表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/54

避難所11



 閉まった扉が、全員が降りきる前に閉ざされた。

 咄嗟にボタンを押そうと駆け寄るが、既に遅くエレベータが静かに上昇を始めた。

「山野ぉぉっ!」

 立花が悲鳴にも似た怒声をあげる。


 まさかという思いはあった。

 だが、この危険な状況に置いても行動するとは思えなかった。

 もはや同じ自衛隊員。違う、人として起こしてはならぬ行動だ。


 連れて行かれた。

 エレベータの外に出られたのは半分ほどだろうか。

 避難民だけではない。

 秋峰と呼ばれた、強いナギナタの少女も同じだ。


「やられたな」

 ため息を吐きながら、言葉が漏れる。

 小さく唇をかみしめながら、エレベータが二階で止まるのを優は確認して、振り返った。

「今宮」

 それまで冷静であった彼らの仲間ですら、その様子に呆然としている。


 けれど、諦めていない。

 ただ、彼らの代表を――今宮優を見ている。

「何人連れて行かれた?」

「え――と、五人だ。あんたの仲間も入れて、六人」

 沢井がおずおずと声を出した。


 高梨と呼ばれた中学生の男、松井江里、他の女性の計五名だ。

 沢井が数を数えれば、

「す、すみません。こんな事になるなんて、すぐに」

「君のせいじゃない。悪いのはあちらで、そして――まだ終わったわけではないからね」

 大場の謝罪の言葉を、優は冷静に返した。


 誰かのせいにすれば、怒りははれるかもしれない。

 自分のせいではないと思えば、楽になれるのかもしれない。

 けれど、優は表情を変えず、ただ失敗したなと小さく息を吐く。

 攻められた方がまだ楽だと、大場は思った。


「さて。とりあえず、ここでお別れだな」

「――え?」

「え、じゃないだろう。ここまでくれば、あとは扉を開けて、車で逃げるだけだ。救出するという約束はここまでだ。あとは避難所に向かうなり、何なりと好きにすると良いさ」

 そう言い残せば、残っている浜崎達に指示を出す。


 エレベータの停止位置を確認して、装備を確認――話し始めれば、大場が驚いたようにその背に声をかけた。

「な、なにを、言ってるのです」

「そのままの通りだ――他の皆も車に乗ると良い」

「そんな事、あなた達はどうするのですか!」


「時間がない、追いつかれれば、この車で逃げる事も出来なくなるぞ?」

「わかっています。でもこの車がなくなれば、今宮さん達はどうされるのですか?」

「仲間が連れて行かれた、迎えに行かないわけがないだろう? ま、その時に残りも救出するから、こちらは心配しなくてもいい」


 当然とばかりに答えられる。

 心配しなくていいと言った。

 そんなわけがない。たった一台しかない車が走れば、どうなるのか。

 ただでさえもぎりぎりだった計画だ。

「そんな事出来るわけないじゃないですか」


 無理を言ってきてもらい、そして結果として大場の同僚が危機を招いた。

 全てを任せて、さようならというには、それはあまりにも。

「君は何のためにここにきたんだ?」

 相変わらずその言葉は冷たく、突き放すものだ。

「助けに来たのだろう? こちらの事は気にするな。こちらも好きでここに来たんだ、責任を背負う事もない」


 何事もなく、肩をすくめる。

 ここに来た目的は、民間人を救助することで。

 でもそれが出来たのは、彼らと、そして彼の仲間の力によることが大きい。

 果たすべき目的と、果たすべき恩に挟まれて、大場は動けないでいた。

 何と声をかければいいのだろう。


 任せると言えばいいのか。

 それとも。

 戸惑う背に、落ち着いた言葉がかかった。

「そうだね。大場三士――車のエンジンを。扉をあけて、すぐに出発してくれ。西へ向かえば、二十キロ先に芦崎市がある、そこまでたどり着ければ何とかなるだろう。そこの責任者は私の同期でね、よろしくと伝えておいてくれ」


「立花三曹――?」

 まるで他人事のような言葉に、大場は驚いたように振り返った。

「私も残る。車には一人いれば十分だ――部下の馬鹿は、私がケリをつけよう。それに戻ったところで、私は脱走兵だ」

「危険ですよ? 別に民間人だとか、こちらの事は気にしなくても構いません」

「知っている。それに、もうこれは自衛隊だからとかじゃないな――君達が助けてくれた恩に少しでも報いたいから。いいや違うな、君達が言ってくれたように、私も君達を死なせたくない。だから、ある意味これは私の我儘だ。君と同じようにね」


 肩をすくませる立花の様子に、大場は奥歯を噛んだ。

 助けたいとは思う。

 でも、それ以上に、自分が思うのは。

 私も残りたい。

 それは言ってはいけない言葉。

 救出を依頼して、彼に頼んだ意味がなくなってしまう。


 立花のように残ると言えれば、どれほどに楽だろうか。

 彼らと共にしたいという誘惑がそれ以上大きくなるうちに、大場は唇を噛んだ。

「わかりました……御無事で」

 静かに頭をさげて、避難民へと目を向ければ、そこにいるのは戸惑う者たちだ。

 怯え、そして――。


 Ψ Ψ Ψ


「なあ。何で責めないんだ?」

 沢井と名乗った大学生が、困ったように――泣きそうな顔で優を見ていた。

「仲間がさらわれたんだろ。でも、それは俺達を助けに来たからで、自衛隊の人間に助けに来させられたからで。なんで、誰も責めないんだ、あんたは。俺たちがあんたを責めたみたいに。何で、何で!」


 尋ねられる言葉に、優は小さく肩をすくめた。

「責めれば、誰か助けてきてくれるのか?」

 非難をすれば楽だ。

 文句を言うのも簡単だ。

 だが、それを言ったところで、誰も助けてはくれない。


「あ――ああ。そうだ、な。誰も助けてくれなかった」

 沢井が力なく、ゆっくりと地面に腰を下ろした。

 ゾンビが発生してからの三か月、どれほどの文句を言っただろう。


 国に、自衛隊に、世間に、仲間に、環境に。

 どれほど文句を言っても、周囲は助けてくれず。

 どれほど愚痴を言っても。周囲は変わらなかった。

 周りが悪いと思っていた。


 力がない事がわるいのだと。

「でも、何もしなかっただけか」

 自分の弱さを認める事が出来なくて、でも認めてしまえばその通りだと思う。

 周囲を責めるだけで、何も行動しなかった。

 それは自分の弱さだ。


「今からでも、動けば――変われるのかな」

「さあ。動いたところで、変わらない事もある。あるいはもっと酷い事になるかもしれない」

「酷いな。なら、どうすればいいんだ」

 自衛隊のようにこうしろといわれれば、どれだけ楽だろうか。


 こうすれば強くなれると教えてくれれば、どれだけ救われただろうか。

 だが、優は一言もそれを口にしない。

「でも、自分で決めれば他人に文句も言えないだろう?」

 微笑だ。

 浮かんだ微笑は楽しげで――ただ、それを見ているだけしかなかった。

「さあ。時間がありません、早く――!」


 せかされるように大場に言われば、配送用の車両に避難民が誘導されていった。


 Ψ Ψ Ψ


「あなたは何を考えているの」

「うるせぇっ」

 二階の通路を抜けて山野は六人を睨みつけた。

 怯える避難民の中で、いまだ強い視線を向けてくる少女。


 銃口を向けられながらも、たった一人、その瞳に怯えの色はない。

 その余裕が山野の怒りに火を注いだ。

「いいから入れ!」

 呟きながら、押しこめた一室は肉用の保存室だった。

 既に空調は止まっているが、いまだにひんやりとした室内――ぶら下がる肉が腐りかけており、異臭を放っていた。


 据えた匂いに顔をしかめ、銃口を向ければ睨みながらも素直に琴子はゆっくりと保存室の奥へと足を進めた。

「守ってやろうっていってんだ。ありがたく思え」

 その言葉に、意味がわからないとばかりに避難民たちが眉をひそめた。

「車で逃げるだ? 逃げ切れるわけがねぇ、あの数を見ただろう」


「集まる前に出発すれば何とかなるわ」

「途中で止まればゾンビの腹の中だ。だが、ここにいればゾンビは奴らに集中する。あとは救助が来るまでここで待てばいい。そうだろ?」

「仲間を囮にするっていうの?」

「仲間じゃねえっ!」


 山野の叫びが室内に響き渡った。

「てめぇらは黙って従っていればいいんだっ。ここで救助を待ち、避難所に帰る。俺の言う事がきけねぇ奴は仲間じゃねえし、死んじまえばいい」

「最低ね。それが自衛隊の言葉なの?」


「好きでゾンビと戦っているわけじゃねぇっ」

 叫んだ言葉。

 だが、その一瞬だけ――山野の本音が混じる。

「誰が好きでゾンビと戦うかよ。守る――ああ、そのための自衛隊だ。それなりの覚悟はしてた。でも、何が悲しくて三百六十五日二十四時間守り続けなきゃなんねえんだ。たかが月給十八万でそこまで拘束する価値がてめーらにあるのかよ!」


 吐き捨てた言葉が、流れるように放たれる。

 それは怯えと怒りを向けていた、避難民たちの耳朶を打った。

「自衛隊だから助けるのが当たり前。助けられるのが当たり前、ふざけんなよ。俺だって人間だよ。ゾンビの掃討訓練、何て今まで受けたこともねえ。それが三か月前に駆り出されたと思ったら、毎日毎日ゾンビの始末だ。当たり前のように俺たちに任せる、お前らは何様なんだよ」


 狂気に彩られた視線。だが、その内に宿るのは恐怖。

 背後で震えていた避難民も、そして、松井江里もまたその事実に気付いた。


 誰も怖くないわけがない。

 それでも責任を押しつけられて――頑張って、また押し付けられて――壊れてしまった。

 けれど。

「確かに任されるってのは疲れると思う。でも、あなたの行動で、今まで頑張っていた人達の行動が全て無駄になる。あなたの今までの頑張りも、全部!」


 同情されるところはあるのかもしれない。

 でも、それでも――多くの自衛隊が、関係者が市民を守るために戦っているのだ。

 それを無駄にする行動など許されるわけがなかった。

 力強い琴子の反論に対して、山野はぐっと奥歯を噛んだ。


「うるせぇ」

「あなたは何のために自衛隊に入ったのよ」

「うるせえって言ってんだろ!」

 叫ぶ声には、今までのように力はない。


 聞きたい事を聞かないようにする、まるで子供の様な叫びだった。

 銃口を向けた山野と琴子が睨みあう。

「もう、おせぇ」

 言葉にならない呟き。


 遅かった、そんな事を言ってくれる人間などいなかった。

 もしもう少し早ければ。

 そんな思いを抱いた、静かな一瞬。

「ぁぁぁっ!」


 静寂を打ち破ったのは、雄叫びに似た叫びだ。

 振り返る。

 ゾンビがいた――顔が傷だらけになったゾンビを筆頭にして、数体ほど。

 咄嗟に放った自動小銃が、ゾンビの顔を穿つ。


 だが。

「くっ!」

 先頭のゾンビは、まるで銃が放たれる事を予測していたように横へと飛んだ。

 壁を掴み、跳躍する。跳ねる弾丸が、その速度の前にゾンビをとらえる事ができない。

 ぶら下がる肉の間を器用に掻い潜り、銃弾を避けていく。


 まるでバッタのように跳ねまわって、狙いを定めさせない。

 装弾数二十発の自動小銃はすぐに弾が切れた。

「なんだ、てめぇ――」

 弾装を抜き出して、代わりを手にする。


 まるでそれを予期していたように、その傷だらけのゾンビは走った。

 猛然と、間に合わない――。

「せいっ!」

 気合を一閃し、着地を狙い澄まして振りかぶったナギナタ。

 叩きつけるような一撃にゾンビははじけ飛ぶようにして、下がった。


「ぁぁぁぁぁぁ」

 それは叫び。

 大きく血にまみれた口を開き、放たれる声は頬に開いた穴から聞こえる、歓喜の叫びだ。

 あり得ない。


 ゾンビが弾をかわす事もそうだが、これほどに敏捷であるはずがない。

 混乱する思考の中で、それでも身体に身についた動作は弾の装填を終えていた。

「しねぇっ!」

 叫び連射するそれを、まるで知っていたかのようにゾンビは室内を跳躍する。


 ぶら下がる食肉を盾にするかのように走れば、放たれる銃弾はゾンビをとらえる事が出来ない。

「さがって!」

 琴子の言葉に、弾かれたように避難民が走った。

 一目散に出口を目指す彼らを追撃しようとして、そこに銃弾が叩きこまれた。

 再び後ろに下がって――今度は不快そうな声を漏らす。


 その動作が人間らしく。

「何だよ、こいつはっ」

「知らないわよ」

 呟いた言葉に、答えたのは余裕のない声だった。


 その初めて見る異質な存在に、琴子もまた奥歯を噛み締めて睨んでいる。


『傷顔』


 そう評すればいいのだろうか、その『傷顔』は今までのゾンビとは一切違っていた。

 速度も、行動も、体力も。

 山野も銃を構えながらも、引き金を引けないでいる。

 先ほどこのゾンビは、彼の弾が切れるのを待っていた――そして、今もだろう。


 ゆらゆらと身体を横に揺らしながらも、他のゾンビのように一直線にかけてこない。

「逃げるわ」

 言葉に従うのは嫌ではあるが、同感だと山野は頷いた。

 視線はゾンビに向けたまま、ゆっくりと背後に下がれば――傷顔は前に進んだ。


「ふざけてんじゃねぇっ!」

 叫び、放った弾丸はやはりかわされた。

 左に跳躍するゾンビを追って、残る弾全てを打ち込めば、山野は扉を叩きつけるように閉めた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ