避難所9
避難所を設置する際に、避難所周辺の調査は当然行われていた。
ゾンビ密集地帯との距離や生息数を確認し、周辺のゾンビは事前に掃討される。
だが、ゾンビ密集地帯から湧き出たゾンビは生者を求めてさまよっている。
避難所内で『狩り場』と呼ばれるその場所もそんな場所のひとつであった。
事前の掃討作戦により、周辺にゾンビは少ない。
密集地帯から湧き出たゾンビが、何名かで徘徊する程度である。
もちろん、そのままにしておけばいずれ大量のゾンビへと変貌するのであろうが、定期的に狩り続ける事によって、大量にゾンビが蓄積されることを防いでいた。
当初はそれも自衛隊の任務であったが、現在では危険度も少ないために民間人に協力を依頼している。数名程度で一体のゾンビを囲めば、攻撃される危険性も少ないうえに、それが可能である場所という認識である。
だから、山野と加藤も夜間での行動は初めてとはいえ、実にリラックスをしていた。
トラックの荷台から忌々しい『階級なし』――まったく自分で動こうともせず、ゾンビを見れば悲鳴を上げるだけの連中を降ろして、山野は頬を押さえた。
荷台に押し込められた避難民二十二名は、何をさせられるのか一同に緊張を浮かべている。
その怯えた表情を見れば、ささだっていた心が少しすっとした。
「貴様らと同階級であった男たちが、先立って反抗をした。よって、連帯責任として貴様らにはゾンビ掃討の訓練を行ってもらう。まあ何だ、付き合えよ?」
荷台の避難民がざわめいた。
「お、俺たちには関係ないだろう」
そう関係のないことだ。
だが、これによって奴らの居場所がさらになくなる。
そう考えれば、山野の頬に笑みが浮かんだ。
「関係ないことはない。貴様らはいまだに何ら避難生活に貢献していない。だからこそ、何か出来るように我々が特別に鍛えようというわけだ。さあ、武器を受け取れ」
指し示したのは荷台に無造作につめられている、鉄パイプや角材だった。
さすがに銃を渡すわけにもいかない。
いまだざわめきは止まらない。
怯えを浮かべ震える様子に、山野は苛立ったように空へと向けて引き金を引いた。
甲高い破裂音が響き渡り、ざわめきが一瞬にして止まる。
「さあ、腹をすかせたゾンビが来るぞ。さっさと武器を取れ! とったら、外に出ろ!」
山野の叫びとともに、慌てたように避難民たちが武器を握り締める。
銃声に気づいたのか、スーパーからふらふらと人影が見えた。
ゾンビだ。
スーパーの壊れたガラス戸を抜けて、ゾンビが三体近づいてきている。
「あ、あ……!」
気づいた避難民の男が指差して、それを指し示した。
悲鳴があがる。
無表情で近づくゾンビ――どこかで食事をしたらしく、口からは血に塗れた肉片をたらして、近づいている。その隣にいるゾンビは、誰かのお食事の途中だったらしい。頬はごっそりとえぐれ、窪んだ眼窩がこちらを凝視している。
その背後に立つのは、女だ。
若い――生前であれば美人といって良かったのだろう。
もし生きていれば声をかけていたかもしれない。
その手に握られた誰かの首がなければだが。
ゾンビたちはうめき声を上げながら、ゆっくりと彼らに近づいている。
距離は十メートルほどだろうか、それでも動かない避難民を山野は一瞥した。
「さあ。やらないと食われるぞ」
トラックの荷台から外に出た避難者はいまだ動かない。
苛立ちがつのった。
何も出来ない、何もしない。
だからカスだというのに、それすらも気づかない。
「さっさとやらないと、俺が撃ち殺すぞ!」
山野の言葉に、一人の老人が跳ねたように体を震わせた。
「う、うああああああっ!」
悲鳴にも似た叫びをあげて、角材を振り上げながら突進する。
それはゾンビの頭を一撃して、再び振り下ろされた。
その動作が切欠となって、避難民たちが次々に近づいて三匹のゾンビを取り囲む。
それに狙いといったものはなく、単純な暴力だ。
だが、十五人近くも集まれば囲んで殴るだけでも効果はあるのだろう。
ゾンビたちは抵抗らしい抵抗も出来ず、次々に頭を潰されていった。
「やればできるじゃねえか」
「おいおい。撃ち殺すは言い過ぎじゃねえか?」
「あ。俺はそんなこといってねーよ」
けらっと山野は肩をすくめて笑う。
「それより、お前らなんでいかないんだ?」
と、視線を向ければ、この期に及んでいまだにトラックにしがみつく様にしている残りの避難者を見て、面白いものを発見したというように山野は目を細めた。
その少女に近づく。
「なあ、何でいかない?」
「こ、こわ……」
近隣の私立中学校の制服を着た少女だった。
ほつれた髪を頬に張り付けているが、風呂に入れば綺麗になるだろう。
整った容姿をした小動物のような少女だ。
「あー。お嬢ちゃんには怖かったかなぁ。じゃ、俺の秘書になるか? そしたら中級までいけんぜ?」
にまりと笑みを浮かべながら、近づいていく。
「おいおい。お前、未成年は禁止だろー?」
「知るかよ」
加藤がからうように笑えば、山野は少女の肩に手を置いた。
「そしたら怖いこと何てしなくてもいい。どうする?」
「い、い……」
「あ?」
怯えたように少女が自分を守ろうとして、睨まれて言葉が出ない。
さらに肩を寄せれば、体が震えて――ゆっくりと少女は。
「ま、また出たっ。もう嫌だ、こんなところもう嫌だ!」
邪魔をされた言葉に、山野が苛立ったように睨んだ。
スーパーを凝視している太った男がいる。
確かにスーパーから再びゾンビが数匹現れていた。
たかが、ゾンビじゃねえか。
むしろ邪魔をされたことに苛立ちを感じたところ、太った男は逃げた。
脱兎のごとく走り出せば、向かう先はスーパーの出入り口だ。
それが切欠となって、残った避難民の多くが悲鳴をあげて彼に続く。
「ちょ。ふざけんな、手前ら――加藤!」
「ああ。連れ戻して、仕置きしてやる」
苛立ちを浮かべて、加藤が助手席から走り出した。
所詮は体力すらなく、階級なしに甘んじていた避難者である。
加藤が走れば、その距離は縮まり、スーパーの出入り口で追いついた。
と。太った男に伸ばした手が、先に奪われた。
「あ、あ――――――」
声にならない悲鳴は、喉笛を食いちぎられた音だ。
目の前で男をさらわれて、太った男はゾンビによって喉を食いちぎられていた。
次々と影が、逃げ出した避難民に襲い掛かる。
「お、おおっ!」
慌てたように加藤が銃を構え、正射。
次々に吐き出される銃弾がゾンビの頭を、体を、足を撃ち抜いた。
連続する射撃音に、肉片を撒き散らせていく。
「何だってんだ!」
スーパーの外から現れるゾンビは、次々に次々に――。
何でこんなにいるんだよ。今までこんなにいなかっただろう。
横から前から、伸ばされる手に、加藤は慌てたように後ろに下がる。
装弾数二十発しかない、89式自動小銃の弾はすぐに尽きた。
慌てたように、弾を交換しようとして――その肩に手が置かれた。
太った男だ。
「おい。やめろ、悪かった。おい、お――」
そして、加藤は食われた。
Ψ Ψ Ψ
それは突然のことだった。
溢れるように現れたゾンビの波は、逃げ出した男たちへとなだれ込み、次々に食い破る。
加藤が一瞬、自動小銃で応戦したが、すぐにゾンビの波に囲まれて見えなくなった。
前後左右から、うめき声だけが反響して、次に聞こえるのは咀嚼の音だ。
「な、何だってんだよ!」
ありえない。
今までこの狩り場は、最大でも十匹程度しかいない安全地帯だったはずだ。
それがこんなに大量に、一気に現れることなどありえない。
ゾンビの数はいまだに増え続けており、恐慌をきたした避難民の老人が脇から逃げようとして食われた。外からあふれ出たゾンビは、彼らを囲むように向かってきている。
安全なのは――。
「くそっ!」
山野は叫び、逃げ出した。
ちらほらとスーパーから現れる数少ないゾンビに銃撃をくわえて、スーパーの中へ。
その行動に我に返った残りの避難民が、悲鳴を上げながら続いた。
何でだよ。
安全なはずだった。
ただ階級なしの連中を、ゾンビの中に放り込んで脅かすだけの簡単なお楽しみだった。
なのに、なのに。
何でだよ。
スーパーへと走り込み、自動式のシャッターのボタンを押し込んだ。
いまだ電気が接続されているそれは、ゆっくりと下降を始める。
下降が始まったシャッターの脇から、避難民が次々に抜けて入ってきた。
ゾンビの手はそこまで迫っている。
「た、助けて。あけてくれ!」
足が遅かった老人が、逃げ遅れた。
シャッターは既に閉まりきり、呆然と言った表情でシャッターを叩く。
何度も何度も、手が赤くなって出血してもなお。
その必死の形相に、山野は怖くなって後ろに下がった。
老人の瞳が大きく開く。
「助けてく――――!」
ゾンビに囲まれた。
伸ばされた手だけがシャッターを掴み、赤く赤くシャッターが染まる。
そして、シャッターを握り締めた腕だけが残った。
Ψ Ψ Ψ
「ひのふのみの……たくさん」
双眼鏡から覗きながら、滝口鈴が呆れたように肩をすくめた。
スーパー外周部。溢れんばかりのゾンビが、スーパーを取り囲んでいる。
シャッターを下ろしたのだろう。
いまだに中に入れてはいないものの、囲むゾンビは数は増えている。
そう遠くないうちにシャッターは破壊されてしまうだろう。
実際にゾンビの力によって引かれたシャッターは既に変形をし、歪んでいた。
「これは正面から突破は無理ね」
「最初からわかっていたことさ」
赤外線のついた双眼鏡で、鈴と同じようにスーパーを見ていた優は肩をすくめた。
「脇から入って、救出後――すぐに別の場所に移動するのが理想だな」
「脇ね」
そのスーパーは三階ほどの高さの中規模店だ。
入り口に駐車場が整備されており、背後は荷物搬入用の倉庫になっている。
窓は一階と二階には見える範囲に存在しておらず、唯一三階に窓があるだけであった。
それも、窓に至るまでにはタイル敷きの直角の壁を登るしかない。
残念なことに周囲に三階まで届く足場は存在しておらず、おまけにゾンビまでいる。
「こういうのを無理ゲーっていうんじゃね? てか、こんな事態になったらさすがに小学校から援軍呼んでもいいんじゃねえの?」
滝口が呆れたように口を開いた。
「た、確かに――ここまで酷くなったらいくら小隊長でも」
「やめておいた方が無難だと思うよ」
あまりの状況に硬直していた大場が滝口の声に反応すれば、優は双眼鏡をのぞき見ながら呟いた。
「どうしてですか?」
「被害が出ているからさ。こんな事態になれば、当然責任も問われるだろう。そこへ牢から脱走した人間がのこのこと戻れば、これ幸いにと責任を全て押し付けられる。例えば、無理やり装備を奪い、避難民を連れ出して犠牲を出したとか」
「そ、そんな事が――」
「ないと言い切れるのなら、戻って救助を求めればいい。俺はお勧めはしないが」
優が双眼鏡から目を離し、さてとと小さく考え始めた。
反論しようにも返す言葉がない。
呆然と立ち尽くす大場の肩を、立花がゆっくりと叩いた。
「そうなると救助後に、避難所に戻ることもできない?」
「これを引き連れてというなら、別にいい」
すでに一塊りほどもあるゾンビの群れを顎でさし、優は苦笑した。
「一緒に砲撃されそうな気がするけど、その辺りは御自由にだ。避難所を戦場に変えるか、別の街に移動するかは任せる。こちらは救助後の面倒まではみない約束だしね」
「そうだったな。それで一応聞いておきたいが、お勧めは?」
「君達次第さ。戻るか、別の街に行くのか、別の集落に身を寄せるのか。はたまた、新たな集落を築くのか。それぞれメリットもデメリットもあるだろうし、それを考えて、一番いいと思うのを選択すればいい」
人に任せるのであれば、避難所での生活が最適であろう。
少なくとも今の段階であれば餓える心配はない。
もっとも、それが幸せかどうか一概に言えないのは、今回の状況を見れば一目瞭然であろうが。
気持ちを切り替えるように、ワゴン車から飛び降りる。
「さて、状況をまとめよう。シャッターとゾンビの状況から考えて、避難民はおそらくスーパー内に逃げ込んだ様子だ。目的は彼らを逃がす事――単純に車両に乗せればいいのだろうが、こちらの持っているワゴンだけではとても足りない」
ワゴンといえども、現在の人数で既に精一杯だ。
身体を折り畳んで入ったとしても、あと二人程度が限界だろう。
「そうなれば車両を調達する必要があるが、自衛隊のトラックが一台ある事にはあるが、鍵がない」
「搬送用のトラックが、搬入用の出入り口に止まっていたと思います。以前、ここに来た時に確認しました」
「鍵は?」
「それは――」
「鍵なら確かついていたはずだ。一カ月前に掃討した時と状況が同じならね」
「それを信じよう。そうすると何とか侵入して、搬出用の入口まで移動という形になるが」
「そこが問題だな。入口はゾンビに囲まれている。入れるのは窓くらいだが、空でも飛べない限りそこまでたどり着けそうにない」
浜崎が苦笑混じりに呟いた。
「とはいっても、待っていればゾンビの数は増える一方だ。多少だが、強引な手法を使おうと思う。まず――」
Ψ Ψ Ψ
三階バックヤード。
従業員用の通路を走れば、在庫を入れる倉庫がある。
その場所に段ボール箱で簡易のバリケードを張って、山野は大きく息を吐きだした。
今までと同じく、同じように行動した。
そのはずなのに。
振り返れば、山野に続いた避難民の姿があった。
当初は二十二名連れてきたはずが、襲撃ですでに十五名まで数を減らしている。
自分を入れて十六名……その多くが、女性と老人だ。
「な、何でこんなことに」
「うるせぇ。話す暇があったら、もっと頑丈な箱を持ってこい」
頭を抱える猿に似たような男、沢井に命令するが、動こうともしない。
他も同様に疲れ、怯えた視線で震えている。
役に立たない。
最初からわかっていたことだったが。
腹立ちまぎれに殴りつけてもいいが、そんな事をしている暇はないと言う事はわかる。
もっと頑丈にしなければ、ゾンビはシャッターくらいならすぐに破壊するだろう。
その前にもっと頑丈にして、帰らない彼らに気づき救助を待たなければならない。
倉庫に残された日用品の段ボールを持ちあげながら、山野は唇を噛み締めた。
最悪なこいつらを囮にしても――振り返れば、びくりと肩を震わせた少女がいた。
先ほど手を出し損ねた少女だ。
その様子にまだ早いと、山野は思う。
さすがに今から全員を犠牲にするのは早計だろう。
「とりあえず、非常事態だ。ゾンビがあんなに集まるなんて聞いてもいない。ここなら安全だが、助けが来るまで協力をしろ。死にたくなかったらな」
言葉に、避難民の震えが大きくなった。
手にした角材や鉄パイプが所在なさげに揺れている。
役に立つとは思えないが、少しでも役に立ってもらわなければ困る。
とりあえず、人員の把握だ
合計十五名のうちに、若い男は山野を含めても三名だけだった。
山野と、先ほど嘆いた沢井、そして眼鏡をかけた暗いオタク男だった。
悲鳴をあげる他のものとは違って、そのオタク男はいまだに一言も発しない。
「名前は?」
「……」
男はこちらを一瞥した後、完全に無視をした。
再び俯き始める男に、
「聞こえたら答えろ!」
「高梨です。高梨俊樹――」
苛立った山野が声をあげれば、沢井が慌てたように話した。
「こ、こいつしゃべれないみたいで。私は沢井と言います」
「つかえねぇ」
山野はあからさまな舌打ちをして、次に少女を見た。
「松井……江里です」
気づいたのだろう、おどおどと聞きとれないような小さな声で少女――松井江里は自分の名前を名乗った。
それがきっかけとなって、一人ずつ自己紹介を始めていく。
十五人の名前を聞いても、全て覚えられるわけではない。
少女と同じ中学生が六名と老人が七名。七名のうち三名が男性であって、四名が女性であった。誰もが怯えており、力仕事を期待できる人間はいない。
そもそもそれができるのであれば、『階級なし』に甘んじているわけがない。
それと引き換え、ゾンビのうめき声は次第に大きくなっている。
絶望的な状況に頭を抱え込みたくなる。
倉庫の窓から外を覗き見れば、ゾンビの数はいまだに多くなっている。
「ど、どうすればいいんですか?」
「さっきも言っただろ。ここにこもるから、もっと重い物を持ってこい」
「わ、わかりました」
慌てたように避難民が、倉庫から段ボールを運び出す。
投げられるように運ばれる段ボールは全てが軽く、ともすれば押さえられるようなものではなかったが、扉が埋まれば少し緊張が途切れたように感じた。そうすれば、すぐに端で怯えたように震え、うろうろと周囲を窺っていた。
その様子を苛立たしげに見ながら、山野は腰をおろして、息を吐いた。
「おい」
「は、はい」
怯えたように声を出すのは、絵里と名乗った少女だ。
「夢ってあっただろ……お前将来何になりてーんだ?」
聞いたのは特に意味があったわけではない。
ただ、この状況下で他の避難民と同じように焦るのは嫌だった。
それだけだ。
だが、絵里は聞かれた事に戸惑ったように、怯えを深めた。
どうしてそんな事を聞くのか理解できない様子で、しかし睨まれるような視線に。
「あ、あの。その、音楽家です。バイオリンの演奏者に――」
「音楽家だ?」
山野は笑った。
なれるわけがない。
腕がどうというわけではない。
彼女であれば場末の酒場ですら、緊張して上手くひけないだろう。
「音楽家志望かよ。そんなもんを守るために、俺たちは何してんだ」
ゆっくりと項垂れた理由を知るはずもなく、ただ馬鹿にされたと絵里は拳を震わせて小さく俯いた。
「や、山野さんは……」
「あ?」
「あなたは何になりたかったんですか?」
それは精一杯の抵抗だろう。
自分の夢を馬鹿にされた事に対する、ほんの小さな抵抗。
同時に守る価値があるというのは何か聞きたかった思いもあった。
だから、かすれるような声に問われたそれに、山野は苦笑。
「夢も何も、いま自衛隊に入ってんじゃねーか。何言ってんだ」
ばかと――笑いかける、その表情にいつもの強気さは存在していない。
疑問に思った。
その時、一人の老人が窓から外を指さした。
「なあ。あれはなんだ?」
明りだ。
それは車のヘッドライトの明り。
「ちょっとそこをどけ」
押しのけるように窓を窺えば、駐車場の入口から飛びこむように走る車が見えた。
救助か――だが、その車に見覚えはない。
『日原整備工場』
そう書かれたワゴンが、単身で走り込んでいる。
「救助だ!」
歓声に湧く室内で、山野はその車を凝視していた。
確かにこの状況下で走り込むのは救助くらいだろう。だが、それなら何故、装甲車が走らない。ワゴン車で単身駆け込むなど、自殺行為もいいところだ。
ワゴン車は群がるゾンビを跳ね飛ばしながら、速度を緩めない。
それは真っ直ぐに入口を目指して。
「突っ込む気かよっ!」
入り口のシャッターに飛び込んだ。