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避難所14



 トラックがゆっくりと駐車場へと近づいた。

 近づけば、駐車場入口を止めてあるバスの窓から一丁の銃口が覗く。

 と――。

「おい、高木! 銃を下ろせ、ありゃ浜崎さんだ。車を動かすぞ」

 焦った声と共に、遠藤が槍をもってバスから飛び降りた。


 バス前に停止するトラックに駆けよれば、嬉しげに声をだす。

「浜崎さん。何でトラックで。ともかく一日ぶりです、心配しましたよ!」

「悪いな。ま、いろいろ収穫もあった」

「それは楽しみっす。でも、お疲れでしょう、まず風呂にでも入ってゆっくりしてください」


 バスがゆっくりと後ろに後退して、そこで遠藤は背後の荷台に気づいた。

 秋峰と滝口、そして今宮の他、見知らぬ少年少女の姿があった。

 少女が三名と老人が一名、少年が一名、そして自衛隊員の立花の姿だ。

「ええと……?」

「あ。あの」


「新しく仲間になる事になった人たちだ――あとで紹介する」

 疑問の視線を浮かべられ、硬直させた絵里であったが、優の言葉と共に疑問が晴れて、そっかよろしくと遠藤は明るい笑顔を見せた。

 あまりの変わりように呆然としている新しい仲間たちに苦笑を浮かべれば、滝口が荷台から飛び降りた。


「何、変な顔してんだよ。よっと――」

「い、いえ。あの……何か普通に受け入れられたので。ほら、身体検査とか」

 そう戸惑いの理由を、絵里は口にした。

 少なくとも避難所では、外から帰れば身体検査は必須だ。

 咬まれていないか、あるいは武器を所持していないか。


 例え同姓とはいえ、徹底的に確認されるのは嬉しいものではない。

 それが――まったく見ず知らずの他人をごく普通に受け入れる。

 その事を伝えれば、滝口が苦笑混じりに頭をかいた。

「いや、今宮が仲間って言えば。それを否定する言葉もねーし――ま、ゆっくりしな」

 そういうものなのだろうか。


 確かに、避難所でも代表が一番上の立場であったが、それでもここまで素直に信頼されなかった気がする。

 そこで信頼かと――絵里は気づいた。

 おそらくは避難所とここの大きな違いは、代表が信頼されているかどうかなのだろう。

 だからこそ、彼の信頼を受けた彼女自身も信頼されているのだと、絵里は思った。

 その当の本人は、何食わぬ顔をしてトラックから降りて、その拠点の方向へ歩き始めている。


『大高都市銀行』

 かつてはそう呼ばれた銀行が、現在の彼らの拠点らしい場所であった。

 トラックが入った駐車場には訓練設備らしき、木でできた木製の人形が立てかけられ。あるいは車が立ち並んでいる。

 二階の窓を含めて、窓には木が打ちつけられており、容易に侵入できないように見える。


「帰ってきたよー」

 見知らぬ小柄な青年が窓へと向けて声をかければ、どたどたと騒がしくなった。

 銀行の裏口――小さな扉が開け放たれて、出てきたのは髪にドクロのバレッタを止めた、大きな胸をしたショートカットの少女だ。

「今宮君! 心配したよ。ほんとに、今日捜索隊を出そうかって話もでたんだから!」

「悪かった。けど、一応念のために二日分の食料は持って行ったろう?」


「それでも帰る予定になっても帰ってこないんだから、心配はするよ」

「ごめん」

 頬を膨らませる少女に、優は珍しい事に困ったような表情で頭を下げていた。

 その少女がこちらを向く。

「今日から仲間になる」


「そうなんだ。二見明日香です、これからよろしくね」

 やはりその顔に疑いの色はない。

 ぺこりと頭を下げる様子は、自分よりも年齢が上ながらどこか子供のようにも見えた。

「ま、松井江里といいます。よ、よろしくお願いします!」


「そんな緊張しないで?」

 深々と頭を下げた絵里に、明日香はゆっくりと微笑みかけた。

「疲れたでしょ、紹介は後にしてお風呂にでも入ってゆっくりしてよ」

「お風呂があるんですか?」

 驚いたよう、背後で避難民の少女から歓声があがった。

 学校にも風呂はあったが『階級なし』の彼女たちがおいそれと入れるものではなかった。


 あまりの歓声に明日香は少し戸惑ったようだったが、安心させるように微笑めば。

「うん。ゆっくりしてそれからいろいろ話を聞きたいな……朝帰りした理由とか?」

「そこで何で俺を見るんだ」

 優が深々とため息を吐いた。


 Ψ Ψ Ψ


 拠点に入れば、少女たちが通されたのはシャワールームだった。

 シャワーが設置された五つの個室が並ぶそこは、電気式の湯沸かし器が設置されている。

 松井江里を含めた四名が、それぞれの個室に入ればシャンプーとリンスが並んでいた。


 そこで絵里はゆっくりと一緒に来た人たちの様子をみた。

 最年少は中学二年生の少女だ――確か、名前は片桐ほのかだったと思う。

 自分同様に内気で、瞳が隠れるほどに長い髪をしていた。

 そのわずかな視線は、やはり自分と同じように周囲を確認している様子だ。


 次に上の少女はこの春で高校一年生になったらしい少女――辺見皐月だ。

 こちらは片桐ほのかとは逆で、今風といえばいいのだろうか――さばさばとした女性だった。静まり返る事の多かった体育館で、一人冗談をいってよく笑わせてくれていた。その性格からすぐにでもランクがあがるものだと思っていたが、そういう雰囲気は嫌いだと何もしないで『階級なし』に留まり続けた女性。


「何というか、別世界みたいよねぇ」

 こちらはそれほどまで緊張を感じていないのか、避難所でのシャワー室を振り返りながら若干興奮したように室内を見渡している。

 最後に老婆――浅井花江もまた室内の様子に目を奪われていた。

「使い方はわかるかな。あ、ここに着替えおいとくからね?」


 扉を開けた明日香が真新しいバスタオルと下着とシャツを置いた。いまだに値札のついたままのそれは、封すら開いておらず完全な新品だ。

「す、すみません。わざわざ――」

「ううん。洗濯物はそこの籠に入れておいてね」

 そう指さされたのは棚の隣に設置された、蓋付きのゴミ箱のようなものだ。

 蓋の上に男性用と女性用とかかれている。


「あとは中の石鹸は自由に使っていいよ。何かわからないことがあったら」

「私がいるから大丈夫よ」

 明日香の背後から秋峰琴子が肩にバスタオルをかけて入ってくる。

 そうだねと明日香は小さく笑えば、いそいそと扉へと向かう。

「じゃ、あとは任せたよ!」

「はいはい。さっさと今宮のとこにいってなさい」


「う、うるさいなぁ」

 小さく口をとがらせながら、扉の閉まる音がした。

 琴子は小さく笑い、ふと振り返った。

 いまだ服も脱がずに、少女達は緊張したように立っている。

「どうしたの、早く入らないと――後ろがつっかえてるわよ?」


 小さく首を傾げ、琴子はゆっくりとブラウスのボタンを外した。

 スレンダーな身体に押さえられた青いスポーツタイプのブラジャー。

 服を女性用とかかれた箱に入れれば、新しいタオルの封を開けて個室へと入る。

 すぐにシャワーが流れる音がした。

 互いが顔を見渡せば、おずおずと松井江里が服を脱ぎ始めた。

 琴子と同様に洗濯物を入れて、タオルを手にする。


「い、いいんでしょうか」

「た、たぶん」

「あまり時間をかけちゃ悪いねぇ。男性も、あとあの若いお母さんもいるわけだから。お先に失礼させていただきますよ」

 最年長である老婆の言葉に、少女たちは慌てた。

 確かに彼女たちがここで長居をすれば、滝口鈴や男性に迷惑をかけることになる。

 急いで服を脱いで、個室へと向かう。


 個室の中は半畳ほどもない狭いスペースだ。

 おそらくは従業員と警備員が夜間使用していたスペースなのだろう。

 壁掛けのシャワーが付いた狭い室内に、シャンプーや石鹸が並べられている。

 種類も豊富だ。

 花の香りがするものから、毛生え効果のある薬用シャンプーまで。


 隣から流れる水音は琴子のものだろう、柔らかな良い香りまで流れてきていた。

 戸惑いつつも、シャワーをひねり水を出す。

 暖かい温水が自分の身体を流れる感触が、久し振りで江里は小さく目を細めた。

 気持ちいい。

 流れる水が身体の汚れとともに、疲れまで落としてくれているようで。しばらく、そのままで目を閉じながら、絵里は暖かさに酔いしれた。


「あとで自己紹介と拠点の説明があると思うけど、何か聞きたい事があったら教えとくわよ。ああ、私は秋峰琴子――で、さっきの子が二見明日香よ」

 そう名乗れば、水音に混じってそれぞれの個室から自分の名前を名乗る声がした。

 そして、また沈黙。


 何か話をしないととは思うが、やはりなかなか言葉が出てこない。

 誤魔化すようにシャンプーを髪につければ、左隣の辺見皐月が声を出した。

「ええと。あの二見さんって今宮さんとお付き合いされているんですか?」

 右隣から楽しげな笑い声がした。

「あははっ。まだ付き合ってないわね」


「そうなんですか。私、てっきり」

「うんうん、明日香は隠す気がゼロだからねー。今宮もそれをわかってると思うんだけど、でも、ほら今宮でしょ。あいつの気持ちはわかんないのよね」

 からからとした笑い声を聞きながら、絵里は髪を泡立てる。

 そして、思い出すのは二人の様子だ。


 仲が良さそうであったし、隠す気がないというのは本当だろう。

 明日香が今宮に向ける笑顔は、他の人とは違うというのは明らかだ。

 そう考えれば、なぜか自分の胸が痛くなって。

 お湯を浴びて、想像ごと洗い流すように泡を落としていく。

「じゃあ、じゃあ! 秋峰さんはどうなんですか?」

「は、はあ?」

「ほら、浜崎さんっていいましたっけ。あのおっきいかた」


「ば、ばか! 何言ってんのよ、私と浜崎はそういう関係じゃないわよ!」

 洗っている最中に目を開いたのだろう。

 直後、右隣から焦りの声とともに悲鳴に似た叫びが聞こえてくる。

 その慌て様が面白くて、

「え。でもお似合いだと思いました」


 思わず、口にした言葉に――。

「ば、ば、なななな!」

 もはや言葉にならない秋峰琴子の悲鳴が、シャワールームに響いた。


 Ψ Ψ Ψ


 五階。

 支店長室の隣に設けられた応接室。

 その場所は現在では簡易の会議室となっている。

 長方形の折り畳みの机を一辺に二つほど並べた正方形を形作っており、その脇には二階から運んできた事務用の椅子が置かれていた。

 一番手前の入口側に新しく入ってきた絵里達が座り、その他の席には優達が並んでいる。


 調査隊の面々もまた風呂を満喫したようで、その身体からはほのかに上気している。

 濡れた髪が乾かないうちに、新たな仲間たちの自己紹介が終わっていた。

 中学生が三人、高校生が一人、そして老人が一人。

 最初に自己紹介を始めた松井江里は、中学三年生とのことだった。

 ちょうど遠藤剛の妹である双子の姉妹――遠藤翔子と純子と同学年に当たるが、彼女たちは公立中学校の出身であり、顔見知りではなかった。ほつれていた髪は濡れており、おどおどとした態度とも相まってまるで小動物の様にも見える。美人という顔立ちよりも、むしろ可愛らしいといったイメージだった。


 その隣に座るのは、中学二年生だという少女――片桐ほのかであった。

 こちらは出身中学は遠藤姉妹と同じであったが、学年が違うため関わりがなかったらしい。瞳まで隠す長い髪が印象的で、図書館にでもいそうな大人しそうなイメージが強い。実際自己紹介の時も、求められた名前と年齢といった最小限の自己紹介しかしていない。

 それとは対照的によくしゃべったのは、辺見皐月という高校生の少女だ。最近の高校生らしくうっすらと髪を栗色に染めており、人見知りが多いという『階級なし』のイメージからは程遠い。今年の春に高校生にあがったばかりだという少女は、本来であれば大高東高校に通い、ちょうど優達の後輩になる予定であった。もっとも、進級すらも出来ない現状ではあるので、先輩と呼ばれる事に若干の違和感を感じる。


 最年長である老婆――浅井花江は静かにお茶を飲んでいる。

 元々日本舞踊の教師をしていたというだけあって、その立ちふるまいは穏やかであり、このような場所よりも和室が似合っている。お茶を飲むだけであるが、どこか気品すらも感じさせており、緊張する少女達を気遣う様子も見れる。

 彼女の自己紹介がすめば、男性である立花茂久が自己紹介を行う。


 元々自衛隊にいたこと、そしてなぜここに来る事になったのか――その顛末を詳細に語れば、ある程度の事情は聞いていた居残り組も避難所の様子に怒りを浮かべていた。

「……」

 最後に――無口というか、その少年は困ったように周囲を見渡せば、そこに会議用の白板を見つけていそいそと近づいた。黒縁めがねをかけたどこかオタク風の少年は、黒マジックを手にして、書き始める。


 調査隊以外の面々は怪訝そうにしたが、優自身が何も言わないの静かにその動作を見守った。

『高梨俊樹です。声が出ないので、すみません――中学は片桐さんと同じです。趣味は写真撮影と動画編集で。将来の夢は映画監督になりかったです』

 几帳面に小さな文字で書かれる言葉に、なるほどと納得したように頷いた。

 それが本来のものであるのか、あるいはゾンビが発生した事によるショックのためかはわからない。小さな背を必死で伸ばして、白板に文字を書く姿を笑う者は誰もいなかった。


「ありがとう。じゃ、こちらの方だな。俺は今宮優――ここの一応代表のようなものをさせてもらっているが、適人がいるならいつでも譲るつもりだ。あとは、まあ、ここまで一緒だった奴は特に自己紹介はいらないだろうけど」

 一応とばかりに調査隊のメンバーを先頭にして、名前と年齢だけの簡潔な紹介が行われていった。

 それでも元々いた人間は二十二名もいるため、時間がかかるし、ましてや全ての人の名前と顔を覚えることなど不可能に近い。


 戸惑う少女たちに、覚えるのはおいおいでいいと、優は小さく手を振って見せた。

「で。君たちがたぶん一番不安に思っている事だろうけれど、日常生活のことなんだが」

 これから何をするのか、緊張と不安が入り混じった表情が並んだ。


「中学生を卒業するまでは、基本的に勉強なんだな」

「べんきょう……ですか?」

「うん。義務教育っていうくらいだしね。もっとも基本的には午後からは必要があれば家事とかの手伝いもするけれど、基本的には勉強する事になる。だから、松井と片桐、あと高梨はそう思っていてくれ」

「そ、それは――でも、それでいいんですか?」


「それでいいも何も必要だしね。詳しくは翔子と純子に教えてもらってくれ」

「はい。別に複雑な事はないですよ、午前中は教科書を開いて。午後は大人の人に質問したり、家事を手伝ったり簡単です」

 遠藤剛の双子の姉妹である二人が、やはり同時に笑顔で微笑みかける。

 左右に結んだ髪が同時にぴょこりと揺れれば、よろしくお願いしますと絵里とほのか――そして、高梨俊樹は深々と頭を下げた。


「で、浅井さんは」

「はい?」

「陽菜さんと恵子さんのお手伝いをしてくれますか?」

 二見明日香と高木稔の母親である陽菜と恵子は、拠点の家事を一手に引き受けていた。

 もちろん手のあいたものが手伝うこともあったが、基本的に掃除、洗濯、炊事等二人にかかる負担は大きい。


「出来る事だけで構いませんので。無理はなさらないようにしてください」

 誰かのように張り切り過ぎて、ぎっくり腰になられても困る。

 わかりましたと、浅井花江は頷いた。

「で、最後は辺見だが――高校生になったら、基本的には好きなものを選べるが。調達に外に出るのと、中にいるのどっちがいい?」


「なかで! 中でいいのなら、中でお願いします」

 即答だった。

 好き好んで外に出たいわけがない。


 思わず即答した皐月は、まずかったかと優を見るが、特に怒っている様子はなかった。

「んー。なら、家事の手伝いと、あと中学生と小学生の勉強を見てやってくれ。午前中は授業とあと高校生の勉強をして、午後から手伝いって形かな」

「わ、私も勉強すんの?」

「しないよりはね。それとも一緒に外にでるかい?」


「中で!」

 辺見皐月は再び即答した。


 Ψ Ψ Ψ


 立花は当然のように調達隊のメンバーに入った。

 ただ今宮隊と浜崎隊のどちらかに所属するというわけではなく、危険な個所などの必要に応じて調達に向かい、普段は拠点内の防衛指揮と訓練を担当する事になる。

 立花は二つ返事で了承を伝える。

元空挺部隊にいただけあって、訓練は厳しいものになるかもしれないが、三か月である程度の成長しきった仲間がさらに成長するのではという期待もある。


 その後、拠点内の細かなルールと案内が、二見明日香と秋峰琴子の元に行われた。

 向かうのは立花を除いた五名だ。

 立花は調達隊との顔合わせや話し合いがあるという事で、席をはずしていた。

 だから。

「屋上は畑と太陽光パネルと燃料がおいてあるよ。あとは洗濯置き場かな」


 五階から出発した面々は、ゆっくりと階段を下りていく。

 屋上は、現在は小規模な畑と太陽光パネルが設置されていた。

 むろん大量に育てるわけにはいかないが、それでも小さな野菜やハーブと言った物が生えており、食卓に彩りをそえている。太陽光パネルと洗濯物置場も設置されており、あるいは子供たちが外で運動をするときにも使用されているといった。


 他には燃料などの危険物が宮下敬三お手製の鉄製の倉庫が置かれており、簡易的な燃料貯蔵庫が出来ていた。

「畑と太陽光パネルに近づかなければ、別に出入りは自由だよ。でも、あんまり柵の近くに出るとゾンビに見つかったら大変だから気をつけて。あと燃料がおいてあるから、火気は厳禁だよ」

 細かな紹介が行われながら、降りれば四階は金庫室である。


「ここは倉庫に使ってるわ。大金庫には食材とか衣服とかいろいろ入っているから、持ち出すときには表にあるパソコンに入力してくれればいいわ。それで在庫を管理しているから」

 と、大金庫前に置かれているノートパソコンを操作する。

 在庫システムと名付けられた、佐伯夏樹お手製のシステムは、入力すれば在庫数が自動的に減って管理される仕組みだ。

履歴も表示されており、見れば風呂場で新たに開けられたタオルが持ちだされた事がわかった。持ち出し者の名前には二見明日香の名前が書かれている。


「と、まあ。こんな感じで自分の名前と持ち出した個数を入力してくれればいいから。ただ食材とか持ち出す場合は陽菜さんか恵子さんに一言声をかけてね。あと、貸し金庫の方は貴重品とか武器の倉庫になってるから、基本的には立入らないように」

 わかりましたとの返事を得て、三階へと降りて行った。

「あれ。どうしたんです?」

 その三階にはすでに先客がいた。


 パソコンに向かって、キーボードを叩いている佐伯夏樹の姿がある。

「案内だよ。ここはコンピュータルームで、管理をしているのが佐伯さん――ここの説明をお願いしていいかな?」

「さっきぶりですけれど、よろしくお願いしますね」

 佐伯夏樹は丁寧に頭を下げながら、室内を見渡した。


 中央に大型のサーバ機と呼ばれるコンピュータが設置されており、その周囲にはデスクトップ端末やノートパソコンの端末がある。コンピュータルームの入口前には、本棚が置かれており、様々な書籍や書類が山のように積まれていた。控えめに言って乱雑とした印象をあたえる室内だ。

「こちらはコンピュータ室になっています。今のところ在庫を管理するシステムしか動いていませんけれど。インターネットでダウンロードした情報が見えます。ネットはプロバイダが落ちたみたいで、もう見る事はできませんけれど」

 少し残念そうに夏樹は肩をすくめた。


「他は外から持ってきた図鑑とか辞書とかの書籍もおいていますね。何か知りたい情報があれば調べる事ができますし、もし欲しい本があるなら言ってください。私がまとめて調達隊の方にお願いするようになっていますから」

「ちなみに欲しい物がある場合は、お母さんか恵子さんに言ってね」

「欲しい物、ですか?」


 戸惑ったような絵里の言葉に、うんと明日香はあっさりと頷いた。

「それはどんなものでもいいんですか。例えば、マニキュアとか化粧水とかでも?」

 驚いたように皐月が声を出せば、

「うん。娯楽品とか嗜好品も大丈夫。ただ個人的なものだと優先度は低くなるし。それに希望を出しても、簡単に手に入らない事はあるけどね。でも、希望を言うだけならタダだから」

「かといって、ゾンビの住む町とかいうホラー映画を借りさせようとしても無駄だよ。誰がそんなもの持ってくるか」


「ええっ、新作なのに。どこのレンタルショップだっておいてるよ! いいもん、自分で調達した時に取ってくるからさ」

 明日香が口を尖らせれば、琴子が他の面々の困惑した顔を想像して頭をおさえた。

 今宮も大変ねと心中で呟けば、二人の対話に戸惑っていた夏樹が空気をかえようと明るい声を出した。


「簡単に言えばここは図書館みたいな扱いですね。何か質問はありますか?」

「あの脇にテレビが並んでますけど、ビデオとかも見れるんですか?」

 そう言って、皐月が指さしたのはコンピュータ室に向かう途中に設置されているテレビだ。仕切りを挟んで三台ほどが横並びに設置されており、イヤホンも付いていた。


 リクライニング用のソファも付いており、簡易のネットカフェの席を思い出させる。

「ええ。休みの日とかに自由に使っていただいても構いません。DVDや漫画もこちらに置いてますから」

「本当に図書館みたいですわね」

 感心したように浅井花江が声を出せば、隣で絵里も大きく頷いた。

 避難所にはこんなスペースは存在しなかった。


 いや、学校という立地であるため図書室はあったのだが、階級なしの彼女らが校舎に行くことは出来なかった。もっとも、校舎に行くことができるようになっても、誰も図書室を利用するものはおらず、自衛隊の方も図書室の存在を無視している。せいぜい燃料がわりになればいいといっていたのを、聞いた覚えがあった。

 資料として、あるいは簡単な娯楽として有効的に活用されている。


 元々が本が好きなのだろう、今まで黙っていた片桐ほのかも嬉しそうに本棚に並ぶ書籍を見つめていた。

「好きなのがあったら、持って行っていただいてもかまいませんよ?」

「あ。それじゃ、これを……」

 嬉しげに手に取ったのは、恋愛系の小説だ。

 夏樹のどうぞとの言葉に、それを大事そうに胸元に抱えれば、嬉しそうに微笑む。


 この数カ月で初めて見た、幸せそうな笑顔だった。

 そう考えれば、今までにそんな余裕がなかったと思いだす。

 何もすることがなく、ただただ生きているだけしかできなかった数日前が、まるで昔のように思えた。

「……」


 と、夏樹の袖が引っ張られた。

 気づけば、少年――高梨俊樹がひっぱって懇願するようにメモを見せている。

『ここのコンピュータで写真や動画を加工できますか?』

 そう言えば、趣味が写真撮影と動画編集だといっていたと夏樹は思いだした。

「ええ。できますよ、まだ余っている端末はありますし。カメラもありますから」


 カメラという言葉に、高梨俊樹は驚いたようだった。

 急ぎペンを走らせれば、メモの下に文字が書かれる。

『カメラも借りてもいいですか?』

「ええ。必要だろうって、デジタルカメラやビデオは何台か調達しましたから。この先電気がなくなれば、充電とかで不備があるかもしれませんけど。いまならお貸しできますよ」

 そう言って、夏樹は棚をあされば一台のカメラを手にして、少年に渡した。


 高梨は何度も何度も頭をさげて、それを手にした。

『ありがとうございます』

 お礼の言葉が文字となった。



 Ψ Ψ Ψ



 二階の居住スペースを飛ばして、降りたのは一階だ。

 一階はおおよそ半分にわかれている。

 銀行の窓口部分と生活部分だ。

 生活部分には先ほどのシャワールームの他に給湯室と言った生活のスペースがある。

「ここは日常の生活に使っているところかな、ちょっと台所が狭いけれど」


 給湯室の前には、扉の壊れた部屋があった。

「で、こっちが食堂。最初は全員で食べていたけど、最近だと調達隊で合わせてとか多いかな。さすがに三十人は入らないから」

 説明を続けながら、廊下を歩いていく。

 正面、窓口へとつながる扉をあければ、そこは広い空間であった。

 受付がおかれ、執務をする場所がある。

 今までとは違い、銀行としての姿が残されており、大きな変わりはない。


 変わっているといえば、正面のシャッター付きの扉と窓が頑丈な木材によって幾重にも塞がれ、光すら漏れ出てこないということと布団が五つほど並べられていることか。

「ここが銀行の本来の場所なんだろうけど、今は何も使ってないかな。訓練とかで使うときもあるけど」

「誰か寝ているんですか?」

 並べられた布団に疑問の言葉を出せば、明日香は小さく首をふった。


「あっちの奥の扉が警備員室につながって、監視カメラで監視しているんだけど。夜は交代で見張りをしているから、担当している調達隊がここで休んでいるよ」

「毎日ですか?」

「一日おきかな。でも、一人頭で二時間くらいだから大丈夫だよ。たまに余裕がある人がいたら変わってもらったりもするしね」


 何でもないといわんばかりに、明日香は笑った。

「さて。じゃ、最後は上だね」

 階段を上がれば、二階の居住スペースにたどり着く。

 二階は五つの部屋に分かれていた。


 一部屋は倉庫であったが、それは四階の金庫室に中身をうつしている。

「駐車場側の窓がある一部屋は見張りとか共用スペースよ。授業はここでするから、覚えておいてね。で、こっちの二部屋が男用の寝室で、逆側の二部屋が女用の寝室――」

 扉を開ければ、広く取られたスペースに布団がひかれている。

 元々、彼女たちが来る前は男女合わせて二十二名で、ちょうど十一名ずつ存在していた。

 一部屋に付き五人ほどであるため、六人が増えても十分なスペースがある。


 元々置かれていた机は全て運び出されており、並んでいるのは布団の他に私物らしい荷物だけだ。それぞれ丁寧に畳まれた布団やお化け模様の布団、そして下着などが乱雑に散らばった布団など、それでも個人個人のスペースには個性がでている。

「個室がないのが残念だけど、我慢してね。あなた達はあちらの端の四つだから……あ」


 鈴の下着が飛び交う布団に目を白黒させている高梨の姿に、琴子は苦笑した。

 悪い物を見せたと――むしろ、女性に対する理想を失わせてしまったのではないかと。

「高梨くんはあっちね」

 明日香の笑い声に、高梨俊樹は慌てたように反対側の部屋に逃げるように入って行った。

「さ。今日は疲れたでしょ、昨日も寝てないだろうし。夕食まで自由にしてね。琴子も今日はもう休みだってさ」


「それは助かるわ――さすがにきついもの」

 自由にといわれても、戸惑った絵里はとりあえず自分のスペースと呼ばれた布団に腰を下ろした。

ふかふかだ。

 やはり新しいようで、避難所の汚い毛布とは雲泥の差だ。

「す、すっごーい!」

 ごろごろっと隣の布団で、皐月が転がった。

 嬉しそうに新しいシーツに頬ずりをして、感触を確かめている。


 その様子があまりにも幸せそうであったので――思わず、絵里も枕に顔をうずめた。

 太陽の暖かな香りがして、凄く良い匂い。

 大きく息を吸い込めば、今までの疲れが急に襲ってきた。

 昨日も休んだとはいえ、駐車場でゾンビのうめき声の中で寝られなかった。

 ふわふわの布団と石鹸の香り。


 そう思えば自然――寝息が聞こえ始めていた。



<第二章完>




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