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避難所10



「それは多少ではないと思う」

 全員が口をそろえた意見にも、優は肩をすくめただけだった。

 他に方法があるなら聞くがと冷静に返されれば、誰もが返答できない。

「また、日原の旦那に怒られるわね」

 苦笑混じりに滝口鈴がため息を吐いた。


 結果、ゾンビを跳ね飛ばすように駐車場に侵入したワゴン車はゾンビの壁をぶち破り、シャッターへと肉薄する。

「つかまってな!」

 叫びと共に、そのままの速度でシャッターをぶち破り、ワゴン車は止まった。

 転がるように外に出れば、破壊されたシャッターからゾンビがなだれ込む。


 銃声。

 大場と立花の手から放たれた5.56ミリの銃弾が、シャッターに開いた風穴から群がるゾンビを打ち倒していく。

「下がれ!」

 大場を先に下がらせて、立花は空になったワゴン車へと手榴弾を入れた。

 同時に自分もスーパー内に下がる。


 爆音。

 はじけ飛んだのは手榴弾と共に、積まれていた予備のガソリンだ。

 衝撃音がスーパーを走り抜け、群がったゾンビを一瞬にして消し飛ばす。

 巻き起こる炎と煙が立ち込めて、ワゴンは一瞬にして炎の壁へと姿を変えた。

「おおっ!」


 そこに浜崎が、スーパー内の陳列棚を投げ飛ばす。

 一つ、二つと宙を舞って、炎の壁とともにシャッターの穴を覆い隠していった。

 計画は単純である。

 ワゴン車にてシャッターをぶち破り、開いた穴を車両を燃やして時間を稼ぐ。

 そのわずかな間に救助を行い、搬出用の出口から逃亡する。


 作戦とも言えないような強引な手段であったが、それ以外に方法はなく、またあったとしても時間をかけられない。それが優の意見であった。すぐに方法が思いつかなかった以上、それを採用するほかなかった。

「こっちは押さえる。大場さんと立花さん、琴子は救助に。滝口と鈴さんは搬出用出口に向かって、先に車の準備を!」

「了解!」


 声が重なり、全員が駈け出して行った。

 迷っている時間はない、少しでもここで時間を稼がなければ逃げだす準備中にゾンビに囲まれる事になるだろう。

 突き破ったシャッターの間からは、いまだに大量のゾンビが入ってきている。

 それは炎の壁をものともせずに、あるいは炎を身にまといながらも駆け込む。


 それに対して。

「アッ!」

 掛け声と共に手斧を一閃。

 振るわれた斧が、一体の頭蓋を砕き、もう一体の首を落とした。

 優が振るう手斧は宙を泳ぎ、亀裂より侵入するゾンビを次々に屠る。

 その間に浜崎が陳列棚を持ち上げて、投げ込めば――侵入口に山が出来た。

「今宮。ラストだ!」

 声と共に一体の頭部を叩き割ったまま、優が後ろに下がる。


 そこにブルドーザーのように浜崎が陳列棚を二つ、亀裂に叩きこんだ。

 それは一体のゾンビを叩き潰して、なお迫りくるゾンビの侵入を防ぐ。

 目があった。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 それは頬に銃弾の風穴を開けたゾンビだ。

 元々は若い男のようで鍛えられたように体格は引き締まっている。

 銃弾で開いた頬の傷は古いもののようで、既に出血は止まっていた。


 そこから呼吸をするたびに。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 まるで悲鳴にも似た音が、漏れ出ている。

 それ以外にも顔中に無数の傷がある、その傷だらけのゾンビは――防がれた穴に、他のゾンビのように群がるのではなく、ただただこちらを無表情に凝視していた。

 と、気づいたように傷だらけのゾンビはゆっくりと近づいて、フェンスに近づいた。

 それはシャッターを握りしめる、手。


 すでにそれ以外の中身はゾンビの腹に入ったのだろう、手だけがぶら下がるそれに近づけば、そのゾンビはゆっくりと手を掴み。

「ぁぁぁっ!」

 頬ばった。

「おい。今宮、時間がない。俺達も急ぐぞ」

 鮮血が溢れる様子を見ていた優に、背後から浜崎の声がかかる。

 頷いた――だが、そのゾンビの行動に、優は大きく息を吐く。

「ああ」


 小さく頷けば、考えを振り切るようにして優もまた走り出した。

 背後から、食事の喚起に沸き立つような呻き声が再び聞こえた。


 Ψ Ψ Ψ


 バリケードとも呼べぬようなバリケードを押し入れば、怯える人影と元仲間の姿があった。

 声をかけていたため、撃たれるようなことはなかった。

 けれど、現れた大場と立花の姿に、山野は信じられぬようにいまだに銃口を構えている。

「残っているのはこれだけか?」

「な、何であんたがここに」

「残っているのはこれだけかと聞いている、山野一士」

 厳しい口調で問い詰められれば、山野はゆっくりと頷いた。


 そうかと立花は小さく息を吐いた。

「あんたは牢屋に入れられていたはずだ」

「そうだ。抜けだして助けに来た、すぐに出るぞ」

「何言ってんだ、救助隊はどうした!」

「救助隊はこない。この事態を上は知らないからな」

「ふざけんなっ!」


 苛立ったように山野が銃を構えた。

「ふざけているのはあなたです。山野一士――民間人をこんなところに連れて、何を言っているのですか。上はまだ事態を知りませんし、知ったところで動くかどうかもわかりません。文句を言っている暇があるなら、すぐに逃げます。時間はありません」

「時間がないだと? それは貴様らがシャッターをぶち破ったからだろ!」

「シャッターが破られるのは時間の問題だよ。そして、こんなところにこもっていても、すぐに破られるに決まっている。いいから、死にたくなければ脱出するんだ」


 さあと立花が手を伸ばせば、幾人かがおずおずと立ちあがって。

「動くんじゃねえっ!」

 山野の叫び声に、怯えたように身体を硬直させた。

 誰もが動けないでいる。

 眼を血走らせて身体を震え差す山野、それに銃口を向ける大場と立花。


 その様子に。

「ほんっとに時間がないんだけれど?」

 呆れたように琴子が声を出した。

 ポニーテールを揺らす少女の姿に、山野は初めて気づいたように誰だと問いかける。

「秋峰琴子よ。助けるお手伝いをしているの」

「手伝い。冗談だろ、民間人」

「救助も出来ない自衛隊よりはましね」

「んだとっ!」


 振り返りかけた山野の喉に、ナギナタが突きつけられた。

 銃口を立花に向けていたために、反応も出来ない。

「あんまり民間人を舐めない事ね。ま、それは浜崎と今宮に良く教えてもらえたみたいだけど」

「て、てめ、あの餓鬼どもの」

「だったら何。ん?」


 突きつけられたナギナタが、さらに喉に食い込んだ。

 琴子もまた怒っていた。

 避難所の状況、そして自衛隊の状況に対して。

「何か問題があるのであれば、戻ってから報告すればいいだろう。もっとも、私は帰るつもりはないが。とりあえず、逃げないか?」

 諭すように語られ、ナギナタを首に突きつければ、山野もそれ以上は口にできなかった。


 静かに銃口を下ろす。

 ナギナタが首元から離れれば、山野は殺気を向けて琴子を睨んだ。

 すでに彼女は山野を見ていない。

「話は聞いたと思いますけど、搬出用の出口に向かいます。そこに行けば、車があるので、もう少し頑張ってください」

 山野に向けた視線とは違う、優しげな笑顔に――避難民はほっとしたように息を吐いた。

 助けを求めるような視線を一身に浴びて、困ったなと琴子は頭をかく。


「おいおい。何のんびりしている。時間はないぞ?」

 そこに遅れてきた優と浜崎が合流した。


 Ψ Ψ Ψ


「てめぇっ!」

 落ち着いた雰囲気が一瞬にして、山野の言葉にかき消された。

 憎悪すら浮かべる視線を浴びながら、優は苦笑する。

 そんなに嫌われるようなことをしたかなと思うが、良く考えれば殴って気絶させたなと。

「助けに来たのに、ずいぶんな言い草だ」

「ふざけんな。これは全部お前のせいだろうがっ!」


「そうだ。何で、私がこんな目に――」

 山野の言葉に呼応するように、避難民すらからも怨嗟の声が漏れた。

 こいつがいなければ、こんな場所にくるわけがなかった。

 こんな目にあったのはこいつのせいだ。


 実際に聞こえる言葉もあれば、言わずとも視線だけで恨みを向けている者もいる。

 その視線に、ずいぶんと嫌われたなと浜崎が苦笑を浮かべれば。

「これが俺のせいだとして、それがどうかしたのか?」

 優の頬がゆっくりとあがった。

 冷笑だ。

 あまりの冷たい笑みに、誰もが言葉を飲んだ。


 続く言葉は突き放すような、冷徹な言葉だ。

「この事態が俺のせいだとして、君らは何か行動したのか。連れてこられて、生き延びるために努力をしたのか? なるほど、この事態が俺のせいだというのならば、そう思えばいい。恨んでくれても構わない。だが、俺は君達が解決する自由まで奪った覚えはない――ただ救助を待つのではなく、逃げれば良かったのだろう。それすらできないのであれば、人形のように黙ってついてくればいい。なに、約束だ、君達がここを出るまでは面倒をみる。残ると言うのも自由だが……」


 ちらりと優は、たどり着いた背後を見た。

「すでにゾンビは侵入していると考えていい。時間はないぞ」

「何言ってやがる。そのシャッターを壊したのは貴様だろっ!」

「ああ。助けるのに邪魔だったからシャッターを壊した、残る人には悪いね。ゾンビの腹の中で存分に恨み事を言ってくれ」

 そして、駆けだす。

 後ろすら振り返らずに走り出せば、おいていかれた避難民は呆然とするだけだ。

「相変わらず鬼ね」

「まあ。思う事もあるだろうが、逃げるなら今しかないぞ。どうせこんなところにこもったって、助けがいつ来るかもわからない――それなら俺たちに続いた方がマシだろう」

浜崎がゆっくりと肩をすくめれば、気づいたように避難民が一人二人と走り出した。

それに浜崎と琴子が続けば、残る避難民が走り出したのを見届けて、立花と大場も走った。


「こ、殺してやる」

 ただ一人、山野が最後から走りながら、小さく呟いた。


 Ψ Ψ Ψ


 三階の従業員通路を駆け抜ければ、うめき声はすでに室内に響いていた。

 搬出用のエレベータを止めて、駆け込む。

 業務用大型エレベータには、全員が乗り込む事が出来た。

 沈黙だ。

 ゆっくりと降下するエレベータの表示を見ながら、誰も一言も発する事が出来ないでいる。それは優が見せたあまりにも冷たい冷笑のせいだったかもしれない。

 あるいは。

 優の言葉は、絵里の心に刺を残していた。


 何も出来ないからと今まで何もしなかった。

 ゾンビなんて、突然の事態にただの中学生である松井江里が何か出来ることなどない。

 当たり前だ。

 今まで誰もゾンビの倒し方や生き残り方なんて教えてもくれなかった。

 だから。


「何も、出来ないのが悪いのですか」

 そのかかった言葉は小さなもので。けれど、静かなエレベータ内に響いた。

 声をたどれば、それは絵里と名乗った少女からだ。

「当たり前だろう」

 そして、それはやはり突き放すような答えだった。

「一人ではできない事を協力するというのは当然だ。だが、一人が何もしないのであれば、その一人に何の意味があるんだ」


「で、でも。それは強い人だから言えるんです」

 自分だって強ければ、ゾンビと対等に戦える力があればこんなに振るえずに済んだ。

 階級なしだなんて、最下層に追いやられて日々乾パンを食べる事などなかった。

 自分にもっと力があれば。

 もっと勇気があれば。


 そんな事はわかっている。

 ないからこそ、苦労しているのだ、悩んでいるのだ。

 それを真っ向から否定をされて、絵里は怒りを感じた。

 だからこそ、優の言葉に反抗できたのだろう。

 おそらく、それまでの絵里であれば反論する事もなく言葉を失っていたはずだ。


 けれど、それを言っても優は怒るのでもなければ、冷笑を浮かべるのではなく――その表情は優しげで、まるで大人のように絵里を見返した。

「強いってのはなんだ」

「それは、ゾンビを倒したり――」

「そんな強さは問題じゃない。ゾンビが倒せなくても、強い人はいるだろう」

「でも。でも、怖くて何も出来なくて」


「それはみんな同じだ。だから、そこで一歩前に出られる人が強いっていわれると思う。でもな、その一歩ってのは力が弱いとか頭が悪いとか何にも関係がないんだ。ただ自分が前に踏み出すだけでいい。例えどんな小さな一歩だとしてもね」

 震え、胸の前で拳を握りしめた少女に向けて、優はその一歩が難しいと小さく微笑んだ。

 簡単な言葉だが。だからこそ、その一歩が難しいのだと思った。


 と。

 泣き出しそうになる絵里に向けて、優が小さく笑いかける。

 ほらと絵里に優は耳元で声をかけた。

 見るように視線を向ければ、浜崎と話す琴子の姿がある。

 山野に対しておくする事のない態度に、絵里は尊敬の念を抱くと共に、羨ましくも思った。


「手、震えてるだろ」

 そう言われて、注目すれば確かに少女の手は小刻みに震えている。

 それを隠すように強く握りしめたナギナタが、かちかちと僅かばかりの音を立てていた。

 嘘だと思った。

 あれほど強いのに。


「強くても、三か月前はただの女子高生だったんだ。ゾンビが怖くないわけがない。でも、彼女は俺の我儘でここにいる」

 視線を優に向ける。

 耳元、わずか数センチばかりの距離に顔があった。

 体育館で見かけた瞬間から堂々としていた。


 あれほど怖い自衛隊員にも、誰にもなびく事のない強さを感じた。

 だからこそ思わず声をかけた、その顔が目の前にあった。

 彼もまた怖いのだろうかと思う。

 その様子は全く見えないが。

「彼女を弱いと思うか――?」


 そんなわけがないと、慌てて首を振った。

 例え、震えていても、怖がっていたとしても、それを否定することなどできない。

「内緒な」

 ゆっくりと顔をあげられれば、エレベータが音を立てて、到着した。

 私も前に進めるのだろうか。


 自ら問いかけた答えは、誰も返答をしてはくれなかった。


 Ψ Ψ Ψ


 同時に、エレベーター内で考えているものがいた。

 浮かぶのは恨みと怒りだ。

 突然現れた裏切り者にほいほいと避難民も腹立たしければ、当然のように先頭を歩く餓鬼にも腹が経つ。

 指導をするのは自分のはずだと言う思いが、より一層腹立たしさを大きくしていた。


 殺してやる。

 すでに男の瞳は正気を映しておらず、殺意すらも宿している。

 かたかたと自動小銃を握りしめる手が震えるのは恐怖ではなく、怒りのためだ。

 いますぐ撃ち殺してやりたいとの気持ちを必死で抑える。

 裏切り者とはいえ、元分隊長だった男はあの空挺部隊出身の猛者だ。

 まだだ。


 エレベータがゆっくりと一階へと到着をした。

 先頭に優が、立花が、そして大場が続いた。

「大丈夫だ」

 そう呟いて、手招きをする。

 その動作にすらも、苛立った思いを抑えきれない。

 貴様らが指図をするんじゃない。それは俺の役割だと。


 この人任せの何ら役に立たない連中を指導し、導くのは自分の役目である。

「殺してやる」

 小さく呟いた言葉に、隣にいた高梨と名乗ったオタクがちらりと一瞥をした。

 気づかれたかと思うが、そういえば、しゃべれなかったかと少し安堵する。

 浜崎と名乗る大男が先に出て、幾人かが続き――そして。


 山野は閉扉を押しこんだ。

 ゆっくりと閉まる、自動扉――その光景を呆然と見守る避難民がいる。

 守るかのように、あの忌々しい少年の仲間がナギナタを持って立ちふさがっていた。

 笑える。

 あの時は油断していたが、今回はこちらは既に銃口を向けている。

 だから。


「お付き合いいただくぜ。お嬢さん――てめえらの仲間の場所は後でゆっくりと聞いてやる。まあ、なんだ、付き合えよ?」

 山野は静かに、暗い笑みを浮かべた。




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