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避難所2



 その言葉に琴子は怒りの表情を浮かべ、浜崎は怪訝な表情を見せた。

 ただ一人、表情を変えなかったのは正面に座る――優だ。

「ラジオでは避難所の扱いだったけれど。その理由を聞いても?」

「ああ。もちろん、理由もなく断ることはない。情報が上手く伝わっていなくて申し訳ないが――この避難所は病人や怪我人用なんだ」


「病人――?」

 鈴の問うた言葉に、須藤は丁寧に頷きを返し、

「ここには何らかの怪我や病気をしている人間が集まっている。だから、数も少ないし、その分物資の配給もスペースもない。体に異常がない人は大高小学校が避難所になっている。ここまで来てくれて申し訳ないと思うが、そちらに向かってもらえるか?」


「おいおい。せっかくここまできたのに、いきなり帰れってわけか?」

 不愉快そうに浜崎が口にすれば、須藤は申し訳ないともう一度頭をさげた。

「必要であれば、ある程度の配給も手配しよう。大高小学校とも無線で連絡は出来るから、そちらにも連絡はしておこう。ただ、ここでは君たちを受け入れることはできない」


 態度自体は丁寧であったが、言葉は断固した拒否の姿勢だ。

 眉をしかめた浜崎の前で、千葉が腰を浅く座りなおした。

 いつでも飛び出せる体勢だ――気づいた琴子も前へ。

「別にいいよ」


 その言葉に、殺気だった空気が消えた。

 一瞬触発の空気が、優のあっさりとした一言によってかき消される。

 いつも表情を変えない須藤が、珍しくも驚いたように優に視線を向けた。

「別にここに避難したくて来たわけじゃない」

「面白いことを言うな。今宮君、避難が目的ではないと、そういうのかい?」


「ああ。先に言っておくが、物資で困っているわけでもないさ。滝口――土産を」

「おいおい。ほんとに渡すのかよ」

 たったいま拒否した人間に対してと呆れたように呟いた滝口だったが、優が頷けば仕方がないと持っていた金属缶と小型発電機を脇に置いた。

その動作に、須藤が視線を向ける。


「これは?」

「土産だよ。ガソリンが五リットルと小型発電機が一台。そのうち、必要になるのだろう?」

 その言葉に驚きを見せたのは、千葉だ。

「なぜ、それを知っている?」

 そう告げた言葉に、優は楽しげに笑んで見せた。

「考えればわかるさ。いまはライフラインは正常に機能しているが、発電自体が永続的に出来るわけがない。ならば、そのうち節電とか――そんな話題がここにはあるんじゃないか。俺たちはただその情報が欲しい」


 言葉に、千葉は驚いたように開いたままだ。

 ただ須藤だけが値踏みをするように、優を見ている。

 優もまた、須藤の顔を正面から見返していた。

「情報を手に入れればすぐに帰るさ。君らに迷惑をかけるつもりもない――だから、病人とか怪我人の施設とかそういうデタラメはいらない」


「驚いたな。君は――」

 呟かれた言葉に、優と須藤を除いた人間が絶句をする。

 ただただ興味深そうに、須藤の口元に笑みが浮かんだ。

「なるほど、二見さんが君を買うわけだ。わかった、話をしようか」


 Ψ Ψ Ψ


「お茶を持ってきたぞ。って?」

 扉から入ってきた田向井が見たのは、珍しくも微笑を浮かべる須藤と正面で楽しげに笑う今宮優の姿だ。それ以外の人間は、まるで鳩が豆鉄砲を食らったようにきょとんとしている。

何があったんだ。


 疑問には感じながらも、手にしたお茶を机の上に並べた。

「ありがとう、先生」

 礼を言って受け取る須藤は冷静そのもので、優もまた同じくいつも通りのものだ。

 ただ他が違う。


 田向井の姿にもぎこちなく視線を向けるだけで、千葉もまた驚いたように優を凝視していた。そのいたたまれない雰囲気を感じつつ、とりあえず。

「秋峰」

「どうしたの、田向井先生?」

「ああ。青野先生が話したいことがあるそうだ、いま大丈夫か?」


「いま?」

 用件を秋峰琴子に伝えれば、琴子は不思議そうになりながらも周囲を見た。

 大丈夫だと優が頷けば、

「あとで詳しい話聞かせてよね」

 そう告げて、後ろ髪を引っ張られながらも、田向井に続き、応接室から姿を消す。

 ゆっくりとしまる応接室の扉。


 それを見届けてから、須藤が置かれたお茶に口をつけた。

「あまり嗜好品は来てなくてね。粗茶で悪いが、どうぞ」

 薦められれば、浜崎が口をつけた。

 薄い日本茶だ。拠点で入れられているものよりも遥かに味は悪い。


 さてとと――滝口鈴と信二が同様に飲み始めて、優の様子に須藤は再び面白そうに笑う。

「心配しなくても毒は入れていないさ。簡単にそんなもの手に入らない」

「喉が渇いていないだけさ。さ、話を始めよう」

「そうだね、とりあえずなぜ嘘だと思ったのか教えて欲しい」

「散らかりようと落書きかな。もし怪我人とか病人がいるなら、それなりに清潔さが必要だろうし、そこまで汚せるわけがない。だから――ここにいるのは、病人じゃなくて子供か」


「ご名答。ここにいる多くは生き延びた子供たちだ」

 須藤の言葉に、驚いたように浜崎が目を開いた。

「両親を失った子達が多くてね。なかなか手がかかるし、大人の数も足りていないのが現状だ」

「それならなおさら大人の手がいるんじゃないか。いや、むしろそういう子達こそ大規模な避難施設が必要だろう?」


「最初は、そうだった――今宮君はわかっているかもしれないけれどね」

「想像は出来るさ。子供だからだろう」

 優の言葉に、須藤は頷いた。

「俺にもわかるように頼む。それで理解できるのはお前ら二人だけだ」

 浜崎が困ったように頭をかく。

 滝口も同様だ、目を何度かしばたたかせ、理解しようとはしているが理解できない。


「そう。子供は我慢を知らない。ましてや両親を失った状況で、大人数と同じ場所に閉じ込められるのだからね。相当なストレスだろう」

「うるさくもなるし、暴れもするだろうな。子供だから仕方がないといえばそれまでだが――現状では大人にも我慢する余裕はない」


「避難先の小学校でもそれで問題になってね。最初はまだ我慢していたんだろうが、次第に苛立ちの方が大きくなっていた。暴力こそなかったが、それも時間の問題だったろうね」

「そうなる前に子供を連れて、別の避難場所を作ったという事か」

「表向きは病人や怪我人の収容という目的でね。あちらの代表も扱いには困っていたようだったから、話はスムーズに進んだよ。私の意見に同意してくれた青野先生や田向井先生、他数人と子供たちを集めて、新たに引っ越してきたのが一ヶ月前。もっとも、あちらも表立っては子供を隔離したとはいえないから、ラジオではここも避難所の一つという扱いにはなっている」


「申し訳ない」

 そう謝罪の言葉を出したのは、自衛隊の千葉誠だ。

 その表情には申し訳なさとともに苦しさが滲み出していた。

「本来であれば我々は誰であれ、守るべきなのです。しかし、あの男のせいで」

「気にしないでください。千葉さんが来て下さらなければ、ここは避難所としての体裁すら整わなかったでしょう」


「しかし――」

 なおも言葉を続けようとした千葉に対して、須藤は首を振った。

 たいした事でもないといわんばかりの様子に、優は小さく肩をすくめた。

 簡単に話してはいるが、避難所を二つに分けるのは簡単なことではない。

 上からすれば配給を配る場所が二つに増える。


 避難所からもすれば兵士や大人が奪われる。

 子供の扱いに困ったとはいえ、容易に認められる話でもない。

 そこにどんな苦労があったのか読み取ることができないが、それを認めさせる駆け引きは歴代でもトップクラスと呼ばれる生徒会長だった手腕によるところだろう。


「手は必要だけど、下手に受け入れて小学校と同じ状況になっても困る。いや、それ以上に大人が少ない事を知られて、物資を奪われる危険を避けたかった。それが嘘の理由か」

「嘘をついたのは謝罪するが、こちらの事情を理解してくれるとありがたい」

 そう頭を下げられれば、浜崎たちは言葉もない。

 子供しかない事が知られてしまえば、暴徒によって容易に襲撃を受ける危険性がある。


 彼が嘘をついた理由もわかるし、そして受け入れを拒んだ理由も理解できた。

「別にいいと、さっき話したと思ったけどな」

 苦笑するのは優だ。

 彼だけが、別にいいと――全てを理解した上で、その言葉を口にしていた。

 その姿に呆れたように滝口がため息を吐いた。


 Ψ Ψ Ψ


「さて――それで、必要なのは情報だったかな。目的は避難ではないという事か」

「人と一緒ってのは嫌いでね。避難所にいれば自由に動けないだろう」

「君らしい」


 須藤は微笑しながら、情報交換に了承の意を示した。

「とりあえず、まずは避難所のことからかな。ここの事はあまり答えられないが」

「その理由は先ほど聞いた。小学校の方はどんな状況なんだ?」

「あちらの避難所――大高小学校には、一ヶ月前の時点では百三十六人が避難していた。それから襲撃を受けたという話は聞かない。自衛隊の一個小隊が防衛にあたっているし、配給も豊富だし、医者もいる。現時点で物資や防備で困ることはないだろうね――ただ、私はお勧めはしないね」


 呟いた言葉は、少し皮肉げに聞こえる。

自らの表情を隠すように、須藤はお茶を飲んだ。

「何でだ。それだけ聞けば有料物件だろう?」

 訝しげに問いかけた浜崎の言葉に、須藤はお茶をおろした。


 即答はせず、少し考えるように眼鏡を引き上げる。

「ふむ。あくまでもこれは私の主観だと申し述べておく。先も言ったが、ここに引っ越した経緯から、あちらにはそれなりに思うところもあるしね」

「主観でもかまわない。判断はこちらでする」

「そう、君なら大丈夫だろうね。そうだな――『スタンフォードの監獄実験』といえばいいのかな」


 言葉を選びながら、須藤が慎重に呟いた。

意味を理解できずに眉をひそめた浜崎の隣で、優が大きなため息を吐く。

「そこまで?」

「その兆候はあった。だからこそ、私も危険だと思ったのだけれどね」

 深刻そうな優は視線を感じ振り返った。


 意味がわからない、そう告げられる視線に気づいて、優はなんでもないとばかりに、小さく首を振った。

「昔、そういう実験があったんだよ。人間は役割や肩書きを与えられると、それに応じた行動をとるってね」

「そう。自衛隊の方々も避難者も、それぞれの役目に応じて行動しているということだ。だからこそ、先ほど君の言ったように自由に動くというのは難しいだろうという事さ」


 須藤が同意するように頷けば、優も同感だと笑う。

 その、誤魔化すような二人の態度に疑問は残る。

 一瞬であったが優が浮かべた深刻な表情――それは自由に動けないという理由以上のものを浜崎は感じた。だが、あえて問い詰めることも出来ない。

何らかしら隠すべきことがあるのか――向ける視線の先で、優が千葉を見ていた。

彼もまた、浜崎同様に意味を理解していないようであった。


「ま、避難所の現状はわかったよ。装備は?」

「それは私よりも、千葉さんの方が詳しいだろう。お願いできますか?」

「わかりました」

 話題を変えられて、千葉も諦めたように息を吐いた。


「自衛隊員は第二中隊第五小隊の十七名が防衛を担当している。避難所の代表は第五小隊の小隊長小林三尉だ。装備については、各員がこれと同じものを携行している」

 持ちあげたのは、先ほどまで手にしていた自動小銃だ。

「その他には装甲車が一台と野戦砲が三台に、機関銃が二丁――あとは、本隊との連絡用の通信機器だ。もしゾンビの襲撃があった際には、本隊からの救助が来るまで対応できる装備は用意している」


「それは凄い」

 小さく息を吐き、優はその内容を開いた地図に書き込んでいった。

「救出はいつとかは決まっているのか?」

「いや、それについては何も連絡はない。もうしばらくはかかるそうだ」


「しばらくね。お役人らしい言葉だ――避難場所の他に生存者はいるのか?」

「いくつか」

 須藤はそう言って、いいかと優から地図を受け取る。


 中央――テーブルの上に広げられた地図に指を持っていく。

「南側の海沿いでは船を利用して生き残っている集団がある。それと、東側の工場地区、ただ、こちらでは強盗の類が多発しているという事で、避難所では立ち入り禁止になっている。それと西側――」

 指差されたのは西北の一帯である。

「ここも生存者がいるんじゃないかという情報はあるようだ。それが避難所まで来れないのか、あえて来ないのかはわからないけれど。避難所以外でも、君たちのようにいくつかが集団を形成しているのは間違いないだろうね」


「ただ、それが善人ばかりとも言えないのが問題だ」

「他の地区では避難所が『人間』に襲われた話もあるらしいね。大高市ではまだそこまでの話は聞かないが、東側にはできる限り立ち入らない方がいいだろう」

 強盗が多発するという一角を見つめながら、須藤と優は同時に肩をすくめた。


 Ψ Ψ Ψ


「こちらは人の目撃情報は少ない。というより、他の集団と会ったのはこれが三度目だ。一度目、二度目ともついていなくて、強盗だったけれど」

「それはついていない。相手が」

「そうでもないさ」


 浜崎をちらりと見ながら、冗談めかして答える須藤に、優は首を振った。

「特に一度目の――やくざの連中は厄介だった。坊主の大男とサングラスの小男。この二人が近づいてきたら、物資とか戦うとか考えずに逃げた方がいい」

 逃げろとの言葉に、千葉が眉根をしかめる。


 守る立場の彼にとって、逃げろというのは不愉快なことなのだろう。

 気持ちはわかるがと、優は首を振った。

「少なくとも自動小銃一つで太刀打ちできる相手じゃない。下手をすれば小学校の方でも対応できないかもしれない」

「随分と、厄介な連中らしいね」


「ああ。とびっきり。もっとも、幸いにして二人しかいないから、早期に発見できれば上手く逃げられるはずだ」

「わかった、覚えておこう」

 真剣な表情で須藤が頷き、その後、物資の集積所や大高市の情報が交換された。


 須藤も優と同様に地図を広げ、互いが地図を補完していく。

 通行止めの場所やゾンビの目撃情報が多い場所、そして強盗などの目撃情報など。

 ある程度、地図が書き込まれたところで、須藤がふと顔を上げた。

「そういえば。これは別に表立っている情報じゃないんだが……ゾンビの声はゾンビを呼び寄せるらしい」


 そう前置きしながら告げられた言葉に、優もまた手を止める。

 ゾンビの声――それは夜間になるあのうめき声だろう。

 なぜ昼間は声を出さないのか、それはわからないが。

「つまり夜にゾンビに遭遇すると、視界の外からもゾンビが集まる――そういうことか?」

「ああ。もっとも夜に出かける人間が少ないから確定的ではないのだが」

 そう言う須藤自身も半信半疑のようである。


 実際、夜間に出歩いたことがないため優もまた気づかなかった情報だ。

 だが、言われれば確かに昼間のゾンビが集まるのは、人がいると視界に捉えた場合だけだ。視界外からゾンビが集まってくることはない。

 けれど、三ヶ月前には銃声とともに一気に周囲からゾンビが集まった。


 本来であれば、視界の外で無視しているはずのゾンビまでも。

「あの声がゾンビを呼び寄せるのか」

 だが、それならば夜にしか声を出さない。

 再びめぐりそうになった思考が、突如――。


 パンッ!

 何かを打ち据える、鋭い衝撃音にかき消された。



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