで諦めていたのではないだろうか。
責任と言う言いわけを口にして。
まさか、教えるつもりでこちらが教えられるとはね。
岩田は微笑を浮かべていた。
~ある日の会話~
「お姉ちゃん」
「ん。どうしたの千里?」
「あのね。私わすれら……むぐっ」
「大丈夫よ。大丈夫、お姉ちゃんは絶対に千里を覚えているからね。だから、それ以上言ったらだめよ!」
「……お姉ちゃん。なんで、目をそらすの?」