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避難所4



 大高小学校は市の西南に位置する場所だ。

 拠点からは南に下り、少し東に行けばたどり着く。

 しかしながら、そこに至るには中央の幹線道路を抜け出なければならず、まっすぐ進めば駅前を通過することになる。近いが、後回しにしていた理由がそれであった。


 公民館を経由し、一度南側の住宅街まで迂回することで、ゾンビとの遭遇を極力避ける。

 それでも中央の幹線道路を抜け出る必要があることには変わらず、町の中心に近づくにつれて、ゾンビの数は加速度的に増えていった。

「またか」


 小さく舌打ちをして、鈴はハンドルを切る。

 ゾンビを遠くに見れば、事前にハンドルを切って大きく迂回するようにしているため、動きは遅々として進まない。一方通行の道路を、あるいは歩道を走りながら、幹線道路を抜けるころには既に一時を過ぎていた。

「住宅街に入れば、少しは減ると思いますが」


 そこまでが遠いと鈴が苦笑しながら、幹線道路から少しでも離れるためにアクセルに力を入れた。加速していく窓からはゾンビが追いかけようとして、諦める様子が見えた。

 確かに、集まってはこないな。

 考えているのは情報交換での最後に伝えられた、須藤の言葉だ。


 あくまでも、この時間帯でゾンビが集まるのは人を発見したときだけだ。

 呼び寄せることはせず、あくまでも単独で狙っている。

 もちろん、エンジン音に気づいたゾンビが集まることもあった。

 しかしながら、あくまでも集まるのはエンジン音にであり、ゾンビが呼び寄せているわけではない。実際に優たちに気づかなかった他のゾンビは、完全に車を無視していた。


 夜になると、本当に呼ぶようになるのか。

 疑問には思うが、わざわざ夜に出歩いて、それを確かめるわけにもいかない。

 揺れる車内で思案するが、答えは出そうにもない。

 わからないことが多すぎるのだ。だから、一度思案を打ち切って、背後を見た。


 ワゴン車の後部座席で、座席に掴まる浜崎と琴子と滝口がいる。

 乗用車よりは大きい車両であるが、体の大きい浜崎と滝口に囲まれて、琴子は少し狭そうだ。もっとも、その原因の一つに、長いナギナタを手にしているという事もあるのだろうが。

 振り向いた優に、浜崎が気づいた。


「どうした?」

「とりあえず、今後の予定だが。小学校には俺と浜崎で乗り込む――浜崎は銃を秋峰に、滝口は俺のを――」

 そう言って、優は脇から拳銃と無線機を滝口に投げた。

 それを受け取って、滝口信二は疑問を浮かべる。


「どういうことよ?」

 不機嫌そうな声を出したのは、琴子だ。

 有体に仲間はずれは嫌だと、その表情が語っている。

 違うとばかりに、優は首を振る。

「銃を持ち込んでも、おそらくは回収される。なら、最初からもっていかない方がいい」


「なるほど。それで武器なしでも対応できる、俺と今宮ってことになるわけか」

 納得したように浜崎も傍らに鉄パイプを置き、琴子に拳銃を預けた。

「それならみんなで行った方がいいでしょう?」

「みんなで行けば、誰も助けにいけなくなるだろう? 秋峰たちは小学校に着いたら、周囲で待機していて欲しい」

「女性だから危ないって単純な理由じゃないようね。わかった、いつまで待機していればいいの?」

「俺たちが戻ってくるまでさ。なに、話をしたらすぐに出てくるつもりだ――いきなり拘束されるという事はないと思うよ」


「方針は決まったかい? なら、そろそろ到着するよ」

 ハンドルを切り、滝口鈴が口に煙草を咥えた。

 車は小学校に程近い住宅の民家で停車した。

 幸いなことに民家の車は出払っており、そこにワンゴ車を入れることが出来た。


 シャッターを締め切れば、そこは簡易のバリケードになる。

 ゾンビに荒らされた様子もなく、平凡な民家の駐車場だった。

「戻ってくるまでといったが――」

 優は腕時計を見る。時計の針は十四時をさしていた。


 六月のこの季節、太陽は六時を過ぎるまで上っている。

「もし帰ってこれなかったら、十七時になったら一度拠点に戻れ。それで、明日の朝また来てくれたらいい」

「出来れば、それまでに帰ってきて欲しいね」

 鈴がもう一度、この往復はきついとばかりに苦笑を浮かべた。


「わかったわ。でも、気をつけて」 

「何――たいした事じゃない。最初から戦うのが目的ではないし。仮にも『避難所』なわけだからね」

 後部座席から小型の発電機とガソリンを降ろして、優は答えた。

 浜崎が鉄パイプを手に、シャッターにいる。

 窓から顔を出して、琴子は声をかけた。


「浜崎も」

「こっちには今宮がいるんだ。学校であのやくざが待ってない限りは何とかなる」

 そんな冗談に、琴子は呆れたように頬を膨らませて見せた。

「ほんとにもう。冗談ばっかりなんだから」

 それでも楽しい仲間たちに、心からの笑顔を送った。

 仲間でよかったと。


 Ψ Ψ Ψ


 シャッターを開けば、周囲は驚くほどの静けさであった。

 蝉もまだ本格的に活動していないこの季節、生活音がない街は静かだ。

 再びシャッターを閉ざす音だけが、静謐の街に響き渡った。

「さて。学校はこの道をまっすぐだったかな」


「二百メートルほど先を左だ。なんだ、しらねえのか?」

「小学校は違う街だったんだ。この街に引っ越してきたのは中学校からだよ」

「そうか、俺は通いなれた道だったしな。案内する」

「頼りにしている」


 笑いながら、優は浜崎に続いた。

 ゾンビの姿はない。

 おそらくは拠点を作る前に、事前にある程度の掃討をしたのだろう。

 小学校に近づけば、見えるゾンビの数は減っていた。


 それでもゼロではないというのが、街の中央である駅前に近いという証明なのだろうが。

 住宅街を通り過ぎれば、やがて長い塀にたどり着いた。そこから左へと曲がれば、校門がある。

 校門は硬く閉ざされていた。

「さて。鬼が出るか、ゾンビがでるか」


「やくざ以外なら何でもいい」

「俺もだ」

 浜崎が微笑を浮かべ、校門に手を触れようとしたとき。

『止まりなさい。ここは避難所だ』


 声が聞こえた。

 音の方を振り返れば、小型のスピーカーとカメラが校門に設置されている。

 これで見ているようだ。

「避難をしてきた、今宮と浜崎です。あけてください」

 そう告げて、大きく手を振ってみせる。


 しばらく沈黙があり、続く声は。

『いま人を向かわせる。そのままで待機するように』

 了承の意を浮かべ、校門から離れる。

 すぐに学校――入り口の方から、二人の迷彩服の男性が歩いてきた。


 自衛隊員だ。

 彼らは慎重に二人に近づくと、周囲を確認――校門を引きあけた。

「早く入れ」

 そうせかしながらも、一人の銃口は外に――そして、もう一人の銃口は優たちへと向けられている。その動作に眉をひそめながら、校門へと入る。


 校門が硬く閉じられた。

 一人が閉じている間に、もう一人が先導する。

 背後からは門を閉じた自衛隊の人間が、銃口を彼らへと向けながら歩いていた。

「なんか、掴まった気分だな」

「私語はよせ」


 冗談めかした浜崎が口を開けば、すぐに高圧的な言葉が振ってきた。

 優が肩をすくめる。

 どうやらあまり歓迎はされてないようだと、表情で語った。

 無言のままの先導は学校の校舎入り口まで続いた。

 入り口に二つ、千葉が放していた野戦砲と呼ばれるであろう砲が置かれている。


 入り口を塞ぐようにしているのは、装甲車だ。

 その脇を抜けて、入り口を抜ければ、ようやく男たちが立ち止まった。

「随分と遅い避難だな」

「周りのゾンビがしつこくて、外に出られなかったんだ」

「それは残念だ。配給は最後になるぞ」


「最後?」

 怪訝な顔をした優の背後に、突然手が伸ばされた。

 咄嗟に殴ろうと拳を握った浜崎を、優が押しとめる。

 たぶん、怪我がないか確かめているんだ。


 そう視線で告げれば、体を検査した男たちが優の持ち物を前に並べた。

 手斧とガソリン、そして小型の発電機だ。

「怪我はないようだな。それで、これはどうした?」

「斧は護身用。ガソリンと発電機は家にあったやつを持ってきた、必要かと思ってね」

「それはいい心がけだ。すぐに階級もあがるぞ。だが、もう護身用はいらんだろう、これは預かる」


「ああ。わかった、ただそのストラップだけは返してもらうよ」

 頷いて、手斧につけられたストラップを優は手にした。

 その手を、男が握る。

「何、かってな事をしている。そんな不気味なストラップはいらんだろう。俺が処分してやろう」


 にやりと笑み、男が足を振り上げた。

 その足が――握り止められる。

 ストラップを踏み抜こうとした足が、片手によって握られて止められる。


「貴様!」

 叫びかけた男を優は無視しながら、もう一方の手で丁寧にストラップをはずし、ポケットにしまった。

 そうして足から手を離せば。


「恋人からのプレゼントなんだ。悪いが、丁寧に扱って欲しい」

 足を離された男が怒りに顔を赤くして、銃を振り上げる。

「何をしている。さっさと持ち物を預かったら、連れてこい!」

 一瞬の緊張は、校舎内にいた別の男の声に消された。


 優に向けて殴ろうとしていた手を下ろして、男が吐き捨てるように優をにらみ付けた。

「いいか。ここでの生活を教えてやる、逆らうな、だ。貴様の顔は覚えたからな」

 そう吐き捨てれば、優が置いた武器とガソリンを持ち、男が踵を返した。

 優をわざと突き飛ばすように、もう一人の男も浜崎との間を抜けていく。


「少しひやりとしたな」

「すまないな。見落としていたよ」

「謝ることはない。それに……」

 浜崎が楽しげに笑い出した。


 それに? と、問いかけるような視線を向けられて、何でもないと首を振る。

 恋人からのプレゼントか、二見に伝えれば面白そうだと――浜崎は思った。


 Ψ Ψ Ψ


 連れて行かれたのは校長室であった。

 もちろん、その席に座るのは校長ではなく、四十代後半の白髪交じりの男だ。

 昔は鍛えられていたのであろう体つきは、今は見る影もなく贅肉へと変わっていた。

 装飾の施された豪華なテーブルの奥で、その男はこの避難所の代表であると名乗った。


「小林三尉だ。なかなかいい体格をしている」

 視線は、テーブルの前に立つ今宮と浜崎を値踏みするように見上げた。

「うん。期待しているよ、その分だとすぐに階級も上がるだろう」

「すみませんが。その階級というのはなんですか?」

「ああ。言わなかったな。これはあくまでも暫定的なものだが――」


 そう言って、代表と名乗った小林はゆっくりと立ち上がった。

 背後、ブラインドが下ろされた窓から外を伺うように、優たちに背を向ける。

「何分、この非常事態では人の手が足りない。そこで、民間の方にもご協力をいただいている」

「協力するのはいいが、そこと階級はどう繋がるんだ?」

「給料だよ。まあ、現物支給と言い換えてもいいかもしれないが」


 問いかけた浜崎の眉間に皺がよった。

 答えを求める視線が優の方に向く。

 優もその言葉を考えていたようで、やがて。

「つまり。協力した分、配給を多く回すと」

「端的に言えば、そういう事だ。むろん最低限度の配給品は保障するがね、つまりそれにプラスされるのは皆さんのご協力次第というわけだ。君らは来たばかりだから最低の階級になるが。何、その体格であれば戦闘も出来るだろう――すぐに階級も上がる。戦闘隊には嗜好品も配られるからな」


 振り返った表情は、楽しげで――見下している。

 そう浜崎は感じた。

「わかりました。それで、私たちは何をすればよいのでしょう」

「理解が早くて助かるよ。最近は義務も果たさないのに権利だけを主張するやからが多くてね。藤堂三曹――」


 呼ばれて入ってきたのは、浜崎に匹敵する大男だ。

 三十代後半だろう――口元に黒い髭を蓄えており、短く髪を刈り上げている。

「君ら新兵の訓練と教育をかねている、藤堂三曹だ。詳しくは彼から話を聞きなさい」

「山野から話は聞いている。楽しみにしておくんだな」


 よろしくと差し出される。

 山野という名前に聞き覚えがなかったが、おそらくは最初に出会った二人のどちらかだろう。

「今宮優です。よろしく――」

 握り締めた手が圧迫された。


 握手というにはあまりにも強い――優は小さくため息を吐いた。

 最悪だなと呟くが、優の表情は一向に変わらない。

 しばらく握り締めてから、不思議そうに男は腕を離した。


「少しは我慢強いようだ。気に入ったぞ」

 藤堂は豪快な笑みを浮かべ、来いと背を向けた。


 Ψ Ψ Ψ


「先にこの避難場所のルールを説明しておく。共同生活をするんだ、最低限のルールは守ってもらわないとな」

 先導される藤堂に続き、優と浜崎は校舎の中を移動していた。

 小学校の校舎内はがらんとしており、人気はない。

 避難場所はとの問いかけに対して、避難者は体育館で生活をしているとの回答があった。


 自衛隊員と階級とやらが最上位の人間だけは、校舎内に個室が与えられるらしい。

「説明があったと思うが、ご協力をいただける方には階級が与えられている。本日入隊した、諸君らは一番最下層の『階級なし』だ。次にご協力をいただける『初級』、『中級』と続き、戦闘等の危険な任務を行えば『上級兵』となり個室も与えられる」

「三曹はどうなるのですか?」


「俺たちはその枠からは外れる」

 尋ねた優に振り返り、藤堂はにやりと笑みを浮かべた。

「そして、これが重要だが――下の階級のものは上の階級に逆らってはならん。いいな?」

「覚えておきます」


 優が肩をすくませれば、満足したように藤堂は振り返った。

「階級に応じてもらえる物資も多くなり、いける場所も多くなる。校舎内は中級以上の立ち入りしか認めてはいない。諸君らもしばらくは体育館での生活となるだろう。もちろん、我々が不自由しないように心がけているが」

 ガタン。話しながら歩く藤堂の隣で、扉が揺れた。

 音楽室とかかれた扉だが、いまはその扉には外側から閂がかけられている。


「これは?」

「なに。中には精神に異常をきたし、敵対行動をとるものもいるのでね。外に出さないための措置だ――諸君らもゾンビを招き入れられたり、味方から撃たれるのは嫌だろう?」

「避難して牢屋に入れられるのもな」

 優が浜崎にしか聞き取れない声で呟けば、浜崎が渋い顔を作った。


 まっすぐで静かな廊下を歩く。

 コンクリートに打ち付けられる足音だけが、響いていた。

「さて。それで諸君らはどこから来た。なぜこの時期になって避難所に?」

「南の集落にいたのですが、ゾンビに囲まれて出れなかったのです。しかし、物資もなくなり、飢え死にするよりはと」


 さらりと優が嘘をついた。

 平然とした嘘に、藤堂はなるほどと一度頷く。

「それならば正解だ。ここでは配給の物資も配られているし、協力すればそれ以上も与えられる。諸君らの明日からの頑張り次第だがな……さあ、ついた」


 校舎から一度外に出て、渡り廊下を歩けば――そこには金属製の二枚の扉がある。

 藤堂がゆっくりとそれを横に引きあけた。

「天国へようこそ。今日はゆっくりと休んでくれ」



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