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避難所8



「そ、そんな事知っています。でも、だから助けに行かないといけないんです」

「そうじゃない。君が考えているよりも、たぶん」

 放たれた言葉に、優は視線で外を示す。

 陽が沈み、すでに外は既に時間を変えていた。


 夜だ。

 ゾンビのうめき声が遠く微かに聞こえる事に、立花は気づいた。

「この声は、周辺のゾンビも呼び寄せる性質があるらしい。昼間は気づかなかったゾンビも、夜になれば集まって一斉に襲撃してくるぞ」


「そ、そんな――」

「どうしてそう思う? そんな報告は受けたこともないが」

「確証はないよ。ただ実際に夜に戦闘した回数が少ないことは事実のはずだ」

 優の言葉には、立花も頷かざるを得ない。


 確かに周囲を見渡せる昼と夜では、昼の方が圧倒的に行動も多い。

 わざわざ自らの視覚を狭めてまでも夜に行動する必要性がないからだ。

 ゾンビは夜眠るわけでも、疲れるわけでもないので、夜襲は無意味だ。

 もし、彼が言っている事が本当であるならば。


 ただいつも通り、訓練代わりに昼に狩っていた狩り場は地獄へと変貌するだろう。

「なら、なおさら助けないと」

「そこに二人増えたところで、助けられないのは同じだと思うけどね」

 あまりお勧めはしないと、他人事のように優は肩をすくめた。

「じゃあ――」


 無理だと断言されて、震えを隠しもせずに大場は尋ねた。

 震えは次第に強くなる。

「あなた達がいたらどうですか?」

 そうはっきりと呟いた。

「大場?」


 最初に声を発したのは立花だ。

 驚いたように、大場を見つめれば、大場香奈はゆっくりと顔を上げていた。

 涙が溢れる様子を隠すこともなく、震える表情で優を見ている。

「何を言っている。彼らは民間人だぞ、巻き込むつもりか」

「知ってます。でも、もう――もう嫌なのです」


 あふれ出したのは押し込めてきた気持ち。

 感情を声に出したくて、でもそれは強すぎて、言葉にならない。

 さらに涙が出た。

 震える言葉を放った大場を、優は驚いたように見た。

 落ち着けと立花が肩を抑えるが、それを振り切るように大場は言葉にした。

 もう嫌だった。


 本来守るべきはずの民間人に対して義務を強制するのも。

 守るべき任務を果たして向けられる、機嫌をとるような愛想笑いや恨み言も。

 自分が望んでいる事は。

 自分が厳しいと噂される自衛隊に入ったのはそんな事のためじゃない。

 我慢していた感情が溢れるように、そして今まで誰にも話せず押さえ込んできた言葉をゆっくりと漏れ出た。


「もう嫌なのです。こんなところ――民間人を守れなくて、何が自衛隊ですか。何が任務ですか。私が……私が守りたいのは」

 人々の笑顔だ。

 厳しいこともあるかもしれない。

 泣きたいこともあるかもしれない。

 でも、ほんの一瞬――楽しく笑える瞬間を守れたのなら、どんな厳しいことにも耐えられる。

 冗談混じりに笑いあう二人。


 この避難所で見た初めての、純粋な笑顔だった。

 そんな笑顔を持ち、力を持った二人ならば。

「だから、助けてください。こんなお願いをするのは間違えている。知っています、でもあなたたちなら助けられると思うのです」

 こんな非常事態で、地獄のような街でも、楽しげに笑える二人ならば。

 また街に、自分が守りたかった笑顔を増やしてくれるのではないか。


 そう思えたからこそ、大場はこの扉を開ける決心がついた。

 まっすぐな瞳で見られて、問いかけられて、優は困ったように浜崎を見る。

 浜崎は既に任せるとばかりに肩をすくませていた。

「個人的には助けてやりてーが。どれくらい危険だと思う」

「そうだな、三ヶ月前のゾンビとは比較にならない量かな。しかも、残念なことに夜は始まったばかりだ」


「今度は山崎も柴村もいねぇしな」

「というか、いるのは自衛隊が四人で、それでゾンビに怯える人を守るって条件付きだ」

「聞けば聞くほど、絶望的な気がするがね」

 何も危険がないのであれば、助けてやりたいというのが人間だろう。

 けれど、自らの命がかかった救助だ。

 しかも、助けるのは本日であったばかりの見ず知らずの人間であって、仲間でもない。


 それが優の思いであり、浜崎自身はそこまで冷静になれないものの自殺願望者でもない。

「しかも困った事に、助けたところでこちらにはメリットがない」

「仲間が増えるんじゃないか?」

「人に頼るだけの連中を仲間にしたいか。むしろ、それは足手まといだろう」

 いらんいらんと優は大きく首を振った。

 言いたい放題だ。


 その現実的な言葉を前にして、大場も立花も口を挟めない。

 いつの間にか溢れていた涙でさえも、止まっていた。

「た、助けるのに理由が必要なのですか」

「別に助けるのには理由は要らない。けど、命をかけるのにはそれなりの理由がいるな」

 大場の言葉に、優はあっさりと答えた。


 その現実的な言葉を受け入れられないでいる大場と違い、立花は頷いた。

 自衛隊員はそのために税金をもらって生活をしている。

 助ける理由は明確だ――それが仕事なのだから。

そのための高い給料であり、有事には命すらも捨てる覚悟を持って入隊している。

 けれど。


「大場三士。彼らは民間人なのだよ、それ以上、無理をいうな」

「でもっ――」

 その言葉は理解できる。

 望んで、わかりましたと簡単に言える問題ではないことも。

 でもと、引きずられるように肩をもたれてもなお、大場は二人を見ていた。


 まっすぐな視線が二人を捉える。

 助けて欲しいと望んでいる。

 その視線はまっすぐに、まっすぐに――。

「確かに。確かにメリットはないかもしれません。でも、私に出来る事なら何でもします。何でも教えます、だから、だから」

 だから、協力して欲しい。


 呟きかけた言葉を遮るように、優は困ったように頭をかいた。

「ただな。浜崎」

「ん?」 

「無駄死はさせたくはないと思うんだ」

 こんな自分のことしか考えられぬ状況下で、命をかけて守ろうとしている人間がいる。

 こんな避難所で、役割から外れてまで助けたいと願う人間。

 それが全国でどれだけいるのか。

 残念ながら、そういう人間は大抵において早死にするわけだが。

 それは甘い考えだ。


 自分だけではなく、他に犠牲者まで生み出しかねないのが性質が悪い。

 それでも――嫌いではないと優は思う。

 だからこそ。

「そういう人には少しでも生き残って欲しいなと思うのは、我侭か?」

「ただ働きになるがな」

「個人的な感情だ。メリットがないのは百も承知だよ」


「そうか。ま、代表が決めたことだ。こちらはそれに従うだけだ」

「別に嫌ならいいぞ? これは命令でもなんでもない」

「それで死なれたら、あとが困るんだ」

 ゆっくりと、優は肩をすくめた。


 歩き出す二人を呆然と見つめ、大場は声すらかけられない。

 彼らの言葉の意味を反芻する、何と言ったのだろう。

「い、いいの?」

 戸惑いとともに問いかけられた言葉に、優は頷いた。

「助けるまでは手伝おう。ただ、そこまでだ。その後のことまでは面倒を見切れない」


 Ψ Ψ Ψ


 ゾンビの侵入を防ぐため監視されているとはいえ、大高小学校は広い。

 外周部全てを監視することは不可能であって、監視の場所や見張りの場所などの情報を持つ大場と立花に案内されれば、楽に目をかいくぐることができた。

 校舎から離れた場所で、塀に立ちながら立花が振り返った。


 肩に担ぐのは自動小銃と軍用のかばんだ。

 同様の装備を身につけた大場を見れば、少し迷ったように声を出した。

「大場三士。君は残ってもいいんだぞ?」

「どうしたんですか、急に?」

「これははっきり言えば、命令無視だ。戻ってこれたとしても、重罪にあたる。民間人を助けるためという理由は通用しない」


「もう、戻ってくるつもりはありません。覚悟はしているつもりです」

 ゆっくりと大場は首を振った。

「そうか。なら、もう何も言わない」

 立花は強く頷くと、実に軽々と浜崎の身長以上もある塀に飛び移り登った。


 まるで猿のようだなと優が言えば、大場が誇らしげに笑う。

「立花三曹は元空挺部隊にいたんですよ」

「それは凄い。どれくらい凄いかわからないけれど」

 ただ凄いという事だけはわかる。


 塀に上った立花の手を借りて、大場も塀へとあがった。

 同時、優も塀に手をかけると片手で体を持ち上げて、上がりきる。

「上れそうか?」

「俺はそんなに軽くないからな、すまんが手を貸してくれるか?」


「ああ、行くぞ」

 苦笑すれば、優が手を伸ばした。

 声とともに持ち上げる。体重を八十を超える体が、一瞬であがり――浜崎は塀の上に手をかけた。そこからは彼自身の力で塀へとよじ登る。

 降り立てばそこは、校門から反対に離れた人気のない道路だ。


 街灯のわずかな明かりだけが、周囲を照らしている。

 ゆっくりと左右を大場と立花が自動小銃を向けて、監視した。

 いない。


 夜における利点といえば、その声であろうか。

 普段はどこにいても、言葉を発しないゾンビであるが、夜は常にうめき声をあげているため、わかりやすい。

耳に意識を集中すれば、聞こえるのは風の音と遠くで遠雷にも似た爆発音か。


 と、唐突にエンジン音が響き渡り、塀の角から車が姿を見せた。

「大場三士!」

 ばれたかと、二人が銃口を向ければ――走るのは、一台のワゴン車だ。

 近づくそれに、銃口を向けた二人を優が手で制した。


「帰れといったんだがな」

 呆れたような口調で呟く。

 そのワゴン車には見覚えがあった。

 ゆっくりと近づき、優たちの脇で止まったワゴンの窓が開く。


「ずいぶん遅い帰りね。夕食が冷めちゃってるわよ」

「先に帰れといわなかったか?」

「もう一度来るのは手間だっていったでしょ?」

 滝口鈴は咥えタバコで、小さく笑った。


 Ψ Ψ Ψ


 十七時を過ぎても帰らず、近くに止めて校門の様子を監視していたらしい。

 監視に使っていたのは優が持ち込んだ、赤外線がついた双眼鏡だ。

 それにしても、広い校門でよく見つけたものだといえば、逃げられそうな場所などは限られているため、そこを限定して見張りをしたと滝口信二は言った。


 元軍人であった宮下敬三に良く鍛えられたようだった。

 少し関心をすれば、秋峰琴子が説明を求めるように大場たちを見ている。

 同時――大場たちの視線も、優へと向いていた。


「なんだ。彼らは俺の仲間――滝口鈴さんと滝口信二。あと秋峰琴子だ」

 紹介をすれば、ぎこちなく大場が頭を下げた。

 ワゴン車の後部座席を開ける。


「で、こちらの方は?」

「ああ。何やら問題ごとが発生したようでね。これから一キロ先のスーパーまで避難者の救出に向かう――悪いが、もう少し帰れそうにない」

「救出?」


 疑問を浮かべる彼らを前にして、優は後部座席から持ち込んだ武器を選んだ。

 手斧だ。

 それは先ほど奪い取られたものと同型のもの――当然、使い続ければ刃先は痛むし、柄も折れてしまう。いくつか同型のものを優は手に入れていた。


 それを取り出せば、柄の先にお守りを結びつけてから、腰へと戻した。

「どういう事なの、浜崎?」

「今宮の言葉通りだ。何やらゾンビの群れに突っ込まれた避難者がいるらしい。お二人が救出に向かうというので、その手伝いをすることになった」


「ああ。それはあのどんぱち、やってる馬鹿のことかい?」

 鈴が唇で煙草を上下に揺らしながら、鳴り響いた音の方を指した。

 先ほどから断続的に聞こえてくる破裂音は、ちょうど東の方向から聞こえている。

「この辺りのゾンビもそっちの方へ向かって行ったよ。逃げるにはちょうどいいと思っていたけど。救出となると厄介ね」


「危険なのは間違いないね。悪いがもうしばらく駐車場で待機を――」

「冗談でしょ。またおいていかれるのは嫌よ?」

 事態を理解したとばかりに、琴子も外に出れば背伸びをするようにナギナタを振った。

 その隣、予備の鉄パイプを素振りしていた浜崎が苦笑する。

「何でもこれはメリットのない今宮の我侭らしいぞ」

「今宮の我侭は今に始まったことじゃないでしょ。基本的に自由なのよね――学校でもそうだったけど」

「酷い言われようだな」


「けど、事実じゃね?」

 笑い声を上げながら、滝口が二本のサバイバルナイフを懐から取り出した。

 手の感触を確かめるように回し、再びしまう。

 何なのだろう。


 呆然とその様子を見ていた大場は言葉を失った。

 詳しい事情など、何も理解していないに違いない。

 だが、優が救出に向かうといえば、全員が文句も言わずに準備を始めた。

 あの大場が求めてきた、笑い顔を浮かべながら。


 仲間と優は断言した。

 そして、同時に優が音楽室で語った、足手まといはいらないとの言葉も思い出させる。

 果たして、避難者は仲間に危険が迫っているといわれれば助けにいけるだろうか。

 たった一人の仲間が助けに向かうといえば、笑顔で従っただろうか。


 そこに見える信頼の絆を、純粋に大場は羨ましいと思う。

 信頼できない仲間など足手まといでしかないと、そう断言した意味を、大場は理解した。

「呆けている暇はない。こちらも装備を確認しよう」

 肩を叩かれて気づく。立花も脇にリュックを広げている。

 リュックの中は個人に支給された装備品だ。


 89式の自動小銃――その予備弾装五つを取り出せば、迷彩服についているポケットへ入れる。次に小型の手榴弾が三個、こちらはポケットでは危険なため専用のベルトに吊るした。他に入っているのは、縄と携行用スコップ、銃剣――榴弾だ。

 それぞれ確認をすれば、再びリュックにしまい、背中に背負った。


「浜崎、これは返しておくわ」

 声とともに、琴子は浜崎に拳銃を渡す。

 同時、滝口も優に拳銃を渡した。

 弾を一度抜き出してから、再び装填――その動作を何気なくみて、ふと固まった。


「民間人よね?」

 何で拳銃を持ってるの。

 そんな視線を前にして、優は苦笑した。

「この三ヶ月でいろいろありましてね」


 優は微笑を浮かべて、銃を脇へとしまった。




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